334 尋問
「捕まったか……」
ベスは目が覚めた。そこは薄暗い部屋だ。部屋の周囲には騎士が立っていた。
その気配から近衛クラスの精鋭である事をベスは見抜く。
事態は最悪の展開だ。他の4人は最初から捨て駒だから良いが、自分が捕まってしまった。
だがベスはニヤリと笑う。自分が口を割る事などあり得ないから。
「随分余裕だな? 」
「ほほう。王太子自ら尋問とはな」
「君達の行為は許しがたい事だが、感謝している面も有る。面倒な書類仕事を堂々とサボれるからね」
「見た目にそぐわぬ外道っぷりの様だな。殺せ」
「まあ、君は他の連中とは違ってプロ中のプロだ。普通の拷問じゃ口を割らないだろうね」
彼の様な工作員は拷問を受けても決して口を割らない。
工作員は陰に生きる者だ。どれだけ貢献しようとも表の世界で称賛される事も無ければ富を手に入れる事も無い。
だから一流の工作員はプライドが高い。自分は確実に任務を達成する。如何なる拷問にも耐えてみせる。身分も経歴も任務毎に変わる。
だから、誇りだけが彼等が持ち得る唯一の物なのだ。これを捨てる事は本当に難しい。
これしかないから、彼等は誇りを捨てれない。
「解っているじゃないか。我々に拷問は無駄だ」
「だけどねぇ。こちらも口を割って貰わないと困るんだよ。
君達、既に拉致した少女達を国外に送っただろう? 大問題なんだよ」
「たかが亜人数匹程度にお優しい事だ」
ベスは嘲笑する。たかが亜人数匹程度で王族。それも王太子が出てくるなんて。甘いとしか言えない。
「いやいや、君が大人しく情報を吐いてくれないと大問題なんだよ。
私が君の相手をするのは慈悲だよ?
妹は大変優しくてね。君達が国民を数人出荷している事を知ったら、何をしでかすか予想がつかない。まあ、君達を動かした相手は確実に死ぬがな」
フッっとまたベスが笑う。主は糞野郎がだ、警備は厳重だ。
「まあ、君が口を割る気が無いなら仕方ないよね。
少しお話をしようか。私の大事な妹のアリスの事だ」
ギルバートが穏やかに笑う。実に楽し気に。しかし、ちょっと目が死んでいる。
「私の妹は行動や人格にちょっとばかり問題は有るけど、大変優しくて穏やかで聡明だ」
「帝国に何をしたのかもう忘れたのか? 」
穏やかで優しい少女は帝国を滅ぼさないぞ。まだ滅びてないが。
「ああ、自国民限定だからね。それに帝国から手を出してきたんだ。自業自得さ。
まさか物語に出てくるような誰にでも優しくて頭の軽い女の事だと思ったかい?
確かにそういう部分が有るのは否定しないし、それ故に国民に愛されている。だがね、あの子も王家の人間だ。冷徹な思考だって持っているさ」
「……」
「さて、続きと行こうか。
妹は様々な面でとても優れている。魔法使いとしても学者としても極めて優秀だ。その頭脳は王国処か、大陸でも匹敵する者は居ないだろう。
でもね。ちょっと困った所があるんだ。
あの子は絵がとても下手だ。人物画は画家として生きていけるレベルだし、実際高価で取引されているが、風景画が大問題でね。
とても人に見せられる物じゃ無い。本当にあの子の眼には世界はどう映っているのか心配になるほどなんだ」
「……それがどうした」
ベスは話の意味が分からない。目の前の男は妹の自慢がしたいだけなのか?
