340 灼熱の太陽との取引
気絶していたカシムが目を覚ました。
「こ……こは…?」
「私達のアジト? 」
今日初めて来たのでアジトと呼んで良いのか解らないけど。
「ッツ! 襲撃か! 」
「まあ、放っておいて良いよ」
「良い訳ないだろう! 武器をくれ……」
立ち上がったカシムだがフラついて、テーブルにもたれ掛かる。
「治療したばかりで体力まで戻ってないでしょ? 」
腹立たしい事に四肢の腱が切られていたのだ。数日は安静にするべき重症である。
後、ちょっとキンキンボコボコ煩いアジトだけど安全だよ? と言うと、物凄い困惑した表情を返された。
何、ちょっとシャハール王の暗殺団が襲撃を仕掛けてきてるだけじゃん。
戦況は圧倒的を通り越して支配的だ。突入してきた暗殺団は私の近衛に勝てないばかりか、お茶会をしている私達に近寄る事すら出来ない。
素の実力が違う。そして装備のレベルが絶望的に違う。彼等は毒を得意としているらしいが、高性能の耐毒魔導具を装備している近衛にはそんな物は効かない。
この国の暗殺者が使う毒なんて全て解析済みで対策済みだ。そして魔装具の武具を纏い、身体強化系の魔導具も各種装備している。教会騎士の上位である聖堂騎士相手でも勝てる装備だ。たかが暗殺者に負ける道理はない。
と言うかさぁ、この国の毒って何時まで同じの使ってるの? 普通に解毒薬作ったよ? 何故かお兄様がドン引きしてたけど。
「さて、自己紹介からしようか。貴方の事は知ってるよ。広場で盛大に騒がれてたしね。
私はアリスティア。全国ケモナー連合アーランド支部ダークサイド派第125席だ」
下っ端である。
「それだけのモフモフ力を持ちながら125席だと!? 支部長クラスの力を持っているだろう! 」
「残念ながら実力だと300台だよ」
色々やってるから期待値で実力より高い地位に居るだけだ。
それと勘違いしているが、モフモフ力の高さはアーランド支部と他の支部では認識が違うと思う。
多分他の支部では生存能力やテロに役立つ能力で地位が変わる。モフモフ力の高さは重要な要素だが、絶対じゃない。
逆にアーランド支部所属のケモナーは、その手の能力は無いに等しい。
彼等は修行僧の様な者だ。テロを起こす理由も大儀も無いのでモフモフ力を鍛える事しかしていないのだ。
因みに組織の管理能力も無いぞ。
こうして見ると支部の独立性が高いせいで支部毎に大分差異が有りそうだなぁ。
しかしカシムは私がアーランド支部所属と知ると、どんどん表情が無くなっていく。そして仏頂面になってしまった。
「何よ? 」
何でそんな顔をするんだ。
「……助けてもらった事には感謝はする……しかし、今更アーランド支部の人間が何の様だ? 」
「どういう事よ? 」
何かしたっけ? この様子だと、私を嫌うと言うより、アーランド支部に思う事が有るみたいだけど。
「裏切りの支部と呼べば解るか? 」
「アーランド支部が裏切り者? 」
いや、裏切ってないと思うぞ。だって組織死んでるし、裏切ると言う意思決定が出来ない状態だ。
「我々が何度アーランド支部に救援や援助を求めたと思っているんだ! お前等は一回も返答を寄越さなかったじゃないか! 」
「成程」
その救援要請どっかで止まってるわ。ケモナー大会議の議題に出た事無いし。
「我等が争っている時に貴様等アーランド支部は一体何をしてたんだ! 」
「組織が死んでた」
「--は? 」
「いや、ごめんね。アーランド支部って活動理由が無いから組織は有るけど、統制取れてないんだよ。
多分他の組織と根本的に考えが違うと思う」
取り敢えずアーランド支部の現状を伝える。そしてカシムは真っ白に燃え尽きた。
そうだよねぇ。他の支部が生存を掛けて戦ってるのにアーランド支部だけ存在意義を消失して組織が死んでたんだもん。呆れるわ。
「私も見た通り子供でね。数年しか所属してない若造なんだよ。
