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閑話⑧ 悪い人は出荷よ~

非常に遅れて申し訳ありませんでした。

 仕事が会社毎製造から設備に変わったり、1か月別の場所に送られたりで書ける状態では無かったので遅れました。

 今後は週一を目指します。

「ぐふふふ。笑いが止まらんなぁ」


 とある辺境の孤児院の院長室で男が笑う。その手には孤児院の院長が持つには相応しくない程の金貨が有った。


「こんな辺境の孤児院の院長になった時は絶望した物だが悪くは無い」


 嘗ては敬虔な神官であり、人望もそれなりにあった男。孤児院の院長も最初は辺境の孤児を救いたいと言う考えがあった。

 しかし、理想は願うだけで叶う物では無かった。

 足りない資金。増え続ける孤児。

 最初はほんの少しの不正だった。少しでも孤児達に良い物を食べさせたい。飢えさせたくない。そんな考えで孤児院に居る孤児の数を水増しして、本部から補助金を少し多く申請した。

 駄目だろう。発覚するだろう。自分は解任されるだろう。そう怯えながら行った初めての不正。

 しかし、正教も人手不足だった。孤児を救いたいと言う理念が先行し過ぎた結果、確認が甘く、彼の不正は露見しなかった。

 その時の不正で孤児は確かに救われただろう。しかし、成功した不正の経験が彼を狂わせ始めた。

 これくらいならバレない。ならもう少し。もうちょっと。これくらい大丈夫だろう。

 気がつけば彼は汚職を繰り返した。当初の孤児を救うと言う免罪符を放棄して。

 気がついた時は既に孤児の事など、どうでも良くなっていた。気になるのは自分の懐に幾ら金貨が入っているかと言う事だけだ。

 だから更に不正を繰り返す。自分の孤児院が所属する教区(正教における管理区の事)の上司を唆し、自分の不正を隠ぺいさせる。出費は増えたが、誤魔化せる事も増えた。利益は大きい。

 この孤児院では孤児が餓死する事も有るのに、彼は肥え太っていた。清貧等記憶の彼方だ。


「近頃は王女のお陰で寄付金も増えている。クックック笑えるなぁ」


 後どれだけ稼げるだろうか。そんな事を考えていると、院長室の扉が勢いよく開かれ、武装した者達が雪崩れ込んできた。


「な、何事だぁ! 」


「インシュタール孤児院長。我々は異端審問官だ。何故ここに居るのか貴様には分かっているだろう?