だが、ギルバートの話が続くと、どんどん周りの騎士達の眼が死んで行く異様な光景に息を飲んだ。何を言っているんだ。
「妹の描く風景画はとても危険でね。見ると廃人になりかねない物なんだよ。しかも精霊ががっちりガードしてるせいで燃やしても燃え残り、埋めても何時の間にか元の場所に戻される。破棄出来ないんだ。
とても困ったよ。しかも妹は絵の才能が有ると何故か自信満々でね。絵具を取り上げても定期的に風景画を描くんだ。
見たまえ。我が国の自慢の騎士達ですら足を震わせる危険物だ。
私はこれを何とか何かに使えないか考えた。そして思いついたんだ! 入りたまえ」
ギルバートの言葉に2人の騎士が部屋に入って来た。
その2人の騎士は布の掛けられた四角い物体を運んでいる。その表情は恐怖に凍り付き、全身から汗を流し体を震わせている。しかし、絶対に落とさないと言う鋼の意思を持っていた。
「な、なんだソレは! 」
「妹の風景画さ」
「そんな禍々しい物が唯の絵だと言うつもりか! 」
その絵は布が掛けられていた。しかし、魔力の無い者でも視覚出来る程の闇のオーラを放っている。
持ってきた騎士はその闇のオーラに触れていたせいか消耗が激しい様だ。闘気全開か魔装を展開しないと布を掛けての間接的な接触ですら危険な代物だ。因みに空間魔法を弾く為に収納袋には入らない。
「君にアリスの芸術を鑑賞する権利を与えよう」
「嫌だ! 辞めろ! こんな事が許されると思っているのか! 」
先ほどの冷静さを失ったベス。その表情は怯え、縛られているにも関わらず逃げようともがく。しかし、ギルバートの命令で彼に拘束具が着けられる。
それは首を動かせない様に固定し、更に瞼にも取り付けられた拘束具が瞼を閉じる事も許さない。
そして絵画の背後に騎士とギルバートが陣取ると、絵画を直視しない様にゆっくりと布を外す。
「ヤメロオオオオオオオオオ! 」
気が付くとベスは闇の中に居た。
「何だ、何なんだここは! 出せ、出してくれ! 」
暗闇が怖いのではない。そんな恐怖はとっくの昔に克服した。
しかし鍛え上げられた直感が絶叫をあげている。今すぐにここから出なければ、取り返しのつかない事になると。
「うわ! 何だ、何なんだよ」
突如ベスの体が落下した。
そして何かの液体の様な物に浸かる。拘束具は無かった。何とか浮かび上がるが、彼が見たのは黒い渦に飲まれた自分の状況だった。
そして自分が浸かっているのは水何かじゃない。
闇だ。液体の様な闇なのだ。そして渦を巻いて、自分を中心に引きずり込もうとしている。
彼は理解した。出来てしまった。
あの渦の中心に落ちた時が自分の最後なのだと。
恐怖が体を硬直させる。
理性が失われ、思考も体も恐怖が支配する。
「嫌だ……こんな終わりは嫌だああああああ! 」
渦の中心に落ちたくない。アレに落ちて真っ当な死後が有るとは到底思えない。
もがき、何とか中心から逃れようと泳ぎ出したベス。しかし、液体の様な闇の粘度が高く、思う様に動けない。
それだけじゃない。闇が体中の穴と言う穴から自分の中に入ってき始めたのだ。
「~~~!!!!」
声が出せない。彼が感じたのは体の中を這い回る闇の悍ましい感覚。
息が吐けない。なのに死ねない。
(誰でも良い。誰か助けてくれ! こんな最後はあんまりだ。
神様、もう悪い事はしません。何でも話します。貴女の言う通りにします。だから助けてくださいお願いします。お願いします。お願いします。お願いします)
彼の思考は何時の間にか祈る事だけに染まっていた。
しかし、彼の体はどんどん闇の渦の中心に引きずり込まれていく。
もうお終いだ。そう思った時に彼は眼を覚ました。
「ッハ! ゲホ、ゲホ! オウェ~」
胃の中の物を全て吐き出す。目から涙が溢れ、呼吸できる事に、そしてあの悍ましい物から解放された事に泣きながら喜ぶ。
そして呼吸が安定した彼は首をあげた。
「君は運が良いね」
「ど、どごが……」
「いや、これまで99人位に試したんだが、全員廃人になってしまっていてね。何の反応も示さない生きた屍になってしまったんだ」
ギルバートの手には刷毛が握られていた。これで絵画の中の人物を掃くと、その者の魂を絵画から解放出来る。
即座に解放出来ればトラウマ程度だが、それほど精神に悪影響はない。実際騎士達もビビる程度だ。いや、死をも恐れぬ騎士が涙目になるくらいだが。
それでも死ぬ事は無い。
だが、その程度だと、一流の工作員は口を割らない。だから実験を繰り返したのだ。
そしてギルバートは遂に成し遂げた。どの程度の時間なら廃人にならずに【連れ戻せる】のかと。
「君のお陰で尋問が捗るよ。妹を狙うゴミ共は日々数を増やしてるからねぇ。
一体どういう生態なんだろうね。一匹見つけたら30匹くらい捕まるんだけど。まあ、殆ど鉱山送りにしてるから収支的にはプラスだけどね」
恐ろしい事にギルバートはアリスティアを囮に工作員ホイホイを行っていた。
実際アリスティアの王都散策がほぼ黙認されてるのは、歩いてると高確率で工作員が捕まるからだ。
まあ、大体は国民が自発的に捕まえているので、アリスティアは囮をしてる自覚は無い。因みに国民を突破してアリスティアを襲撃すると、国民を傷付けられて激怒したアリスティアと戦闘する事になるぞ。
