40話 風邪と深夜の実験
入学してから3か月。私のストレスは限界に近かった。冒険者活動は今の所してません。まずは学園生活に慣れないといけないからです。しかし幼等科では数人の友達が出来ましたがそれ以外では針の筵です。何処に行っても私を見ながらひそひそと話をしてる人が居ますし、アリシアさんはこの3か月で既に死人状態です。初めてここまでの怒りを出したのでどうしていいのか分からないようです。たまにお兄様と話し合いをしてるのが見受けられます。2か月に及んだおやつ禁止令も解除されましたが私は許しません。何故なら先日届いた手紙にマダムがこっちに来ると言ってる事が書いてあったからです。幸いお父様の必死の抵抗でこちらに来ることは無くなったそうですが戻ってきたら時間の許す限り再教育は確定したそうです。
これは許されない。あの人凄い怖いんです。悪い人じゃないですよ。教育期間じゃ無ければ抱き付くくらいは好きですが、教育中は逃げ出す程怖いんです。なのでマダムに告げ口したアリシアさんを許す事が出来ないんです。
私もここまで喧嘩した事が無いので内心涙目です。毎晩クート君を抱いて相談してます。
「どうしよう…何て言い出せば良いか分かんない」
「主よ普通に話せばよいのでは?あれもそれを待ってるであろう」
クート君に相談しても毎回同じことを言われます。しかしそれが出来れば苦労はしません。私だって仲直りしたいんです。引き籠るのは1ヵ月ちょっとで辞めましたがその時には微妙な距離感が出来てしまい、そのままずるずると距離感が出来てしまったまま生活する事になったのです。それから今日まで会話と言う会話も無く生活してるのですが見知らぬ土地で針の筵の生活は心を疲弊させるには十分でした。
そしてクート君に相談した次の日、私は風邪をひきました。医者の人には心労が溜まってると言われました。少し留学を舐めてたのでしょう。ストレスは私の意識の外に有った。私が感じる程では無かったけど、それはあったのだろう。それがアリシアさんとの喧嘩や学園でのストレスで一気に膨らんだ結果なのでしょう。
私も図太い方だと思いますよ。実際に生徒や教師に何か言われてもアリシアさんとかを貶されない限りは特に気にしません。自分の事を言われても余り気にならないんです。だけど体調を崩す程、アリシアさんが大事なのは間違いない。最近寝つきも悪くなってますし、集中力も落ちてきました。
「姫様…申し訳ありませんでした」
「気にしないで。私もどうすれば良いのか分からなかったの。初めてだからどうして良いのか判断が付かなかった。もっと話したかったのに前みたいに戻りたかったのに話す勇気が無かった。これは丁度良い機会だと思う。今後もよろしくね…マダムの件はまだちょっとだけ許せないけど」
アリシアさんも心配そうな顔ですが、仲直り出来て嬉しそうだ。別に重病になった訳じゃありませんし、風邪自体は割と掛かるので珍しくも無い。自己診断の結果も単なる風邪で肺炎や他の病気の心配も無いので薬を飲んで2・3日休めば治るでしょう。
「…ありがとうございます。それと寮の外で殿下が捕まったそうです。姫様を心配して女子寮に侵入しようとした所、警備に捕まったそうです」
「そっちは放置。暫くお説教して貰った方が良い。暇があったら唯の風邪だから大丈夫って伝えておいて」
「かしこまりました」
マダムの件はちょっと苦笑いでスルーされました。まあ、アリシアさんの立場上無視出来なかったのでしょう。それで許せるか別問題ですが仕事なので仕方ないと言う部分もあります。なので自力で回避するだけです。
「しかし姫様にここまで心労を与えてしまうとは…すみませんでした」
「もういいから」
表情が戻ったと思ったらまた暗くなった。別にアリシアさんとの喧嘩だけが原因じゃありませんし。学校が嫌になって来てたのも否めない。少し気を張りすぎたのだろう…と言うか令嬢生活が窮屈過ぎるのだ。何事にも作法作法で嫌になります。私は王族なので国が無くならない限り生涯この生活を続けるのですが、アーランドはかなり緩い国なんだな、と改めて思いました。アーランドは基本的に表向けな場所で無ければアットホームな国で私生活では私に敬語無しの人も多い…市民は私の正体を知ってても普通に話しかけますしね。
しかしこれが他国で通じる筈が無い。その分だけ負担が掛かってましたね。しかも一部の生徒や教師の嫌な視線は未だに続いてます。たまに魔道具の設計図があれば見せろとかふざけた事を言われます。
「暫く休んでてください。治るまでは病欠と言う事で手続きを取っておきます。」
「そう言えばイグナス老師の件ってどうなったの?」
診断を受けると言いながら暫く経ってますが、未だに何も起こってません。
「それは…予定してた日より数日前に腰痛で入院してしまい、治った後は他国の講演でどうしても調整がつかないそうです。暫くすれば戻ってきますし、その後は暫く公的な予定も無いそうです」
ふむ…見るからに歳なので腰痛は仕方ないでしょう。それにその後の講演は私の診断より前から入ってた予定なので変えれなかったのでしょう。別にそこまで急ぐ事でもありません。私は前世の医術を元に自己検診出来るので私の体に問題が無いのは確認してます…ですが魔法と言う概念が無い世界の知識なので魔力が体にどう影響を与えてるのかが分かりませんが。
「それなら仕方ない。私の健康は私が一番理解出来てるから今の所問題ない。それに何かあっても大抵は自分で治せる。今回も薬を飲んで数日休めば問題なく治る」
