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閑話⑨ 官僚は辛いよ

 爽やかな朝。鳥は鳴き、窓の隙間から一条の光が部屋に差し込む。


「う、あ……朝か……」


 一人の男が目を覚ました。

 ベットから降り、窓を【内側】に開く。

 木製の窓が開くと、朝日を浴びた男は背伸びをする。そして格子を掴む。


「ぬおおおおおおおおお! 砕けろおおおおお! 」


「コラァ! 何をしているか! 」


 その格子は圧力をかけると警備室に警報がなる為、即座に【同僚達】が部屋に駆け込んできて、男を取り押さえる。


「帰らしてくれえええええええ! 」


「サア、シュッキンノジカンダヨ」


 雄叫びをあげて抵抗する男を取り押さえる同僚達は濁った眼をしていた。

 濁った瞳の同僚が男を部屋から引きずっていくと、割とまだ正気が残っている同僚が歪んだ格子を見つめる。


「あぁ~。純オリハルコン製の格子を素手で曲げやがった」


 正気を保っている同僚がふと曲げられた格子を掴む。

 今なら帰れるのでは?

 しかし、力を入れようと力んだ瞬間、肩を掴まれる。


「…………」


「ムダナテイコウハシナイホウガイイ」


「はい……」


 別の同僚も居た様だ。諦めた男の瞳が軽く死んで行く。


(我々は家に帰れるのだろうか……)


 正気を保っている男はしずしずと職場に向かっていった。

 ここは仮眠室である。因みにカギは外から掛けられる仕様であった。

 そしてこれは、アーランド王国の官僚達の闘いの記録である。






 カリカリカリカリ。


 とある部屋では多くの官僚達が書類を書いている。

 中にはタイプライターを使っている者も居る。

 その部屋の設備は大陸屈指の物だろう。

 人体工学に元ずく最高の座り心地の椅子に使い勝手の良い机。紙は昔と違って出来の悪い物では無く、高品質の植物紙だ。

 それに最新のタイプライターも配置されている。固定式の電話だって有る。

 そこに働く官僚達はエリート中のエリートだ。そして目が死んでいた。


「うああああああ! もうお終いだ。終わった! 仕事は終わったんだああああ! 俺は家に帰るぞおおおおおお! 」


 突如席から立ちあがった官僚が雄叫びを上げるが、周囲の同僚が彼を拘束する。


「マダ、オワッテナイ。ツギノシゴトガマッテイル」


「放せぇ! 俺を家に帰らせてくれ! 」


「サア、ツヅキヲシヨウカ」


 椅子に拘束された官僚はその言葉に先ほどの様に表情を消して死んだ魚の様な目で数百枚の書類を受け取る。

 横の同僚も、その横も。いや、部屋中の官僚の机には大量の書類が山積みになっている。置ききれずに床に直置きされた書類の山すら何十個も並んでいる。

 仕事に終わりは無いのだ!


 カリカリカリカリ。カタカタカタ。

 部屋の中は無言だ。時折仕事の内容の話し合いをするだけだ。それも労力を最小限にする為に必要な事しか言わないし、受け取らない。

 一人の官僚が格子付きの窓の外を見つめる。


(家に帰りたい)


 アリスティアパレードの闇がそこにあった。

 アリスティアはその財力と技術力と力技で崩壊を始めていた王国を建て直した。

 しかし、新しい技術には相応の法が必要だ。インフラ整備も書類仕事は山の様に存在する。

 王国はかつての苦境を乗り越え、栄光へ向かって走り出した。国民はそう言う。

 しかし、その代償に官僚達は物凄い忙しかった。

 法整備や官僚の致命的不足を少しでも軽減する為の組織改革。確かに必要だ。

 これまでのアーランド王国の統治体制ではロスが大きすぎて、新しい時代に適応出来ない。

 そしてアリスティアは早々に技術開発局と空軍の組織改革を終えていた。

 その組織は実に合理的で無駄は無い。しかし、遊びが存在する事で息苦しい組織でもない。

 ギルバートはこれを参考に全部署の改革を行ったのだ。しかし、問題が発生する。

 まず、前提条件がアリスティアと違うのだ。技術開発局はMADの集まりであり、多くの技術を授けるアリスティアのシンパの集まりであり、更に研究者達が主力だ。

 余計な事に時間を取られて1秒でも研究時間が減るのは彼等には耐えられない事だった。故に管理体制の合理化と言う解り易い自分達への恩恵に反発しなかったし、反発する人間は蹴り出された。

