336 移動
明けましておめでとうございます。出来れば昨日の年最期の更新にしたかったのですが、寝落ちしました。申し訳ありません。
今年も転生王女の国家大改造をよろしくお願いします。
「しかし帝国の道は酷い物だ」
近衛の1人が呟くと、残りも賛同する様に頷いた。
現在私達はアーランド領を出て帝国領の街道を移動中だ。
乗り物はバス。2台のトラックと特殊総輪駆動車で移動中だ。2台に近衛が乗り、一台は指揮車両であり、内部にはテーブルや通信機が設置されている。
因みに余りに道が悪いので、車輪を格納し、ホバー移動している。そして隠蔽魔法でステルス移動中だ。これも3台の機能である。因みに試作品。
「皆忘れてるみたいだけど、道路の舗装って国家事業だからね? 」
アーランド王国じゃ急速に舗装が進んでるけど、アスファルトと言う便利建材を手に入れた結果だ。
帝国は大陸最大の国家だが、文明レベルはそれ程高くない。と言うか戦争続きの国家だ。主要街道に石畳が一部施設されているが、アーランド方面は戦後放置していた様で荒れ果てていた。
「少なくとも帝国は未だにアーランドを警戒出来る余裕は無いらしいね」
「国境付近は帝国直轄領で辺境伯も置いてなかった様ですしね」
下手に辺境伯を置くと、アーランドを滅ぼした後にそこが大きくなるって考えたのだろう。
アーランド側から攻め込んで来る事が無かったのも理由の一つだ。まあ、アーランドは帝国に対して領土的野心無いしね。
普人至上主義者の住んでる土地は要らん。取るなら住んでる連中は全員追放だ。税収を得られなくても、そこまでするだろう。そして費用対効果が割に合わないので、やっぱり要らん。
「さて、まずは最重要目的の確認からだよ。
第一目標は拉致被害者の奪還。これが最優先で、他の計画全てが失敗しても断行する。
第二目標が国王の抹殺。これは私が殺す」
「「「姫様!? 」」」
近衛達が驚きの声をあげる。拓斗は遠い目をしていた。
「私の獲物だよ? 誰にも渡さない」
「しかし! 」
「絶対に譲らない。反対する人は国に送り返す。大丈夫大丈夫。ちゃんと護衛はつけるから」
「………」
納得は出来ないだろう。彼等は私の近衛だ。その職務から認める訳には行かない。
しかし、同時に私に忠誠を誓った者達だ。命令には逆らえない。護衛をつけるのは妥協点だ。
「第三目標は奴隷の解放」
「奴隷の解放ですか? 」
「ついでに足りない労働力を確保しようかなってね。ほら、うちの国って人手不足じゃん?
で、シャハール王国は大陸最大の奴隷国家。奴隷解放したら、また何割か王国に来てくれそうだし」
一石二鳥は凡人のする事よ。やるなら最大限利益は取る。
そして第四目標はシャハール王国の混乱。
シャハール王国は大陸南部の物流の要衝だ。ここが混乱すると、大陸南部の諸国に甚大な被害が出る。この世界の物流は河か陸路だ。飛空船は数が少なく、コストも高い。そして海は完全に魔物の領域で海運は殆ど無い。シャハール王国の立地は重要なのだ。
帝国の内乱で絶賛経済が崩壊してる中央国家連盟はさぞ慌てふためく事だろう。
第五目標は灼熱の太陽の残党との接触。
彼等が組織として残っていれば、そのまま全国ケモナー連合総本部を名乗らせる。壊滅してても良い。一部でも組織が残っていれば、それで十分だ。
そしてケモナー号令を発令し、大陸全土の支部が解放した多種族をアーランド王国に送らせる。
彼等に安住の地を与えると言えば問題はない。実際搾取する気はないしね。
問題はアーランド支部が組織として死んでいるのと、他国の支部との交流が欠片も無い事から連絡出来ない事だ。だが、総本部が復活すれば伝手が作れる。
「欲張りセットだな。アリス、この計画、かなり前から考えてたでしょ? 」
拓斗が呆れ顔で私に尋ねる。
当然なので、私は頷いた。
「あの国は気に入らない。そして落とせば中央の眼がそちらに向かう。
でも、今までは攻撃する理由が無かった」
流石に気に入らないと言うだけで他国を滅ぼす真似をする程、私は狂犬じゃない。逆に言えば、理由が有ればやる。先に手を出した以上は国が焼かれても文句は言わせん。言うなら、言わなくなるまで叩き続けるだけだ。
「虎視眈々と狙ってたら、背後から君にも狙われていたって事だね」
「流石に堂々と密約を無視して、あんな事をしてくるのは想定外だったよ」
昔に受けた損害も馬鹿にならなかったのに。
それこそ、未だに水源が汚染されているオアシスが幾つかあるのだ。同じ事をされれば、今度こそ国が崩壊するって解らなかったのかな?
