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閑話7-2 怪盗アンパン三世

「王女じゃないし! 」


 怪盗の言葉に騎士達がため息を吐く。この警備厳重の王城に平然と入り込めるのは警備システムを作ったアリスティア程度だ。


「いや絶対姫様ですよね? 危ないですよ。おい、無いとは思うが足元に布を用意しろ。足を滑らせて落ちるかもしれない」


 恰好はともかく、体格と行動パターンは確実にアリスティアだ。騎士達は確信を持っていた。


「ッハ! 」


「だから私は将来王妃シルビアの様なグラマラスな美女に成長する事が確定してる王女アリスティアでは無い! 」


「いや、姫様はどっちかと言うとシンシアナ様似ですが」


「ッシ。夢を持つのは自由だ」


 うっかり本音を呟いた騎士を同僚の騎士が口を塞ぐ。

 シンシアナはぺったんこである。何処からか慟哭が聞こえた気がする。かなり気にしていたのだ。


「あー姫様? 我々も一緒にマダムスミスに謝るんで大人しく降りてきてください。今ならちゃんと謝れば許して貰えるかもしれませんよ」


「え……そ、そうかな? うーん……」


 ちょっぴり心配になる怪盗アンパン三世。

 でも、よく考えれば怪盗アンパン三世とアリスティアは関係ない。怒られない筈だ。


「ほら、マダムがアップを始めてますよ? 」


 騎士が城の一室を指さす。丁度明かりがつき、カーテンから女性が何か棒状の物を振るう姿が見えた。


「う、嘘だ! 騙されないぞ! マダムスミスは地方に追放された筈だ! 」


 よくよく考えれば、マダムは不在だったと思った怪盗アンパン三世。

 恐らくあの影はダミーに違いない。部屋から物凄い怒気を放っているが居ない筈だ。なんて悪辣な罠なのだろう!


「いえ、実家に所要で帰ってただけですよ? 既に城に戻ってます」


「だいいち、宝物庫に勝手に入っちゃ駄目ですって! 何してきたんですか! 」


「フッフッフ。それは見てのお楽しみだ。そして王女じゃないって言ってるじゃん! 」


「じゃあ我々は貴女を不審者として捕縛して王妃様とマダムスミスの前に連行しますが宜しいですか? 」


「全然宜しくない。2人は関係ないじゃん! 」


 何故怪盗を捕まえて王妃と王家の教育係の前に連行するのだろうか。欠片も理解出来ない。

 しかし怪盗アンパン三世は一向にアリスティアだと自白しない。これはもうお尻叩きをされる未来しかない。

 良し、捕まえよう。全員がそう思った。


「良し、捕らえるぞ! 」


「「「ヒャアアアア連行のお時間だあああああ! 」」」


「うわ、怖! 」


 壁をよじ登って屋根を目指し始める騎士達に怪盗アンパン三世は驚く。

 そして逃げ出した。

 さあ、ショーの始まりだ!


 怪盗アンパン三世は物凄いすばしっこかった。凄まじい速度で逃げ去り、距離が詰められない。そして先回りする騎士にも対応して逃走ルートを変えている。


「くっ、姫様が異様に素早い! 」


「よく見ろ。僅かに浮いているぞ。走ってるフリだ! それと動きを完全に読まれているぞ。包囲陣を組め!」


(何故バレたし! )