 貴殿には異端の嫌疑が掛けられている。異端審問が待っているぞ」


 鋭い視線を向ける異端審問官が彼の肥え太った体を嫌悪する様に見つめる。

 そして、異端審問官と言う言葉を聞いた院長――インシュタールは顔を青褪めた。


「馬鹿な、何故異端審問官がこんな辺境に……」


 基本的に宗教に厳しいアーランド王国。そして、そこを本拠地とする正教にも異端審問は存在する。

 最も聖教と違い、信者を勝手に裁く様な危険な権限は持っていない。インシュタールが恐れるのは、正教の異端審問官が裁くのは正教内の異端だからだ。

 彼等は矛盾無く正教内の不正を正す組織だ。時に正教の最高位ですら平然と裁く連中である。

 最も、宗教組織が武力を持つ事をアーランド政府も国民も許さないので、彼等が動くには明確な証拠と王国の同意が必要だ。その為動きは遅い。

 しかし、その面倒な手続きが存在する為に、異端審問官は一切の反論も出来ない程に、偏執的に証拠を集めてから動く。故に彼等が動いた時には既にゲームセットに等しいのだ。


「ああ、君とつるんでいたアウラル教区長は更迭された。庇ってくれる事は二度とないだろう。

 間違いなく破門の上に重犯罪奴隷送りだろうな。当然君も同じ末路だ」


 異端審問官がインシュタールの胸倉を掴む。その瞳は怒りを通り越して憎悪に燃えていた。


「教会の孤児院に所属する孤児は例外なく神の子である! それを虐げるは背神行為に他ならない! 楽に死ねると思うなよ! 連れていけ! 」


 こうして一人の悪人が逮捕された。

 彼は異端審問で全ての罪を暴かれ、正教から破門された上に王国の法律違反で重犯罪奴隷にされ、鉱山等で余生を過ごす事になる。

 そして辺境の孤児院の腐敗が思った以上に多かった事から正教上層部が王都の広場で国民に謝罪するまでに大きな問題となった。

 そして救出された孤児達はアリスティアから寄付された魔法薬で即座に治療された。

 その孤児達は真っ当な孤児院に送られ、カウンセリング等を受ける。

 そして、一定年齢に達した孤児は王都の大孤児院に集められ、高度な教育を受ける事になる。

 そして騒動から一か月後。第一陣となる孤児達が王都に到着した。


「ここが王都? 」


「凄い人がいっぱい」


 王都に入った孤児達は馬車から王都を見る。

 多くの人が溢れ、活気のある都市だ。しかも王都全域が再開発されている為に非常に賑やかである。

 孤児達は馬車の後ろから王都を眺めながら、広い道路を通り、新孤児院としてアリスティアから供与された集合住宅に到着した。


「これが新しい孤児院ですか? 」


移動の間に子供たちの中でリーダーになった少年にシスターが答える。


「ええそうですよ。ここが貴方達の新しい家になります」


「おっきい! 」


 彼等が新しい孤児院を見上げる。それは真新しくも、見た事も無い程に大きい物だった。

 元は単身用の集合住宅だった物。

 子供達は走りながら集合住宅を探検した。

 この集合住宅は各部屋には一般的な設備は揃ているが、風呂とキッチンは撤去され、リフォームされているので、内部は結構広かった。風呂は1階の大浴場がある。

 当然食事も1階の食堂で行われるが、シスター達もその設備に固まっていた。

 蛇口を捻れば水が出る。摘みを回せばコンロに火が出る。ボタン一つで風呂にお湯が溜まる。この世界の基準だと、貴族すらここまで魔導具を使っていないだろう。

 孤児院のシスターや神官が隅に集まって汗を流しながら相談を始めた。


(あの……この様な建物の寄付を受けて宜しいのでしょうか……)


(貴族の屋敷より快適で怖いのですが……)


 余りに先進的過ぎて怖がるシスター達。

 神官達もまさかここまでとは想定しておらず、困惑している様だ。


(清貧とは一体……枢機卿の屋敷より快適じゃないか? )


(後で貴族の方々から文句が出てくるんじゃ……)


(でも周囲の同じ建物と同じ仕様だって……これが王都の普通なのか? 我々が辺境に居る間に一体何が……)


 元は平民用でかつ、独身用の集合住宅だとしか聞いてない! 大きさも桁違いだが、設備もおかしい。

 彼等の胃にダイレクトアタック! 胃が痛い……

 しかし、自分達が狼狽えれば子供達に不要な不安を抱かせてしまう。覚悟を決めよう! そして受け入れよう! これが王都の普通なのだと!

 実際アリスティアの求めるインフラは地球の先進国の首都レベルなので、この程度は当たり前と言う認識であった。

 まあ、ここに使われてる魔導具は普通に販売されているので、貴族の屋敷も同レベルの生活水準を手に入れているか、貴族の屋敷も大概ぼろいので、再建ラッシュ中だ。丁度良いので新しい技術を用いて快適な屋敷を建設していた。

 文句は出ないだろう。だって文句を言うと言う事は、副王商会連合に魔導具を平民に売るなと言う事であり、それ即ちアリスティアの収入を減らせと言う事だ。普通に喧嘩を売る事になる。

 彼等からすれば、これまでとは比べ物にならない程に高性能な魔導具を信じられない価格で売ってくれるので文句は無い。これで利益を出しまくってぼろ儲けしている事実に戦慄していたりする。王国は変わったのだ。最早魔法後進国ではない。

