341 罠にハメてハメられる
時は少し遡り、場所はアーランド王国王都アルブルド一角の建物の地下にある会議室だ。
上の建物はとある貴族の別邸だが、その貴族は男爵家だ。しかし地下の大会議室は男爵家では作れない豪華な部屋だった。最も彫り物が凄い程度だが。
そこには威圧感を放つ集団が某指令ポーズで一人の少女を睨みつけていた。
「で、何で俺達が集められたんだ? 」
睨みつける者達の背後には飢えて涎を垂らす獅子の幻影が見える。そして少女――アリスティア分身の背後にはハムスターの死体のオーラが出ていた。
「私に支部長の座を寄越せ! 」
「「「「寝言は寝て言え悪ガキが」」」」
「(´・ω・`)」
「オメェ序列分かっているのか? 支部長は10位以内の者にしか就任資格はねぇんだよ」
「野心を持つ前にモフモフ力を鍛えよ。そして筋肉を信望せよ」
「最後の要らなくね? 」
「筋肉は決して裏切らない」
断言するマッスル。
「でも肉離れとかするじゃん? 」
「筋肉に対する愛が足らんのだ」
コイツ脳筋だ。何でケモナーやってるんだろうと、首を傾げる分身ちゃん。
「今度は何を企んでやがる? 一切合切全て話せ」
「ちょっとシャハール支部を総本部にしようと画策してる」
「「「「!? 」」」」
分身ちゃんの言葉に全員が息を飲んだ。
そして理由を告げる。
自分の本体が中央を本格的に見切りをつけた事。そして王国発展の為には人口が致命的に足りない事。
更に弾圧された同志を救いたい事。後シャハール王をぶっ殺す事。
それらの為にシャハール支部を援助しケモナー大号令を発令し、他の支部との連絡網を再構築するのが絶対的に必要な事。
それを行うには現在の地位じゃ足りない。
「越権行為だぞ! 」
「モフモフを没収しろ! 」
「変身薬寄越せよ独占するんじゃねー! 」
「自分だけモフモフになるとか喧嘩売ってるのか! 」
種族が変わる程度の変身薬は売りに出しているが、別生物になれる物は殆ど売っていない事で妬まれている様だ。
その後も大会議室はワイワイと言葉が各方面に投げられ、一部は乱闘を始めている。
これがアーランド支部の実情だ。
アーランド支部には存在意義が無い。故に中核組織は無く纏まりが無い。その期間が長すぎて団結力も失われてしまった。
その為、会員は殆どが組織に属してるだけで、従う気などないのだ。各々が自身のモフモフ力を高める事しか考えていない。
アーランド王国とも対立関係でないので、会員が力を合わせて何かをする事も無いのが理由だ。
会議を開いても好き勝手に関係の無い話題で盛り上がるこの姿がアーランド支部の実情だ。
終わってる。分身ちゃんは呟いた。だからテーブルを叩く。
「何時までもこのままで良いの? 他国の同志は今この瞬間も弾圧を受けている。私達は彼等を支援するべきだ」
「ならアーランドに亡命すれば良いじゃないか? 」
「ここにこれば迫害され無いしなぁ」
「中央に関わるとか面倒……ハァ……ルーミアたんに会いたい」
「駄目だコイツ等……」
確かにアーランドに亡命すれば迫害はされないだろう。
しかし、亡命できればの話だと言う事を理解できていない。
交通手段が徒歩か馬車の世界で気軽に亡命等出来る筈が無い。
彼等には彼等の生活が有り、それを捨てて見知らぬ国に移住するのは難易度が高いのだ。
「仕方ない。これから先の話は機密でお願い」
「良いだろう。全部話せ」
分身ちゃんはこの先に起こり得る事を説明した。
中央国家連盟との対立はこれから先どんどん深まり、やがて大戦が勃発する事。
それに対抗する為にギルバートと共同で富国政策を続けている事。
これ自体には反論は無かった。
