閑話⑩ 王国に灯る|灯《ともしび》
次章はもうちょっと待ってね。
その日、アーランド王国の首都はとても静かだった。
理由を知らずに王都へやって来た商人や冒険者は何事かと首を傾げ、周囲を伺う。
王都は現在大陸でも類を見ない程に栄えているが、人通りは疎らだ。しかし、寂れている様子も無ければ、僅かに道歩く人の姿や表情に不安は焦燥の色は無い。
「申し訳ない。今日は何かあるのですか? 」
一人の商人が通りを歩く男に質問する。
質問された男は笑いながら彼の疑問に答えると、自分も家に帰ると去っていった。
今日は商売にならないな。そう思った商人も早めに宿に向かっていった。しかし、その足取りは軽かった。
その日は確かに静かだった。しかし、日が傾きだすと共に普段の様に――いや普段以上に賑やかさを取り戻す。
そして日が沈まんとする頃には通りを埋め尽くすかのような群衆が集まっていた。
彼等は期待に目を輝かせ、広場の壇上で演説するギルバートを見つめる。
「我々は建国史上、苦難が続いていた。
国内には強力な魔物が跋扈し、北から魔物が雪崩れ込むこの土地は豊かであっても決して住みやすい土地では無かった」
それに頷く国民達。
そうだ。自分達の歩みは決して楽な物じゃ無かった。誰もが血を流して築き上げた物だ。
「一面は森だったこの地を切り開き、魔物を倒し、我々はこの地に国家を建国した。多くの英雄達の犠牲によって生まれた国家だ。
しかし、国家を作った我々の先祖の道はやはり険しい物だった!
大陸中央には普人至上主義で溢れ、融和の心は踏みにじられた。我々は独立と尊厳の為に戦い続けた」
そうだ! 我々は剣を取った!
誇りを胸に戦った!
どれだけ血を流そうと決して膝を屈しなかった!
国民達が叫ぶ。そうだ。自分達は理想の為に戦った。
アーランド王国と、当時は存在した多種族連邦しか普人以外の多種族は【人】である権利すら奪われていた。
自分達は違う。そんな事はしない。断じてさせない。理想と誇りを胸に戦い続けた!
気炎を上げる国民達。
「そうだ。我々は誇りを胸に戦った。そして勝利した!
ここに宣言しよう。グランスール帝国は最早我々の脅威ではない!
既に国家の体すら成していない。そうだ。我々の繁栄を邪魔し続けてきた帝国は今日を持って過去の物となった!
ならば、我々は次は何を求める? 」
――繁栄! 繁栄! 繁栄! ――
誰だって幸福に暮らしたい。彼等は幸せを求める為に剣を取ったのだ。
ならば次に求めるのは繁栄だ。この地を、この国家を更に豊かにしたい。
もっとだ。もっと豊かにしたい。先祖に胸を張れるように。自分達が幸福な生涯を終え、先祖に会った時に、王国は繁栄したと胸を張って告げる為に。
「本日、この日は帝国との戦争が終結して1年が経った記念すべき日だ。そう、我々の勝利の日だ。
そして、これこそがその象徴となるだろう」
ゴーン。ゴーン。ゴーン。と正教・精霊教・天使教の大聖堂が鐘を鳴らす。ピッタリの時間だった。
そして同時に日が完全に沈み、王都を暗闇に染める――と同時に街灯が光を灯す。
真っ暗になった王都が輝きを放つ。その様子は余りにも幻想的だった。
誰もが言葉を失った。ギルバートも想像以上の光景に言葉を失った。アリスティアは屋台で串焼きを頬張っていた。ドラコニアは酒を飲みながら楽しんでその光景を見ていた。
先ほどまでの喧騒が嘘の様に静まり返る。
誰もが思った。美しいと。
戦乱が続き荒廃した王国民の心に響く美しさ。
ああ、確かにこれは繁栄の象徴だ。
「………我々は闇夜にまで勝利したのか」
アーランド人にとって、街灯を設置すると言う事を理解している者は誰も居なかった。
夜は暗いのが常識だ。当初街灯の設置は無駄ではないか? と言う意見が噴出する程に理解されなかった。
