327 未来の為に
「いや~死屍累々とはこの事だよね? 」
王都へ帰還して1か月が経った。
帰還した私とお兄様が見たのは泣きながら仕事をしている官僚達だった。
私達2人の帰還を見るや否や、持っていた書類を投げ出して、泣きながら万歳する始末である。
「し、死ぬ……」
執務室は相変わらず書類で埋もれて人一人通れるスペースしかない。別室にも書類が置かれている。広い執務室が書類の山で埋め尽くされている。
書類の山は全て天井まで届いている。芸術的だね。中身が重要書類でなければの話だけど。
「もう、私は必要以外に仕事しないって方針なのに」
お兄様は机に額を押し付けて力尽きていた。お父様は王都の外の森に逃げ込んだので騎士団が山狩りしている。うーん。定期的に軍の練度を上げる国王の鑑だね。
最も捕まえに行った騎士団も殺気立ってたけど。
私も余りの惨状に、取り敢えず手伝える書類仕事くらいは手を貸している。いや、実際私の膝に居るお姫様を撫でているので手は使っていない。
魔法で視界を分割し、念動の魔法で紙とペンを浮かべて処理しているのだ。
こうすると多くの書類を同時に処理出来るので、作業効率が上がる。そしてそれに対抗する様に近くの机で書類仕事をしている宰相さんの処理速度も上がる。
凄いよねこの人。仕事量が限界突破した結果、若返ったんだよ。何で若返ったのかは不明だ。血液からDNAまで調べたが、未だに何故若返ったのか不明だ。
ただ、仕事しないと急速に老化するらしいので、回遊魚みたいに動き続けないとダメな人なんだって事で諦めた。若返りとか興味ないし。
実際私が若返っても意味が無い。幼女が幼児にジョブチェンジするだけだ。
「しかし、豊かになると、どうしてこうも不正が蔓延るのだか。どうせ気が付かれないだろうって意思が書類から透けて見えるよ」
「今は書類仕事で溢れておりますからな。混ぜれば分からぬと考えているのでしょう。
愚かな。クレイヒル子爵はこれで5度目ですな。爵位のはく奪と財産没収程度で良いでしょう」
宰相さんが私の渡した書類を受け取ると、内容を見ながらため息を吐く。常習犯ですかそうですか。
「この人は真面目だから代わりに準男爵くらいの爵位上げれば? 確かクレストール伯爵の隠し子だよね? 」
「よくご存じですね。中々手放そうとしないので、官僚に加えるのに苦労した男です」
伯爵が自分の所で働かせたい! こっちも忙しい! と抵抗して隠していた人材だ。
長年の戦乱で貴族が全然足りないんだから大人しく王国に差し出せ。爵位くらいあげるから! お前も血縁の貴族が増えるんだぞ! ってお兄様が奪い取ってきたんだよね。
本人は日陰者よりはマシって喜んでたけどね。貴族の隠し子は扱いが難しいから。下手すると次の代に御家騒動になるし。
半分血の繋がった嫡男を疎まれながら支えるよりは独立したいのだろう。絶対に成りあがると言う強い意思を書類から感じた。
己惚れなければ良い貴族になるだろう。そこはお兄様が飴と鞭で調整するので、私の気にする事じゃないけど。
書類仕事に終わりは無いが、少しずつ組織改革の効果は出てきている。今まで動脈硬化の様に滞っていた書類の流れが大分緩やかになってきた。
後は各大臣の部下を増強して権限を委譲していけばマシになるだろう。
因みにお母さまは社交界で情報収集を行っている為、書類仕事は行わなくなった。華麗に逃げたね。
まあ、私とお兄様は社交界が鬼門だから文句は無いけど。
リリーとぬいぐるみで遊びながら仕事を続けるが、リリーは飽きて寝てしまった。猫みたいだ。
私は背後のアリシアさんにリリーを渡す。
「部屋で寝かせて来てね」
「分かりました」
