閑話5 メイドの主人観察日記③
この駄犬を殺したい。どうもこんにちわメイド兼護衛のアリシアです。
何やらおかしいです。姫様を捕まえる度に駄犬を抱えてます。何故か入れ替わるのです。考えられるのは幻術系の魔法でしょうか?既に私は姫様の術中にはまっており駄犬を姫様と間違うのでしょうか?
それともう一つは短距離転移でしょうか?あれで捕まった瞬間に駄犬と入れ替わってる可能性がありますね。現に姫様は余り離れて居ない場所に立ってるのを直ぐに見つけられます。
しかし何故逃げる…怒られたく無いんでしょうね、つまりは無断外出が悪い事だと理解出来てるのでしょう。しかも陛下も一緒に転移してるらしくのうのうと逃げてます。
「姫様、大人しくしてくださいよ。そこまで私が嫌いなんですか?」
「アリシアさん最近怒ってばっかり」
「そうだそうだ」
陛下が子供化してるのはこの際無視して、私が最近怒ってるのは悪戯が悪化してるからですよ。利便性とかを無視して陛下に手を回して地下に施設を作ったり、こっそり城に魔導炉を設置したりやり過ぎです。
しかも地下に作った理由は何かカッコ良さそうとか言ってました。直ぐに地下の方が目立たないとか侵入経路を限定する事で警備をし易くしたとかそれらしい理由を言ってましたが、最初の発言が本音でしょう。
「怒りません。陛下が居れば警護面では心配する必要はありませんが、私に一言言って欲しいです」
陛下は英雄なので間者が現れても姫様を守りながら撃退するのは簡単でしょう。実力者でも姫様の補助が入った陛下を倒すのは不可能に近いと思います。ですが姫様は女の子なのです。男性である陛下だけではカバーしきれないので私も連れて行って欲しいです。
「本当?」
「嘘は言いません」
「じゃあ一緒に行く」
怒らないと明言するとあっさりと同行を許されました。どうやら城から余り出ない姫様を心配して陛下が町に連れ出したのが今回の真相だそうです。
姫様は引き籠る悪癖を持ってます。別に引きこもりでは無く忙しさ…主に研究方面に情熱をつぎ込んでるので暇があると図面を引いてる事が多いのです。なので陽の光を浴びた方が良いと散策してたとか。
「陛下…そう言うのは先に言っていただきたいです。城の騎士達が怒ってましたよ」
「知らん‼どうせ言っても仕事があると却下されるだけだ。仕事はボルケンのアホが余計に持って来るだけなのにサボってる扱いは堪ったもんじゃない」
確かに宰相閣下は仕事大好きなので仕方ない。
「それで姫様はどうやって入れ替わってたんですか?」
「緊急回避1型。短距離転移を使って視界内の物の場所を入れ替える。効率的な術式の構築に成功したお蔭で詠唱も殆ど破棄出来る。欠点は効果範囲が50m程と言うだけの新しい魔法」
確かにそんな魔法を高速で使われたら姫様を捕まえるのは不可能だろう。だからいつも一緒に居る駄犬が私の腕に居たのでしょう。捕まえるまでは本人だけど捕まった瞬間には駄犬と入れ替わり逃げてたと。しかも魔力消費もそこそこなのでそれを使った高速移動にも転用できるとか。
流石に休み期間で休みもあり、学園でのストレスや隠す必要が無くなった姫様は魔法をどんどん作り始めました。既に上級魔法もいくつか使えますし、新規の上級魔法もいくつか作ってるそうです。
まあ細かい事は良いでしょう。どうせ陛下は帰ったら執務室に軟禁されて再び仕事漬けですし、私は姫様が気分転換出来れば問題ありません。既に暗部もこちらを把握しており、時々すれ違ったりなどをして警護に入ってます。今日は姫様の好きにさせましょう。
「ん~クート君大型犬サイズになって」
「わふ」
ポフンと煙が出ると小型犬から姫様を乗せられる大型犬になる駄犬。姫様はそのまま駄犬に跨った。
「楽ちん」
どうやら少し疲れたようです。しかし、少し前ならここで私の出番だったのに…駄犬許すまじ。
その後、特に目的も無く王都内を散策してます。元々目的等無いのです。陛下も流石に幼い姫様を連れて酒場に向かう事は無いようで、一緒に楽しく王都を探索してます。
「そう言えばお金の名前知らない」
「教わって無いのか‼」
通りのお店を見ながら姫様が呟きました。陛下も知らないとは思ってなかったらしく動揺してます。因みに私も驚いてます
確か…教えてませんね。実際にお金を触る機会等早々ないので教え忘れたと言うか教えなくても知ってると言う潜入感がありました。思い出せば金貨や銀貨とか言ってもお金の名前までは言ってませんでしたね。
と言う事は…経済感覚も壊滅的なのでは…駄目だ多分お金の価値を気にする性格じゃない。絶対にどうでも良いと思ってるでしょう。欲しい物で買える物は何でも自分で買えるのでお金の大事さを理解出来て無い。
「どういう事だアリシア」
「どうやら教え忘れが有ったようです。金貨や銀貨等は区別出来ますが、この様だと経済感覚が正常なのか私にも分かりません」
「失敬だな」
姫様が怒ります。
「では姫様。ここに金貨1枚…100万リルあります。これでそこの果物屋でリンゴを何個買えますか?」
「ん~100個」
「高い‼」
駄目です。余りに金貨に慣れ過ぎて金銭感覚が狂ってます。試しに小銅貨を見せた所、首を傾げられました。見た事が無いのです。存在しか知らないようでそれがお金だとは直ぐに分からないらしい。
