56 オストランドの混乱③
目の前が真っ白になった。
間に合わなかった。どれだけ頑張っても出来ない事は存在する。けどこれはあんまりだろう。折角出来た友達を、まだこれから一緒に楽しい思い出を作る筈の人を失った。
湧いてくるのは怒り。憎い、何で彼女が死なないといけないのか?それが世界だと言われれば何も言えない。今、この場で無慈悲に死んでいく人など数えきれな程居るのだ。私だけが怒るのは筋違いかもしれない。悲しいのは辛いのは自分だけじゃない。それでも…どうしても許せなかった。
何か出来る事は無いのか?彼女を助ける手段は何もないのか?どんな非情な手段でも構わないとも思えてしまう。
不思議と涙は出なかった。だけど悲しみを圧倒する怒りが抑えきれなかった。握りしめた拳から血が出てる。初めての友達だった。明日は皆で買い物に行く約束をしてた。私がもっと早く異変に気が付いてれば彼女は死ななかったかもしれない。でもそれは過ぎた事だ。私の全部の魔力を動員しても時間は巻き戻せない。魔法なら出来るかもしれない。でもそれは私が100人居ても出来るとは思えない。
どうすれば良い?こんな時に何か浮かぶ筈だ。普段から発明ばかりしてるのだ。この重要な状況でも何か出る筈だ…だけど何も浮かばなかった。どうしようもない。
「こんな事って…」
横でアノンちゃんも崩れ落ちた。泣いている。そりゃそうだ。私と違って数ヶ月の付き合いじゃない。彼女達は生まれた時から付き合いのあるのだ私以上に繋がりが深い。
――これをあげる――
ふと声が聞こえた。そして猛烈な頭痛。それは情報だった。膨大な情報、それは人の体の詳細…それこそ遺伝子レベルの情報と死者を呼び戻せるであろう禁忌の魔法。
こんな魔法は知らない。魔術師が知りえるレベルの魔法じゃ無い。知らない物は私でも作れない。何故?何処で知ったのかも分からない。でもこの魔法を正しく使えば彼女は助かるかもしれない。その為に必要な事は今の私でも出来る。
「世界を拒み、新たなる理を生み出す【幻想結界】我は魂の剥離を拒絶する。肉体よ魂を束縛せよ」
「え?」
世界が変わる。あちこちに時計のような物が浮かんでたりクマの人形が楽器を演奏しながら歩いてる私の幻想世界を生み出す。この場は私の支配領域と化した。これでここに居る人間は魂が剥離する事は無い。それがこの世界のルールです。せめてこの場に居る人も救ってみせよう。
「魔紋展開、制御符起動」
次に私の体に刺青のような物が浮き出てくる。これは魔力回路を外付けしたものだ。これから行う魔法は制御符と魔紋を持っても難しい。繊細な作業を行わないと魂の情報に傷を付けてしまう。もし魂に修復不能の傷を付ければもう手出し出来ない。あれは超高密度の情報体だ。私でもどうしようもないと理解出来た。
そして久しぶりの制御符。これも前々からコツコツ作ってた。大規模魔法の展開はこれがあるのと無いのでは全然負担が違う。今回は盛大に1000枚程使います。制御符は講堂を囲む【拒絶結界】に沿って配置される。
「お願い」
――気乗リシナイケド仕方ナイネ、失敗シテモシラナイヨ?――
「今日こそ成功させる。精霊魔装展開」
さらにもう一つ。これはお母様用にこっそり練習してた精霊を使った魔装。
精霊魔法とは何か?と考えた事があったが、答えは簡単だ。世界に対する干渉力の違いだ。それ以外は何も違わない。精霊の使う力は人より遥かに世界に干渉出来るのだ。だから一時的にでも私も近い状態になれないかと模索した結果、精霊との一時的な融合にたどり着いた。これはさっきの知識には無い。何故なら難しくて成功した事が無かった。元々精霊と私は別の存在で反発し合う。自分の中に精霊を受け入れる事が出来なかった。だけどもし成功すればこの魔法の成功率は安定域にまで上昇する。光の精霊は命を司ってる。彼女の力がどうしても必要です。万に一つも失敗出来ないのです。
