別話2 召喚勇者探索中
アビア皇国内で皇都から200キロ程北に向かった所にミーニャと言う町がある。
そこは異世界らしい普通の町だが、住んでる人は疲れぎみだ。皇国には税は無い。しかし多額のお布施を払わねば、いざと言う時に背信者にされかねない。つまり税金は強制されたお布施として呼び方が変わっただけだ。
お布施は高い。少ない金を渡すと信仰心が薄いと周りに思われるのだ。信仰の国に暮らすのは大変である。
皇国にもギルドはある。彼はそこから近い食事処に居た。
地球の日本に生まれた彼はこの世界ではあり得ない…それこそ王侯貴族のように衣食住に困らない生活をして来た。
未成年である彼は…獅子堂拓斗はこの世界の食事は合わないようだ。無表情で黙々と食事を取る。稼ぎが安定していないのでそこまで高い食事処では無いのだ。
味は薄い塩味で他の調味料等殆ど使われていない肉や同じく味の薄いスープ。黒くて硬いパンを千切りながら食べている。その所作は貴族と思われてもおかしく無い。現に静かに丁重に食事を続ける彼には周りから視線が向けられている。好奇の視線だ。何でこんな所でメシを食ってんだと気になるようだ。
「は~母さんの飯が恋しいな。流石にこれは無いだろう」
兎に角腹は膨らんだ拓斗は会計を済ませると直ぐに店を出る。鋭い彼は視線を集めてる事に気が付いてるのだ。
召喚されてから1ヵ月程が経った。
拓斗は情報収集をしながらまずは国外に出る事を目標とした。
この1ヵ月で追っ手を殺す事7回。未だ指名手配されてないのは、他に知られると困るのだろう。拓斗の召喚には犠牲が出過ぎてる。つまりお偉いさんの都合である。故に宿で寝てても影と呼ばれる者達が忍び込んで拉致をしようとするし、パーティーを組めば相手が影だったり鬱陶しい。
拓斗は既に冒険者ランクがBである。1ヵ月でここまで上り詰めたのは異例で、何処に居ても追っ手に見つかる。彼には隠れると言う選択肢は無かった。
拓斗は幼馴染を探してる。名前も容姿も分からず、科学者である事しか分からない。幼馴染の性格をよく知る拓斗はこっちでも同じ事をしてると微塵も疑わない。馬鹿は死ななきゃ治らないと言うが、彼女に関しては何度死んでも変わらないだろうと言う確信があった。
だが、分かってるのはそれだけで、数多く有る国の何処に住んでるかなど、伝手も知り合いも居ない彼は、コソコソ隠れながら探すのには限界があると判断した。故に彼は隠れない。堂々と情報を集めるのだ。
「何か依頼無い?」
「またですか?ここら辺の魔物は殆ど狩り尽したばかりでしょう。何でそんなにお金が必要なんですか?」
ここ数日で数多くの魔物を倒して金に換えた彼はギルドでは有名人だ。しかし彼は余り金を持っていない。
「ちょっと情報を集めててね。情報屋は高いや」
この世界で情報を集める手っ取り早い方法は情報屋を使う事だ。ネット等無いこの世界では情報が伝わるのが遅い。情報屋は権力者などと繋がりを持ってるので情報を得易い立場な事が多く、それを商いに使ってる連中だ。
当然ピンキリで冒険者同様に社会的地位は低いし、基本的に情報も高い。拓斗は冒険者活動で得た金を必要な分を差し引いて全部情報屋に注ぎ込んでいる。故に金欠でもあるのだ。
「あんな連中に頼らなくても時間が経てば情報なんて出回るでしょう。無駄にお金を使うのは感心できませんよ」
意外にも受付嬢は拓斗と仲が良い。と言うか惚れ気味である。拓斗は顔も良い方だし、この町の冒険者でも一二を争う程の実力者だ。色々な面で目を付けられている。彼女は惚れた相手が金を湯水の如く使う癖を改めたいようだ。将来自分が嫁に行く事を想定してるのだろうが、拓斗は別に鈍い訳でも無いので気が付いてる。しかしこの町に長居する気も無いし、何時次の襲撃があるのか分からないので、さっさと皇国を出て行きたいのだ。
「確かに碌な情報を持ってないのにふんだくられるな。もう少し腕のある情報屋に当たりたいものだよ。おお?このゴブリンジェネナルの討伐でも受けるか」
「そうやって周りの魔物を殲滅してると他の冒険者に睨まれますよ?彼等も生活があるんですから。っと登録完了です。もし他に有害指定の魔物が居た場合には討伐しても構いません。その場合は事後報告をお願いします」
文句を言いつつも受注手続きを進める受付嬢。彼女には拓斗に依頼を受けさせない権限等無いので止めても普通に対応はしてくれる。最も後ろで飲んだくれてる柄の悪い冒険者は拓斗を睨んでいる。明らかに狩り過ぎである。この町に来てから強い魔物を片っ端から倒してるので悪目立ちしてるのである。本当に逃走者なのだろうか?