気がつかれないで国民にボコボコにされる方が安全である。
アリスティアは周りに文句を言われるけど自由に出歩けるのでwin。
ギルバートは使い潰しても良心の痛まない労働者を確保&売却でwin
国民は工作員相手に暴れられて報奨金も出るのでwinの完璧な体制である。
「じゃあ、もう一度聞こうか。君の知っている事を残さず全て話せ」
「………」
ベスは恐ろしい物を見る様な顔でギルバートの顔を見る。
工作員相手とは言え、無慈悲過ぎる。しかも良心の呵責も一切無い様だ。
しかし、長年の経験から生まれた誇りはそう簡単に砕けない。いや、砕けたが、口を開いても言葉が出ない。
言いたいのに言えない。魔法じゃない。まだ残っている誇りが彼の言葉を奪う。
ギルバートがニタァっと笑う。
「じゃあもう一度行こうか」
「ま、待て話す! 全部話す! 」
「終わったら聞くよ」
「ヤメロオオオオオ! 」
こうしてベスはもう一度悍ましい体験をする事になった。
時間的には1分後だが、彼は髪が真っ白になり、ギルバートに縋りつきながら全てを話した。
奴隷になる事も受け入れた。寧ろ奴隷として一生鉱山で懸命に働くから絵画だけは辞めてくれと、何度も何度も床に額を押し付けギルバートに媚びを売りながら懇願する程だった。知ってるか。コイツ超一流の工作員なんだぜ?
こうしてギルバートは全ての情報を聞き出すのだった。
しかし、ベスの話した情報はギルバートですら驚く物だった。
この拉致事件はシャハール王国国王イスハーク・ベルザ・シャハール4世の命令で行われた物だったのだ。
アーランド王国とシャハール王国は極めて仲が悪い。相容れない国家だ。かつてシャハール王国はアーランド王国に人攫いを何度も送り込んだ。
その度にアーランド王国は報復を行った。
シャハール王国は国土の5割が砂漠の国家だ。水は貴重かつ重要な物資だ。アーランド王国の暗部は、その貴重な水源に猛毒を投げ込む。盗賊に扮して街道を荒らす。貴族を暗殺する等の事を行った。
無論シャハール王国も暗殺が得意な為にアーランド王国も無視出来ない被害が出たが、貴重な水源を幾つも潰されたシャハール王国は耐え切れなかった。
故にシャハール王国とアーランド王国の間で密約が交わされる。
それはシャハール王国は一切アーランド王国に関わらない。アーランド王国の国民を拉致しない。代わりにアーランド王国はシャハール王国内でテロを起こさないと言う密約だった。
それが今破られたのだ。
「寄りにも依ってシャハール王国が犯人かよ。どうするよコレ」
執務室に戻って来たギルバートは書類を処理しながらボルケンに尋ねる。ドラコニアは気絶している様だ。
「報復は絶対かと。いっそうの事、全ての水源を猛毒で汚染させますか? 」
「王は愚物だけど、宰相はまともでアーランドに手を出さないって報告を受けていたんだが」
シャハール国王は無能だが、支える宰相は有能であり、彼はアーランドの力を知っているので手を出してくる事はない。それがアーランド王国の予想だった。
しかし、ここでアーランド王国の暗部もとい情報省の弱体化が有った。
この宰相、帝国戦中に暗殺されているのだ。
しかし、現在帝国戦前にアーランド暗部はかなりの打撃を受けていた。そして戦後の諜報網の再構築と暗部から情報省への組織改編により、シャハール王国への諜報活動が殆ど行われていなかった。シャハール王国に派遣されていた工作員はそのまま帝国や魔法王国に皇国等、重要な国へ送られていたのだ。
「やはり、諜報能力がかなり落ち込んでいるな」
「帝国戦での被害は甚大ですからな。一応姫様の魔導具供与で諜報能力は飛躍的に向上しましたが、人員が足りないのは如何ともし難く」
因みにアリスティアはスパイセットを情報省に供与してるぞ。映画に出る様なスパイの秘密道具は大体揃っている。
「アリスに何て話すか……」
「激怒するでしょうな……」
ギルバートとボルケンが揃ってため息を吐く。確実に激オコ案件だ。
「内緒に出来るか? 」
「出来ますか? 」
「無理なんだよなぁ……機密指定しても、何処からか見つけるし、当事者だからなぁ……」
事情を説明しないと納得しないし、隠せば暴く。何よりも何かあるとふんで大事にしたのだ。裏事情何て何もない唯の人攫いじゃ納得しない。
「仕方ない……なるべく穏便に済ませる様に説得してみるよ」
難しいなぁ……と思いながら執務室を出る。暫く歩くと、ボルケンに渡し忘れていた物を持っている事を思い出した。
「ああ、被害者の似顔絵を渡し忘れたか。まあ、後でも良いだろう」
取り敢えずアリスティアの説得だ。
「アリス、入るよ? 」
「むうぅ……」
アリスティアの自室の中からは力のない返事が返ってきた。
「どうしたんだいアリス? 」
「な~にぃ~」
中にいたアリスティアは額に青筋を浮かべながらも死んだ魚の眼をして床に転がっていた。
その近くには肉球の押された紙が一枚落ちている。
「どうしたんだ? 」
「……ああ、縄張り就任早々に大問題を起こしたから、ニャムラス大統領に縄張り没収されたんだ。サウス・カロライナめ……私の縄張りを奪いやがった!
