別話1 きっと君を助けてみせる。
神聖アビア皇国。それは女神イーリエを信仰する教会の総本山を有する国だ。ここでは現在イランディア派と呼ばれる宗派が実権を握って数百年経っており、イランディア派は原派と呼ばれる最初に出来た宗派から別れた宗派で人種迫害や、種族の迫害を推奨している。
彼等は自分達以外の人種や種族を下等な種族として奴隷にする事を認め、それらを隷属する事で発展してきた。
彼等に取って他の人間は下等な存在なのだ…そう異世界人でもそれは例外じゃない。異世界人はこの世界に無い知識を持って来るので教会の勢力圏外ではかなりもてなされるし、保護する国も多いが、皇国は違う。この国は長い歴史の中で、世界唯一の勇者召喚の技法を生み出したのだ。この方法で召喚された異世界人は例外なく何かしらの異能を持ちこの世界に現れる。
皇国は考えた。呼び出せるのだからこちらが頭を下げて異世界の知識を貰う必要は無い。隷属の術式もあるのだ。彼等を隷属させれば勇者の力と異世界の技術を両方手に入れられる。それは技術と武力両方手に入れる事が出来ると言う事だ。
しかし問題もあった。勇者召喚で呼ばれた異世界人は優れた力を持っている。今まで偶然で現れた異世界人は力を持ってたりもするが、それは全員では無い。その違いは何か?その答えも長い年月をかけた研究で明らかになった。それは女神の力だった。女神は世界のルールを順守しなければならず、勇者召喚の技法で呼ばれた異世界人には力を与えなければならないのだ。
当然女神は力を与えすぎれば疲弊する。女神には世界を守る為に多くの力が必要なのだ。それを横取りするような技法でもあり、本来なら世界に危機が訪れた時にのみ頼る技法であった。しかし皇国は気にしない。女神が弱っても女神の力を持った異世界人さえ居れば暗黒期と呼ばれる騒乱の時代が訪れても対処出来る。当然他国にはそんな戦力は無いが、亜人と手を組むような国がどうなっても彼等は気にしないのだ。自ら手を下す手間も無く滅びるならどうでも良いと思っている。
この国の上層部には既に信仰心は無い。馬鹿な民衆に甘い言葉を囁けば勝手に金を貢ぐ金蔓としか思ってなかった。
女神の力は日々落ちている。多くの国で魔物の被害が増え始め、暗黒期も近いのだろう。しかし皇国は勇者軍団と呼べるだけの異世界人を有する。これで乗り切れない筈は無いだろうと考えている。実際に魔獣や魔物の被害も皇国や同盟国の帝国では割と抑えられている。
これなら仇敵アーランドも倒せるだろう。帝国と皇国の連合軍に数多の魔物の群れ。これならあの国も亡ぼせるだろう。あの国は皇国と帝国に取って何としても欲しい国なのだ。魔物の被害も大きいが、多くの鉱山は帝国の繁栄に必要だし、そこに住む亜人は希少な種族も多く、奴隷としての価値も高い。珍しい種族の奴隷は2つの国では高値で売れるのだ。住む住民も土地も価値は高いと言えるだろう。しかしかの国は強い。500年以上も皇国と帝国に抗い続けるだけの戦力を保持してるのだ。しかも皇国と帝国が迫害を続けるほどに、多くの亜人が集結し力を増している。
さらには帝国が皇国の思惑に反して無理に国土を広げた結果、帝国は広げた領土の維持で手一杯になり、思うように動けなくなってしまった。
これではアーランドを亡ぼせない。しかし皇国だけでアーランドと事を構える訳にも行かず、勇者召喚を行い続ける事で戦力を上げていた。
そして今日、ついに1000人目の召喚が行われる。
1000人…学者の話ではこの召喚で女神は力を失い、休眠に入るだろう。そして最後の勇者は女神が最後まで隠し通してた能力を与えられると考えられる。
最近の勇者は戦闘に向かない能力だったり、他に比べて弱い者も多くラストオーダーには期待が大きかった。
「そろそろか。いい加減人柱の用意も難しくなっていた所だ。馬鹿な住民も騒ぎ出したしな」
「全くだ。身の程を知って大人しくしてれば良い物を」
勇者召喚を行うには莫大な魔力が必要であり、それの調達は容易ではない。それほどの魔力が必要なのだ。それの代用として50人の生贄を用意したのだ。