これで落ち着いて仕事が出来る。リリーは私が最近居ない事が多かったせいで不機嫌だったからね。城を壊されない様にちゃんと遊び相手を務める必要がある。
しかしぬいぐるみを抱きしめて眠るリリーの愛らしさよ。姉の体に力が漲るね。ついでに早くも婚約を申し込んで来る貴族は死ぬが良い。リリーが欲しければ、私と決闘して勝てと言ったら今の所は大人しくなった。
これまでの経験上、今頃勝てるように子供を鍛えている事だろう。諦めるのだ。妹を護る姉を打ち破る事は不可能だ。
リリーはリリーが認めて私に勝利した男が相応しい。ちょっと20インチ砲を磨いて来るか。
「ほら、お兄様も起きてよ。妹に働かせて兄がサボるって許されると思うの? お兄様の尊厳が無くなるよ? 」
「……父上の尊厳はどの程度残っているんだい? 」
「仕事に関してはストップ安だね」
直ぐに逃げるし。
まあ、お父様は脳筋だから、この手の書類は苦手だ。最も本能的に不正を見つける当たり、お兄様とそっくりだけど。
「あぁ……何で不正するんだよ。貴族減るじゃん。ただでさえ足りないのに、爵位を取り上げるのも面倒な手続き有るし、仕事増やすなよ」
「意識改革も必要だね。このままだと、帝国の様に貴族様偉いんだぞ! って国家になりそう」
「そんな事に成ったらアホは全員粛清するよ。毒でも飲ませるよ。裁くの面倒だし」
「そんな面倒な国に成ったら帝国領でも切り取って独立国家アリスティアランドを建国して逃げるからね」
毒殺する王太子の国とか怖すぎる。
私は大変慈悲深いので帝国臣民への税は9公1民と言うリーズナブルな税制の統治を行ってあげる。
え、国民が飢え死ぬって? 帝国臣民はそれだけで死刑相当だし。足りない分はゴーレムで補えるからね。極論すると国民は不要。土地と資源が有れば問題ない。
「嫌だよぉ~君が居ないと困るじゃん。最高のカードでもあるのに」
「私をカードにするのは構わないけど、面倒を押し付けるのは止めて欲しい」
お兄様は頬を机に押し付けながら書類を処理していく。既にやる気は残っていないようだ。
そんな時、乱暴に執務室のドアが開く。
「オラァ! 陛下、大人しく公務に励んでください。手間を掛けさせるなんて国王として恥ずかしくないのですか? 」
「お前等だんだん俺への扱い悪くなってるよな! 」
「毎日毎日追いかけっこさせられる身になって頂きたい! 」
お父様は執務室に放り投げられた。うん、いつも通りの光景だ。
「慣れるな。明らかにおかしいだろう」
「父上がすべて悪い。王太子として許可する」
「ッハ! 」
騎士は敬礼すると執務室から出て行った。
「クソォ……こんなん幾らやっても減らねえだろ。寧ろ増え続けてるぞ。おいギル、官僚増やせ」
「何処の町でも募集の広告を出してますよ。でも何処かの誰かがそれ以上の好待遇で人を雇うせいで集まりが悪いんです」
「何て酷い奴だ。とっ捕まえよう」
お陰で私達が大変な事に成ってるじゃないか。
「君だ君。君の副王商会連合が犯人だよ」
「人件費上げてどうぞ」
安く人を扱き使うなんて外道のする事だ。能力のある人間には相応の報酬を支払うのが道理だよ。
「この手のひら返しの早さよ」
「正直な話、君の所から引き抜きたいんだけど」
「私が経営に直接口を出すのは少ないからね。でもポンポコさんがトルネード土下座で抵抗してくるのがオチだと思うよ」
彼の土下座テクニックは一流だ。奥さん相手に長年の修練を積んだ歴戦の土下座マンである。
彼に懇願されたら人を引き抜ける筈が無いだろう。
「だから学校を開校して国民の識字率の向上と高度な算術を教えていい人材を育成するのが一番早い。既に在野に居るマトモな人材何て何処かに雇われてるからね。使える人材は草の様に勝手に生えてこないよ」