まあ、密約以降は互いに手を出さなかったせいで、自分なら出来るとでも思ったのだろう。シャハール王国は普人国家だ。だが、アーランドは王家こそ普人種だが、エルフやドワーフを初めとした長命種が多い。当時の怒りを未だに萎えさせてない人が居るのだ。
唯でさえ大陸最大の奴隷国家で、一部脱走奴隷がアーランドに亡命しているのだ。国民感情も悪い。
この一件が国民に知れれば【帝国の時みたいに空爆しろ! 】って国民が騒ぐぞ。軍部でも反対する人間は少ないだろう。
だからこそ、知られる前に始末をつける。いずれ情報漏えいでこの事件が知れても報復済みなら納得できるだろう。
「まずは人員を3つに分ける。
第一班のリーダーはハンスね」
ハンスはアリシアさんの側近だ。最も私の近衛なのだが、私の近衛は視界に入らないシャイな人達(私が騎士を連れ歩くのが嫌いな為)なので、普段何してるか知らない。と言うか近衛自体滅多に見ないのだ。
まあ、居ても振り切るから隠れているのだろう。王都を歩くと、それとなく彼等とすれ違う事が有る。
そう、彼等は元暗部だ。私の近衛は騎士では無く暗部の工作員で構成されているのだ。
「第二班のリーダーはヨハンね。
第一と第二はシャハール王国で奴隷の調達が任務ね」
「奴隷の調達ですか? 」
「そう調達。多種族の奴隷を奴隷商から買い取って欲しい。具体的には数千規模で」
「流石にそれだけ買うと目立ちますね」
「確実に調べられるでしょう」
ハンスとヨハンは反対の様だ。
「大丈夫。準備は出来てる。2人とその班はこの格好でジグラッドに向かって王弟に接触して」
私が渡したのは帝国戦で手に入れた帝国貴族と聖教の神官服だ。
これを用いて皇国の神官と帝国の貴族に扮して奴隷を買うのだ。
「皇国も帝国も、この国のお得意様だから不自然に思われにくいでしょ? 」
「人数の多さが多少問題になるでしょう。それに帝国は絶賛内乱中ですよ?
