35 お兄様に剣を
「しかし、アリスの御眼鏡に適う剣は恐らく簡単には手に入らないだろう。それに国に帰れば手に入る」
「それまでその粗末な状態の剣を使うと?お兄様は私に喧嘩を売ってるの?」
ギロリと睨むとお兄様はたじろいだ。お兄様の剣は国に帰れば当然お兄様に相応しい物が手に入るでしょう…が‼一体作るのにどれだけ時間が掛かると思ってるのでしょうか?腰の剣だって何本も何十本も失敗作を作って出来た名剣ですよ‼休みの内に納品される可能性はゼロですね。今から手紙を送って作らせると言う手もありますがそれまでその粗末な状態の剣を腰に差す事になるので却下です。
そうしてお兄様とアリシアさんが少し考えると。
「「あ‼」」
二人して声をあげました。行き成りでピク‼としましたよ。行き成り声を出さないで欲しいですね。それにしても2人同時に何か思いついたのでしょうか?私はこの国一の名工に大金を積んででも最高の物を作らせるかオークションを待つしか思いつきません。
「何か思いついたの」
「アリス、君の宝物庫に剣はあるんだろう?」
「お嬢様が提供すればいいんです」
……この2人は私の話を聞いてたのでしょうか?あの中の物は基本的に危険に付き封印と言う事で仕舞ってるのです。まあお菓子や素材等も多いですが、基本的に聖骸布に包んで起動できないようにして置いてる物です。ホイホイ出して良い物じゃありません。
「……にゃい」
少し噛みましたが、私は剣を持ってないと言う確固としたポーズを取らねばなりません。さっき見つけた魔剣が可愛いと思える性能のぶっ飛んだ剣とかを出したら誰が作った‼って大問題になります。武器の基本性能では無く付与性能がイカレた武器ばかりですし。
「…可愛い…アリシアどう思う?」
「絶対に持ってますよ。魔導炉が有って剣が無いとか信用できません」
「魔導炉はヤバいだろ…」
「もってにゃい」
何故疑われた‼しかもちゃっかり魔導炉ばらしてるし‼…いやまだ実物を見ていないので仮説の筈、きっと持ってないで通せる。だって宝物庫は扉が開いてても結界があるので私が指定した人しか入れない。あそこに誰も入れなければ真相は闇に葬れます。
「魔導炉も剣もにゃい」
「君は嘘が下手だな」
こんどは見破られた‼いや…これは高度な引っ掛けですね。ここで動揺すれば持っていると言っている事と同義です。私は逸れ掛けた視線を気合いで戻し平静を装います。これで感情を読まれまい‼
「バレバレですけどね。お嬢様って嘘つくと肩がピク‼っと動きますし視線の動きも素直ですから」
聞こえない聞こえない。
「さあ‼私に相応しい、最強の剣を授けてくれ‼」
騎士のように跪かないでください。私は出しませんよ‼っと言うか私の持ってる最強の剣はお兄様の魔力量じゃ使えない。おれは私が将来侍王女になるって厨二(約3日間)ってた時に作った物です。当然、私の潤沢な魔力を基準に作ったのでヤバいくらい燃費が悪いですね。アリシアさんでも数分使えば全魔力を食い尽くされて気絶するレベルです。そして私が持ってる剣はさっきの魔剣を含めて3本です。残りの一本は完全な失敗作です。
「……………持ってないもん」
「……」
お兄様は私が剣を持ってる事を確信してるらしい。アリシアさんはさっさと出せと無言の圧力。私は青い狸的なポジションなのでしょうか?そんなホイホイ出しませんよ…周囲の視線が痛いです。泣いて良いのでしょうか?道端で跪くって嫌がらせですよね。私も恥ずかしいけどお兄様はまだかまだかと目を輝かせて待っている。
「…兎に角、宿に帰る。ここに居たら恥ずかしいからアリシアさん【隠形】使って」
アリシアさんの【隠形】はアリシアさんが触ってる物にも掛かるのでお兄様とアリシアさんに挟まれて手を繋ぐ…何か黒服のお兄さん2人と宇宙人を思い浮かべますね。
お兄様もやっと周りの視線に気が付いたらしく大人しくなった。そして30分位で宿の部屋に到着。私は一日中歩いてヘトヘトなのでベットに腰かける。お兄様は椅子でアリシアさんはお茶の用意(おやつ無し)をしています。アリシアさんとお兄様は肉体派なので一日中の行動どころか軍事的な行軍を数週間続けれるそうです。恐らく私なら1日目でダウンするでしょう。
「体力が少ないな…少しは運動をするべきだ。それと新しい剣を早くくれ‼」
「そんな物はにゃい」
しつこいですね。(渡せ)ないのだ。剣はまだマシだけど他は使い方から教えないと使えないし、異世界の産物を模倣した物なので明らかにオーバーテクノロジーです。剣もアカン性能なので放出するべきじゃない。