 実際副王商会連合の魔導具生産量は1週間でアーランド王国を除く大陸の年間魔導具生産量を軽く超えているのだから恐ろしい話である。そりゃ安くなる。寧ろ大陸の魔導具生産量が少なすぎだが、それは強欲な魔法王国が権益を握ってる弊害だ。


「コホン……兎に角、夕飯の用意をしましょう。これ程の設備ですし、食材にも困りません……ええ、何故か多くの商会や工房までも率先して寄付してくれましたし」


「彼等に一体何が有ったのでしょうか……凄まじい気迫で寄付なされたと聞きましたが」


 このままだと将来一流の教育を受けた孤児達が全部アリスティアの元に流れると危惧した経営者達は、アリスティアの人材独占を許さないと気合を入れて孤児に貢いだ結果である。アーランド王国では未だに労働者が足りないのだ。

 本来なら孤児院の方から寄付を求めるのに、相手側が寄付させて欲しい。絶対受けて欲しいと懇願してくる謎の展開である。それ程までに人が欲しいのだ。

 その後、新しくも広い部屋。そして新品のベットや机にタンス等の家具にはしゃぐ子供達を落ちつけながら夕食を皆で食べた。

 ここに居る孤児達はそれ程酷い目に会ってた訳じゃ無いが、これまでとは違い、快適な部屋に十分な食事を堪能し、柔らかなベットでぐっすりと眠りにつく。

 そして暫くして、国民学校が開校した。

 国民学校はまあ、日本の大学に近い建物だ。

 子供達はそこで入学式を終え、教室に入る。

 初めての授業だ。今日までに勉強の重要性を教えられた孤児達は目をギラギラさせている。

 成り上がりたい。もうお腹を減らして震える生活なんて御免だ。いっぱい勉強して良い仕事に就きたい。ハングリー精神を研ぎ澄ませた孤児達がそこに居た。

 そして、その姿を見た親の居る子供達も負ける物か! と精神を研ぎ澄ませていた。

 ここは国民学校。将来より良い生活を行う為に必要な知識を手に入れる場所だ。

 そして教師が入ってくる。男の教師だ。その教師が扉を閉め、壇上に上がり、さて授業を始めようと口を開こうとしたその瞬間、バン! と勢いよく扉が開く。


「やあ、将来の王国を担う子供達よ! 私が君達に素晴らしき魔導の真髄を……いや、深淵を覗かせてやろうではないか! 」


 ヨレヨレのローブを着た茶髪の男が教室の入り口で香ばしいポーズを決めていた。


「「「誰!? 」」」


 こんな人、入学式の時に居なかったよね! 子供達は叫ぶ。異常に目がギラつき、異様な雰囲気を纏っている。変質者かな?


「あ、貴方はジェラール主任!? 何でここに……貴方は技術開発局魔導具開発課の筆頭主任でしょう! 」


「フハハハ! ちょっとやらかして実験棟が消し飛んで、再建まで暇なのだよ。それに私以外の同士達は皆病院で寝ている。

 何て軟弱な者達なのだろうか! 実験棟は消し飛んだが、我々は姫様の大いなる魔導の深淵の表層を伺う事に成功したのだぞ! 

 後、何故か実験失敗の責任を取って3か月間講師をする事になった。

 誰も理解していない。何故理解出来ない。アレは失敗ではない。あの方法では成功しないと言う結果を得られたではないか!

 嗚呼、素晴らしい結果だった。あの臨界を迎えた魔皇炉の輝きが未だに瞼の裏に焼き付いている! 」


 因みに担任の教師は技術開発局からの出向で、ジェラール主任の後輩だったりする。アリスティアによって再評価された魔法術式学を専攻している魔術師である。

 最も、本人は人材育成も得意で元貴族の家庭教師でもあり、アリスティアから最新の術式集を供与されるのを条件に出向に応じた。

 技術開発局の貴重な常識人枠の男であった。

 そしてジェラール筆頭主任は技術開発局が世界に恥じ入るMAD中のMADの1人だ。これでもMAD達の中では割と穏健派でギリギリで辛うじて常識人枠に入っていたりする。他のMADは倫理観すら捨て去っていたり、肉体を魔法技術で弄ろうと目論んでいたり碌でもない連中ばかりだ。更に専門知識が無いと会話にならない奴も普通に居る。

