閑話② この国は……もう駄目かもしれない
1週間前に書き上がってたのにフリーズしてしまいました。マジでヤル気が失せますよ。お陰で更新が遅れるし。
既に4~5年くらい使ってる安物のノートPCだし、寿命かなぁ……
「無い……無いよ……脳筋なんて何処にも無い……何処に有るの? 」
シクシクと薄暗い研究室でアリスティアが泣いていた。
目元に隈が出来ながら、それでも研究を行う。
「皆有るって言ったのに……何処にも見当たらないよ」
どうしてこうなったのか。
それは1週間前に遡る事になる。
発端は王国政府の新しい方針の発表だった。
国家が更に豊かに強靭になる為に、王国は様々な分野に関する法律と資金援助を表明した。
科学工業・魔法工業・冶金工業・石油精製に資源開発。これらに莫大な予算を出す事を発表した。
これ自体は王国民は歓迎だった。更に景気が良くなる為の政策だ。
統一規格の策定には中小の商会や工房が面倒だと反発したが、アリスティア率いる副王商会連合と大店と呼ばれる大商会や大規模な工房は、規格を統一する事への理解が強く、寧ろ彼等が王国へ統一してくれと要望していた為に、反対派の声は無視された。
特に副王商会連合は統一規格に従わない商会や工房とは取引を行わないと宣言すると、渋々中小の商会や工房は従った。基本的に反対していた理由は面倒だっただけなので意地を張る事も無かったのだ。
更に言えば、副王商会連合は王国における魔導具生産のほぼ全てを掌中に収めている為、取引停止は死活問題だからだ。
強引な手法で断行されたが、現在のアーランドの規格は一応存在するが、精密工業に耐えれる代物ではない。長さも重さも誤差が大き過ぎた。
故にアリスティアはメートル・グラム法を採用した。
ここまでは良いだろう。しかし、ギルバートは更に一手先を行った。
更なるインフラ整備と開拓への手厚い支援。そして、教育分野への法律策定と援助を表明したのだ。
前者は王国民も反対しない。いや、商人や工房主が残業が終わる事は無いと若干顔色が悪かったが、現場組からすれば収入が増えると大歓迎だ。
しかし、後者が問題だった。
特に演説の一部に国民が反発した。
長いので割愛するが、「これまで多くの問題を国民の団結と力で解決してきたが、それだけでは限界がある。これからはそれに加えて学問も必要だ」と言ったのだ。
アーランド王国は戦いの絶えない国だ。
北から雪崩れ込もうとする魔物や、東の帝国に挟まれ、常に戦い続けてきた。
結果、王国民は完全に脳筋化していたのだ。
王国民は反論した「否! 全ての問題は力、筋肉による解決が可能な筈だ。諦めんなよ!」
「アリス、国民が完全に脳筋だ。戦乱が長すぎたんだ! 何か知恵を授けてくれ! 」
予想外の反発にギルバート率いる王国貴族は動揺した。何故そうなるのか全く理解できない!
しかも王城前でデモまで起こっている。流石に数は少ないが。
彼等の主張は帝国や魔物の脅威も、開拓もインフラ整備も全て筋肉で解決出来る! と激しく反対していた。
王国民は力こそパゥワァーが大好きなのだ。それを侵す事は許されない。
ギルバートに縋られたアリスティアは物凄い関わりたくない雰囲気を纏っている。そそくさと執務室から立ち去ろうとするが、アリスティアの足にギルバートがしがみつく。
「……どうしようも無いと思うよ? 」
「諦めないでくれ! 何か、何か方法が有る筈だ! 」
「う~ん……まあ、説得してみるけどさ、あんまり期待しないでね? 」
渋々王城前のデモ隊に説得を試みる事を提案するアリスティア。
その言葉を聞いたギルバートが微笑みを浮かべる。アーランド王国においてアリスティアの人気は絶大なのだ。脳まで筋肉で出来てるデモ隊もアリスティアの話なら大人しく聞いてくれるだろう。
まあ、デモ隊と言っても王城前でパンプアップしてるだけなので危険は無い。物凄く暑苦しいが。
「おお、姫様が、姫様が来たぞ! 」
「姫様! 殿下を説得してください! あの人は少し筋肉が足りないんです! 」
(帰りたい……)
門を出ると凄く暑苦しい光景だった。
全身の筋肉をパンプアップしているせいで服が破れそうな男達の群れ。
しかもギルバートに筋トレさせろと言う謎の主張を展開している。
「一応言うけど、解散してね? 後、全部の問題を力で解決するのは難しいからね」
「なんてこった! 姫様も筋肉不足だ!」
「見りゃ分かるだろ! 」
(もう帰っても良いかな? )
やっぱり帰りたくなるアリスティア。
取り敢えず家(王城)の前で温暖化現象を起こされるのも面倒だと、鋼の意思で反転しようとする足を止める。
「知識だって力じゃん。筋肉鍛えて頭は鍛えないの? 」
何気なく語ったアリスティアの言葉が筋肉達の全身に電流を流す。
まるで目から鱗がロケット発射された気分だった。
「………なんてこった……」
「俺達が間違っていたのか……」
「そうだよなぁ……筋肉を鍛えるのに固執して頭を鍛え足りなかったのか……」
「ん? 」
何か嫌な予感がするぞと、アリスティアが後ずさる。
「脳筋、偶に姫様が口にする、その言葉の意味を俺達は理解できていなかった」
「そうだよ! 体の筋肉ばかり鍛えて、俺達は脳筋を鍛える事を怠っていた!」
「すまねえ姫様! 俺達が間違っていた! これからは脳筋も鍛えるよ」
「え、え? 」
激しく困惑するアリスティア。脳に筋肉等存在しないのだ。
「脳筋なんて……無いんだけど? ……」
思わず発した小さな言葉をマッスルイアーは拾い上げる。
「いや姫様、それはおかしい。
見てくれ、腕にも胸にも腹にも足にも筋肉は存在する。脳に筋肉が無いのは道理が合わない。存在するんだ」
全身の筋肉をアピールし始めるマッスル達。
「え、え? 」
アリスティアの眼がグルグル回る。思考が定まらない。目の前のマッスル達は一体何を言ってるのだろうか?
