74 護国会議②
「それだけじゃない。アーランドが他国に飛空船を輸出する以上、他国は迂闊に攻め込めない。何故なら飛空船は現在アーランドが占有する技術だからね。作れる技術はアーランドのみで、大陸はまだまだ多くの飛空船を欲してる。帝国と皇国はアーランドを攻め込める?」
その場は静寂に支配されている。私はそれでも続ける。既に手は打った。帝国には、その影響力を失って貰う。
「もし、帝国と皇国に反旗を上げる国がアーランドの飛空船を買い取れたら?アーランドに刃を向けない限り安定的に飛空船を手に入れられたら?アーランドに攻め込んで来る国にどう対処する?」
会場から一人の貴族が立ち上がった。彼の名前はシュルツ・ホォードマン伯爵。
彼の事はアーランドの貴族は殆ど知ってるだろう。彼の家は腐敗していた。領民を苦しめ、他の貴族に賄賂を贈り揉み消す。だけど彼は親を罠にハメて教会預かりに追い込み領地と爵位を奪い取った。それだけなら悪事だが、彼の統治は他の貴族も文句が言えない程の善政だ。彼はこの会議でも2番目の円卓に居るが、影響力はその場に相応しく無い程大きい人物だ。
そして彼は一代でここまで来れる程の人物でお髭が似合うダンディーな40代だ。
「姫様はこの大陸の勢力図をお変えになる御積もりか?たった一つで帝国はアーランドを攻め込みにくい事態に陥る事になった。これを目論んで飛空船をお作りになったのですか?」
「そう。アーランドが発展するには外敵を排除するしかない。でも帝国領を万全に統治出来るだけの人手も気概もアーランドは持ってない。アーランドは他国を侵略しないからね。
でも外敵の排除は必要。だから飛空船を作った。でもこれで終わりじゃない。帝国と皇国は10年以内に武力的にアーランドを侵攻出来なくする。今回は予算を獲得するのが目的と時間稼ぎ」
私がそう言うと、彼は笑った。それは子供のような無邪気さを含み、貴族らしい腹黒さも含んでいた。有能な彼は…この会場に居る貴族は気が付いたのだろう。これで終わりでは無い事を。そして、その10年を乗り切れば、アーランドに外敵が居なくなる事を。でもまだ信じれないと言う顔だ。
それに他国を侵略するなら万全な統治を行うのが為政者の務めだ。それを放棄すれば帝国のようになってしまう。国民が大事なアーランドは統治出来ない領土は望まない。
「まだ何か御隠しですね?悪い御方だ。既にこの大陸をその小さな手のひらの上に乗せてるのでしょう?我等にもそれの片鱗をお見せください」
「良いよ」
私は投影魔法で2つの設計図を出す。
「これは‼」
今度こそ会場に居る全ての貴族が立ち上がった。無視出来ない戦力。それの設計図。だけど確かにアーランドには作れない。作るには国家予算クラスの建造費を食う代物だ。それはかつて地球で最強の名を欲しいがままにしていた物。そして新しい時代を生み出した物。彼等の知る物ではないが、その完成図と名前から彼等はそれの恐ろしさに気が付いた。
「私はこれを作りたい。技術開発局はそれ相応の予算を要求する」
「姫様は…何を望んでいるのですか?これは…これがあればこの国だけでなく、この大陸の全てを手に入れられる程の代物だ。あってはならない。存在してはならない古代の悪夢を甦らせてまで、何を望むのですか」
「平穏。帝国が屍の上に大陸を統一したいのなら私は王国民以外の屍の上に平和を作りたい。この国は誰にも渡さない」
やっと手に入れた欲しかった物は誰にも渡さない。私の家族もアーランドの国民も帝国と皇国なんかの好きにはさせない。攻め込むなら攻め込んで見ろ。私は彼等の愚かな選択をあざ笑ってやる。
「平穏…ですか。嗚呼、確かに欲しいですね。これさえあれば他国は絶対に我等を亡ぼせない。我等が道を間違わなければアーランドは絶対に滅ぼせない。夢のようだ」
シュルツさんがふと上を向く。長年の苦労が少しは報われたのだろうか?貴族達も夢を見ているような雰囲気だ。
「国内の掃除をしないといけないな。それに絶対に姫様を奪われる訳には行かない。今後は相応の護衛を用意しなければ」
「そうだな。では私が議会を牽制し、他国と交渉しよう。王国の方針は反帝国・皇国連合を作る事だ。飛空船を欲する国は参加を断れまい。父上は各方面への通達やアリスの邪魔をさせないようにしてくださいね」
お兄様が超ご機嫌な顔で笑う。流石に会場の全員がドン引きするくらいの黒い笑顔だ。
「ふん。言われなくてもそうするわ‼ようやく…ようやく我等の繁栄を手に入れられるこの時に、他の馬鹿者のせいでご破算にされて堪るか。王家は副王家の後ろ盾だ。お前等も同じだろ?議決を取る。王家と護国会議のメンバーは副王家の後ろ盾となるか?」
「我等は賛成します。王国の為に」
「「「「王国の為に」」」
貴族の人達はお父様に跪く。私も一応跪こう。流れを無視してはいけない気がする。
ドラコニア視点
アリスティアは先に戻らせた。会場にはアリスティア以外のメンバーが残ってる。