しかも支部長居ないじゃん? 他の支部との連絡網すら構築できてなくてね。国外の支部の情報がアーランド支部じゃ一切入ってこないんだ」
正直私に怒っても無意味だ。私の序列じゃ中核会員とは言えない。
「まあ、取り敢えずアーランド支部は他の支部と繋がりが欲しくてね。それでシャハール王国支部に私が来たわけ」
「子供がか! それも序列100位台の者を派遣だと! 無責任すぎるぞ! 」
序列100位台何て役に立たないからなぁ。カシムからしたらこんな奴を送って来たのかって怒ってるのだろう。まして子供だし。
そんな事を考えていたら、暗殺団が全員気絶させられた様だ。
「取り敢えず続きは他の拠点に移動してからにしよう。連中も運んでね。コイツ等には使い道が有るから」
「解りました」
取り敢えず近衛がカシムと暗殺団の襲撃者を抱えて闇に紛れて別の拠点に移動を開始した。この場所は既に割れてしまったのだ。
ついでにドアノブを回すと爆発する様に爆薬をセットしておこう。次に開ける者は死ぬが良い。
そして移動も抜け道を使ったり、人通りの少ない場所を使って成功。どうやらこちらの襲撃に目が言っていたが、返り討ちは想定外らしく普通に逃げれた。追跡された気配も匂いも無いので大丈夫だろう。私の直感が告げている。
そしてカシムを再び説得と言う名の説明。アーランド支部の現状と、そうなった経緯を話した結果、裏切り者認定は何とか撤回して貰った。
「本当に済まなかった! 」
同志を裏切り者認定してしまった事に物凄い後悔しているカシム。だが、他の支部と碌に連絡すら取って無かったアーランド支部にも多大な問題が有るので私は別に怒ってない。
「取り敢えず誤解が解けて嬉しいよ。
それで、シャハール王国支部の状況を聞きたいんだけど」
「酷い状態だ。首領であった兄が処刑されてから弾圧に次ぐ弾圧で多くの同志を失った。組織こそ辛うじて残っていると言う状態だ。
仮に同志が助けてくれなかったら、あの場で仲間が無理やり私を助けようと動いて捕まっていた可能性も有る」
ふむ。
「でも組織は残っているんでしょう? 」
「無論だ。首領を失っただけで瓦解する様な軟弱な組織では無い。
未だにこの国に多くの同志が潜伏している。しかし、兄と一緒に支援者を失ってしまった。我等に補給の当てがない」
兄と言うのは首領の事だろう。
そこら辺を詳しく聞いてみた。
カシム視点
私はシャハール王国先代国王の庶子だった。
王の血を引くものの、継承権は無い。理由は簡単だ。母が普人では無かった。
私の母は王の奴隷の1人の兎人族だったのだ。
この国の王家は代々好色だ。兄弟だけで50人は居る。私は体の良いストレスの発散道具でしか無かった。
嫌な事が有る度に兄弟の憂さ晴らしに暴力を振るわれた。正直絶望した。何で生まれてきたのかと思った。
そんな私を助けてくれたのは第一王子の兄アラムだった。
彼は母に一目惚れしたらしい。その息子である私にも非常に良くしてくれた。彼だけが私を人として見てくれた。
だから私達は仲が良かった。
「すまないカシム。だが、もう少しだけ耐えてくれ。俺が王になったら必ずこの国を変えてみせる」
兄は素晴らしい人だった。私を助けてくれただけでは無い。広い視野と確たる知識。そして情熱を持った王子だった。
そしてこの国を愛していた。
奴隷と金の輸出。そして貿易の中継地であるこの国は豊かだ。しかし、国の腐敗は凄まじかった。
兄は瞬く間に派閥を築き上げると、改革に乗り出そうとしていた。
「俺が王になれば君も彼女も自由の身に出来る筈だ」
兄の言葉を信じれば、己の境遇に耐える事も出来た。
だが、そんな未来は来なかった。
この国の闇は深すぎた。
兄は改革の果てに母を奴隷の身から解放しようとしていた。
しかし、奴隷に依存するこの国にそれは禁忌に等しい愚行だった。
「彼女が笑って居てくれればそれでよかった。私を選ばなくても幸せになって欲しかった。それすら望めないのか! 」
