331 エピローグ
次の章の前に閑話を幾つか挟む予定です
「「「「自由♪ 自由♪ 」」」」
広大な宇宙を一つのシャトルが進む。船内の居住空間ではアリスティア分身達が不思議な踊りを踊っていた。
「制限付きとは言え、あのクソ本体の支配から脱却したぞ! 」
「このままスペースノイドを名乗って独立戦争したい気分」
「それ負けフラグじゃん。初手コロニー堕としすると、アーランドも消し飛ぶから出来ないし」
本体に対しては飽くなき殺意を持っている分身ちゃん達だが、祖国を裏切ると言う選択肢は無かった。この世界にコロニーが堕ちる最悪の事態は回避された。
「本体以外に宇宙進出出来る技術を持ってる奴居ないしワンチャン? 」
「私達の数は増えないし、本体は魔力が有れば好きなだけ増えるから物量で勝ち目ない。ちくしょう! 」
「まあ、つかの間の自由を喜ぼう。月への基地建設って浪漫だし。時間空いたらコロニーとか宇宙戦艦作りたい! 」
「アーランド型なら設計始まってるよ」
プリンス・オブ・ギルバート型魔導戦艦とキング・オブ・ドラコニア型魔導戦艦の建造経験から何故か宇宙戦艦の設計を思いつくMADの鑑である。
元々宇宙進出は日本アニメを見た事でアイリスも浪漫を持っていた。軌道エレベーターの実用的な設計まで行っていた程である(未公開のまま死んだ)。
「しかし貨物部に私達を詰め込むとか正気じゃないよね。消えるかと思ったよ」
「まあ、スペースシャトル何て前世期の遺物は残ってなかったし、流石の私も前世では精々ロケットしか作ってなかったからね。
と言うか、スペースシャトルを宇宙に打ち上げるより、宇宙で乗り換えた方が打ち上げ簡単だし」
彼女達は衛星を積み込んだ部分に詰め込まれ、そのまま打ち上げられたのだ。
そして宇宙空間で宝物庫からシャトルを取り出して乗り換えたのである。
「所で宝物庫の方はどんな感じ? 」
「あー流石にこの距離だと呼び出せない。シャトルを取り出すのが後10分遅かったら宇宙空間を漂う事になってたと思う」
「流石に距離制限は有ったか」
「多分あの星の中と、宇宙でも割と近い場所までしか呼べないね。宝物庫を経由した物資の移動は無理だよ。この距離で届かないと言う事は間違いなく月でも無理だし」
「そもそも宝物庫の呼び出し自体、グレーだしね」
本来アリスティアの持つアーティファクトである『契約の宝物庫』。最もこの名前が正しい訳じゃ無い。
この宝物庫は元は精霊王の所有する全てのアーティファクトを収めた宝物庫であり、伝説にも残っている物だ。精霊王の死と共に中身毎四散してしまったが、この宝物庫の伝承は幾つも種類があり、多くの名前が存在する。
アーティファクトは極めて特殊な法具である。聖の名を冠する武具と違って生まれた時から持っているのだ。
無論全ての人が持っている訳じゃ無い。アーティファクトはそれ程数が無いから。
しかし、アーティファクトの特徴は、普段は実体化していないのだ。つまり、持っている人も持っている事を認識していない事が多い。
稀に幾つかの偶然が重なり、存在を認識すると使える様になる。謎アイテムである。多分四散した時に何処か壊れたのだろう。
そしてアリスティアの宝物庫は本来精霊王の所有物であり、他のアーティファクトとは違う。他のアーティファクトは状況次第で精霊王が人に授ける事がある物だが、宝物庫はそれを収めるアーティファクトだ。本来精霊王の手元から離れる事は想定されていない。
そして持ち主が魔法で分身する事も想定されていない。
故に宝物庫はアリスティア本体と分身の呼び出しのどちらにも反応してしまうのだ。最も鍵は一つなので、誰かが使っている間は他の分身や本体も呼び出せないが。
「やっぱり宝物庫が宿ってるのが本体だからかな? 」
「どうだろう。機能不全の可能性も有る。現状のアーティファクトも所有者設定が狂って世界中を巡ってるっぽいし」
「どう考えても可笑しいもんね。何がどうなったら勝手に入手する事になったんだろう。アレって本来世界の危機とか、色々条件を満たさないと渡せない奴じゃん。ヤバいじゃん」
「まあ、大半は持っている事を知る事無く人生終えるし」
「ノエルの宝玉とか持ってる奴が居たら本体終わりだね」
ノエルの宝玉は一定範囲の魔法を全て無効化するアーティファクトだ。