 怪盗アンパン三世は心の中で文句を言いながら、脇のホルスターからワルサーPPKを模した魔導銃を取り出し、騎士に放つ。


「無駄無駄無駄無駄ァ! ってぎゃあああああ! 足の小指がああああ! 」


 普通に実弾なのだが、拳銃の弾の数発くらいは手をクロスさせ、闘気を纏って弾く。

 しかし、その銃弾には足の小指に激痛を走らせる効果を付与した魔法弾だった。

 銃弾の威力はノーダメージだが、付与された魔法をレジスト出来ず、足を押さえて脱落する。


「とっ捕まえるべし! 」


「しまった、余計に本気になった! 」


 闘争本能全開で追いかけてくる騎士達の顔は非情に怖い。元々怖い顔が完全に戦闘モードに切り替わり、更に凶悪になる。


「二階に逃げたぞ! 面倒だ、壁をよじ登れ! 」


「だあああ! あの銃みたいな魔導具何とかしろよ! 」


「お前が何とかしろ。後、あの紐を射出する魔導具も面倒だ! 姫様飛べるのに、何であの道具使ってるんだよ! 」


「城内では飛翔魔法を妨害してる魔導具が有るからだろ。姫様製だからどうせ本人には効かないだろうけどな! 」


 時にアンカーを射出し、二階に逃げたり、塔の屋根に打ち込み、ブランコの様に地面に降りる。一向に捕まらない。逃げ足の速さは一流だ。


「クソォ……逃げられたか……」


 1時間後、怪盗アンパン三世はアンパンを残して姿を消すのだった。

 騎士達は残されたアンパンを見つめ、敗北の苦渋を噛みしめていた。次こそ捕まえると決意しながら。

 そう、彼等はこの騒動が一度では済まないと考えていたのだ。






 ギルバート視点


「……またアリスが何かしでかしたのかな? 」


「警報が鳴ると即座に姫様を疑うのは如何な物かと」


 ギルバートは執務室の机に突っ伏しながら呟き、宰相ボルケンが答える。


「仕事が減らない。どれだけやっても減らない。

 なのに父上は、72時間程度仕事しただけで逃げるし、アリスは自分の仕事だけで、手伝ってもくれないし、問題ばっかり起こすんだ……今度は何だ? 」


 ボルケンは廊下の部下から報告を受ける(執務室に入るスペースが物理的に無い為)。


「殿下、宝物庫に侵入者です恐らくひめ「何だって! あそこにはアリスの金も置いてあるんだぞ!」っちょ、話をきい「近衛隊、私に続け!」……行ってしましましたね」


 報告を最後まで聞かずに隣の部屋で仕事をしていた近衛を連れてギルバートは宝物庫に走って行った。


「…………仕事でもするか」


 宰相は仕事に埋もれ我が世の春を謳歌していた。因みに四捨五入すると60代なのに見た目は20代の若さに若返っている。何でだろうね? この国最大の謎である。

 但し仕事を辞めると老衰死寸前の老人になってしまうそうだ。きっと回遊魚的な存在なのだろう。





「全くアリスの悪戯だと思ったら本当に侵入者だったか。どうやってアリスの警備装置を潜り抜けたんだ」


 ギルバートは急いで宝物庫へ向かう。そこにあるのはアーランド王国の好景気を支える莫大な資金だ。賊に奪われて良い物ではない。

 ギルバートの脳内には賊にどう落とし前をつけさせるか様々な方法が浮かんでいた。

 そして宝物庫の有る廊下にたどり着く。宝物庫の扉の前には数人の騎士が立ち尽くしていた。


「被害状況を報告しろ! 」


「それが……その……」


 騎士達は混乱している様で、言葉を探している。


「中の状況は? 奪われた物は何だ? 」


「……多分何も奪われていないかと」


「つまり寸前で賊を撃退したと言う事か? 」