「長年の恨みをこんな形で返すとはな。上手くいけば帝国と皇国は孤立するだろう。あの2つの国に未来は無くなったと言う事か。だが問題はそれまでアリスティアを守り通す事だ。決して奪われる訳には行かない。もし皇国に奪われればこの策をアーランドが受けるハメになるからな」
「数年で帝国も皇国も動くでしょう。それを凌ぐのが我等の務め。後に平和が来るのならこれほどの栄誉はありませぬ。喜んで命を賭けましょう」
この場に居る者の意見は一つ。アリスティアを護る事だ。10年で帝国・皇国はこの大陸での発言権を失うだろう。飛空船はそれだけの代物だ。
現在飛空船を手に入れる方法は2つだ。一つは発掘。2つ目は帝国や皇国から買い取る事だ。だが、発掘には犠牲が出る。古代の遺跡に残ってる可能性があるが、そこは魔物の領域ばかりでアーランド以外の国なら相当な被害を出さなければ解放出来ない。帝国や皇国に買うにしても古くなった物をかなり高く買い取らされるだけだ。値段に見合わない。
それをアーランドは新品を安定的に供給出来る。飛空船は武力であると共に、国家開発に必要な物だ。それの供給国は絶対に潰せない。
流石だな。だが帝国も皇国も黙っている訳が無い。力尽くでアリスティアを奪い取り、その技術を残らず奪おうとするだろう。でなければかの国に未来は無い。
「まずはオストランドだな。あそこは各国とのパイプが太い。幸いあちらも同盟には乗り気だから、直ぐに使者が来るだろう」
「帝国より北に位置する国は何処も潜在的な反帝国・皇国に成り得る国家ばかりです。それに新型の性能なら山脈を越えてギルディアとも交易が行えます」
多数の竜が住む山脈の向こうにあり、交易は一切無かった独自の文化を持つギルディア。そことの交易が実現すれば我が国も潤うだろう。かの国と我が国の物は珍しい物ばかり揃ってるからな。
「しかし問題は…父上どうでしたか?」
ギルは難しい顔でこちらを見てくる。やはり気が付いてたか。
「そうだな。やはり過労気味だろう。限界点が来るまで動き続ける暴走状態だ。強制的にでも休ませねば直ぐに倒れるぞ」
俺がアリスティアを膝に乗せた本当の理由は体調のチェックだ。
「育ち盛りの筈なのに食事量も落ちてる…研究者特有の欠点ですね。一度没頭すれば終わるまでは止まらない。しかしこればっかりは終わりが見えない。早急に人材を揃え、アリスの負担を減らさねば」
「…陛下は姫様の体調を確認する為に膝に乗せたのですか?」
会議のメンバーが聞いてくる。まあ事実だが、忙し過ぎてスキンシップが取りたかっただけだ。だが持ち上げれば軽すぎると言う感想が出た。暫く食事に気を付けさせよう。
「俺はアリスティアともっと遊びたいだけだ。お前等が俺の仕事をしてくれればもっと家族サービス出来るんだよ。ギル、お前に王座を渡すから俺に暇をくれ」
「父上?寧ろ私に休みをくださいよ」
バチバチと視線で勝負する。ギルも譲る気は無いようだ。暫し睨み合うと、お互いに諦めた。どうせ平行線だ。早く暇を作って家族旅行とかしたいものだ。
アリスティアが生まれてからめまぐるしく状況が変わる。やはり時勢の変わり目となったか。しかし過去の悪夢を再現させる訳にはいかない。王家には絶対に守らなばならない秘密がある…過去の魔王の末裔――そして勇者の末裔である事。
古代の悲しき親子の末路を辿らせる訳にはいかない。あの眼は魔王が持ってた物で、勇者が継いだ代物だ。何が起こるか誰も予想出来ない。もし、あれが…いや、精霊を信じよう。彼等が導いてくれる。
これは王家の中でも国王と王妃しか知らされない事だ。ギルも知らないだろう。当然アリスティアも知らない。精霊も話さないだろう。アリスティアが生まれてから続く恐怖はまだ終わらない。一度は失った家族をここで失いたくは無い。
「父上、どうかしましたか?」
おっといかんなギルが心配する。大丈夫だ。コイツなら何とかなるだろう。黒い噂の絶えない息子だが、その行動目的は全てアリスティアの為だ。だから次代を任せられる。
「いや、忙しくなるなとな。それにボルケンの目が怖い。竜を討伐してた方がマシと言える目をしてやがった」
仕事人間のボルケンは仕事が増えると小躍りしてたからな。
「私は手を貸しませんよ?いい加減別荘で休みたいのです。そうだ‼1ヵ月程アリスに休暇を取らせて別荘にでも行こう。私の仕事は既に終わってますからね。議会への圧力など造作も無い。今日中には終わります」
そう言って俺の意見を聞かずに走り去る息子…奴は俺の仕事を手伝うと言う気は無いようだ。しかもシルビアも行くんだろうな…俺、置いてかれるんだろうな…ボルケンをボコって俺も行こうか。
そんな事を考えながら冷えた紅茶を飲む。
「ご報告です。王妃様ご懐妊‼」
「ブ―――――‼」
珍しく息を乱した騎士が会議場に駈け込んで来た。驚きの余りに飲んでた紅茶を噴き出したぞ‼