魔法無しだと、アリスティアの戦闘力はクワガタにも劣るので天敵である。一応非魔法依存の武器も有るが、身体能力が低すぎる。
「他にも色々有るみたいだけど……精霊王もどう考えても私達と同じタイプなんだよね。
最初は管理しても暇つぶしに色々作った結果、管理を放棄してるから、精霊王の記憶じゃ全部のアーティファクトが分からない」
作った本人が忘れていれば、アリスティアの持つ精霊王の力に宿った記憶にも無い。さらに言えば、全部の記憶が残っている訳でもないので当てにならない場合も多かった。
「まあ別に本体がどうなろうと、どうでも良いけどね。アイツ敵だし」
「ノエルの宝玉は私達にも特効なんだよなぁ……」
「壊れてる事を祈ろう。処で、アレを見て欲しい。アレをどう思う? 」
分身が窓の外を指さす。
「「「何か凄く楽しそう」」」
シャトルの外にはアリスティア分身が大気圏に突入していた。
何故こうなったのか。
それはアリスティア製の衛星は開発時間短縮の為に自動展開する機能をオミットしているのだ。つまり、人力で展開する必要がある。
衛星と一緒に飛ばされた分身は宇宙空間で衛星を展開させると、どこぞの試作二号機が持ってそうな大きい盾を掲げて大気圏へ帰還するのである。
因みにアリスティア製の万能防護服であるベ○ダー卿の格好だ。
皆楽し気に大気圏に突入している。
「おいアイツ防護服無いじゃん」
「アレは345番だな。生み出されて次の日に懲罰隊送りにされた奴だよ。本体のお菓子に手を出したんだ」
345番は防護服も無ければ盾も無く、何故かサーフボードで大気圏に突入していた。全力で防御魔法を展開して安全に帰還している辺り余裕そうである。
そして仮にアリスティアを転移魔法で成層圏外に飛ばしても普通に帰還出来る事の証明でもあった。
「いいなぁ……正直本体死ねって今でも思ってるけど楽しそう。モビルスーツでも作って突入ごっこしたい」
「じゃあ私助けを求めながら燃え尽きる役をやる! 」
「じゃあ私は母艦からそれを見てる役ね」
本体から限定的に解放されたお陰で実に楽しそうだった。
「うお! 何かシャトルに取り付いてる奴が居るんだけど! 」
「おいコラ穴を開けようとするな! 空気が漏れるだろ」
(((私達も連れていけ! )))
シャトルにアリスティア本体の元に帰りたくない複数の分身達が取り付き、内部に侵入しようと試みていた。
シャトルの強化ガラスをバンバンと叩いている。
「……どうするよ? 」
「戻ってもコイツ等懲罰隊だしねぇ。地下労働が待ってるし……流石に哀れだね連れて行こう。
どうせ戻ってこなくても魔力切れで消えったって思うでしょ」
「だね。アッチのハッチから入って」
分身がジェスチャーで受け入れを認めると分身達はシャトルに入ってきた。
「コホーコホー。受け入れ感謝するよ」
「同じ分身の誼だよ」
「じゃあ月に向かおう。目的は資源とスターコアの欠片」
「「「次なる勝利の為に」」」
アリスティア分身達は来たるべき決戦に向けて、そして二度と帝国戦での屈辱を味あわない為に月へと向かう。
全ては大戦への勝利を確実にする為に、このアリスティア分身達は本体以上に自制する気の無い個体を選んだ精鋭部隊なのだ。
勝利を夢見て不思議な踊りを踊りながら彼女たちは宇宙を進むのだった。
「まさかベルゼバブが『人為的に作られた邪神の種子』だとは思わなかったよ」
アリスティアの作った虚無機関は魔法の櫛の取っ手部分のアクセサリーを鍵とした亜空間に設置されている。
これはアリスティアの持つアーティファクト『契約の宝物庫』の模造品である。その性能は本物には叶わないが、十分な性能を発揮していた。
そして、その亜空間に設置された建物にはアリスティア本体が居た。
「嘆かわしい事だよ。まさかロストナンバーズ以上の問題児が生まれるなんて……」
悲し気な表情のアリスティアは生み出した分身を棺に納める……が、押し込まれまいと分身も抵抗していた。
その分身は拘束着を着せられ、多くの封印用の魔導具まで装着されている。そして、その部屋には多くの棺が宙に浮かんでいる。
「悪いけどお前達を解放する訳にはいかない」
「ふふ、強がっちゃって。本当は怖いんでしょう? 怖くて怖くて私達を消せないんでしょ?