「いえ、我々は外の騒動から宝物庫を確認しに来たのですが……入れません」


「ハァ? 扉は開いているのだろ。どけ! ………何だこれは? 」


「金塊では? 」


 騎士を押しのけ、宝物庫に入ろうと開いた扉の前に立つと、そこには黄金が有った。

 そう金の延べ棒が扉の先を塞いでいるのだ。どれだけの価値があるのか、想像するのも面倒な量である。


「御覧の通りです。何故か賊は宝物庫に財宝を置いて逃げ去りました。

 多分……物証は何も残っていませんが姫様かと」


 王国の歴史上でも、こんな事を仕出かすのはアリスティアただ一人である。しかも何時もの如く物証は何も残っていない様だ。


「ア~リ~スゥ~! 」


 一体これ程の財を何処から持ってきたのか。そして、何で勝手に宝物庫に入れるのか。

 そして外で逃げ回っているアンパン三世を名乗る分身の事。全て白状させなければならない。

 力強い足取りでギルバートはアリスティアの私室へ向かう。


「アリス! 」


 アイスティアの部屋の扉(アリス鋼製の隔壁)をドンドンと叩く。


「なに? 」


「今すぐにドアを開けなさい! 」


「別に構わないけど」


 扉が開くと同時に、物凄いヤバい気配が部屋から溢れだしてくる。それはこの世の物とは思えない悍ましい気配。

 咄嗟に騎士の1人がギルバートを突き飛ばす。何か危険な事が起こっている。そう有ってはならない事態がアリスティアの自室で起こっている。

 ギルバートを突き飛ばした騎士は反射的に剣を抜き、その悍ましい物に備える。それと同時に扉が開き、騎士は中を見てしまった。


「!? ブクブクブク……」


 それは視線を逸らす事の出来ない物。一度視界に入れば視線を逸らす事が出来ない危険物。

 彼は直視してしまった。そう、アリスティアの芸術品を!

 それは決して直視してはならない。何故なら視てしまえば意識を取り込まれ、最悪廃人になってしまう危うい代物。

 決して破棄する事も封印する事も出来ない。何故なら白目を剥いた精霊達が守護しているからだ。本当に何で守護してるんですかね?

 恐ろしい事にアリスティアは怪盗アンパン三世の起こした騒動の隙を突いて、封印されし絵具セットを奪還していたのだ!


「何? 」


「アリス、話をする前に、その危険物を扉に向けるのは止めろ! 中に騎士が連れ込まれたぞ! 」


 何を言ってるんだ? と、アリスティアが芸術品を見る。確かに倒れている騎士が入っていた。


「もぉ~勝手に入っちゃ駄目だよ」


 筆で騎士を塗りつぶすと、倒れていた騎士がビクンと痙攣する。どうやら精神が肉体に戻った様だ。但し泡を吹いて気絶しているが。


「まずはその危険物を扉の前からどかすんだ。そっとだぞ! 何が起こるか未知な部分が多いからな」


「酷い言われ様だ。中々の出来だと思ってるのに」


 アリスティア本人はこの危険物を危険物だと認識していないのが恐ろしい。

 そして文句を言いながらアリスティアは芸術品を部屋の隅に移動する。ついでにギルバートの指示で布を掛けて見えない様にした。

 そして尋問が始まる。


「一体何を企んで何をしているのか、残さずに報告して貰おうか? 」


 ニッコリと微笑むギルバート。近衛は布を掛けられた芸術品に剣を向けて、全力で警戒している。温度差が激しい部屋だ。


「にゃんの事だかわからにゃい? 」


 アリスティアは私は何も知らないし、何もしていないと答える。同時に、芸術品に掛けられた布が蠢き、騎士達の表情に死相が浮かぶ。本音では今すぐにこの場から去りたいのだろう。屈強な騎士が生まれたての小鹿の様に足を震わせている。