何しろ現在王国の政策は国民の富を増やす事に腐心している。そしてそれは経済の再建と言う成果も出している。それに誰だって自分の財布の中身が増える事に文句は言わない。
そして中央との対立もどんどん有名になっている。特に魔法王国とは相いれない情勢だ。
何せ主要輸出品が魔導具で丸かぶりなのだ。そしてアーランド製の魔導具は、魔法王国製の魔導具に性能で圧倒していながら、価格は10分の1程度と言う超低価格の価格破壊を起こしている。
価格破壊に関しては魔法王国の殿様商売&ボッタクリが最大の原因だが、生産手段が、ただでさえ希少な魔法使いの才能持ちが人力で作っているのに対して、アーランドは完全に工業化に成功しているので、どう足掻いても勝ち目はないだろう。
そして魔導具市場にアーランド製魔導具が溢れ続ければ魔法王国の影響力は衰えていく。
これを中央国家連盟に君臨する3大国(帝国はまだ3大国の1国)の一員である魔法王国が黙認出来る筈が無い。
現在は諜報戦を繰り広げつつ、技術を寄越せと圧力を掛けているが、長年帝国の支配を拒絶し続けたアーランド王国がそれを受け入れる道理も義務も無い。いずれは戦争になるだろう。
そしてグランスール帝国が完膚なきまでに敗北した以上は、他の国を巻き込んだ大戦に至る可能性は高い。それだけの富を生み出すのだ。
「成程、確かにそれは問題だ」
「でしょう? まあ、中央が敵対しても負ける気はない。でも、国家の力は国力で示される。
それは領土・資源・人口・経済力で決まる」
「全てが劣っているな。と言うか世界を敵にしても勝つ気なのか」
「当然負ける気はない。仮に負けるなら、私は手段を択ばない」
勝てる筈だ。その為に兵力を兵器を製造し続けている。
帝国戦で多くの将兵を失ったアリスティアは未だに、その能力の大半を兵器製造に振り分けている。
アリスティアの持つアーティファクト【悠久の宝物庫】には巨大と呼ぶのも烏滸がましい途方もない規模の工業群が日々製品を生産し続け、物資の集積を行っているのだ。
それが原因でアーランド王国の金属相場の上昇が止まらない程に作り続けている。それは最早狂気の一種だ。
そしてアリスティアは追い詰められれば手段を択ばない。仮に中央国家連盟にアリスティアの想定外の秘策が有ったとしても、国土諸共吹き飛ばすし、敵の英雄級には容赦なく毒ガスや化学兵器を投入して殲滅するだろう。
アリスティアには中央を相手している余裕など無いのだ。大戦はアリスティアにとって邪神戦への前哨戦でしかない。
アリスティアが警戒しているのは邪神の方だ。精霊王の記憶は劣化が激しい。元々精霊王の力に宿っていただけの物だ。力であって記憶はそれにこびり付いた物と言うだけで、全て残っている訳じゃ無い。
特に精霊王死後の継承者が碌でもない死に方ばかりでアリスティアの精神を蝕む程だ。
そして、その記憶に残っている邪神は神を圧倒する力を持っていた。ついでに禿げだった。
それだけの脅威を持つ邪神だが、アリスティアには大陸全土の国が協力して事に当たるのは不可能だと思った。
人は決して倫理や利益だけで動けない。必ず感情が絡む生き物だ。そしてアーランドと中央。融和派と迫害派の溝は邪神の存在程度では埋まらない。
アーランド側が共闘の話を持ち込めば、搾取され、良い様に使われるだろう。邪神に対する尖兵として酷使され、勝利しても戦後に疲弊したアーランドに彼等は感謝もせずに好機とばかりに攻め込んで来る。
向こうから共闘を持ち込んでも結局は同じだ。あの手この手でアーランドの戦力を食い潰すだろうし、その場合は戦力の均一化を大義名分にし、アリスティア由来の兵器の現物や製造技術を要求される。