流石に数千人規模の奴隷の購入許可が下りるかどうか」
「これを使う。王弟は大の酒好きだから、確実に食いつくよ」
私が取り出したのは処刑した皇帝がこよなく愛した通称、皇帝のワインだ。
コイツだけは私が確保している秘蔵の一品だ。
お父様とか師匠とか酒好きの貴族への取引材料に使えるのだ。
私はお酒の味には五月蠅くないので興味はない。第一、一口飲むと記憶が飛ぶのだ。まあ、覚えている事は意外と美味しかったと言う事だけだ。
因みに私には飲酒禁止令が出ているらしい。それ程酒好きじゃないから別に良いけどね。何でだろうとは思うけど。
「それと皇国の神官は普通に金塊を贈れば良いと思うよ。この国の王侯貴族は金銀宝石に目が無いから」
滅茶苦茶大好きな連中だ。ルリ通貨を贈るより貴金属のインゴットを贈った方が喜ばれる。何故か通貨も金や銀で作られてるのに余り喜ばないらしい。
「皇国が大量購入しているのは何時もの事だし、不自然じゃない。
帝国は私に大量の奴隷を解放された上に内乱で労働力が足りない。数を揃えるのは不自然じゃないでしょ? ついでにベルベット辺境伯の部下だって名を騙れば良い。これ、ベルベット辺境伯家の家紋の入ったボタンね」
帝国戦でベルベット辺境伯は大人しく賠償金を支払ったが、その配下の一部貴族が抵抗したので、身ぐるみ剥いだ時にゲットした物だ。
露見しても皇国と帝国が悪評を受けるだけだ。なんて良い奴等だ。これまでの悪評が有るので、シャハール王国が崩壊しても皇国か帝国が疑われるだけだ。
実際帝国がシャハール王国にちょっかいを出す理由も有るのだ。
シャハール王国は黄金の国とも呼ばれている。産出量はそこそこの金山を幾つも抱えているのだ。
そして物流の要衝。歴史上幾度か帝国が手を伸ばした事もある。滅ぼされなかったのはシャハール王国と貴族が抱える暗殺団がヤバいのと、土地の半分が砂漠で統治が面倒と言う事だ。アーランド戦を抱えていたので後回しにされていたのである。普通につき合うだけで帝国に利益も有るからね。無理して取る必要が無かった。
しかし現在帝国は、大陸最大の金山を失い、国内は絶賛内乱中。辺境伯のベルベット辺境伯がシャハール王国に手を出すのも不思議じゃない。
皇国は「あー、あの国また奴隷買ってるよ」程度の扱いだが。自称神の国が奴隷で溢れてるって皮肉が効いてるよね?
「しかしアリス。奴隷を買って解放するのは別に構わないが、それをすると奴隷商が儲かって奴隷売買に拍車が掛かるんじゃないか? 」
拓斗が懸念を伝える。
「まあそうだね。でも国内から数千人規模の奴隷が国外に流れると、奴隷商の動きが限定されるんだ。
この国の奴隷は国内での【生産】と、外国での誘拐の2種類がある。
生産は所謂赤ん坊工場だね。奴隷同士に子供を作らせてる。でも、それは極めて非効率的で、短期的に数が増えない。
そうなると、他国での誘拐でしか数を増やせない。これはこの国の奴隷商は手を出さないんだ」
他国も自国内で隠れ住んでいて庇護下に無いとはいえ、自国内で他国勢力が好き勝手するのは基本的に良い顔しない。
だから、他国での誘拐はシャハール王国が行っている。
つまり、短期的に奴隷が減った時に奴隷を調達するには国に依頼するのだ。
そして、その金をこちらで賠償金として奪い取るので問題ない。
そう告げると大体のメンバーが納得した。
「因みに赤ん坊工場もいずれは襲撃して潰す」
「それは正義感からですか? 」
近衛の1人が私に尋ねる。正義感で動く人間は極めて面倒なのだ。
「単に気に入らないだけ。それに、この国の人間が笑ってるのが気に食わない。
手間暇かけて作った赤ん坊工場が潰された時の奴隷商の顔を想像するだけで笑えるじゃん? 」
別に正義感じゃない。私はこの国が嫌いだ。一部のケモナーや多種族を除いて住んでいる全ての人間が嫌いだ。だから嫌がらせを行う。安心しろ助けた奴隷は責任を持って助けるさ。
私には秘策が有る。
まだ、それは策の段階だ。灼熱の太陽との接触と交渉が必要だ。
上手く行けば、この国には新しい役割が与えられるだろう。