「姫様、もう諦めて出してくださいよ。姫様が思ってるほど誤魔化せてませんよ」
ぐぬぬ、何故ばれたのでしょう?完璧に誤魔化せたはずなのに。
仕方ないですね。
「……あるけど…今日の戦利品を含めて3本しかない。しかも一本はアリシアさんでも使えないから、最後の1本だけど…あれは失敗作。銘も付けてないし」
「やはり有ったか。しかし失敗作か…アリスティアの隠す物だから普通のよりは良いんだろ?」
「失敗も失敗、大失敗した。高性能の代償に誰でも…子供でも訓練を受けた騎士ですら殺せる妖刀。大抵の物は切れるし鎧も盾も無意味、これが失敗の理由」
地球では銃に該当する代物です。銃は画期的な発明ですが、子供でも大人を殺せる手段を与えた。それは子供も兵士に出来るし間違いも起きやすい。
1本だけの現状は良い。でももし、これの機構が解析され量産されたら?とてもじゃないですが表に出せない。
そう言うと2人も黙り込んだ。だけどね。
「お兄様があの刀を管理出来るなら…あげてもいい。でも貰うなら最後まで使って。壊れるまで絶対に手放さないで。それが約束出来るならあげる。我は求める。虚空に消えし宝物庫の扉よ、つかの間顕現し我に宝を見せよ」
鍵を取り出しキーワードを唱えると扉が出現する。そして勝手に扉が開きその中に隠された物達が私達の視界に入ってくる。それは無骨な骨組だけの物だったり、見た目だけでは判断のつかない物。それに多くの木箱。
「開発ナンバー剣の1-2 銘の無い無銘の刀よここに」
出てきたのは飾り気の無い刀。大きさはで75cmくらいで反りは白兵戦での運用目的なので浅い、そして刃紋も湾れ刃を完璧に再現しています。勿論私は刀鍛冶では無いので美的な刀では無い。この刀に求めたのは純粋に強度だけです。
本来刀は軽装の相手にこそ真価を発揮するのですが、これの強度は重鎧を着た兵士を切りつけても曲がらず刃こぼれもしない…それどころか、竜クラスでも使えるのを前提条件としたのであり得ないくらい硬いです。
素材は鉄では無い。これは私が作った特殊合金で、錬金を使い各種金属を何度も失敗を繰り返しながら混ぜて、やっと出来た物を使ってます。推定強度はドワーフ鋼の5倍。硬さだけなく粘りも強いので折れる心配も無い理想の合金です。もし地球で作れたらお金になりますね。まあ使ってる金属の多くが地球に無い物を使ってるので同じ物は作れまい。
そしてこの刀が兎に角頑丈な理由は、それに付与した振動魔法に耐える為である。刀身を超振動させ切れ味を限界以上に上げつつ使用者に影響の出ないよう防御機構も取り付けた剣の理想形とも言えます。
実験ではドワーフ鋼の盾を私でも真っ二つに出来ました。
「倭ノ国の剣に似ているな…見事だが、隠す程の代物には思えん。それに私の使ってた剣よりも重いな…刀身が薄い代わりに素材で強度を上げたのか…しかし見た事も無い金属だ」
「確かに、隠す程の代物には見えませんが、それは恐らく魔武具なのでは?」
偶然や強い執念や高魔力に晒される事によって剣が変化したのが魔剣。これで出来た魔剣は能力も千差万別で作った本人も使うまで分からない。執念等の場合は呪い等の効果になりやすいが、魔剣の中には切った相手の頭髪が生え変わらなくなるなど意味不明な魔剣も多いです。
しかし魔武具は違います。魔武具は魔法を込めた武具、つまり魔道具の一種です。
魔武具は制作コストを考えなければどんな効果の物も作れます。当然素材を適当に使えば内包した魔力や魔法に耐えれず壊れますが一級品の素材と技術さえあれば、魔剣などにも劣らない装備です。アーランドでも正式採用出来ない程コストが掛かるので余り表には出ませんね。だって迷宮に落ちてる武具は低確率で魔剣などになりますから。
「アリシアさんはお兄様の古い剣を借りて、軽く構えて。それでお兄様はその剣に魔力を流して刀で軽く切ってみて。魔力剣みたいに纏わせれば、その魔力を吸って起動するから」
動揺する2人に指示を出すとお兄様は嬉々として、アリシアさんは無造作に投げ渡された剣を恐る恐る構える。まあ主君の息子に仮とはいえ剣を向けたくは無いでしょうが、私が持つのもめんどくさい。
そしてお兄様が軽く、私が目視出来る程に気の抜けた感じでドワーフ鋼の剣の半ばを切る。すると刃こぼれをしつつも未だに強度はあるはずの剣が一切の抵抗も無く切断だれ、刃先が床に落ちた。
「「は?」」