 そして空軍は組織こそ存在していたが、誰も目を向けないくらいの小さい組織であった。拡大する為には組織体制を書き換える必要が有るのは誰の目に見ても明らかだ。

 だから反発は殆ど無く組織改革が完了した。

 しかし、ギルバートの改革の場合は違う。複雑に利権の絡み合った既存組織を改革するのは容易な事ではない。反発だって起こる。

 本来なら簡単には進まないだろう。頓挫する可能性だってある。

 王国の景気は絶好調で長年の外敵であるグランスール帝国は既にかつての栄光の欠片も残っていない程に叩き潰され絶賛内乱中だ。

 必要が有るのか? と言う疑問を持つ者も居た。

 しかしギルバートは政治の天才である。

 表裏を巧みに使い分け、飴と鞭を振るい、アリスティアが面倒だとギルバートにポイした利権まで使って改革を断行している。

 しかし、それでも反発は起こるし、アリスティアの作った組織が全ての組織に応用出来るわけでもない。どうしても改革は遅れていた。

 しかし、止まる事は無い。


「良し、今日はここまでだ。皆帰ろう! 」


「い、良いんですか!? 」


「どうせ終わらん! 」


 上司の言葉に職場の全員が泣きながら歓声を上げる。実に7日ぶりの帰宅である。彼等は城に住んでいるのだろうか?

 官僚達がかんご……仮眠室で力尽きている同僚達をかいほ……起こして帰宅できる事を告げると、彼等も無言で泣いた。

 彼等だって思う事はある。

 末端から崩壊を始める王国で長年手を尽くしても崩壊の歩みをほんの僅かに遅らせる事しか出来なかった。

 自分達の努力で国が良くなって行く事を実感出来る。それは凄く誇らしいし、嬉しい。

 自分達の功績を胸を張って誇れるのも嬉しい。

 自分達の給料もかなり増えて嬉しい。

 でも、本音を言えば――


――休みが欲しいんだよ! 給料増えても使う暇がねえよ! ――


――給料は確かに増えたさ! でもな! 基本給より残業代の方が遥かに多いんだよ! ――


――違う! 欲しいのは休息だ! その【元気でハッピーになれる薬】じゃねえ! と言うか無理やり飲ませるな! 記憶が飛ぶんだよ! ――


――寝ても覚めても書類の山と会議で心が壊れそうなんだよ! ――


 こんな感じである。定時で帰れる空軍の官僚達を他の部署の官僚達が、ホラー映画の様に真っ黒に窪んだ眼で見つめていた。

 しかし、少しずつ改革は進み、組織内での労力のロスも減り、業務が効率化する。

 確かに帰れる日は少ない。でもほんの僅かに時間は短くなっていた。

  そして、官僚不足を王国が放置している訳ではない。可能な限り人員を増加させようと足掻いていた。

 しかし、王国は未だに深刻な労働力不足。国が商会等で働く人を引き抜こうとすると、それ以上の好待遇で人員を引き渡さない。

 面倒になったギルバートは貴族。特に領主に人手を差し出させた。嫌がる領主からほぼ勅命で跡継ぎ以外は隠し子まで差し出させた。

 一応領地運営に支障は出ない程度には気を使ったが、支障が出ないギリギリを責める感じで差し出させた。

 隠し子はほぼ認知されていない子供が多く、貴族にとっての醜聞でもあるので物凄い渋い顔をされたが、働き次第では法衣貴族が足りない為、後に法衣貴族として独立させてやると言われれば親心も有るので心情的に拒否しずらい。実にギルバートらしい交渉だった。

 しかも働き次第なので確約はしていない。まあ、真面目に働けば爵位を持てるだろうが。

 組織改革や王国の発展。更にこれまでの帝国との戦争ですっかり貴族不足のアーランド王国なのだ。人手を得る為なら爵位位くれてやる。

 但し、爵位を受け取るのなら絶対に逃がさないが。多分爵位と書いて首輪と読むのだろう。


「バーク・ドルゴです。宜しくお願いします! 」


「バルベラード・オルトスです。宜しくお願いします! 」


「クリス・シャハドです。宜しくお願いします! 」


 こうして隠し子で終わって堪るかと、野心溢れる官僚達が表舞台に立てるとキラキラと目を輝かせて官僚に加わった。

 そしてそれを温かく拍手を持って迎え入れる同僚となる官僚達。

 彼等はそれに先輩達は自分の生まれに偏見を持たない良い人達なのだろうと心躍らせる。

 だから見抜けなかった。同僚たちの目が淀んでいる事に。


(逃がさん。絶対に逃がさん)


(新人だ……待ちに待った新人だ)


(壊したら仕事が増える。少しずつこの職場に慣れて貰おう)


 表情だけ微笑みを浮かべている。

 だか、彼等は新人を絶対に逃がす気は無かった。そう、終わりなき労働と言う、泥沼に引きずり込む機会を虎視眈々と伺っていた。

 彼等は新人達の生まれに偏見は無い。彼等が気にするのは戦力が増えた。ただそれだけであった。

 悪辣な部下達の目論見は上司も当然知っているが、彼は別の事を考えていた。


(この調子で行けば……1年後には定時で家に帰る生活が戻って来るかも知れない)