「俺達が間違っていた様だ。皆、脳筋を鍛えるぞ! 」
「「「うおおおおおお」」」
走り去るマッスル達。
アリスティアは泣きそうな顔で立ち尽くす。
(え、え……脳筋なんて無いよね? でも皆有るって……もしかして、この世界の人間は脳筋が有るの? 若しかして、私だけ知らなかったの? )
皆が有ると言えば、有るのかも知れないと思ってしまう。これが他国民の言葉なら鼻で笑うが、彼等は善良なアーランド国民であり、アリスティアにとっては身内の様な物だ。アリスティアは身内の嘘には容易く引っかかるチョロインなのだ。前世でも父のカールスに色々嘘を吹き込まれて変な常識を形成していた。
こうしてマッスル達のデモは終焉を告げた。そして、この話は王国全土へと瞬く間に広がり、ギルバートの言葉に反発していた者達は学問の重要性を理解した。
同時にアリスティアが若干心を病んだ。
「……直ぐに脳筋について研究を行わなければ」
アリスティアは脳筋と言う物を非常に重く見た。
自分の知らない人体器官の存在。それは未知の病気の原因になるかもしれない。
そして、アリスティアは脳筋の構造を知らないのだ。無知である以上、脳筋固有の病への対処法も分からない。
知らなければならない。研究しなければならない。一人でも多くの国民を救う為に。正しく聖女の思考である。本人は決して認めないが。
「無い、無いよ……脳筋が見つからない! 」
取り敢えずレントゲン装置を作り、自分を映して調べたが、該当する器官は発見出来なかった。
「どうしよう……見つからないよ。解剖するか? でも、検体は無いし、王国民を使う訳にはいかない……こんな事なら皇帝の死体を残しておくんだった」
処刑された帝国貴族や軍人に皇帝などは灰なるまで焼かれ、遺灰は海に投げ捨てられた。
正教の教えにおいて、正しく埋葬されない者は天へと昇れない上に、来世が無いと説かれている。本来なら罪人であっても死後は埋葬されるのだが、国民がそれを許さなかったのだ。中指を立てながら遺灰は海に投げ捨てられた。
「もしかして血液を調べれば……」
アリスティアは血液検査を行ったが、血液に筋肉が有る筈が無い。
「無いよ……脳筋ないよ……DNAを調べよう」
アリスティアは更に機材を開発し、ヒトゲノムの完全解析を行った。しかし、脳筋に関する遺伝子は見つからなかった。
「どうして……どうして無いの。皆有るって言ってたのに……概念的な物なの?
