61 愚か者達①
ギルバート視点
アリスが倒れた。私は驚かない。倒れる前に寝るだけだと言っていた。戦場で良く寝れるなと感心するが、元々過労状態なのだ。
死者蘇生の禁術に高度な結界を王都中に張り巡らせ、疲れたまま見た事も無い兵器をグランツ卿と組み上げ戦場に出て魔物を焼き払う。父上でも倒れるだろう。
怪我は無い。疲れて寝てるので顔色は悪いが寝顔は穏やかだ。
魔物は既に壊走している。本人が気が付いて居るかは知らないが、あの魔法で殆どの統率者が死んだようだ。
魔物達にも理解出来たのだろう。ここを攻めても自分達が殺されるだけだと。
「殿下」
アリスのメイド兼近衛のアリシアがアリスを抱きながら私に話しかける。眠ってる妹を抱っこするのは普通なら私の役目の筈だが、寝てるアリスに触れるのは今の所、アリシアと母上だけだ。他の人間が触れれば寝たまま暴れる。悔しいが寝てるアリスは私も触れないのだ。っと話がそれた。
「何だ?」
「姫様の求める強さって一体どれほどの強さなのでしょうか?」
「私が聞きたい」
既に十分過ぎる程強いのに全く納得しない。向上心が強いと言えば良いのか求め過ぎると叱れば良いのか私にも理判断出来ない。
ただ言える事は、アリスは既に他の魔導士達とは隔絶した存在になってると言う事だ。魔法の実力に高度な魔道具を苦も無く生み出す頭脳。私も心配だ。今後は今以上に群がる男どもを黙らせるのが大変になるだろう。
全く、私に勝てもしないのに大事な妹をくれてやるものか。
2日経った。アリスは起きない。少し心配だ。しかし顔色は少しづつ良くなってる。医者の話でも過労だと判断された。少し衰弱もあるが、休めば治るレベルだそうだ。
我々はオストランドに滞在してる。帰るにも飛空船が壊れてるのだ。父上が昼に到着するそうで、それを待ってる。どうやら父上達も僅か1日で魔物を返り討ちにしたとは思わなかったようで、かなり驚いて居た。実際は統率者が居ない事で連携を取れなかった上にアリスを恐れたと言うのが真相で、20万近くは野に散ったのだ。騎士団は直ぐに近くの町や村に騎士や兵士を送るので大忙しらしい。逃げた魔物のせいで被害が広がってるのだ。
もっとも今は普通の魔物だ。少数に分かれてるので対処の仕様もあるだろう。
「アリシア、少しは休みなさい」
「私は大丈夫です。姫様の御世話をしないといけませんし、何やら嫌な感じがします。精霊も実体化してますから」
確かにきな臭い感じはする。ここまで事態が悪化した理由を調べたが、あっさり見つかった。
教会が、教会騎士団や教会関係者と共にスタンビードが起きる前に逃げ出したのだ。
治療魔法の使い手を多く抱える教会が居なければ怪我人を治すのに凄い手間が掛かるし、怪我を直ぐに治せないので、戦える兵士や騎士達は怪我をすれば戦場に戻れない。教会騎士も…まあ戦力になるだろう。恐ろしい程にウザいらしいが。
そのせいでオストランドでは教会に対する国民の怒りに火がついたようだ。各地で教会などが放火されたりしてるらしい。自業自得だからどうでも良いが、精霊が実体化してるのは珍しい。しかもアリスを護るように周囲に陣取って動かない。
「確かにこの部屋も…監視されてるな」
「はい。どうやら一部の人間は私達を帰すつもりは無いのでしょう。但し部屋の外に居る兵士達は大丈夫かと」
入口を護ってるのはオストランドの国王が信頼してる実力者だそうだ。流石にアリスに手を出せばアーランドもオストランドに宣戦布告するだろう。オストランド側もそれを理解してる為に私達に危害を加えさせないように無言の圧力を加えてる。当然言葉でも圧力を加えてるだろうが。
「外は……飽きない連中だな。アリスに群がる男とか全員死ねば良いのに」