そしてアーランド王国は中央国家連盟に対して人口・国土・経済力で劣っている。
現在持っている唯一の技術の優位性をみすみす捨てる事は出来ない。いずれ、それが漏れて模倣されるにしても、それまでに国力を上げれば良いだけの話だ。アリスティアにはそれが可能な策も有る。
だから彼等とは相容れないし、助けれない。
しかし、助けたくないと言う訳でもない。神では無いアリスティアには全ては救えないだろう。人を辞めねば犠牲無くして世界は救えない。
そしてアリスティアは人の【枠】からは外に出ない。膨大な魔力とそれを制御する魔力操作。そして魔法行使能力。確かに並ぶ者は居ない。だが、今は居ないだけだ。
人のまま辿り着ける事の出来る場所にアリスティアは居る。そして、それ以上は進まない。その先に進めば人としての破滅が待っているだけだ。それも最悪の形での破滅だ。邪神を滅ぼしても、その先にアリスティアがアーランド王国を含む世界を滅ぼす元凶に成りかねないと、アリスティアは無意識に思っている。事実それは正解だ。
人を辞めたアリスティアに世界は救えないだろう。自分の根源を忘れ、捨て去ったアリスティアだが、完全に失った訳じゃ無い。アイリス・フィールドより遥か前の存在に戻る選択肢は彼女は絶対に選ばないだろう。遥か遠い旅の果てに得られた人と言う存在を捨てれば、初めからやり直しだ。また数千憶年の時間が掛かる。
だから犠牲は必ず出る。だから、アリスティアはその犠牲が誰に出るのか選別した。
普人至上主義が蔓延し、歯止めの効かない大陸中央の国々を被害担当に強制的に着かせる。そして、そこに生きる一部の人間だけはアーランド王国に亡命と言う形で助ける。その代りに必要物資の生産を行わせる。
それはアリスティアにも同志達にも利益の有る話だ。
相容れない以上。己の所業を悔い改めない以上は中央とは和解出来ない。そして中央の仲間が迫害される現状を無視するのも心苦しい。その考えはこの場に集まった者達も同意出来る。
唯、まとまりが無さ過ぎた。協調性が無さ過ぎた。組織として未熟過ぎた。
アーランド支部には存在意義が存在しない。支部に所属するメリットもこれと言ってないし、それを導いても利益は無い。
寧ろ個人主義の極みの会員達を従える事が出来なかった。
他の支部とは決定的に違った。迫害されない故に支部が成熟する機会も無かったのだ。
「何かをして欲しいとは言わない。だから名目だけでも貸して欲しい」
別に集まった同志に中央に行けとは言わない。彼等には潜入や工作のスキルは無い。それらのスキルを磨く理由も無かった。
唯、他の支部と交渉できる組織内の身分を寄越せと言っているだけだ。
要はお前等の代わりに自分が動くから、少しくらい手を貸せと言っている。
アリスティアの言葉に会場が静まり返る。ちょっとビビってる分身ちゃんも大人しく待っていた。
そして暫く沈黙が続き、一人のケモナーが口を開く。
「別に良いんじゃねえか? 」
特にデメリットが無かったので反発は無い様だ。一人のケモナーがそれくらい良いじゃねえかと賛同する。
「しかし支部長は無理だろう。他の支部と交渉するにはランクが低すぎる。他の支部が認めるかどうか……」
「なら代理で良いだろう。支部長代理にはランク規定は無かった筈だ」
「アレは支部長不在時の緊急処置……って……確かに使えるな? 」
支部長代理は支部長が急死したり、国家に捕まったり、支部長不在時の際に支部を統括する者が臨時で就く職だ。基本的に緊急事態の時に就く為に、ランク規定は無い。それよりも組織の維持が優先されるからだ。基本的に組織運営に長けた人物が就く。