「それと何やら上から拓斗様の監視命令が出てます。拓斗様の討伐記録や討伐した魔物の死体もあちらに引き渡すとか…これは私の独り言ですよ?」
「ああ、またか…まあ分かったよ。ごめんね秘密じゃないの?」
拓斗は早ければ数日で町を出る生活を繰り返してる。皇国ではギルドも信用できないのだ。恐らく拓斗の戦力を分析してるのだろう。
拓斗の強さに対応出来る異世界人が送られるのも時間の問題である。現状では拓斗の強さが未知数なので、どれだけ送れば良いのか判断が付かないのだろう。1000人の異世界人を保有してる皇国も異世界人は切り札だし、拓斗がもしその異世界人を解放等しようものならば、即敵になりかねない。故に拓斗の戦力を分析して少数精鋭の異世界人を送るつもりなのだ。最もこれは戦力の逐次投入で異世界人以外の襲撃者を使い捨てにしてるのだが、皇国には狂信者等いくらでも居るので問題ない。
拓斗もギルドの機密情報を守るべき立場の受付嬢があっさり教えてくれる事に驚いた。この世界では機密を守るのがどれだけ難しいのか実感できるようだ。
惚れただけで機密情報が漏れる等本来あってはならない。彼女に感謝しつつも彼女に対する信頼は無くなっていく。流石に情報を漏らすのは感心できない。まあ、これは誰が送られても負けるつもりの無い拓斗だからこその判断だろう。普通なら危険を冒してでも情報を教えてくれる受付嬢には感謝以外に何も無い筈だ。
「私は何も言ってませんよ?ちょっと独り言を呟いただけです。それに拓斗様の情報を明け渡すのはギルドも本位ではありませんからね。有能な冒険者は何時も教会に引き抜かれるのですよ。こちらも情報を明け渡したくなくなりますよね」
皇国では有能な冒険者が教会騎士になる事は少なく無い。出世は不可能に近いが冒険者より安定出来るので冒険者も一部を除いて引き抜かれるのだ。当然被害を受けるのは市民とギルドである。
ギルドは依頼を捌けなくなるし、市民は教会騎士が魔物から助けてくれる訳でも無い。そう簡単に教会騎士は動かないのだ。
「了解。んじゃ行って来るわ」
ここで拓斗の装備を確認しよう。メインウエポンは刀だが、拓斗は投げナイフをこの世界に来てから覚えた。なので投げナイフも装備している。服は慣れてるので袴のままだが、靴はこの世界の物だ。元々草履を履いていたが速攻で壊れた。拓斗は実践的古代剣術を使うので本来なら無銘の刀も折れてるだろうが、女神の祝福が掛かったこの刀はもはや聖剣に準ずる物なので問題ない。
さらに鋼鉄の小手も付けている。動きが鈍くならないように薄い物だが、十分な防御力だと、それ以外の防具は何もつけて居なかった。見た目は修業中の剣士にも見えるだろう。
道具類は女神から収納の異能を貰ったので一見何も持ってないが、収納袋と言う道具が一般でも存在するので誰も疑問には思わない。恐ろしい程に高額だがBランクなら持ってても不思議では無い。
ミーニャの町から一時間程歩くとケルトの森と言う場所に着く。ここには魔物が居る事も多く、狩場である。拓斗は気配を消すと木に登り、枝から枝へと飛び移り獲物を探す。侍では無い動きだ。これも拓斗の家柄が出てるので拓斗を知る人間からしたら誰も不思議に思わないだろう。
10分程で獲物は見つかった。流石ジャネナル級のゴブリンらしく、30匹程のゴブリンを統率してるし、どのゴブリンも武器や防具を身に着けている。ある程度知性のある魔物の集団になるとゴブリンやオークも自分達で武器を作ったりするが基本的に冒険者や市民から奪った物だ。この集団もトップのジェネナル級以外は刃こぼれしたりしている剣や槍に斧を持っている。ジェネナル級は戦斧を持っているし金属のフルプレートアーマーを付けている。
「まあ、金にはなるだろう」
普通ならここで逃げる戦力だが、拓斗にとって雑作も無い敵だろう。拓斗は背後に回り込むと駆け出し、ゴブリンが気が付く前にジェネナルの首を刎ねる。刎ねる瞬間にジェネナルが目を見開くが、それを無視して兜毎首を刎ねるとそのままゴブリンの群れを駆けぬく。それだけでゴブリンがジェネナルを除き8匹切られた。全て即死である。
「グギャ‼ギャアアア」
残ったゴブリン達はトップが殺されたせいで混乱してるが、拓斗に群がる。その身の本能に任せて拓斗を食らうつもりなのだろうが、理性さえあれば逃げるだろう。どう考えても行き成り群れのトップを殺したのだから勝てない。