外にはアリスを信望する国民が見舞いと称して押し掛けている。アリスの起こした奇跡は瞬く間に王都中に広がった。一部自分の家族が蘇生しなかった事に怒りを示した者達も居たが、アリスの魔法でも蘇生出来る人数は限りがある。それに本人曰く、時間が経ち過ぎると魂が天に昇る。そしたらもう蘇生出来ない。私に出来るのは魂の剥離が起こって無い人を蘇生させる事だけ。だそうだ。
基本的に一人でも生き返れば奇跡の蘇生魔法。それを100人以上に施したアリスは既に教会に変わる新たな信仰になりつつある。どうやらこの国でも聖女説がまかり通るのだろう。最も本人は唯の科学者だと言い張るが。
「それでは殿下も死んでしまいますよ?」
「言ってくれるねぇ。私は良いのだよ。こんな可愛い妹に懸想しない兄は居ない」
アリシアは父上の元パーティーメンバーで、伝説の冒険者パーティーの一員だ。生まれに関係なく私達の家族でもある。体面上は部下だが、アリスも姉と認識してる。誰も見て無い所では普通に話すのだ。
「ん?外が騒がしいな」
「ッツ‼窓から離れて下さい‼」
アリシアが私の腕を引き寄せ窓から離すとガラスを突き破って弓矢が飛んできた。
外が騒がしい。明らかに先ほどとは違う騒がしさだ。怒号や金属がぶつかり合う音が聞こえる。私とアリシアは剣や刀を直ぐに用意する。アリスの防具に使われてた金属も液体化し、スライム状になった…何だこのスライム‼
「それは姫様の魔法生命体なので攻撃しないでくださいね。恐ろしい奴なので」
油断無いな。流石は私の妹、意味不明な物まで生み出すとは。
「我々は聖教騎士団である‼聖女を迎えに来た。大人しく聖女を差し出せ‼」
「我等は王命によりこの国の恩人を警護している。その命令には従えない」
外に居る騎士達が教会騎士と交戦してるようだ。ここは不味いな。逃げ場が無い。危険だが外に出るべきだろう。いざとなればアリシアがアリスを連れて逃走出来る。私達は外の護衛に声を掛け、外に出る。渋ったが私達の実力は知ってるようですんなり表に出た。手が出せる筈も無ければ私達に命令出来る身分でも無いのだ。
「何ようだ?無礼にも程があるだろう。皇国はサルでも飼ってるのか?」
「小国の王子風情が調子に乗るな‼我等は教会の命により聖女をお迎えに来ただけだ。此度の活躍を教皇陛下も目を見張る物だとおほめにお言葉をくださったそうだ」
アリシアが行き成りククリ刀を投げる。無礼極まる物言いにキレたのだろう。アリシアは忠義に生きてる。父上やその家族に対する暴言は絶対に認めれないのだろう。特に叱りはしない。奴等の物言いは身分制度を理解してないのだ。周りには教会騎士に取り押さえられた市民た倒れていた。
教会騎士のトップにククリ刀が当たる瞬間、その男の前に少女が現れ、ククリ刀を持ってたショートソードで弾く。
見た目は黒目に黒髪…典型的な異世界人だ。厄介だな恐らく他に2人居る。
弾いたのはまだ幼さが残る少女だ。ボロボロの服を着て瞳は虚ろでどれだけ過酷な生活を強いられてるのか見るだけで分かる。その首に巻かれた首輪が痛々しい。
「流石は田舎で知られたアーランドだな獣を飼ってるのか」
隊長らしき男が鼻で笑う。何故こうも早く来たのか分からないが、異世界人を連れてる以上は彼等の力なのだろう。不味いな、異世界人がどんな力を持ってるのか分からない。
(アリシア、いざとなったらアリスを抱えて逃げなさい。あの3人の異世界人は危険だ)
(殿下を置いて逃げれる訳がありません。姫様に殺されますよ)
(お前の主はアリスだろ。主の安全を最優先に考えろ)
私は直ぐにアリシアに指示を出す。アリシアは渋々【隠形】を使って消えていくが…
「何処だ?」
「……そこに居ます」
「【魔術殺し】起動」
突如アリシアの【隠形】が解ける。
「これは魔法殺しの技法‼」
不味いな。魔法が効かないと逃げるのは厳しいぞ。数は…100人程か、私一人なら余裕で逃げれるがアリスを見捨てる訳にも行かないしアリシアを見捨てれば今度はアリス一人で皇国に攻め込むだろう。
「……遅い」
「え?っきゃ!」