 そして何をやらかしたのかと言うと、アリスティアがマナ・ロイドと同時期に開発を行い断念した金剛武装と言う戦闘ゴーレム。その核と言える動力である魔皇炉を起動させたのだ。

 偶然ギルバートのロストナンバーズ押収品保管庫に混ざっていた試作品を彼等が発見。ギルバートが「分かった。もう持って行って良いから取り囲んでで頼むの止めろよ! 」と叫ぶまでお願いして手に入れたのだ。

 そして彼等独自の改造を施し、起動実験を行ったのだが、当然の如く制御不能に陥り爆散したのだ。

 そもそも、タダでさえ制御が難しい魔導炉を出力を落とさずにアタッシュケースサイズに小型化すると言う超無理難題の代物だ。アリスティアの持つ頭脳でも暫くは不可能だと断じられた物である。

 最も基礎理論を確立させてる辺り流石アリスティアと言えるのだが。


「何でこの人を学校の講師にしちゃうんだよおおおおおおおお! 」


 ヤバいだろ! アレか、王国は子供を将来MADに育てたいのか? まだ姫様の分身に講師を依頼した方が遥かに被害は少ない(被害が無いとは言っていない)だろ!


「第一、何で実験棟が消し飛ぶんですか! アレって建材から魔法と錬金術で強化されまくって外部だけじゃなく内部で20インチ砲弾とか言うのが爆散しても平然としてる要塞レベルの建物でしょうが! 」


「フハハハハ! 20インチ砲弾で実際に実験したかったのだが、許可が降りなかったのは良い思い出だな! 」


「違う! 言いたい事はそこじゃない! 」


「ついでに20枚の常設結界は3枚を除いて消し飛んだぞ」


「何やってるんだアンタ達はアアアア! アレ強度は王都防衛結界と同等だろうが! 」


 結界強度は同等だが、王都防衛結界の真髄は再生力だ。破壊されても、7重の結界が相互に再生するので、突破はされないだろう。

 実質的には王都防衛結界の方が頑丈である。


「3つの同時起動はヤバかったなハハハ! 共鳴連鎖で出力が規定量の1500倍になるとは思わんかった。

 ついでに同席していた姫様の分身が真顔で王都防衛結界の強度をあげるって言っておられたぞ」


「当たり前だ! 」


 魔導炉は一定距離以内に他の魔導炉が存在する場合、共鳴して制御不能になる性質が有る。

 正規品の魔導炉は共鳴をさせない機構を詰んでいるので問題ないが、試作品にそんな物は積んでいない。と言うか、共鳴現象を検証する為に排除されていた。

 しかし、分身達も実験結果に王都防衛に不安を抱いた様だ。既に対邪神でも十分な強度を誇る王都防衛結界は更なる魔改造が施されるのだろう。


「一歩間違えば王都が消し飛ぶだろうが! 」


 当然そんな事は知らない担任はジェラールに詰め寄る。


「問題ない。実験棟はそれらの事故を想定して作られている。実際外部への影響は無かったではないか。姫様考案の実験棟だぞ? 予想外の事故も想定済みなのだろう。

 ちょっと怒られただけだ。私が直々に話をつけたので大丈夫だ」


 もうヤダ、コイツ等……担任はがっくりと項垂れた。後、絶対姫様怒ってるだろ。

 実際オコなのである。但しジェラールはかなり有能なので処刑したくない為に一時的に出向させ、その間に各方面への調整と謝罪を行っていた。本日は土下座王女中である。土下座力を鍛えるのだ。