50人の少女を集め、その少女達の命と全ての魔力を使う事で、足りない魔力を補うのだ。これは呪法に分類されるのだが、これで勇者召喚に必要な魔力を補えている。
そして少女達の悲鳴と共に魔法陣が光だす。今回も召喚魔法は起動したようだ。
ラストオーダーが召喚される。彼等は隷属の首輪を持ちながら召喚されるのを待っていた。召喚され、時間が経てば己の状況を察する為、召喚された瞬間勇者を拘束するのだ。
彼等は戦いを知らない事が多い。平和な世界からいきなり召喚された事で動揺してる為、召喚時は混乱してる。なので召喚された時点で首輪をつけるのだ。
「そろそろ現れる。油断するな、出てくるのは怪物のような力を持った奴だ」
「っは‼」
そして少女達の悲鳴が止むと一人の男が現れた。それは地球の日本人なら誰もが知る居合の格好だがこの世界にも倭の国がある為知ってる者も居た。
歳はまだ十代だろう。短髪の黒髪に瞳も黒。異世界人を良く知る彼等は大体何処から来たのか察したようだ。
ただし彼は居合の最中に呼ばれたため日本刀を所持している。行き成り取り押さえようとした神官達も慄いた。どんな力を持ってるか分からないのだ。
神官は笑顔を向けながら近づいた。他の神官が急いで魔法で少女達の死体を隠す。元々武器を持った勇者も珍しく無い。なので対応も慣れていた。
なに問題は無い。近くの部屋で薬でも飲ませれば大人しくなる。彼等はそう考え皆笑顔でもてなそうとした。呼ばれた者が全てを知ってる事を知らずに。
「ようこそいらっしゃいました。どうか我等の願いをお聞きして貰いたい。事情は全て別室でお話ししたいこちらへ」
「……何処に…だろう」
「は?」
彼等は近づく。行き成り攻撃してくる異世界人は居ない。皆動揺して中にはパニックを起こす者も多い。その中で笑顔で近づけば最低限の警戒で済む。
「ッハ‼」
神官が近づくと一瞬の煌めきが起きた。
「え?」
理解出来きずに崩れ落ちる神官。彼は腹を抑えるように…溢れ出す臓器を抱え込むように倒れた。
少年は何事も無いように刀を振り血を飛ばすと鞘に納める。
「お前らが何を目論んで俺を呼んだのかは女神から聞いた。俺には探さないといけない子が居るからお前らの下種な目的に付き合う気は無い。時期に暗黒期が来る。それまででアイを探さないと……女神からお前等に伝言だ。今回の暗黒期はお前等の思い通りにはいかない。下手をすれば世界が亡びる規模だろうとな」
少年は吐き捨てるように神官達に告げると用は無いと外に向けて歩き出す。
しかし神官達には用があるのだ。むしろ神官達は恐怖より興奮していた。少年は全てを知っていたとしても眉ひとつ動かさずに人を殺したのだ。これがどれほどの才能か彼等は知っていた。
欲しい。戦力として期待出来る人材が来たのだ。これを捕まえる為に外には200人の教会騎士達が待っている。彼等は、もし勇者が逃げようとした時の為の保険だが、召喚されたばかりの異世界人は自分の力を使いこなせない。だから時間を置かなければ拘束するのは簡単だと彼等は魔術師が張った結界内でほくそえんでいた。
しかし彼等は知らない。少年は彼らを最初から人と扱っていない事を。彼等が少年を召喚するのに何を使ったかを知ってる少年はこの場に居る人間すべてを殺しても心を痛めないのだ。
「ふん、やっぱりか。死にたい奴はかかってこい。俺にはやらないといけない事があるんだ…今度こそ救ってみせるんだ。お前ら如きに負けるようじゃアイを救えない‼」
殺戮が始まる。教会騎士は異世界人が入ってる訳では無いが、ここに居るメンバーはアーランドの正規軍にも劣らないと自負する者達だ。それを難なく切り伏せていく。しかも少年は返り血一つ浴びる事は無い。彼等の薄笑いは次第に怒気に変わり、1時間もすると青褪めた。少年は返り血一つなく教会騎士を150人切り殺したのだ。残った教会騎士も少年から距離を取って剣を構えている。
「女神様にも感謝しないとな、俺の刀も刃こぼれ一つないや」