「怪盗アンパン三世」


 ピクンとアリスティアの肩が揺れる。


「にゃんの事かね? 」


「今城で暴れている賊の名前だそうだ。君が犯人だろう? 」


「それはおかしい。今暴れているなら、私にはアリバイが有るじゃん」


「うん、魔法で分身出来る君にアリバイは成立しないからね? 」


 当然だ。


「だが待って欲しい。確かに私は魔法で分身出来るけど、それが私と犯人が=で繋がる訳じゃ無い」


 確かに可能だが、物証は一切無い。あくまで最重要容疑者だ。

 怪盗アンパン三世の正体は未だに不明である以上、アリスティアを捕縛する事は出来ない。


「アーランド王国も文明国の一員なんだから物証が無いと駄目なんだよ? 」


「ほほう。つまり物証さえ掴めれば君を母上の元に連行しても構わないと? 」


「私には弁護士を雇う権利と黙秘する権利が有る筈だ。後、お母様は王妃で刑事でも裁判官でも無いから連行するのは断固拒否する! 」


 ヤベェよヤベェよと内心ビビりまくってるアリスティア。ちょっと悪戯し過ぎてオコな様だ。


「そうか、まあ良いだろう。全ては怪盗アンパン三世を捕まえれば済む話だ。

 楽しみだなぁ。母上もマダムも捕まるのを待っているだろうね」


「…………」


 この時はギルバートは怪盗アンパン三世を捕まえるのは容易い事だと考えていた。丁度前日に城内を一斉捜査を行い、隠し通路などの抜け道などを塞いだばかりなのだ。

 上機嫌で部屋を出て行くギルバート。

 因みにギルバートが不機嫌な理由はアリスティアが宝物庫に財宝を入れた理由を的確に把握しているからだ。

 確かに莫大な金銀の延べ棒だが、あれ程の量を市場に流せば、金と銀の相場は暴落する危険性が有る。流すにしても、上手く流す手腕が必要だ。

 そしてそれはアリスティアが持っていない物だ。

 つまり、面倒な仕事を怪盗の責任にしてギルバートに押し付ける魂胆なのだ! 正解である。


(やらせはせん。やらせはせんよ)


 資金供与は感謝する。出所は不明な謎の財宝だが、金は金。そこは良い。但しこれ以上仕事を押し付けられると自分も部下も本気で泣く。

 せめて怪盗アンパン三世を捕まえ、それがアリスティアである事を証明し、罰として強制労働(公務)の刑に処さなければならない。

 後、一々城の警報を鳴らされるのも迷惑だ。


(全く、やろうと思えば誰にも気が付かれず出来る癖に、何で一々騒ぎを起こすんだよ……泣きそうだ)


 必ず捕まえる。そう決意してギルバートは怪盗アンパン三世の捕縛の指揮を執る。そして逃げられた。怪盗は決して捕まらないのだ! 笑い声と共に、城の結界を素通りして気球で空に逃げ去っていった。


「チクショおおおおおおおおおおおお! 」


 四つん這いになったギルバートの頭の上にアンパンが残っていた。アリスティアの無罪が確定した瞬間である。疑惑は残っているが。

 そして、これを機に、度々怪盗アンパン三世は王城を強襲し、宝物庫に忍び込むと、財宝を残して逃げ去ると言う劇場型の怪盗として名を馳せて行く事になる。

 ギルバートと怪盗アンパン三世の激闘は映画になったり劇になったりするが、大体怪盗アンパン三世に逃げられると言う結果になる。どこぞのとっつぁんの様だ。

 因みに、この怪盗アンパン三世騒動はアリスティアが死ぬまで続く事になる。そして後世の歴史家は口を揃えて『物的証拠は無いけど姫様が犯人なのは間違いない』と主張したそうだ。

怪盗アンパン三世が現れた!

アーランド王国は資金力チートを手に入れた!

ギルバートの仕事量が増加した!

アリスティアは面倒な仕事を兄に押し付ける事に成功した!

 後にアリスティアはシルビアとマダムのタッグに尋問されたが、石像になる事で難を逃れる事に成功した。

アルバート「これは補正予算が必要だなぁ(ニチャァ)」

アリスティア「空軍と技術開発局は常に補正予算を欲している(むふー)」

国土大臣「……補正予算だぁ……(ニチャァ)」

財務大臣「我々は限界だ!」

商人「何故だろう……背筋に悪寒が……」

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― 新着の感想 ―
[一言] 前に似たような話ありましたけど好きだったので 今回も面白いです
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