最もアリスティア肝いりの事業の為に何か意味が有るのかもしれない。別にそれを理由に増税される訳でもないし、好きにさせてみようと静観する者が多かったが、理解はされなかったのだ。
だけど、この光景を見た者達の心には確かに意味が有ったのだと理解出来た。
闇夜を照らす明かりの美しさは彼等を魅了するの十分だった。
大通りが明かりで照らされ、大通りに面する店も全て明かりが灯される。
確かにこれは、この明かりは繁栄の象徴なのだろう。
歓声が広がる。
「王国万歳! 」
「「王国万歳! 我等の未来に栄光を! 」」
これまでの苦しい日々は過去に変わる。輝かしい未来が自分達を待っている。それを予感させる光景が王国民を熱狂させる。
丁度大通りの街頭と接する店が明かりを灯すほんの少し前。
とある法衣貴族の官僚の屋敷に珍しく当主が居た。
愛する妻と子供達と共に食事をしようと食堂に集まっていたのだ。
「今日は早かったのですね」
妻が珍しく上機嫌だ。夫が屋敷に居なさ過ぎるのも退屈だったのだ。
「ああ、今日は祝いの日だからと、殿下が早めに帰らせてくれたのでな。ワインまで頂いた」
「まあ! 」
祝いのおすそわけだと渡されたワインは帝国産の極上の物だった。彼は爵位も地位もやや下気味の中堅と言った貴族で、これまでこの様なワイン等飲んだことが無い程だ。
出所はアリスティアが帝都を陥落させた際に略奪した皇帝のワインセラーである。処刑された前皇帝は大の酒好きで、皇帝の為だけに集められた極上品が山ほど手に入ったのだ。
最もアリスティアは周囲から酒は絶対に飲むなと言われてるので、丁度良いからと提供された物である。
因みに最も高価且つ生産地が災害に見舞われ、二度と手に入らなくなった通称【皇帝のワイン】は交渉材料として隠しているが。
この【皇帝のワイン】は皇帝以外が所持すると、平民なら処刑。貴族なら皇帝に物凄い嫌われる為、殆どが皇帝の元に有った物である。因みに献上すると前皇帝はとても喜んだらしい。
それには劣るが、酒に煩い前皇帝が認めた名酒である。彼も満足の一品だった。これによりアーランド貴族の間でグランスール帝国の前皇帝は糞野郎だが、酒の趣味だけは認めてやる。糞野郎だが。と言う評価に変わった。
ついでに家族との時間も貰えたので上機嫌になるのは当然だった。
楽し気に会話する家族。
そして日が暮れ、明かりの無い食堂は暗闇に閉ざされる。同時に響き渡る3つの鐘の音。
「始まったか。明かりをつけてくれ」
当主の言葉に壁際で待機していた執事が答える。
「畏まりました旦那様」
老いた執事も内心ワクワクとスイッチを入れた。
当然とばかりに食堂は明かりに包まれる。
これまでの様な薄暗さは欠片も無い。部屋の隅までしっかりと照らされる明かり。
「……この明かりが王国の未来を照らしてくれると良いな」
当主はそう呟くと、静かにワインを飲む。家族も普段と違う食堂の光景にキョロキョロと周りを見ながら楽し気に食事を始める。
今日の事は彼は生涯忘れないだろう……次の日には山脈の様な仕事が待っているだろうと心の中でげんなりしたが。
所変わって広場。
未だに喧騒極まりない広場でドラコニアも演説を……と言うか、この国王既に顔が真っ赤だった。
「ハッハッハ! 陛下ぁ~顔が真っ赤ですよ~」
「おう、祝いの日に酒を飲まないアーランド人なんて早々居ないだろ! 」
ドラコニアが酒瓶を掲げると国民も大笑いだ。
この気安い国王はアーランド人の気概にもピッタリはまり、結構な人気だ。話しやすいのだ。元々アーランド王国自体が王と国民の距離が近い国なのである。
「ところで俺の娘が何時の間にか石像に変わってたんだが、何処に逃げたか知らんか? 」
「そこの店で串焼きを買ってましたよ」
アリスティアを見ていた国民が屋台を指さす。