少年は切り捨てた教会騎士より自分の刀を気にしてるようだが、その刀は刃こぼれ一つ無ければ軽く振るだけで血を振り払える。少年も隙を突いて切った相手の服で拭っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
「お、お前は何なんだ‼これだけの数を相手に息切れもしないとは…化け物め‼ここで我等が成敗してくれる。大人しくしろ‼」
教会騎士の隊長らしき人物が吠える。しかし彼の顔色は悪い。当然だろう。目の前に居るのは彼等の仲間を一切の情も無く切り捨てた男だ、少年はめんどくさそうに怖いなら逃げれば良いだろと言いながら頭を掻いている。
しかし彼等も逃げる訳にはいかない。ここで逃げれば背信者にされかれないのだ。
これだけの強さを誇る少年は明らかに今までの勇者とは違う。魔法すら切り裂き、どれだけ囲まれても切り裂かれる。しかも召喚されたばかりだ。それだけの男を捕まえれれば手柄になるのだ。
「さっさと何処かに行ってくれないか?俺は予定があると言っただろう?時間が無いんだよ」
「ふ、ふん。そんな事を言ってられるのは今の内だけだ‼やれ‼」
隊長が支持を出すと、後ろの魔術師たちが詠唱を行う。少年は妨害もせずに頭を掻いている。明らかに見下されているのにイラつく隊長だがそれももうすぐ終わると笑っていた。
そして完成する魔法。それは竜すら動きを封じる封縛術だ。彼等の切り札でもあった。それは紐のように少年に襲い掛かるが、少年は刀を鞘に戻すと構えを取る――居合術だ。
そして最初見せたように一閃…竜すら動きを封じる封縛術はいとも簡単に断ち切られた。唖然とする教会騎士達に少年は襲い掛かる。流れるような動きで彼等の間を駆け抜けると適当に切った騎士から奪った布きれで刀を拭い鞘に納める。
少年が駆け抜けた後には崩れ落ちる教会騎士達が居た。彼等は例外なく上半身と下半身が真っ二つに切り裂かれていた。
そして終わったかと神殿から神官達が出てくるが彼等は外の惨劇を見てついに自分達が何を呼び出したのか理解し、腰が抜けたようだ。地面には水たまりが出来ていた。
「ひ‼ひぃ」
「だから逃げろって言ったのに」
少年は腰が抜けた神官を無視して歩き出す。邪魔をする者は全て切り裂くと背中が語っていた。神官達は何も言えずに…援軍を呼ぼうといた他の神官を抑え込んだ。腰が抜けててもあの少年は容赦しないだろう、しかし援軍など呼んだ瞬間真っ先に狙われるのは自分たちなのだ。叫び声すら上げずに少年が消えるのを待った。
「さて何処に居るのかな…早く会いたいけど俺の事も覚えてないんだっけ?面倒だな。女神様も人を探す力をくれれば良いのに、もう持ってないんだもんな」
少年はその後も邪魔をする奴を切り捨てて皇都を出た。いちお最初に警告するし、無抵抗だったり無関係の人間は切らなかった。
途中に町で首輪をつけてる多くの人間を見て眉をひそめていたが、少年にも出来ない事は出来ないのだ。首輪を取っても彼等を養えないし着いてこられれば足手まといだ。少年は目的があるので彼等を見捨てた。もし目的が終わったのなら助けただろう。
「アイ…君がこの世界に居るんだね。出来れば幸せに生きててほしいが、どうせ君の事だまた面倒事に巻き込まれてるんだろう…それに暗黒期の事もある。今度こそ君を死なせない」
少年は歩き出す。かつて死んだ幼馴染に再会する為に。
「アイの居場所は…へんに技術が進んでる国だな。そこに絶対に居る」
かつて地球で天才や時代の転換者と呼ばれた幼馴染。女神の話通りならその知識だけをこの世界で受け継いでる筈だ。彼女を探すのは技術…しかも地球の物にそっくりな物が出回ってる国だろう。
少年は歩き出す。少女を探すために…
「あ‼やべ女神様財布に金入れ忘れてる…本気で暗黒期止めさせるつもりなのか?金が無ければ旅なんか出来ないぞ…確かギルドがあるんだっけ?そこで稼ぎながら旅をするか」
餞別として渡されたいくつかのアイテムの中に有った財布には何も入っていなかった。少年が幼馴染を探すのは暫く掛かるだろう。




