別話3 勇者邂逅
「兄ちゃん、その程度じゃ大した情報を教えれねぇんだよ。いくら常連でもな。寧ろ何でそこまで金をつぎ込むんだってそりゃ聞かねえけど」
「人を探してるんだが分かるの事が少ないんだよ。これで教えれる程度で良いから教えてよ。何か変わった情報無い?例えば見た事も無い物が出たとか凄い人が出たとか」
ミーニャの町にも裏路地はある。
そこは浮浪者や犯罪者の溢れた場所だが、大体そう言う所に情報屋は店を構える。基本的に違法店なのだ。
拓斗は目ざとい娼婦の猛攻を退けながらここまで来ただのが、彼女達も金の匂いに敏感な為に相当苦労した。彼も年頃だから興味があるが、流石に路地裏はヤバすぎる。危険な匂いしかしなかった。色々な意味で。
「そうだな…帝国に恐ろしい腕前の騎士が居るらしいな。詳細はこの程度じゃ話せねぇ…っとアーランドにも恐ろしい程の魔法使いが居るらしい。こっちは聖女だって噂しか確定情報がねぇ。あの国の情報規制は一流だし、国外に情報を出す程甘い国じゃねえからな。オストランドは最近スタンビードが起きたらしいが返り討ちにしたって話だ。あの国は大陸最弱の軍隊だから何かおかしいと話になってるな。噂じゃそこにも聖女が出たとか。シルバトニア魔法王国も最近魔法使いが増えてるらしい。それくらいかな」
どれも曖昧な情報だが、拓斗の興味を惹きつける情報も出た。
「オストランドとアーランドについて頼む。これでどうだ?」
拓斗は追加の金が入った小袋を渡す。情報屋は袋の中身を確認すると不敵に笑う。中身は金貨10枚だった。
「良いぜ。オストランドは学問の国だ。それ以外に特に産業も無いし、文化が全ての国だから戦争して毟り取るのも無理だ。侵略して文化人が死ねば無価値の国だからな。アーランドは栄えある皇国に神敵と呼ばれた武国だ。大陸一の武力を持った引き籠り達の国だ。滅多な事じゃ他国を侵略しないが、一度戦争を吹っ掛けたらとことん牙を剥く恐ろしい国だ。あそこは国民も王家を支持してるから結束力がハンパじゃねぇ。」
「よく分からない国だな」
「だろ、普通なら大陸統一を考えれるどころか実現できるって話だが、あの国は国が安定すれば他はどうでも良いと公言する連中だからな。正直他の国に興味が無いんだろう。下手に嗅ぎまわらなければ他の国の人間も普通に暮らせるぜ。ただ嗅ぎまわれば…これだ」
情報屋は首を切るジャスチャーを取る。恐ろしきアーランドである。
拓斗は仕入れた情報を頭に入れる。特定出来る情報は無かったが、有意義な時間ではあった。
暫く他の情報を聞くが、オストランドの情報は割と多いが、アーランドの情報は殆ど手に入らないか眉唾物だった。情報屋も詳しい情報が入らない国だとぼやいてた。そして一しきり会話が終わると部屋の扉が開き、奴隷侍女が入って来た。情報屋は儲かるらしい。
「ご主人様、招かれざるお客様がわき目もふらずにこちらに向かってきます。どうやら手入れのようです」
「またかよ…てめぇ要らねえ奴等を連れてきやがったな。抜け道は足元にあるからさっさと逃げろ。ここは俺が何とかする」
流石に情報屋が逃がしてくれるとは思ってなかった拓斗も驚く。義理や人情で動く筈の無い連中だと思ってたのだ。
「良いのか?不味いんじゃないか?」
「ウルセエ‼さっさと行け。こういう業界は信頼が第一なんだよ。客を捕まえられたとあっちゃ今後誰も俺の情報を買わなくなる。こっちは適当に金を掴ませて女抱かせれば何とかならぁ。もし恩に感じるならゼクシア商会を今後も頼むぜ、うちはそこの系列だ」