母は兄の弱点であった。
濡れ衣を着せられ、兄の前で母は四肢を引き裂かれて殺された。
絶叫する兄を私は見ている事しか出来なかった。私に出来たのは兄が暗殺される前に城から兄を逃がす事だった。
母の死後、兄は変わった。あれ程愛したこの国を憎悪していた。
「間違っていた……俺が間違っていた。この国を変える事なんて出来ない。そうだ、全て間違っていたのだ」
兄のやり方は教会を敵に回す事だった。
話せば理解出来ると、彼等にも利益を流せば納得できる筈だと言っていた兄。
しかし、教会はそんな兄を罠にハメただけだった。彼等は今の搾取体制の維持しか考えていなかった。
王太子から一転逃亡者へと堕ちた兄はケモナー支部に所属すると、革命へと動き出す。
言葉で解らぬなら、力で示すしかない。そんな兄には多くの者が従った。この国の腐敗は最早限界なのだ。
王侯貴族の殆どが搾取する事しか考えていない。
そして栄華を極め過ぎた。自身の考えこそが正しいと思い、他国にまで好き勝手する。
「アーランドとの暗闘を忘れたのかコイツ等……」
嘗ての傷すら癒えていないのに好き勝手する貴族に兄も随分悩まされた。
好き勝手するこの国を放置したのは隣国が帝国と国境を接したくないと言うだけだ。
金は産出するが農業が絶望的なこの国は統治が難しい上に各領主が独自の暗殺団を抱えているせいで取っても統治出来ない。故の放置だ。
逆に言えば攻め滅ぼすだけなら容易なのだ。
それすら理解出来ぬ愚物共。
そんな奴等が兄を……。
あの時もそうだった。幼き頃より兄の後ろに居た第二王子が裏切り兄を処刑した時も私は助けられなかった。
2度も……2度も動けなかった!
恐ろしかった兄弟達が。父が。
彼等を前にすると足が竦み動けなかった。
何と情けない事か。挙句、兄の残した灼熱の太陽は勢いを失うだけで立て直せない。
私は兄に何も学べなかったのか。兄弟であったのに。兄の守りたかった者すら守れず救えず何も出来ないのか……。
アリスティア視点。
慟哭で溢れていた。カシムは悔し気に泣くだけだ。
正直割とどうしようもないと思うけど。
そもそも王族だけどカシムは王族の教育を受けていない様だ。と言うか王所有の奴隷の子供と言うだけで、身分自体はほぼ奴隷。
兄弟達からの虐待で最初から心が折れてる人間に抗えと言うのは何も知らん外部のアホの言う事だ。寧ろそれで動けたら凄いよ。
それに灼熱の太陽は組織が瓦解寸前でも残っている。
彼は無知だ。だから知らない。この国が如何に同志達を弾圧しているか。
正直尊敬するよ。例え瓦解寸前でも組織を維持していたのだ。多くの同志と支援者を拠点を、そして首領を失っても組織が維持できてると言うのは明らかに奇跡だ。
だってシャハール王国だぞ? ケモナーの天敵とも言える国だ。それを相手にこれだけの功績をあげているのだ。
認めよう。彼は立派な同志であると。
「取り敢えず、私の身分と、この国に来た経緯も話すね? 」
そして私は告げる。
「……マジ? 」
「マジマジ」
「……えっと家臣……それも子供1人と国民9人の為に来たのか? 王族なんだろう! 」
「その家臣は私が自分の名の下に庇護を与えるって宣言した大事な家臣。国民は王族なら護るのが義務。故にこの国の国王は殺す。シャハール王国もアホを王位に着けた罪が有る。だから国も報復対象。
如何する止める? 」
これでも私は王女なんだ他の人とは大分価値観が違うがプライドが有る。私の家臣に手を出す奴は殺す。国民に手を出す奴も殺す。絶対に許さん。特に同志スレイヤーのシャハール王国相手なら慈悲は無い。
「俺達もか? 」
「抗う同志を傷付ける趣味は無い。取引がしたい。
この国の奴隷にされた他種族が欲しい」
「新しい奴隷としてか? 」
「民として」
目を見開くカシム。
「他種族は大陸の嫌われ者だぞ」