ちなみにこの大陸では通貨は同一の物が使われてます。ケルングル王国が発行するお金なのですが、あの王国は法律が異常なまでに厳しい国で、そう言う物の発行はあの国が行ってます。つまり信頼出来る国と言う訳です。
大昔は各国で作ってましたが、国の違いによりお金の価値観が違い過ぎて当時もっとも厳格だったあの国に白羽の矢が立ったわけです。あの国は樹立以来一度も他国を攻撃した事も無い国ですからね安心です。
お金は銅貨・銀貨・金貨・白金貨と種類があり、白金貨と金貨以外は中小の2種類、計6種類あります。
さっきのリンゴなら小銅貨2枚で買えます。姫様が小銅貨1枚は100円だとか意味不明な事を言ってますがまあ前世からの知識を取ってすり合わせしてるのでしょう。
小銅貨10枚で銅貨1枚。銅貨十枚で小銀貨と言う具合です。金貨と白金貨は一種類だけです
「知らなかった。私大金持ちだったんだ」
「どれだけ浪費家だったか理解出来たな。もう少し節制を心掛けなさい」
「経済の基本は消費だから自分のお金である以上は気にしない」
駄目ですね。理解出来ても反省してない。姫様感覚ではお金は稼げるので溜める必要は無いらしいです。全く羨ましい御方ですが、事実お金はいくらでも生み出せる御方なので大切ではないらしい。それに姫様は資材以外では余りお金を使いません。資材→魔道書→おやつ程度です。おやつも基本的に町に出た時くらいですしそれも少ないので、資材さえ買わせなければほぼ使いません。魔道書は図書館に行けば見れるので最近では買ってませんからね。
「この件は私が必ず姫様に重要性を教えておきます」
「子供だと言う事を教師も忘れたんだろう。賢過ぎる弊害だな。今一度常識の基礎から教えてあげろ」
「はい」
陽もそろそろ暮れる頃に城に帰る途中、陛下が姫様に向かって話だした。
「所であの部屋の警備レベルを下げてくれんかね」
「信賞必罰は政の基本」
姫様の留守中に勝手に部屋を捜索した件であの元自室は完全な魔窟になってます。しかも帰国後も特に何もしてないので警備レベルは悪夢その物らしいです。姫様の使う悪夢と言う魔法は精神に直接トラウマを刻み込む類の呪いに近い魔法なのでどれだけ鍛えても無理らしく、今では不審者が捕まるどころか、その不審者も近づかないようです。警備は入口に2人居ますが中で偶に物音がするらしく不気味そのものです。
「頼む。警備する騎士から苦情が溜まってる」
中の魔道具は特に封印してないらしく、部屋に入っても触れない認識阻害の魔法だけなのですが、それが原因で魔力の残ってる魔道具が稀に動くのが物音の原因だから気にしないでと言う姫様ですが夜間の警備の騎士には怖いのでしょう。かなりトラウマを負った人が居るらしく、帰国次第行き成り土下座で姫様に許しを乞う騎士が数人居ました。姫様はもう入っちゃ駄目だよと言うだけで解除しませんでした。
「あれは出すときに出す物。それと…内緒‼」
ちょっと顔を赤くしてますね。何やら恥ずかしい物も入ってる模様です。是非その嬉し恥ずかしのアイテムをゲットしたいのですが、姫様は私でも不可能と言うので無理でしょう。迂闊に入って某伯爵のように致死級のトラップに引っかかりたくないのでいずれ姫様に入れてもらうのを待ちましょう。
「見つけたぞ‼」
「ひっ捕らえろ‼」
「散々探させやがって‼宰相閣下が待ってるんだから執務室に戻りやがれ‼」
城の近くに来ると私達は騎士達に囲まれました。かなり探してたのか全員血走った眼をしてます。しかも手には姫様が作ったふにゃふにゃの鎖を持ってます。
「あれ俺国王じゃね?お前等不敬過ぎるだろ」
陛下も騎士達の態度に動揺してるようです。確かに臣下が取る態度ではありません。しかし正規の手続きを踏まずに逃走したと判断された為にかなり怒ってるようです。
「姫様、我等は陛下を執務室に連行しなくてはなりません。少々荒事になりますので先に戻ってください」
「分かった」
騎士達は姫様の護衛に数人つくと陛下を取り囲む。全員が対陛下用の拘束具を持ってる上に陛下が悪いのは分かりきってるので碌な抵抗も出来ずに拘束されて引きずられていきました。私と姫様は仕方ないとばかりに帰路につくのでした。
「お帰りなさいアリスちゃん?」
「緊急わきゅ‼」
城に戻ると覇気を纏った王妃様が腕を組んで待ってました。行き成りの事で姫様も先ほどのように逃げようとしたのですが失敗して捕まりました。しかも捕まった瞬間超ゴツイ魔道具が手首に付けられました。恐らく魔力を使えなくする魔道具でしょう。対姫様用に犯罪者にも使わないくらいゴツイのが用意されたようです。
「今日はもう仕事が無いからじっくりしっかりお話を聞かせてね?」
「コクコク」
猫のように首根っこを持たれ、そのまま城の中に消えていきました。私も今日の事で暗部と打合せを行う必要が出来ました。姫様が急に居なくなっても対応出来るように対策を考えねば。
今日は恐らく王妃様と一緒に入浴して王妃様の部屋で寝る事になると思われるので空いた時間で残りの仕事をしてしまいましょう。
遠くから陛下の「お前等無礼過ぎだ~‼」と言う叫び声が聞こえますがいつもの事です。