突如アリシアが崩れ落ちる。アリシアの背後にはもう一人の少女が立っていた。
感知系に魔法殺し、あれは転移だろう。例え一流の暗殺者でもアリシアの背後は取れない。私も反応が遅れたのは行き成り現れたからか。
アリシアが一撃で意識を無くし、崩れ落ちると背中のアリスも地面に落ちる。この状況でも一切目を覚ます気配は無い。倒れる際にアリスを潰さなかったのはアリシアの忠誠心故だろう。落ちゆく意識でアリスが怪我をしないように崩れ落ちたようだ。私はすぐさま転移持ちの少女に切りかかるも転移で逃げられた。
「あの剣は危険です。切り合いになれば騎士隊長様の剣でも切られます」
「ならば私にこそ相応しい剣であろう。子供よ、私にそれを差し出せ」
これを差し出せだと?これは妹から大事にすると約束した私の宝だぞ。毎日磨いてるし、研ぐのもしっかりやってる。これほど大事な宝まで奪おうとするのか‼
「ほほう。どうやら聖騎士では無く盗賊の類であったか」
「貴様のような子供には過ぎた代物と言う事だ。私の方が持ち主に相応しいだろう?もっと喜ぶと良い。何せ私の腰に差す剣を献上するのだからな」
言葉は要らないだろう。私は全身に闘気を漲らせる。父上のようにパワーで押す事は出来ないが、父上を上回る魔力を妹より授かったお蔭で今までの私より遥かに強くなった。まだ腕輪には十分過ぎる魔力が残ってる。
「そこの市民は隙を突いて逃げると良い。折角助かった命だ。ここで死ねばアリスが悲しむぞ?」
「……」
市民達は歯を食いしばる。助けるのは無理なのだ。地力で逃げて貰うしかない。ここでは足手まといだ。
そして戦闘が始まった。こちらはオストランドから送られた護衛50人で相手は100以上の上にどうやら精鋭だ。それに異世界人が恐ろしい程に強い。
次第にこちらの数が減っていく。私は無傷だし、市民は出来る限り逃がした。彼等も別に人質にしてる訳でも無い。私達はアーランドに属するので人質にすらならない。もし人質にしても私は見捨てるだろう。彼等もそれを理解してるからあえて逃がしたのだろう。
「面倒な」
私が隊長を横切りで切ろうとすると異世界人が横から出てきて剣で刀を受ける。魔法殺しの影響で彼女だけは切れない。だが異世界人の身体能力は驚異だが、技術が足らんな。既に探知系の異世界人は気絶してる。しかし私も動くに動けない。背後のアリスを奪われる訳には行かないのだ。
これでは千日手…いや私に不利か。未だに傷こそ負っていないが、私も体力が限界に近い。2日ではそこまで持ち直せていないのだ。
そして不意を突かれた。魔法殺しの縦切りを躱し、隊長の剣を受けるでは無く切り裂くと背後から切られた。鎧を無視して切られたのは剣先を転移させ、鎧の中に出したのだろう。
「ぐ‼これしきで…」
「流石は蛮王の息子だな。しかし剣筋が鈍くなってるぞ」
これを期にどんどん負傷していく。そしてついに力尽き膝を地面に付く。奮い立たせるように刀を地面に刺して起き上がるが転移持ちに腹を蹴られ、地面を転がる。
「やっと聖女が手に入る。今回の手柄は教会が頂こう。何、話は既に出来てるのだよ。教会は今回のスタンビードでオストランドに聖女を派遣したのだとね。全く滅びると思ってたのに余計な手間を掛けさせる。本来なら王都は落ちて、その後に我等がここに神の教えを広める手はずだったのにね。まあ聖女が手に入るなら安い物だ」
アリスの命がけの行いすら踏みにじるか‼あの子がオストランドを助けるためにどれだけ身を削ったと思ってるんだ‼
「貴様ぁ‼どれだけ腐ってるんだ‼」
「何とでも言うが良い。全ては神の御心のままに」
恍惚な顔をしながら神の素晴らしさを語る隊長はアリスに近づくと、まるで物を扱うように首根っこを掴み…持ち上げる。掴んでるのは服だが許さん‼…そう言えばアリスは寝てる時に…………………………………………………………ヤバくないか?
持ち上げられたアリスはドス黒いオーラを出していた。