「感謝する」
拓斗は床板に巧妙に隠された抜け道を侍女に開けて貰うと飛び降りる。そこは下水だった。既に使われて無いようで悪臭も無い。寧ろ点々と燭台すらある始末だ。そこを侍女に先導して貰い30分程で外に出た。
「私はご主人様の元に戻ります。ご武運を勇者様」
「俺の事もご存じで」
拓斗もまさか自分の事が情報屋に出回ってるとは思わなかった。皇国では異世界人の事を勇者とは言わないし、表だって話に出る事も無かった。
「情報屋は情報が命です。そろそろ他の異世界人が送られてくる。結構ヤバめらしいからさっさと逃げろと、この状況になったら話せとご主人様に言われております」
どうやら情報屋は拓斗が追われてる事も知ってるし、この状況も読んでたらしい。流石に呆れるような笑顔になった。彼女もどうやら情報屋を慕ってるようだ。
「ありがとう。それじゃまた何処かで」
「またのご利用をお待ちしております」
ペコリと頭を下げると来た道を戻る侍女。
拓斗も郊外の道を進む。公に追っ手を送って来た以上はこの町には居れないだろう。持ち物は全て持ってるので直ぐにでも町を出れる。
「ちょ‼ちょっと待つのですよ。相棒が甘味甘味言ってるのに何で無視するんですか‼そんなんだから精霊様に唾を吐かれるのですよ」
「五月蠅いな。さっきので余計なお金使っちゃったんだよ」
「寧ろお菓子の為に使うお金だと思ってたのですよ。何で形に残らない物の為に使うのですか。情報は相棒よりも高いと言うのですか?」
「役にたったらケーキを買ってやる」
余りに五月蠅いので拓斗が折れた。流石に我慢の限界は近い。近日捨て子の妖精族が何処かで見つかるかもしれない。
「よう、やっぱりここに出てきたか。待ってたぜ『拓斗』」
突然背後から掛けられた言葉に即座に反応した拓斗は相手も見ずに刀を抜き、切りかかる。しかし2mを超える大剣にそれを阻まれた。
「誰だ?俺の名前なんて知ってるやつは居ない筈だぞ」
「オイオイ小学生からの親友を忘れられちゃ困るぜ」
鋭い視線で問いかけると相手の呆れるような声がした。そして目の前の大剣が退けられると、そこには毛元が黒になり、毛の先が茶髪…染料が無くて髪の色が戻りつつあるのだろう。の身長190㎝以上の巨体の男が立っていた。
彼の名前は蔵桐和仁拓斗と同じ高校で同じクラスだった男だ。
彼は不良で拓斗は優等生だが、意外と仲が良い。寧ろ教師が眉を顰めるくらい仲が良い。彼は拓斗がこの世界に来る1週間程前から会ってなかったが、元々不良なので、学校に来ることも稀だし地元のヤクザの事務所に特攻をかます男なので、またイザコザ起こして雲隠れしてたんだろうと思ってたが、まさか異世界に居るとは思わなかった。
「カズ‼お前こっちに来てたのか…それマジでか?お前が捕まるとか世紀末過ぎるだろ」
和仁の首にはメタリックな首輪が付けられ、怪しく輝いている。元々シルバーアクセサリーを多くつけてるが、首だけは何もつけなかった。喧嘩するときに掴まれると嫌ってたのだ。
他にはダマスカス鋼のグリーブとメリケン付きのダマスカス鋼のグローブを付けてるしミスリルの胸当ても付けてるが、元々体格に優れたパワーファイターなので、どれも凶悪に見える。
「まあ…な。数人ぶちのめしてとんずらしたんだが落とした女が根っからの信者でな…一発ヤッテ寝てる時に捕まったわ」
「相変わらず手が早い事で」
まあそう言う奴である。生存本能の塊で拓斗の修業に付き合える和仁は一度逃げれば例え指名手配されても数年は誰にも見つからないだろう。当然の如く拓斗と同門である。