「さて、下らん話はここまでだ。

 私の名前はジェラール。姓は無い。有った様な気はしなくもないが、覚えてない以上は如何でも良い物だろう」


「アンタ子爵家の出身だろうが! 親御さんが泣くぞ! 」


 寧ろMAD過ぎて距離を取られているので問題ないだろう。5男だし。


「さて、本日最初の授業だが、私が担当するのは魔法全般だ。

 しかし、君たちは幼い。魔法を直接扱うのはもう暫く後の話になるだろう。

 だから私が教えるのは魔法とは如何いう物なのか、何が出来るのか、使う上で気をつけなければならない注意事項が殆どだろう」


 しょっちゅう爆発事故を起こすお前が教えて良い事なのか? と思う担任。

 しかし、魔法の授業が行われ始めると驚愕した。

 ジェラールの授業は子供でも非常に解り易いのだ。時折ジョークを織り交ぜ、子供達の集中力を途切れさせない技など、担任も驚きの手腕だった。


「このように、幼い魔法使いは魔法の暴走と言う危険性を孕んでいる。これは体内の魔力回路が未熟故に魔力制御が困難なのが主な原因だ。

 この魔力回路と言う物は訓練でも強化は可能だが、大人になると更に強くなる」


「先生! 私達は魔法使いじゃないんですが? 魔法は使えません」


 一人の子供の発言に殆どの子供が頷く。

 子供達の認識では魔法使いは生まれながらに才能を持つ極僅かな者だけが成れるものだ。

 そして、適正を鑑定する水晶の開発で、これらの適正は直ぐに解る。


「違う! 断じて違う。姫様の大いなる魔導により、それらの認識は既に旧時代の遺物である!

 見たまえ。この魔法薬は古代魔法王朝を栄えさせた根源とも言える魔法薬【青の秘薬】だ。

 これを摂取すれば、生まれの魔法適正を無視して非魔法使いを魔法使いに変える事が出来る」


 ジェラールが懐から取り出した青の秘薬を見た子供達が歓声をあげる。魔法使いは誰だって憧れるのだ。特に子供は固定観念が無い為に魔法への憧れは強い。


「この【青の秘薬】では殆どが魔法使い程度の魔力しか得られないが、魔力量が魔法使いの価値を決定付ける時代は終わった!

 携行用魔力備蓄装置『マジック・チャージャー』の開発により、魔法使いの価値は魔力量では無く制御能力こそが重要だ!

 最も、青の秘薬でも僅かに魔法使いに成れない者も居る」


「もし成れなかったら……」


 孤児達の表情が不安に歪む。

 もしかして、前の生活に逆戻りするのかもしれないと不安に思ったのだ。


「問題ない! 魔法が使えないのならば科学者になれば良い! 科学者は魔法使いじゃ無くても大丈夫だ!

 君達もいずれは【青の秘薬】を使う事になるだろう。しかし、魔法使いに成れなかった者を差別してはいけない。

 そして魔法使いに成れなくても心を腐らせる必要はない。魔法使いに成れなくても進める道は幾つも存在するのだ! 」


 全く素晴らしい時代になった物だ! とジェラールが笑う。

 アリスティアは非魔法使いを魔法使いに変える古代の秘薬である【青の秘薬】を作る事に成功した。

 しかし、同時に国内に新たな差別が生まれる危険性を予知した。

 実際古代魔法王朝では【青の秘薬】に適合しなかった者の権利はほぼ無かった。古代魔法王朝の考え方としては魔法使いでなければ人ではないし、国民ですらないと言う事だった。

 但し、それは魔法至上主義だっただけだ。魔法使いに成れない者が居るなら、非魔法使いでも成れる仕事を山ほど生み出せば良い。彼等が活躍出来るフィールドを用意すれば良いだけの話だ。