結果としては全て拓斗に殺された。拓斗は無駄に切り合わずに最小限の動きで躱すとゴブリン達の頭に刀を突き刺す。刀は斬る突く等全ての動きに対応できる優れた武器なのだ。その本領発揮の如く首を刎ねたり兜の隙間に突き刺したりして全てを倒した。
本来刀は優れているが、脆い物でもある。数匹切れば切れ味も落ちる為に打ち合い等言語同断なのだ。だが、拓斗の刀は刃こぼれもしないし、血や汚れで切れ味が落ちても突き刺すのは普通に出来る。故にゴブリン達は勝てなかった。血だまりに最後のゴブリンが倒れこんでも拓斗は呼吸すら乱さなかった。寧ろ周りを警戒する余裕すらあるのだった。
「しかしこんな事をしてる暇なんて無いんだがな…女神様ももう少し何とかして欲しかったよ」
ここには居ない女神に愚痴る拓斗。暇そうにしてるが実は焦ってる。
彼は割と方向音痴で地図が無ければ確実に迷うし、まず何処に行けば幼馴染に再会出来るのかすら不明なのだ。焦りだけが膨らんでいく。
「そんな時にこの私なのですよ」
拓斗の袴の胸の辺りから飛び出す者が居た。
彼女はリーン。今は滅びたと言われる妖精族の生き残りである。妖精族はその希少性から数多くが狩られ、生き延びてるのは女神に保護されたごく一部か、秘境等の人が入れない場所で静かに暮らしてる者達だけだ。
彼女は拓斗の道先案内人だ。最も本人に探索能力が皆無なのは拓斗もこの世界に来て直ぐに気が付いた。皇都を出て1週間森で野営してやっとの思いで近くの町に付いたら皇都から歩いて2日だと言われた時は捨ててくべきかと悩んだ程である。
「勝手に出てくるなよ。また売られそうになっても、もう助けないぞ?」
「そこは私を守るナイト様が居るので私には問題ないのです」
肩まで伸びた金髪に翠色の目をして白のワンピースに背中に薄く緑色の羽根を生やしたリーンがグルグルと拓斗の周りを飛び回る。
妖精族は精霊と人間のハーフの末裔と呼ばれるが、精霊の影響を多大に受けた結果、体はかなり小さい。そしてかなり自由気ままだ。
精霊は本来目的があって存在してるが基本的に怠惰で目的を覚えてる者なぞ皆無である。故に妖精も同じく自由気ままなのだ。人目に付けば白金貨4000枚はくだらない妖精族なのに拓斗と同じく一切隠れる気の無い同行者に拓斗も思わずため息を吐いた。余りに無防備なので胸元で隠れててくれと懇願する事1時間でやっと納得してくれたが、気を抜くとこうして直ぐに出てくるので気が気でない。
「んで?反応は出たのか?その…代行者って奴の」
「ハイなのです。でも少し前ですね。気配が古くなってます。北の方です」
「直後に反応を掴んでくれよ。それじゃ既に移動してる可能性が高いじゃん。しかも方角だけで距離が分からないとか使えねぇ」
リーンも少しは役に立つ。幼馴染を守護する物の反応は感知できるのだ。どうやら代行者は幼馴染の作った人工精霊のような物で、精霊に準ずる妖精族は探知できるらしい。
最も精霊なら即座に探知出来るが、拓斗は何故か精霊に嫌われてる。女神に頼まれた精霊に唾を吐きかけられた程である。
「何を言ってるのですか‼リーンはこう見えても女神様の所に居る妖精族でも最も優れた個体なのですよ?無礼極まりないのです」
ペチペチと拓斗の頭を叩くリーンだが、拓斗には全くダメージが無かった。
「仕方ないな。今回の報酬も情報屋に使うか。ぼったくりばかりで嫌になるよ」
今回の報酬は装備品込で金貨一枚行けばいい方だろう。一日の稼ぎと見れば十分過ぎるが、情報料を考えると余り良い情報は買えないだろう。
皇国は某共産圏真っ青なほどに情報規制が入ってるし、その状況で情報屋なんぞ盗賊以下の扱いだ。海千山千の情報屋だが、この状況下で営業してるのは一流を名乗れる奴等だ。身の危険も顧みずに情報を売るのだから当然滅茶苦茶高いのだ。
「そんな事を言わずに甘味が欲しいのですよ。リーンはもう黒いパンは嫌なのです。蜂蜜とかお砂糖一杯のお菓子が食べたいのです」
「残念ながらミーニャの町にそんな物を扱ってる店は無いな。稀に行商が売ってるらしいが、皇国…と言うか教会は清貧を良しとしてるからね。まあ実情は富の独占だけど」
古代中国はGDPの殆どを支配階級が独占していたと言うが、こちらの皇国もそう変わらない。寧ろ文明の発展衰退を繰り返すこの世界では珍しい話でもないし、その状況下で普通に暮らす彼等はそれが当然とある意味諦めの境地である。
「もっと良い国に行くのです。甘味溢れる夢の国が何処かに有る筈なのですよ」
フスーっと鼻息荒く語るリーンは既に幼馴染を探す目標等どうでも良いようだ。拓斗は意外と我慢強い性格なのだろう。