「んでお前は何月何日に来たんだ?」
「ん?俺は2月10日だけど」
「おりゃ2月1日だが、ここに来て半年は経ってる。やっぱり時間の流れがおかしいな。舞は3月だって言ってたがもう1年以上こっちに居るらしい。俺らより年上になってらぁ」
どうやら元の世界への帰還は絶望的だろう…最も拓斗は戻る気は無い。拓斗は知らないが、和仁も戻る気が無い。和仁の場合は家族と仲が悪いのもあるが、拓斗は家族に良い思い出を持っていない。拓斗が幼馴染と離れるきっかけを作ったのは彼の小父…つまり幼馴染の後見人のせいでもあるのだ。
無力さに絶望したが、もう一度会えるなら連れ帰る気は無いのだ。連れ帰っても同じことを繰り返すだけだから。
「…まあ良いや。俺はどうせ戻るつもりないし、あの家もそろそろ無くなるべきだろ。爺さんが死んでから碌な事は無いし、糞爺(小父)の面の皮の厚さにはいい加減うんざりだ」
「また何か言われたのかよ」
「ああ。獅子堂家を継ぐなら婚約者を作れとさ。誰のせいで婚約者が死んだと思ってるんだよ。流石にキレて全治3年の怪我を負わせたから戻る気も無い」
拓斗には既に家族と思ってる人間が居ない。拓斗の親は幼馴染の親と共に事故死してるし、祖父もとある事件で憤死した。小父は金の亡者兼超小物なので家族カテゴリーには入って無い。もしこの世界に来たのなら命は無いだろう。確実に首を飛ばされる。
「相変わらずだな。さて、もう良いか?終わらせてくれ」
和仁は拓斗と話しながら微かに震えていた。それは友達との再会による感動だけでなく、拓斗をこちらに呼び出す『手伝い』をさせられた事に対する圧倒的な後悔だった。
しかし和仁には自由は無い。責任感の強い彼なら直ぐにでも自殺して罪滅ぼしをするだろうが、教会騎士達に命令で止められている。それどころか、拓斗の捕獲も彼の仕事なのだ。和仁は出来るだけ終わりを先延ばしにする為に死力を尽くして首輪から発せられる命令を抑えてた。本来なら会話等してる暇は無い。
拓斗もそれには気が付いていた。そして親友が死を望んでる事も。
「ああ。直ぐにその胸糞悪い思いをさせないようにしてやる」
拓斗と和仁は構えを取る。武器の違いはあれど、型は同じだ。
先に動いたのは拓斗である。霞むようなスピードで接近すると和仁に突きを放つ。しかし和仁は大剣を盾のように地面に突き刺して神速の突きを止める。しかし大剣に刀は突き刺さり数センチ貫通している。
「テメエ名刀蜘蛛斬り持ってきやがったのか。先生の大事な宝物だぞ」
「馬鹿が。あんな呪われた刀なんか誰が使うか‼絶対爺さんが世界を越えて化けてくるぞ。あれはこの世界に来る2日前に美術館に寄贈した。置いといても勝手に盗んで売ろうとする馬鹿が居るからな」
祖父が執念を掛けて大事にしていた刀なんぞ勝手に使った日には絶対に化けて出てくる。そして恐ろしい修行を課すだろう。夏休みの間アマゾンにナイフ一本とパラシュートを渡してセスナから突き落とす祖父である、宝物だった刀を持ち出したら絶対に許さないだろう。拓斗も一度しか触った事が無い。
騒ぎながらも拓斗は集中する。間合いはあちらが上だが、武器が悪い。鋳造品何て和仁が使うには脆過ぎる。恐らく彼も不本意なのだろう。眉を顰めながら振り回すが、大降りになってしまう為に拓斗は下がったり地面に伏せたりで躱しながら大剣を壊していく。
拓斗は和仁を殺す気は無い。解放すべきと判断していた。故に邪魔な武器を壊す。最もその先が面倒なのだが。