2人して切り落とした刃先を見てる。まあほぼ無抵抗に切り落とす何て想像できませんよね。ドワーフ鋼はそれほどの強度なのだ、それを簡単に切り落とす刀はどう考えても普通じゃありません。
「これが失敗した理由。この刀なら盾や鎧じゃ身を守るに値しない。そんな物を付けても無抵抗に切り裂く。因みに悪用したら壊れるから。私からの自爆コードを受けたら即自壊する魔法が込めてあるから」
基本的に宝物庫の中身には全て入ってます。全てが込めてある魔法術式の基礎部分に自壊術式を刻んでるので私の意思で全て破棄できるし、もしその部分を削除すればバランスを崩して魔法が起動しない。つまりは安全装置と言う訳です。
これってかなり作るのに神経使うんですよね。既に出来てる術式に介入してる時点で新規魔法と対して変わらないですし、本来存在しない術式を無理やり混ぜ込んで混ぜる前と同じ魔法を作り出すのが如何に困難だったか…
まあ何個も作ったので今じゃ慣れましたけど。
「切れ味が良すぎるな…とんだじゃじゃ馬だな。確かに危険すぎる。使い方を間違えば自分を傷付ける程度じゃ済まなそうだ」
「……またですか、またなのですか‼」
突如アリシアさんが錯乱しだした。行き成り騒ぐので飲んでた紅茶が少しスカートに零れました。まあ多少なので熱くは無いのですがいきなり錯乱するのは周りに迷惑だと思います。
そしてアリシアさんは私の肩を掴んで揺さぶりだした。流石に零した時点で紅茶は近くに置いたのでこれ以上零しませんでしたが、普段から礼儀作法を五月蠅いくらい言ってくるアリシアさんには珍しい行動です。
「どれだけヤバい物を作ってるんですか‼もう研究は辞めましょう‼そうです今後は立派な王女様になれるよう今以上に厳しくしていきます。具体的には研究をする時間が無いくらい」
「落ち着けアリシア。前からそんな時間は無いはずだ。何処で時間を作ってるかは知らないが無意味だと思うぞ、それにやりすぎて家出されたらお前の首が飛ぶぞ」
確かにそこまでがっちりと拘束されれば私でも逃げますね。具体的にはドワーフ領辺りでしょうか?あそこなら技術者を…例え王族でも技術さえあれば平気で匿ってくれます。それと時間が無いのは当然ですね。最低限の公務の他に勉強…まあ殆ど猫かぶって終わらせたので勉強自体はそこまで無いのですが基本的にアリシアさんが隣に侍ってるので自由時間は少ない。しかし!私は脳内で魔道具の設計などを考えてるので作るの自体はそこまで時間も掛からない。精霊の声も基本的に他の人間は聞こえないのでこっそり相談したりして時間を作ってますので勉強漬けにしても私に知識を与えるだけです。それに学園に入れば図書館に籠るので無駄です。
「首が飛ぼうがかまいません‼姫様にはこんな綱渡りな人生を送らせません。」
「無理。私は自由気ままに研究する。邪魔したら野良王女になるからね」
「ぷ!野良王女って…父上が聞いたら全力で阻止するだろうが…あの宝物庫に逃げ込まれるのがオチだな。諦めろ、アリスティアはそこら辺を考慮しないぞアリシア」
「もう嫌です…」
アリシアさんは泣き崩れた。お兄様は既に刀を腰に差して、軽く抜いたり刀の感触を確かめてる。私も別に自重する理由が無くなったので自由気ままに好きにさせてもらいましょう。さしあたって帰国次第、地下の施設を完成させて本格的に動き出します。それまでは魔法や知識の収集にかかりましょう。それと帰国までに冒険者ランクを上げてお父様とお母様を驚かせてみせます。
「性能はじゃじゃ馬だが、使い勝手は良さそうだ。切れ味も起動させなければ調整出来るしな」
「今度はアリシアさんの櫛を完成させる」
「まだやってたのか…」
実はアリシアさん用の櫛ですが、何十回も失敗してます。どれを作っれても納得がいかないんです。一番新しい櫛は毛の艶を上げ抜け毛やゴミを取り除くんですが艶をもう少し上げたいので何度も繰り返し作ってます。
「もう十分ですよ…ハーフでも良いから結婚してくれって他の獣人がしつこいんです…」
毛の艶は獣人のアピールポイントなので仕方ないですね。しかし
「アリシアさんが欲しければ私を倒すしかない」
「そしてアリスティアを倒すには父上を倒せと…無理だな」
何故か参戦したお父様のせいでアリシアさん目当ての人は私に近寄らない。まああげる気は無いので問題なしです。
アリシアさんの尻尾と耳は私が楽しむ為にあそこまで良い毛並にしたんですから。
アリシアさんの櫛はまた今度作るとして、お兄様は刀を気に入ってくれたので私もまあまあ悪くないです。扱いは慣れるでしょうし、願わくば悪用しないで欲しいですね。
 