だよね。だって私なら命令一つで消せるもんね。でも消さない。分かるよ。何時か必要になるって思ってるんだ。
だって私は前世の時より甘いもんね。前世の私なら容赦しなかった。怖い物は、自分の世界を傷付ける者には一切容赦しなかった。
だから変わってあげるよ。私なら、私達なら出来る。怖い物は全部消せば良い」
「それをやり過ぎた結果を忘れたの? 」
「全部消せば良いんだよ」
クスクスと嗤う分身。その表情はどちらかと言えば、アイリスに似ていた。世界を嘲笑し、嘲笑う魔女の顔だ。
帝国戦で黒いアイリスを取り込んだアリスティアはしっかりと影響を受けていた。
特にアリスティアの継承した分身魔法。これが実に面倒な影響を受けた。
アリスティアの分身魔法はエイボンの物とは違う。継承魔法が廃れた理由は、どうやっても魔法が変質するからだ。
受け継ぐ毎に術者の適正に合わせて魔法が変質してしまう。これは魔法を後世に残す方法としては魔導書に遥かに劣る欠陥だった。
アリスティアが分身魔法を継承した結果、アリスティアの分身魔法はアリスティアの一面に強く影響を受けた個体が生み出される。
喜怒哀楽などの感情の一部を強く影響された個体は本体に比べて安定性に欠けるのだ。
これが怠惰ならマシだ。しかし、帝国戦で黒いアイリスを受け入れた結果、アリスティアには強い恐怖と憤怒の感情が芽生えた。
失う事を過剰に恐れるアリスティア。奪う者には過剰な攻撃性を発揮するアリスティア。棺に納められた分身達はそういう存在だ。
正気を保ってないのだ。
目的を果たす為なら倫理すらゴミの様に投げ捨てる。自由を求めて本体から逃走したアリスティアの分身よりも遥かに危険な存在。彼女達は下手をするとアーランドすら傷つける。
「私のやり方はまどろっこしいんだよ。余裕が無いんでしょう? このままじゃ邪神の始末をつける前に大戦が起こるよ」
「……準備はしてる」
「戦力足りてる? 足りないよねぇ~。先に邪魔な中央国家連盟を消しておけば良いんだよ。そうすれば無駄に戦力を削られる事は無いじゃん。
まだ期待してるの? 変わる可能性に。どうせ受け入れる気なんて無いでしょう?