スーっと光の精霊が私の胸の中に入っていく…アリシアさんの胸に突撃してた時は跳ね返されてたのにこうも…よそう今は集中です。
そして魂を揺さぶられるような激痛が走った。
自分自身の存在を書き換えるような物だ。半精霊とも呼べる状態になるのに何も代償が無い訳では無い。ただ失敗するだけなら強制分離の上、気絶で済みますが、もし同調時に制御失敗すれば私の自我が吹き飛ばされかねない。元々精霊の方が私より格上の魂なので、私の魂が砕ける危険も無きにしも非ず。どうなるかは成功した事が無いので分からないが、精霊達の話によると力を借りて魔法を使うより遥かに強い魔法を使えるらしい。
「アリス何してるんだよ‼」
「少し黙ってて。集中しないと暴発する」
少しずつ私と精霊の魂を同調させ変質させていく。出来る限り精霊と酷似した魂に私の自我を残したまま変質させる。
時間的に数分だろうか?体中の痛みが消えた。どうやら成功したようです。また死んだ‼と一瞬勘違いを起こす程体が軽いです。と言うか浮いてる。まあ驚くまい。精霊が地面に立ってるのは見たことが無い。稀に墜落してる程度で基本的に浮いてます。
何やら周りが静かですね。先ほどまで阿鼻叫喚の状態だったのに静まり返る…と言うか何故か騎士や兵士まで私を見てます。
「天使?」
「天使が降臨した‼」
ん?と指さされた方向…私の後ろを見るが、アリシアさんが凄い顔をしてるだけだった。あれは天使では無い。私のしょんぼりメイドさんだ。勝手に天使扱いする事は許されない。
「なあアリス、自分の姿を見ろよ」
「ん?今は忙しい。直ぐに禁術を展開しないとシャロンちゃんを助けれない。影の住民よ歌え、【月夜の合唱隊】」
私の影が床からむくりと起き上がり数を増やしていく。そして祈るようなポーズで詠唱を始めた。これは共鳴詠唱と言う物で一部の大規模魔法の展開に使う。基本的に生身の人間が複数で詠唱するんだけど、今回は死者蘇生なので術者が死ぬ危険があります。
基本的に禁術の反動は死です。世界の理を変え過ぎた為に起こる揺り返しで大体死にます。もっともこの世界で私を殺す事は出来ませんけどね。
この結界は私の世界だ。世界の理もここには入れない。揺り戻しは波のような物で、一時的に避難できればずっと狙われる物ではないのです。この世界に留まり揺り返しを逃れなければ確実に死ぬと情報には会った。だが揺り戻しさえ逃れれば次に起こるのはつじつま合わせです。
「ここを聖域と化す。死よ去れ、あらゆる不条理よ去れ、世界の理よ立ち退けここは聖域なり。ここを犯す事は許されない【聖域】」
詠唱を続ける毎に背後の合唱隊が禁術の反動で消えていく。【月夜の合唱隊】は共鳴詠唱でのアシストに使えるが、脆いのです。そして膨大な魔力を内包したこの世界にヒビが入る程魔力が消費され枯渇していく。しかし結界は壊れない。魔力は空間内にあるのを全て使い尽くして、今度は私から奪われていく。結界が壊れれば魂の剥離が始まり、死者の蘇生は出来ない。魂が剥離すれば天へと還ってしまう。手出し出来なくなります。だから結界の維持に意識を割きつつ死者を蘇生しなければならない。しかもこれで蘇生しても結界が壊れれば死んでしまう。元々死んでる人達なのだ。当然揺り戻しで死人に戻される。なので私と一緒に暫くは結界内での生活になるだろう。
一人また一人と合唱隊が消えても謡い続ける。必ず助けるのです。だからどれだけ魔力を消費してもこの結界は壊させないし、詠唱も辞めない。
再び時間の感覚が曖昧になり、ゆっくりと時間が流れるような感覚になる。私はそれでも謡いながら倒れてる人達を見る。