「っけ、やっとこのデカ物が壊れたか。何で俺がこんな邪魔なもん持たないといけないんだよ。俺は獅子堂流の無手を習ってたんだぞ。メリケン有れば何処でもやっていけるわ」
「教会の趣味品かよ」
ついに大剣が砕けると和仁はあっさりと…滅茶苦茶遠くに大剣の残骸を放り棄てた。しかし無手なのにメリケンを使うのはこれ如何に。
そして今度は先ほどを上回るスピードで接近してくる。拓斗も表情に余裕が消えた。彼に匹敵する和仁の本来の戦い方を使いだしたのだ。
和仁の死を望む願望の他にもう一つ願いがある。それは同門として、一切の手加減無く拓斗と戦う事だ。彼は今まで拓斗に勝ったことが無いのだ。
そして先ほどの攻防を上回る攻防が始まる。
和仁は刀を持った拓斗を恐れる事無く懐に入ると掌底を拓斗の腹部めがけて放つが、拓斗はバックステップで躱す。躱す時に刀を横薙ぎに放つが…
「温い‼」
和仁は拓斗の刀をグローブでを付けた右手の裏拳で横に弾くと左手でアッパーを拓斗に放つ。
流石にこれには避けきれなかった。今までの和仁ならば、先ほどの攻撃を弾かない。避けて態勢を崩すのだが、和仁もこの世界に来て実力を上げてるようだ。完全に読みを間違えた拓斗は顎にアッパーが掠る。和仁は絶妙な力加減で放っていた為、拓斗は軽い脳震盪を起こしよろける。
「それじゃ俺には勝てないぞ。武術は人を傷つけて強くなるって先生も言ってただろう。悪いが俺はお前以上に『殺してる』」
武術は人を傷つける物だ。守るために使うと言う者も居るが、根本は傷つける物だ。違うのは用途だけである。そして実戦を伴わない武術は唯のスポーツだ。それは武術に在らず。これは拓斗の祖父が語った事だが、ある意味真理であろう。和仁はこの世界に拓斗より早く来た事で一回り強くなった。
拓斗は違う。まだ1ヵ月しか経ってない。人を殺した事はそれなりだし、数だけなら多い方だろう。しかし拓斗の実力を高める相手は居なかった。これまでの戦闘は全て確認である。獅子堂流は果たして実戦で使えるのかと言う。
故に拓斗はここに来る前と今では技術はさほど変わって無い。その差が出たのだ。
「ッツ、流石に実戦ばかりと府抜けてた俺じゃ全然違うな」
「テメエは何時までもクヨクヨし過ぎなんだよ。いい加減に忘れろ」
ここで和仁はミスを犯す。拓斗の逆鱗に触れたのだ。拓斗は全身から闘気と膨大な殺気を放つ。余りの密度に和仁も少し下がった。
拓斗は瞬歩と呼ばれる技法で和仁に肉薄すると掌底を放つ。それは先ほどの和仁と同じ動作だが、この世界に来た時の恩恵は拓斗の方が上で、身体能力も拓斗の方が高い。故に霞むようなスピードで和仁の胸に拓斗の右手が伸びていく。
「っく‼がああああああ」
ここで和仁はこの戦いを左右するミスを犯した。和仁の強みは力の強さと異常なまでの打たれ強さだ。故に肉弾戦では避けるよりガードして反撃すると言う戦い方をする。当然そんな戦い方は刀を持つ拓斗には通用しないが、予想外の掌底に思わず両手をクロスさせてガードしてしまった。
拓斗は闘気と呼ばれる物を地球でもある程度理解していた。要は気迫である。この世界では魔力の亜種だが、獅子堂流は優れた武術を取り込み続けて変化し続ける武術だ。故に発勁と呼ばれる中国伝来の技も覚えていた。それは拓斗の闘気を和仁の両腕を超えて体内にダメージを与えた。和仁のダマスカス鋼のグローブを砕く程の威力で和仁は最大の武器である両腕をへし折られたのだ。
「悪い手加減出来なかった」
「…また勝てなかったか……クソ」
拓斗は刀を鞘に納めると神速の抜刀で和仁の首輪を断ち切るのだった。