「いつの間にか医術まで…姫様って何者なのですか?」
驚きと言うかあきれ顔で言われました。知らんがな。
「私も分からない。でも知識だけでも持ってこれて良かった」
考えても思い出せないので仕方ないのです。アリシアさんは私が薬を飲むのを確認すると部屋から出て行った。確認したのは飲んだふりをする事があるのでそこら辺を信用してないのでしょう。確かに余りに苦い薬は飲んだふりをしてしまう悪癖は持ってますが、今回の薬は無味だったので普通に飲めましたよ。
暫く薬の効果で寝てましたが、気が付けば深夜…恐らく深夜ですね。枕元には冷えても食べれる物や水に果物がありました。「食べれればお食べください。もし何かあればお呼びください」と置手紙。確かに食事はとって無いのですが、食欲はありません。
しかし眠くない…寝すぎましたね。体は多少ダルイくらいでクラクラしたりなどもありません。ベットに潜るも20分以上経っても眠気が来ません。なので起き上がり水を飲みます。
「ふう。寝すぎて寝れない」
「主よ、寝ていた方が良い」
クート君はベットの下で寝てました。どうやら私を心配してたのでしょう。普段みたいに伸びながら寝てません。顔だけあげてこっちを見てます。
むー眠く無いんですよね。風邪ってここら辺が嫌いです。しかしこの退屈な時間はチャンスでは?アリシアさんも風邪をひいてる私に遠慮して近くには居ない。それに最近は実験をしていない…ふむ。
「【クイック・ドロー】」
私は研究用の白衣を取り出すとネグリジュの上から着る。さて何をしましょうか?図書館は割と行ってるので新しい術式なども覚えてる…魔導炉の起動実験をしましょう。新制御術式は既に構築してるので、それを入れてどれだけの出力で運用できるかの実験を最近してませんでした。前回は5%以上出力を出すと暴走してましたが、目指せ10%‼。
「主よ…またか…」
「暇潰しにはもってこい。クート君も見る?我は求める。虚空に消えし宝物庫の扉よ、つかの間顕現し我に宝を見せよ」
宝物庫の扉を呼び出して、中に入る。これは生き物が入ってると閉めれないけど入口自体に強固な結界が掛かってるらしく簡単に侵入出来ない。今回は私とクート君だけしか入れないようにすると1人と1匹で中に入る。
中には大小様々な木箱があり、大きいのは数m以上の大きさを誇る。木箱に入ってるのは厳重封印物だ。あれ自体が魔道具化され、中には聖骸布で厳重に封印された魔道具等が入っている。いわば2重の封印ですね。
そして宝物庫の中心部分に私の作業スペースがある。そこには色々な工具が入れられてる棚や机に数々の魔道具の設計図が置かれ、スペース中心部分には魔導炉が置かれている。
魔導炉はクリスタルのような物が四角形のガラスのような物の中でクルクルと回っている。クリスタルのような物は魔玉でここから抽出した魔力を増幅させるのだ。ガラスの部分もガラスでは無いけど素材の名前が無いので名称不明としている。中央のクリスタル型の魔玉の周りには小さい魔法陣が浮かび魔玉の出力を制御している。
魔導炉の難しさは魔玉から魔力の抽出の制御と増幅の制御の2つがあり、今は抽出で戸惑っている。魔力を抽出するのはそこまで難しく無いのですが、安定して決まった量を取り出すのが難しいんです。多すぎると増幅した時に暴走しますし、少なすぎると増幅すら出来ません。
「術式安定…魔導炉起動、出力7%…安定」
増幅を行わずに魔導炉を起動させましたが新術式は前回の記録を容易に塗り替えました。
「出力上昇…7、5%…安定。7、6%安定」
0、1%ずつ出力を上げていきます。成果は上々、これは目標の70%まで行けますかね?
「出力10%…安定。出力…‼」
「主よ、何やら嫌な予感がするのだが」
ふむ…中心の魔玉が超高速回転を始めましたね。抽出量上昇…このままじゃ暴走…と言うか既に暴走状態です。制御術式も消し飛び、魔導炉から魔力が漏れ出してきました。
「封印‼」
近くの聖骸布が飛んできて魔導炉をグルグル巻きにしてしまう。最初は聖骸布が吹き飛んだりとじゃじゃ馬を発揮してた魔導炉ですが聖骸布は量産されてるので、常に飛んでくる聖骸布に屈し、停止しました。
「ふむ。出力が倍増したけど10%ではまだまだ。最低でも30%は無いと話にならない。しかしこれは確かな一歩」
「主よ…余り危険なマネはしないでもらいたい。あれは危険すぎる」
クート君は魔導炉の魔力に若干怯えてるようです。確かに一時的にかなりの魔力を放出してましたからね。
「問題ない。これは崇高な実験だから。それに暴走してもここでなら外に影響は出ない。それに魔導炉の実用化は古代からの人類の夢。私が初めて実用化させる偉業を成せばお母様も私の研究癖を認めてくれる」
早く作りたいですね…もっと時間があれば…それにそろそろ一から術式を構築してみましょう。今は魔法に使われてるののから取り出してるのですが、魔導炉用では無いのでこれ以上は無理でしょう。今回の結果を反映した術式を作ればもう少し出力を上げられます。それに増幅の方もまだまだでやる事一杯で忙しいんです。それに魔導炉研究にはお金もかかりますし、そろそろお金を自由に使いたい。
「主よ…それよりあれは良いのですか?」
「何?…………‼」
入口の結界に両手を張り付けて血走った眼でこっちを見てくる幽霊ががががががががが‼………あー。
私は意識を失った。