そこには国民に混ざって串焼きを頬張っていたアリスティアがぽつんと立っていた。
「アリスティア! 狡いぞ! 」
「フンス! 」
ドラコニアの言葉にアリスティアは持っていた、まだ食べていない方の串焼きをドラコニアに向かって投擲する。
その串焼きは風の精霊保護の元、ドラコニアの元まで飛びキャッチされた。
受け取った串焼きを一口で食べきると、ドラコニアはサムズアップする。
「ならば良し! 」
その言葉にアリスティアも無言でサムズアップ。その光景に国民は大笑い。既に酒を飲んでる酔っ払いが増えている様だ。
「父上! ならば良しじゃありませんよ! アリス! 直ぐに戻ってきなさいって逃げるなああ! 」
「笑止、あっちに私監修のクレープ屋が有る。まだ戻る訳には行かない」
「城でも料理人が作れるだろう! 」
「馬鹿め。作る人が違えば味も違う。私は王女として市場のクレープの味を調べると言う大切な責務がある」
「それは王女の仕事じゃない! 捕まえろ! 」
「去らばだ」
アリスティアはクートに乗ると疾風の如きスピードで逃げ去る。自分は祭りを開催する側では無く、参加する側だと言う鋼の意思を感じる逃走だった。
「今日と言う今日は捕まえるぞ! 」
「「「うおおおおおおお! 」」」
騎士達は雄叫びを上げて追いかけて行った。その余りに自由なアリスティアの行動に更に国民は大爆笑。
よくある風景だからね。仕方ないね。
「全く、少しは王女と言う自覚を持って欲しいよ」
ギルバートはため息を吐くのだった。
こうして王都全域で夜のお祭りが始まった。
所変わって副王デパート。
ここは本日開店である。10階建ての王国屈指の高層建築は建設中から王国民の関心の的であり、開店を心待ちにしていた。
そしてギルバートの演説が終わってからどんどん人が集まり車道も人で埋め尽くされていた。
一応今日は魔導車も馬車も夜の間は使用禁止なので問題ない。
「ようこそいらっしゃいませ! 」
正装のポンポコが集まった群衆に笑顔で頭を下げる。
「「「いらっしゃいませ! 」」」
10人程の店員達もポンポコに習って頭を下げると、どんどん客が中に入っていく。
そして客達は中に入ると感嘆の声を上げた。
外は夜なのに、照明で昼間の様な明るさの店内。
ピカピカの床に多くの店が入っている。客はこの日の為に貯め込んだ金の入った財布を握りしめると、思い思いの店に入り買い物を楽しむ。
因みにオストランド直営の製菓店が入口の真横と言う立地を獲得していた。シュークリーム専門店であり、アリスティアの認め印も押されている事から早速列が出来る程の盛況っぷりである。
アリスティアの認め印は一種のブランドであり、アリスティアが良い品だと認めた物に与えられる称号だ。王都の製菓店ではこの認め印を幾つ持っているかが一種のステータスになっている。因みに店舗では無く、商品毎に発行される。後、数は少ないが製菓店以外の業種にも発行される事も有る。
更にデパートの中の店は元々王都の商店を誘致しているなど、地元の商店への配慮も忘れていなかった。最もポンポコが監修しているので、経営方針が変わっている店も有るが。
当然フードコートも存在し、早くも客が家族と軽食や普通にステーキを楽しんでいた。
当初フードコートは客が分散して利益が出ないだろうと断る店も多く、誘致に難航したのだが、後に断った店が後悔する程度には繁盛する事になる。競争は激しいが。デパートその物が王都の名物になった為に集客力が違うのだ。
そして家電に該当する魔導具売り場は――戦場だった。
「さあ、見てください。これさえ有れば、もう洗濯は簡単。真夏の直射日光を浴びながら、真冬の寒空の下で洗い物をする必要はありません。
更に乾燥機までご購入頂ければ、雨の日でも洗濯物が乾かせます!