倒れてる人達は起き上がらないが、体の傷が無くなっていく。治ってる訳じゃ無い元々存在しないかのように消えていく。
千切れた腕に光が集まると少しづつ腕が顕現していく。お腹に開いた風穴が消えていく。もう少しです。これは準備段階。あのまま生き返らせても再び死ぬだけです。なので怪我を無くさないといけない。でも死んでる人には治療魔法は使えない。だから怪我はない事に書き換える。事象の改竄。当然普通にそんな事をしたら術者も被術者も唯じゃ済まない。理から逃れるのは恐ろしく難しいのです。
そしてさらに時間が経って奇跡が起きる。倒れて動かなくなった人たちが目を開けた。そして起き上がる。しかし私は謡う。まだ終わりじゃないここにはまだかなりの死者が居ます……結界の外の死者は無理です。この中の死者を蘇生させるのだって私だけでは無く残りの精霊5柱全部から渡せるだけの魔力を全て貰って発動してるのです。諦めるしかない。心は痛むが出来ない事は出来ない。今はシャロンちゃんを助けること以外は考えない。最悪他の人全てが失敗でもシャロンちゃんだけは蘇生させてみせる。
「帰って来て」
そして禁術は終わる。魂が剥離していない人は全て傷が無くなりまだ仮初だが命が戻る。その中にシャロンちゃんも居た。蘇生した人は大よそですが、100人程です。正直禁術の反動が恐ろしくなる人数です。結界を維持するだけの魔力しか残って無いので全てが終わったらまた激痛にみまわれるでしょう。流石に魔力を一度に消耗し過ぎました。直ぐ気絶は無いでしょう魔力回路を外付けまでしてるのでギリギリ耐えました。
後はこの結界を3日程維持するだけで問題は無いはずです…私が寝なければ問題はない。三徹です。寧ろそっちが難しい。アリシアさんに助けて貰おう。丁度後ろで固まってます。と言うか私の意識が途絶えたら即死亡と言う次の段階に持ってこれました。死んでしまうよりは遥かにマシです。周囲の人に説明すれば絶対に私を眠らせはしまい。
「…あれアリス?皆…何で泣いてるの」
「勝手に死ぬなよ‼アリスが家出までして助けに来なかったらもう駄目だったんだぞ」
シャロンちゃんは…と言うか蘇生した人はほぼ全員ポケ~としてます。何も分かって無いシャロンちゃんにアノンちゃんが抱き付いて少し遅れてケーナちゃんも抱き付いた。私は抱き付いてませんよ、一歩たりとも動けない状態なので。肉体を使った訳でも無いのに指も動かせません。流石に浮いてるので転びませんけど竜杖は落としました。足元から不満げな鳴き声が聞こえます。
「気が済みましたか?姫様」
「良かった。何とかなった」
後ろからアリシアさんに抱きしめられた。私は浮遊するのを辞めてそのまま抱かれる。別に精霊魔装を展開してる時は浮いても魔力を消費しないけど慣れてないので地面に足がついてる方が落ち着きます。
「どうするんですか?こんな大それたことをしたら、確実に面倒事…もう良いです既に信じられない事が起きましたから私は姫様が無事ならそれだけで十分です」
「後3日はこのままだけどね。流石に揺り返しを逃れないと全員死人に戻る。だから寝かせないでね?私の意識が途絶えたら私も彼等も死ぬから」
ギョ‼っと近くの人達が私を見た。当然でしょう結界とは防御系の魔法でも断トツの魔力を消費するのです。何も問題無ければこんな負担は即解除です。
「全力で寝させません。姫様には生きたまま陛下達に会っていただきます」
ああそっちも残ってましたね。流石に今回は謹慎じゃ済まないでしょうね。城の塔に幽閉ですかね?まあ仕方ない。別に後悔はしてないのです。罰は大人しく受けよう…この状況で生き残れればの話ですが。
だって結界の外は魔物で溢れてるし現状私に対処する余力も無い。法則的に私に認められてない魔物はここには入れないがいずれは魔力も尽きる。未だに絶体絶命なのです。