せっかく……せっかく一流の野良猫の仲間入りしたのに。拉致事件も起こるし、今日は最悪の日だよ」
ニャルベルデが動いたのはサウス・カロライナがニャムラス大統領に嘘の報告をしたからだ。
ニャムラス大統領はアリスティアをよく知っているので、拉致程度じゃ「また何かやってる」程度の反応しかしないだろう。
しかし、サウス・カロライナがアリスティアが殺されそうだと嘘の報告を告げた事で、慌ててニャルベルデ魔法師団を動かしたのだ。当然そんな事にはなっていないのでお怒りの手紙が届いたのである。
因みにサウス・カロライナは「殺されそうな雰囲気だったし、殺すって相手が言ってた」と嘘の証言を行っていた。
「君ってだんだん猫に染まってるよね? あの変身薬って絶対副作用有るでしょう?
まあ、私的には野良猫への道が潰えたと祝杯をあげたいよ」
「諦めないよ。私は縄張りが欲しいんだ。縄張り持ちは尊敬されるんだ。駄猫何て言わせないぞ」
猫界のアリスティアの猫状態の評価は駄猫だ。
狩りも出来ない。喧嘩は100戦100敗。邪悪な野良犬を見るとダッシュで逃げる。正しく駄猫である。まあ、この状態で縄張り持っても乗っ取りを狙われるのがオチなのだが。実際乗っ取られた。猫界は厳しいのだ。
因みに変身薬にはアリスティアの知らない副作用があるぞ。それは変身した対象に精神が引っ張られると言う物だ。
実際猫になり過ぎて価値観の一部が猫化してるし、獣人になるとアリシアのモフモフに激しい嫉妬を覚えたりしてる。
床でゴロゴロしながらギルバートを睨みつけるアリスティア。だがショックで目が死んでいる。
「で、あの人攫いの裏は取れたの? 」
「そっちのショックで忘れてくれればありがたいんだけどなぁ」
「寧ろこっちが最優先。サウス・カロライナへの報復は後回しだ」
一応優先順位は忘れていない。サウス・カロライナはそれを理解した上で罠にハメたのだが。
「言わなきゃ駄目かい? 」
「機密文書の数が知らない間に減っても良いなら話さなくても良いよ? 」
「うん、それは困る。と言うか、どうやって機密文書見れるんだい? 」
「城内を歩いてると知らないおじさんが偶にくれる」
「天使教徒め……」
アリスティアシンパの貴族がこっそり教えてくれるらしい。情報管理上、天使派は機密に関われない様にした方が良いだろう。最もアリスティア以外に情報を漏らす事は絶対に無いので痛し痒しだが。
そしてシンパの名前は覚えていないらしい。貴族議会の王女無き王女派が壊滅したのに新しく生まれ変わった様だ。まあ、彼等がアリスティアの王位継承を要求する事は本人が望まない限り無い上に、望まない限りはギルバートが継ぐ事が絶対だと主張しているが。
「まあ、馬鹿共の躾けは後だ。単刀直入に言うが今回の犯人はシャハール王国国王だ」
ブチっと何かが盛大に切れる音が聞こえた。
嗚呼、やっぱりこうなるじゃんとギルバートが頭を抱えるのだった。
サウス・カロライナ「裏切りは蜜の味」
アリスティア「お前後で覚えてろよ」
天使教徒「姫様の事で姫様に隠し事は出来ません! 」
ギルバート「アリスに情報流す以外は有能だから切るに切れん。しかし、顔も名前も憶えられていないが、お前等それで良いのか? 」
天使教徒「姫様が健やかにお過ごしになられるのならば問題ない! 」
天使教徒は忠臣の鑑。まあ、本人無自覚で利権ばら撒くスプリンクラーだから本人に何か求める必要も無いんだけどね。ほっとけば国の財布を膨らませてくれるから。