解らない……何処に有るの? 」
アリスティアは研究室で頭を抱えていた。
すると、研究室の扉が開いた。
「やっと見つけた。こんな所にまた研究室を作って何をしているんだい? 」
ギルバートだった。1週間も王城の何処かの研究室に引きこもっていたアリスティアを捜索していたのだ。
「お兄様、脳筋がね……脳筋が見つからないの」
シクシクと泣くアリスティア。
「君は一体何を言っているんだ? 」
訳が分からないギルバート。アリスティアは先の騒動を収めると直ぐに引きこもったので、状況が分からなかった。
「国民の皆が脳筋が存在するって言ってたんだ。でも、どれだけ調べても見つからないの。
これじゃ、脳筋が病に侵されても私は助ける事が出来ない」
「お、おう……彼等の言葉を真に受けてしまったか。偶に凄い素直だしな」
そう言えば国民に対しては非常に慈悲深い上に、アリスティアは誇りある王族だ。普段の行いは悪戯娘だが、やる時は何処までも国の為に動く愛国者だった。
「アリス、落ち着くんだ。君がそこまで調べて無いのならば、存在しない」
「でも皆有るって」
「アリス、彼等の言葉を完全に鵜呑みにしない方が良い。少しは受け流す事を覚えようか」
これが有るから社交界に出ないのだ。味方の言葉はほぼ鵜呑みにしてしまう。
本人も自覚している事だった。
「無いの? 本当に? 」
「仮に存在していたとして、そこが病になっても君は代用エリクサーを持ってるじゃないか」
「でも代用エリクサーはまだ740個しか無いよ? 感染症だった場合は足りないよ」
代用エリクサー。それはアリスティアが帝国で発見した魔導戦艦の中に残されていた魔導書から、エリクサーのレシピを発見したが、現代では絶滅している素材が多かった為に、代用品を用いて作ったエリクサーだ。
効果は本物のエリクサーと同じだが、賞味期限が50年程しかない。本物は1万年経っても使える。
(凄い数を持ってるな。帝国でも10個しか無かったのに)
因みにその10個はアリスティアが略奪してアーランドの物になっている。
「うん。十分あるからね。と言うか脳筋は無いから気にしなくていいよ」
「本当に無いの? 」
「有ると思うかい? 」
アリスティアは首を振る。あらゆる視点から調べたが、存在しなかった。認めなかったのは国民が存在すると断言していたからだ。
「私は騙されたのか……もう許さない! 」
アリスティアは取り敢えず鬱憤を晴らす為に、そして自由を獲得する為にマダムに決闘を申し込んだ。
何故マダムを襲撃するのか、誰も理解できなかったが、アリスティアがマダムに挑むのは何時もの事である。そして瞬殺され、頭を鷲掴みにされると、1週間もレッスンをサボった事を咎められ、教室へと連行されて行った。
多分、怒りから国民へ攻撃する事を躊躇い、鬱憤をぶつけるのはマダムならば良いだろうと考えたのだろう。勝利すれば自由な生活が訪れると考えているのだ。
因みにマダムに勝利してもシルビアと言うマダム以上の脅威が残っているので、アリスティアに自由は訪れない。特にマダムに瞬殺されてる限りは無理だろう。
この騒動でアリスティアが開発した機材はアリスティアが興味を失った為に王国へ贈られ、後に王国の医療技術が数百年進む事になる。
数週間後
「へへ、俺の脳筋が悲鳴を上げてやがる」
「強く太く逞しく育つんだぜぇ」
脳筋達は学校で学問に励んでいた。現在掛け算の勉強中だが、顔は真っ赤で頭から煙が出ていた。彼等の頭脳はポンコツなのだ。
最もアーランド人の識字率は元々7割と言う大陸屈指の高さを誇っている。しかし、簡単な読み書きと単純な足し算引き算しか出来なかった。何故なら学校が存在しないからね。仕方ないね。
そしてプスプスと煙を上げながら学ぶマッスル達を子供達は迷惑そうに見つめる。
(((オジサン達煩いなぁ……)))
アーランド王国の学力は順調に上がっていた。
とある大使館。
「君、私はこの騒動を陛下に報告するべきかね? 」
アーランド王都に建てられた同盟国の大使館にいる大使が部下に問いかける。
「陛下からは微に入り細を穿つ報告をせよとのご命令です」
部下は非情に告げる。アーランド王国の同盟国は現在アーランドを見習い、改革を行っている。その為、アーランド王国の状況は詳しく観察されているのだ。
具体的にはアーランド人の団結力の根源が知りたいらしい。
「しかしだな……国民が脳筋とか言うので騒いだって報告しても……まともに報告しろって怒られる気がするのだが? 」
彼は訳が分からなかった。
そもそも王政国家で国民が気軽に王城前でデモを起こして、それを誰も止めないのも信じられない。門番に至っては欠伸をしていた程である。
まあ、門番側からすれば、王城を攻める気のない安全なデモだし、力が有り余ってるな程度の認識だった。そもそも彼等の主張はギルバートに筋トレしろって言ってるだけだ。
そして護衛も無しに王女がひょっこり出て来て軽く話すとデモ隊が即座に解散するのも驚愕物だ。
まるで蜘蛛の子供の様に去っていった。
これをどうやって報告すれば良いのか、大使は頭を抱えていた。
同時刻、他の大使館でも各国の大使達が頭を抱えていた
アーランド人はパラ○ンテを唱えた。同盟国の大使は混乱した。
10年後
脳筋学者「人体工学に基づく合理的なトレーニング方法を発見しました」
国民「うおおおおおおおおおおお! 」
ギルバート「アリス! 10年前と何も変わってないぞ! 」
アリスティア「私はもう脳筋には関わらない! 」
ドラコニア「うおおおおおおお! 」