 今は一部を除いて存在しなくなった定時帰宅に思いを馳せていた。

 そして、その思いは官僚達全員の思いでもあった。

 彼等は知らない。まだ労働に終わりなど見えないと言う事に。彼等が山を越えれば、その先に待つのは楽園では無く幾重も有る山脈だと言う事に。




 王城の地下。


 王城はアリスティアや分身にロストナンバーズなどが勝手に地下室を作っている為に蟻の巣状に色々な施設が広がっている。

 そこのギルバートも知らない会議室にアリスティアと分身達は集まっていた。


「鉄不足が深刻だ」


 サングラスと白い手袋。そしてちょび髭をつけた議長のアリスティア本体が告げる。


「本体が生まれた時より鉄の値段が40倍以上に高騰している。これは大問題だよ。補助金を投入して価格の統制を行っているけど、限界だ」


 与党と書かれた鉢巻をつけた分身が主張する。それに答えるは野党と書かれた鉢巻をつけて居る分身だ。


「いや、私達が使い過ぎてるせいだよね? 少し消費を減らさない? 」


「えー私が減らしても鉄道や建材としても大量に使ってるし。大体生産量が少ないのが悪いじゃん。輸入増やそうよ。ホラ、アーランド王国は金属不足が解消してwinで同盟国は収入が増えてwinのwinwinじゃん」


「同盟国も全力で資源開発しているんだよなぁ……」


 分身が言わなくても金に成るんだから同盟国が放置する筈も無かった。

 既存の鉱山を全力稼働させつつ、未開発の資源を国中をほり尽す勢いで探していた。

 中にはこれ以上輸出すると国内の需要が足りなくなると輸出増加を拒否する国まで出ている程にバブルが膨らんでいた。


「じゃあ帝国でもっと密採掘するしかないね」


「もっと労働用の分身が必要だ。掘削は魔導具にさせる感じで魔力の少ない分身を増やそう」


「そうだね。でも一向に帝国から苦情来ないね? まだ気が付いていないのかな? 」


「別に苦情来ても白を切るし、帝国内の盗賊が勝手に資源掘って密輸でもしてるんじゃない? 帝国内の違法活動の検挙はアーランド王国の仕事じゃないってお兄様が無視を決め込んでるんだって」


 実際帝位を得る事に熱中して国内の地下資源が奪われている事にグランスール帝国は気が付いていない。

 採掘場所は隠蔽用の魔導具で巧妙に隠されているのも原因だ。

 アリスティアは帝国相手なら何をしても良い。それこそ核攻撃すら行っても自業自得だと言うくらい大嫌いなので、彼等がどうなろうと知った事では無かった。

 実際中央国家連盟の動きを鈍らせる防壁にする為に内乱を起こさせたほどだ。中央国家連盟がアーランド王国を滅ぼす為には帝国領を通る必要が有るが、内乱で荒れ果てている帝国領では補給が難しい。調達出来るかも怪しいが、トップの居ない帝国貴族が大人しく中央国家連盟に従う筈もない。本国から輸送部隊を送っても途中で帝国貴族の私兵に荷物を奪われるのが落ちだ。

 アーランド王国を責める為にはグランスール帝国の内乱を治める必要が有る。その間にアーランド王国の国力を増強して建て直す。それがアリスティアの方針だ。


「後は……何かあったっけ? 」


 取り敢えず資源不足は同盟国に「もっと掘って役目でしょ? 」とおねだりしつつ、帝国内で違法に採掘活動を増やすと言う結論に至った。

 因みに与党アリスティアと野党アリスティアは会議室の隅でキャットファイトを興じている。


「北方」


 一体の分身が手を上げて告げた。


「ん? 」


「もう我慢の限界だね。私は領土を広げるよ。北進だ! 」


「戦力足りなくね? 」


 議長アリスティアが首を傾げる。王国軍は建て直し中だ。さらに言えばアリスティアが動かす権限が無い。


「ゴーレム軍を投入しよう」


「邪神の総戦力が不明な現状では出したくないんだよなぁ……」


「北に資源が有ればもっと増やせるじゃん。第一面倒なの! 国内の資源開発だって領主と一々交渉からじゃん。何時まで経っても私の溢れる資源欲を満たせない!

 もう資源を求めて北進するね」


 どうやら分身は我慢できない様だ。


「焦り過ぎじゃない? 」


「資源が無いと【天空大要塞リリアーナ城】が作れないじゃん! 」


 その言葉に会議場のアリスティア達が顔を合わせる。


「「「「北進だ! 」」」」


 官僚達に最大の危機が訪れようとしていた。

アリスティア&分身「そうだ北進しよう」

官僚「ひえ、姫様が何か企んでる気がする! 急げ。人手を集めないと手遅れになるぞ! 」

ギルバート「何処かに官僚落ちてないかなぁ。それか畑に植えたら増えないかなぁ……」



領主「子供達が嫡男とそれを支える子供以外、全員独立しちゃった(´・ω・`)」

三男以下&隠し子「成り上がるぞおおおお! 」

官僚「ウェルカム(ニチャァ)」

 官僚達はブラック通り越してダークマター勤務を行っています。

 ですがアットホームな職場です! 離職率0%です! 働き甲斐が有ります!

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