 そして同時に教育レベルで迫害を禁じる。現在非魔法使いと魔法使いの間に対立が無い為に多くの国民に受け入れられる。誰だって仲間同士で争いたくはない。

 実際多くの国民は魔力量より筋肉量の事しか考えてないので大丈夫だろう。ちょっと超祖国防衛戦争期間が長すぎて(建国から少し前まで)国民が完全に脳筋化しているせいだ。

 そしてジェラールの授業は終わり、休憩を挟んで他の基礎的な授業--これも初日なので挨拶や簡単な基礎をさわりだけ教える等だった。

 そしてデザート付き(アリスティアの強権により実現)昼食を食べ、午後の授業を終えると生徒達は帰宅するのだった。







 帰宅する生徒達の中で孤児達は基本的に固まって帰っていた。帰る場所が同じなのと、王都で迷わないためだ。最も迷うのはどこぞの王女ぐらいの帰宅ルートだが。


「楽しかった~」


「うん、お昼ご飯美味しかった! 」


 新孤児院に戻った子供達は楽し気に今日の授業の感想を話し合う。


「頑張って勉強すれば将来美味しい物がいっぱい食べれそう! 」


「冬になると凍える生活には戻りたくないよな。でも俺勉強苦手……」


「大丈夫だって。俺もよく分からないし。後で教え合おうぜ」


 食堂に集まった孤児達は真新しい教科書を既に広げていた。取り敢えず内容を見てみたいと言う好奇心からだ。

 この教科書、他の国が見たら絶句するだろう。内容は子供用だが、地球の先進国の進学校程度の内容である。無論解り易く作られているが。

 この教科書の内容もアリスティア製だが、和仁への教育経験から生み出した物で、本人曰く「ゴブリンも賢者に成れると思う」と言う脅威の解り易さだった。

 実際、この初等教育の教科書は一部の時世的な事以外は、将来200年以上変わらない傑作である。

 不安よりも楽し気に学校の事で話題いっぱいの子供達を食堂の隅から孤児院の院長や職員の神官やシスター達が眺める。

 その表情は嬉しげだった。


「楽しそうですね院長」


 シスターの言葉に言葉に思わず微笑んでいた事に気が付いた院長は恥ずかし気に頬を搔く。


「ええ、これまではお腹を空かせる子供達が多かった。あんなに安心した表情を見れるのは久しぶりです」


 出来れば、もっと前からそんな表情をさせたかった。

 ほんの僅かに自分に無力感を感じる院長。

 そこに数人の子供達が駆け寄ってきた。


「院長先生! 猫拾った! 」


「おやおや、流石にここじゃ飼えませんよ? 」


「多分何処かの飼い猫だと思う。毛並みが綺麗だし」


「迷い猫かな? 」


 院長が呟く。


「多分放しても家に帰れると思いますよ」


「そう言えば何故か王都内に猫の国が出来ているのでしたね」


 ニャルベルデが有るので普通に帰るだろう。

 と言うか猫とは言え、王都内に他の国が出来るのは良いのだろうか?


「この子御飯あげても食べないの」


 心配そうに子猫を抱えた少女が話す。


「おや、病気かもしれませんね。

 確か医務室に治療用の魔導具が有った筈です」


 ちょっと取ってきましょうかと告げる院長。これも昔ならあり得ないと内心苦笑いしていた。


「ううん。御飯あげると断られるの」


「断る……ですか? 」


「【いいや結構。お腹は減ってないよ】って言うの」


「それは……」


 それ猫じゃねえ!

 院長は僅かに流れた汗をハンカチで拭う。シスターや神官達も同様だ。


「そうですか。ならお腹が減ってないのでしょう。良いですか。生き物は大切に扱いなさい」


「飼っちゃ駄目? 」


 純真な子供の瞳に思わず良いと答えそうになるが、ぐっと堪える院長。


「その猫には、その猫の生き方が有るのです。

 それに……多分また会えますよ」


「うん分かった。じゃあ猫ちゃんをお外に返してくる! 」


 ちょっと外に行ってきまーす! と駆けて行く子供達。


「院長……あの猫って」


「しっ! 多分姫様です。この王都で人語を話す猫はニャムラス大統領を名乗る化け猫か擬態した姫様くらいだって聞きます」


 大統領は尻尾が2本なので間違いなくアリスティアである。土下座の修行中の筈だが、抜け出してきたのだろう。

 院長はこの孤児院に不正はあり得ないだろうなと思うのだった。

 実際これ以降、ちょくちょく猫になってやって来るので誰も不正を侵そうとはしなかった。

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