今ならなんと浄化魔法を使う事で水も使わないハイエンド機も同時発売です! 」
「「「「キャアアアアアアア! 」」」」
そこは主婦の戦場であった。
噂は流れていた。主婦の味方となる画期的な魔導具を副王商会連合が開発したと(ポンポコが流した)。
それさえ有れば、家事の手間が凄い省けると。
暑い日の下で洗濯するのも寒い日の洗濯も主婦には重労働だ。これさえ有れば、それらの苦行から解放される。
主婦は涙目で手に入れようとしていた。
それだけじゃない。掃除機も有るし、最新のシステムキッチンまで有る。どれから買いましょう? もう全部買いましょう♪ とご機嫌の主婦と、死んだ魚の眼をしている旦那達で店は大繁盛していた。
アリスティアは考えた。不便な世界なら、不便さを全部解決してしまえば良いと。技術を地球水準まで引き上げれば全て解決するのだと。だから自重はしなかった。
そう、アリスティアの魔導具開発能力が知れ渡ると同時に、王都の主婦達がアリスティアを猛獣の眼で見つめていた事が怖かった訳では決してないのだ!
世界が変わっても、人の求める物が変わる訳ではない様だ。
ついでに広場には魔導車の新型でスポーツカータイプが展示されていた。そのデザインの素晴らしさに貴族まで見つめる程であった。
そして、魔導具売り場に似合わない者達が居た。
それは浄化魔法で洗濯物を綺麗にする洗濯機のハイエンド機を眺める者達。白を基調とした普通とは違う様式の神官服を纏った者達だ。
彼等は武装神父隊と言う正教の対悪魔・悪霊浄化部隊だ。悪魔や悪霊相手では恐ろしく強いが、戦闘部隊は僅か20人程度で対人戦だと装備の関係でめっぽう弱い尖った組織である。
悪魔は滅多に出ないが、悪霊問題はアーランド王国でも問題になるので、存在を許された武装組織である。
「これさえ有れば……悪霊の浄化が容易に……」
「お止めくださいアレクサンド司教! これは悪霊を浄化する道具ではありません。それに、この様な物に頼っては我々の存在意義が! 」
武装神父隊のトップであるアレクサンド司教は苦悩していた。悪霊の浄化は容易な事ではない。失敗すれば武装神父に死者が出るし、浄化魔法は資質が物を言う為、補充も容易ではない。
どう考えても20人で王国全土の悪霊や迷える魂を浄化するのは人手不足である。迷える魂だけなら普通の神官でも浄化出来ない事は無いが、悪霊は専門の神父じゃないと難しいのだ。
特に国境の戦場だと浄化が不可能に近く、慰霊を行うのが精いっぱいだ。
しかし、これを導入すれば、何かに悪霊を封じて、この洗濯機に入れるだけで、簡単に浄化出来るのではないだろうか? と考えていた。
無論人に害を成さない迷える魂は対話等で浄化するが、手に負えない物は道具に頼ってもよくない? と柔軟に考えていたのだ。
「おおう、主よ、わが身の不甲斐なさを申し訳なく思います!」
3時間程苦悩し、己の力不足を神に懺悔した後、アレクサンド司教は30台程購入して帰って行った。それ用途違いますよ。出来るけど。
因みに司教さんは悪魔絶対殺すマンである。普段は凄い良い人なのに、悪魔相手だと悪魔が可哀想だと言われるくらい容赦がない男だ。
こうして戦勝記念日と名付けられた祭りは本来1日の筈なのに、止める国を無視して3日程続いた。ついでにこれを前例として戦勝記念日は3連休だと言う前例を作られるのだった。
アーランド王国が戦勝を祝ってから数日後、大陸中央の某国で中央国家連盟が国際会議を開いた。
しかし、集まった国家元首達の表情は二分されていた。
顔を顰める者。そして青褪める者。
彼等の心は一つだった。
「……どうしてこうなった」
主婦「家事って大変なのよね~(威圧&野獣の眼光)」
アリスティア「ひぇ……」