その時、指揮車両の上の砲塔が動き始めた。この指揮車両の上には75cm砲が搭載されている。流石に頭上で砲塔が動けば気がつく。
「何で砲塔動いてるの? 」
「くたばれ帝国! 」
私の質問と同時に砲塔を動かしていた分身が主砲を発射した。
「お前何してんの! 」
取り敢えず額に銃弾を撃ち込んで慌てて外を見る。
すると2km程先に小さい帝国の砦が有った。そして盛大に燃えていた。
「姫様! 」
「えー、うん…どうやら分身の視界に帝国の砦が映ったっぽい。うん、あんな所に砦が有る帝国側に責任がある」
どうやら砦を見つけた分身が帝国への殺意を抑えれなかった様だ。 あんな所に砦有ったんだ。知らなかった。多分アーランド戦での物資集積地の一つだろう。
因みに額を打ち抜いた分身は第二射を撃とうとしていた。
「お前今秘密行動中だって解ってるの? 」
「ッチ。一発なら誤射だって」
「まあ、一発くらいは許されるらしいから良いけどさ」
どうせこちらが撃った証拠は無いんだ。こちらは現在ステルス状態だ。
因みに風の精霊に様子を聞くと、城兵は砦を捨てて逃げ出し始めたらしい。おいおい一発撃ちこんだだけだぞ。
「あー……姫様やっちゃいましたね。あそこの城兵は元グランスール要塞の守備兵ですよ。そりゃ逃げますよ。連中のトラウマ其の物ですから」
ハンスが呆れた顔をしている。
あの要塞の連中ならこちらの攻撃だって理解出来るか。城塞が役に立たないのを、身を持って知っているから森に逃げ込んだって感じか。
「抗議来るかな? 」
「今の帝国には中央政府が無いので来ないでしょうね。多分何処かで情報が止まります。更に言えば、仮に情報が上に上がっても、誰が抗議するかで揉めますよ。
下手に抗議すればアーランドとの戦争が再開されますし、抗議するには帝国の名前を使いますから、主導権争いになります」
適当な皇子が抗議すると、他の王子が何勝手に帝国の名前使ってんだって攻撃してくるし、そもそも今アーランドを刺激して戦争再開になったら責任を取れない。
更に言えば、あの砦は対アーランド戦での物資集積地だから、内乱中の帝国には無用の長物。そんな物の為に他勢力に突かれる理由は作りたくないし、責任も持ちたくない皇子しか居ないらしい。
まあ、来てもお兄様が白を切るだけだが。
因みに帝国とアーランドの戦争は終結してないぞ。
アーランド王国は帝国の無条件降伏を受け入れただけで、終戦はしていない。なのでいつ再開しても誰も文句は言えない状態。
何せこの戦争は帝国の一方的な侵攻から始まった物だからね。こっちが一方的に侵攻しても文句を言う資格はない。終戦交渉してどうぞ。
この件に関しては帝国の全勢力から終戦への懇願が届いてるらしい。曰く【降伏と終戦は同義の筈だ! 】との事。
馬鹿め一方的に殴り放題の大義名分を捨てる訳ないだろう。
今後は帝国に何をしても「お前が始めた戦争だ」。で話が終わる。流石お兄様汚い。
と言う訳で分身の暴走は誤射で済まそう。別に帝国の砦がどうなろうとも知った事ではない。今はシャハール王国優先。
そう言えば最近帝国内で太陽の盗賊団とか言う数万人規模の盗賊が要るらしいが、帝国内では遭遇しなかった。最もパンツ一丁で項垂れて歩いてる軍勢には何度か目撃した。帝国は何してるんだろう……。
そしてアーランドを出て3日目の朝にとうとうシャハール王国との国境に到着。
ここは街道から離れている砂漠地帯の目の前で、誰も居ない。
「良し、突入! 」
指揮車両を先頭に残りの2台のトラックを率いて突入する私達。
ここから報復が始まるのだ!
――アリス! その砂漠に入っちゃ駄目! ――
――直ぐに引き返して! ――
「ふえ? !?」
突然の精霊の静止に驚いたが、車は急には止まれない。そして砂漠地帯に入った瞬間、私の意識はブラックアウトするのだった。
帝国「ユルシテ……ユルシテ……」
アーランド王国「駄目だぁ! 」
帝国「……」
アレだけされたのに終戦してない謎の戦争と後世に語られる事になる。
因みに太陽の盗賊団は分身ちゃんの話に後々出てきます。
そしてパンツ一丁で帰ってる軍勢の哀れさよ……