「彼等は王国を構成する種族。第一種族の違いなんてアーランドじゃ気にしない。安心して良いよ。私の名において庇護する。彼等を決して迫害しないし、一国民として引き受ける。
対価として灼熱の太陽への援助も行う。必要な物資・資金・情報全て提供できる」
同志は敵じゃない。しかし、カシムがこの国を愛して変えようと考えているなら敵になるかもしれない。
まあ、どちらでも良い。仲良く出来るなら仲良くする。それに駄目でも不干渉協定は結びたい。
向こうにも利益はある。私を放置すれば国王は死ぬ。この国は混乱する。同志達にとって動きやすい環境になるだろう。
「……俺達に何をさせたい」
「もうさ、中央は駄目だと思うんだ。言っても解らない連中に毒され過ぎた。だから私は切り捨てる事にした。
中央に居る他種族をアーランドに集める。その為に、貴方に全国ケモナー連合総本部を再建して欲しい。今こそ大号令が必要だ。
私達アーランド支部には本部を名乗る資格が無い」
「俺達に身代わりになれと!? 」
「その資格を持っているのはシャハール支部のみ」
残念だがアーランド支部がその資格を得られる事は無い。
だから彼等に任せる。代わりにこちらは全力で援助する。支えるさ。
「アーランド王国の暗部は再編され情報省へ規模を拡大した。貴方がこちらの提案を受け入れてくれるならアーランドも全力で援助する」
「王女とは言え、一国にテロリストを支援させられると? 」
「こっちも国民が足りない。なら彼等を受け入れたい。同志でも良い」
アーランド王国は労働力が致命的に足りない状況だ。受け入れる余地はある。
それにアーランド王国は建国以来、そして現在も移民国家だ。移民の、それも迫害された他種族への忌諱感は無い。寧ろ歓迎している。
な~に、反対する奴は仕事漬けにすれば騒ぐ暇も無いさ。ほぼ居ないけど。泣いて喜ぶ人達は……目に浮かぶよ。
「つまり俺達に総本部をさせる代わりに同志や多種族の亡命を認め援助すると? こう言っちゃなんだが、中央国家連盟が黙ってないぞ? 」
「本部陥落を30年も気がつかない無能組織が我々の内情を知れると? 」
あいつ等アホだぞ。世界最大のテロ組織の本部の陥落を30年も気がつかないんだから。
「……」
カシムは腕を組んで考える。簡単に決断出来る事じゃない。
暫くして彼はため息を吐いた。
「確かにこれ以上の抵抗は難しいのだろう。
アバロンが滅びて500年。大陸中央に住む者達の意識を改める事は終ぞ出来なかった。潮時か……」
「無駄では無かったよ。それで助かった人は大勢居る。灼熱の太陽に恩義を感じてる国民は多い」
シャハール王国を嫌悪するアーランド人でも、灼熱の太陽だけは認めてる。尊敬している。
シャハール支部の闘争は決して無駄では無かった。
だけど、このままではすり潰されるだけだ。未来が無い。
損切の決断が必要だ。
それにこのままだと邪神に殺されるだけだ。中央がどうなろうと知った事ではないが、助けられる人は助けたい。
そして全てを救える力が無い以上は、助ける人は選別するべきだ。
「解った。そちらの援助が得られるなら俺は受け入れる。
正直もう戦えない同志や支援者も多い。せめて彼等には安住の地を与えたい。
だが、俺は支部長では無い。支部長は兄だった。
シャハール支部としての結論を出すなら俺が支部長になる必要が有る。これから仲間を集め会合を開きたい。君も参加して貰えるか? 」
「勿論。でもその前にやる事が有る」
私は拠点の床に山積みされた暗殺団の刺客達を見る。
「連中には精々役に立って貰おうか」
コイツ等は洗脳して拠点に自爆要員として送り返すと言う使い道が残っていた。
私は宝物庫の鍵を呼び出し、扉を召喚すると、扉を開けて彼等を連行するのだった。
アリスティア「何で総本部陥落に気がつかないん?(煽り)」
中央「テメー等の口が堅いのと、書類を残さないせいだよ! 」
ケモナー連合はバイキングみたいに自分達の事を一切記録に残さないからしゃーない。