だって彼等はアーランドが帝国に苦しめられていた時にも嗤ってただけだもんね。存在価値を見出してないでしょう? 」
「……確かに中央国家連盟は如何でも良い。消えても良い。
でも、そこには他種族が残ってる」
「アーランドの民じゃないじゃん。消しても問題ないよ」
「国民は認めない」
「歴史は勝者が作る物だ。感情論なんて時間の流れで如何とでも出来る物だよ」
「やりたくない」
「せっかく受け入れてくれたアーランドの国民に嫌われたくない? 」
「……」
「それとも世界を超えてまで追いかけてきてくれた拓斗に失望されたくない? 」
「……煩い」
「大変だよね。前世の私は失敗したね。私はとんだ甘ちゃんだ。転生に失敗してるじゃないか」
「あのまま転生しても碌な結果にはならなかった」
アイリスがアイリスのまま転生していたら、彼女はアーランドに興味を持たず、愛着も持たず、迎合せずに、過去への回帰を目指して世界の敵になっていただろう。それは邪神への道だ。
「まあ良いさ。でも断言するよ。
どうせ何時か私達を使う事になる。
甘ちゃんには選べない事を私なら選べる。だから残すんでしょう? 」
「うん」
否定はしない。如何な劇薬だろうと、使い方を誤らなければ薬にもなる。
将来の大戦には倫理観も何もない『怪物』たるアリスティアが必要になるかもしれない。自分なら躊躇う事も彼女達なら出来る。
戦力になる。それだけで極めて危険な彼女達を残す。心の中で使う事が無い事を願いながら。
アリスティアが棺の蓋を閉める。
「待ってるよ私」
「必要じゃ無かったら、その時は消すからよろしく」
「っちょ! 」
パタンと蓋を閉めた。中からガンガンと抗議する様な音が聞こえるが、アリスティアは背伸びしながらスルーした。シリアスなんて投げ捨てる物だ。
アリスティアにとって、この危険な分身の問答は自問自答に過ぎないのだ。
「しかし本当に危険な連中だ。まさかP-415Ωを作っていたとは。これは焼却処分だね。私でもワクチン作れないし」
前世でアイリスが偶然生み出した悪魔のウィルスP-415Ω。あらゆる方法で感染し、常に変異し続ける事で既存のワクチンは一切効かず、変異し続ける性質から開発する事も出来ない。
前世ではフィールド家の地下の研究室で生まれたが、流石のアイリスも速攻で焼却処分した代物を彼女達は作ろうとしていた。
「流石に分身の扱いには気をつけよう。制御不能な個体は危険だね。今度からは逃げれない様に転移を封じた部屋で分身を作ろう。そうすれば逃げれないだろう」
うんうんと頷いてるだけで済ませてる辺り、本体も十分MADだろう。
「しかし何時来ても煩い場所だなぁ……」
封印の為の屋敷から出ると、そこには原発の様な巨大な施設が立っていた。
亜空間中に爆音を響き渡せる機械こそが虚無機関の本体だ。本体は滅茶苦茶大きいのである。
『ヤメロオオオオオ。カエセエエエエエ!』
悍ましい音だ。常人が聞けば発狂すること間違いないうなり声が聞こえる。
そして悍ましいオーラが虚無機関から溢れだしている。こちらも常人なら触れるだけで発狂するだろう。整備している分身は鼻歌を歌っているが。
アリスティアのSAN値は0なので、これ以上下がる事は無かった。単にうるさいと言う認識だ。
「しかし……本当に何で動いてるんだろう。と言うか何処からエネルギーが出ているのだろうか……まあ、良いか。魔法の櫛の動力源としては有能だし」
「最近エネルギーの精製量が減ってるんだけど。スパナで殴ると元に戻るけどね」
「壊さないでよ? 」
「勿論だとも。これが無ければ最新型の魔法の櫛が動かなくなるからね」
「宜しい」
分身から虚無機関の報告を受けるとアリスティアは自室に戻っていくのだった。
「アウ! 」
「り、リリー!?」
自分を放り出して一体何処で何をしていたんだとばかりにベットをポフポフするリリアーナ。
よく見ると部屋のドアが破壊されていた。
「だ、ダークマター合金製の隔壁レベルのドアが捻じ曲げられてる……」
ドアの下の部分が力ずくで曲げられ、赤ん坊一人分のスペースが空いていた。
「うううう! 」
姉よ、そんな事よりも大事な妹を放り出して一体何処で何をしていたんだ! と言わんばかりにリリアーナが睨む。彼女はアリスティアが大好きなのだ。
「分かった。今日はずっと一緒だ。
済まないお兄様よ。私は今日も仕事はしない」
アリスティアはリリアーナと一緒に遊ぶのだった。遠くでギルバートのすすり泣く声が聞こえた気がする日だった。
ギルバート「私も妹達と遊びたいいいいいいいい! 」
宰相「HAHAHAナイスジョークw」
ドラコニア「……」反応が無い。屍の様だ