その後も幾つか意見が出たが、代理以上に使える地位は無かった。他の支部との交渉役もアリスティアのランクじゃ相手にされないか、信じられないだろうと、結局支部長代理に就任する事が決まった。
「と言う訳でアリスティアを支部長代理に任ずるが、異議は有るか? 」
「「「異議なし」」」
アリスティアは支部長代理になった。多少時間が掛かったが、拍子抜けするほどに反発が無く、分身ちゃんも大満足だ。
「本体に良い報告が出来そうだ。じゃあ、私はこれで………本体死すべし」
分身ちゃんは本体への呪詛を吐きながら会場を去って行った。
「相変わらず仲が悪いなアイツ」
分身ちゃんが去った後も実は会議は行われていた。
「自分をここまで嫌うってすげーよな」
単に自分と同じ存在を嫌っているだけだぞ。
「それでどう思うか? 」
先ほどの分身ちゃんの提案についての話し合いだ。
「相変わらずのクソガキで安心するぜ。よくあれで聖女とか言われてるよな? 」
「聖女説は本人全否定してるがな」
アリスティアは聖女とか興味無いぞ。絶対面倒な仕事が増えるって確信している。
「話はそっちじゃねえ支部長代理の件だ。ありゃ俺達を謀ってるぞ? 」
「まあ、姫様の性格上シャハール支部との交渉が終われば分身の責任にして逃げるだろうな。ッハ! アーランド支部の会員らしいケモナーだ」
「我等すら謀るとは小心者の癖に大胆な事よ」
分身ちゃんが圧倒的上位者にビビっていたのはバレバレの様だ。
そしてナチュラルにアリスティアの策略が見抜かれていた。
この個人主義者の極みしか居ないアーランド支部の統括等、アリスティアでもお断りの苦行だ。だから全てが終わった後は分身が勝手にやったと、分身ちゃんを粛清して逃げるだろう。
必要な時に頼って無用な時には近寄りもしない。正しくアーランド支部のケモナーらしいケモナーである。
「が、そんな小賢しい策を許す気は無いがな」
会場のケモナー達が邪悪な微笑みを浮かべる。
「逃がさん、お前だけは」
彼等もまた指導者を求めていたのだ。
アーランド支部に支部長が居ないのは理由が2つある。まず一つ目が、利益が無い。支部長になれば何か恩恵が有る訳じゃ無いのだ。個人主義者の集まりのアーランド支部を纏める事に対する恩恵が無ければ誰も就任しない。
そして2つ目も重要だ。と言うか、これが最大の問題。
この支部を纏めきれるだけのカリスマを持ったケモナーが存在しなかった。
好き勝手に各々で動いているケモナーを取りまとめ、一つの組織に出来る力量の有る者が居なかった。
モフモフ力は有れど、他の会員を魅了し、引きつける能力は別の物だ。
そんな時に現れたのがアリスティアである。生まれながらの生粋のケモナーだ。
アリスティアはアリシアの尻尾を掴み、アリシアをメイドにした時からケモナー達に目を着けられていたのだ。つまり生後間もない時から次期指導者候補として見られていた。お前等暇だろ?
アリスティアは勘違いしている。自身への期待と功績からモフモフ力以上の地位に居ると考えているが、実際は、最初から指導者にしようと彼等は動いていたのだ。
「問題はどうやって指導者に祭り上げるかだな」
「絶対に逃げるぞ? 」
「「「「逃がさん! 」」」」
会員達の意見は最初から決まっている様だ。
「まずは代理の解任を拒否して事実上のトップに据えよう。何、順調にモフモフ力を着けている。後50年もすれば指導者に相応しいケモナーになるだろう」
「「「「異議なし! 」」」」
この好機を利用するのは何もアリスティアだけでは無い様だった。
アリスティア「支部を利用するぞ! 」
アーランド支部「我々を利用する時、お前もまた利用されるだろう」
分身ちゃん「めっちゃ怖い連中だった」
 