「数年後には効果が出てくるだろうが……今すぐ欲しい」
「無理だね。ついでに城の官僚の疲労が凄まじいから一部業務を止めて交代で休暇を与える事をお勧めする。長時間働かせても集中力が持たない。適度な休憩こそ効率を上げる秘策。
空軍と技術開発局はそこら辺にゆとりを持つように組織を作ったよ」
「君は本当に組織作りも有能だよ。無駄のない人員配置に組織図。天才的だ。
但し、組織構築の過程で軍の文官と官僚を引き抜いた事は許さないぞ。返しなさい」
「却下。もう、うちの人員」
返したらこっちの人出が足りなくなるじゃん。それは私の仕事が増加する事を意味するので、絶対に認めない。
「いっその事、君の分身を一時的に官僚に加えるのはどうだろうか? 」
「問題はお兄様に使いこなせるかだと思うよ? 思い通りに動くと思う? 」
「…………仕事が増えそうだな」
だろうね。
それにしても人手不足は深刻だな。帝国との戦争に勝利した事で、大陸中に隠れていた多種族がアーランドを頼って亡命する事が増加しているが、彼等は基本的に隠れ住んでいた人達だ。文盲で有る事も多い。下手をすると訛り過ぎていて、意思の疎通にも問題が有る。官僚としては教育を施さないと役には立たないだろう。
何処かに良い人材でも居れば良いんだけどね。
その日は夜まで書類仕事を続けた。途中扉を破壊してリリーが襲来したけど、私が華麗にリリーを攫って執務室と言う名の牢獄から脱出出来たので姉は全てを許そう。ついでに扉は、お父様が後で直すだろう。
そして1週間後、目的のロケット全てが宇宙に打ち上げられた。
「報告します。『ゼウス』122機打ち上げに成功しました。2機は空中で爆散しましたが。
それと報告よりロケットの数が3基多かったそうです」
官僚がお兄様に告げる。ギロリとお兄様が私を見る。
「ア~リ~ス~? 私に隠してまた勝手に動いたね。何を打ち上げた! 」
「ほっへをひっはらへたらしゃへへれないよ」
私の頬を伸ばすのは止めるんだ。私はゴムの悪魔の実を食べてないから伸びないぞ。
「説明しなさい」
「良いけど、これから先は王家の機密とする。貴方と宰相さんは部屋から出てて」
「はい」
「私もですか? 」
「信用はしてるけど、内容の機密性から王家以外に知る必要はない」
「かしこまりました」
宰相さんは話が分かる人で助かるよ。
そして報告していた官僚と宰相さんが執務室から出る。私は執務室の魔導具の一つを起動し、執務室に空間断絶型の結界を張る。
「誰も居ない? 」
「居ないな」
一応隠れている人が居ないかお父様に聞くが、居ないそうだ。お父様の索敵を誤魔化せる強者はほぼ居ないので大丈夫だろう。
「では説明する。でもその前にお父様にプレゼントをあげる」
私は宝物庫から木箱を取り出すと、お父様に渡す。
「娘からのプレゼント」
「狡いですよ父上! 」
「五月蠅い! これは俺のだ!」
「いや、奪おうとしないでよ」
私が止めると、お兄様がしょんぼりしながら諦める。
お父様は木箱を開けると中身を取り出した。
「王冠か? 」
「どう見ても王冠ですね」
「『ゼウス』の起動キーだよ」
『ゼウス』は戦略防衛&情報衛星だ。
そして、王国が動かせるのは情報衛星としての部分だけである。
これは防衛衛星としての機能を動かす為の装置でもある。
「王権執行と命じてみて」
「王権執行ッツ。なんだこれは」
お父様の顔の周囲にARウィンドウが開く。
「それが『ゼウス』から見た光景。星の外から見た世界だよ。思念操作で拡大とか出来る」
お父様が望遠モードで大陸を覗く。
「ハッハッハ素晴らしいな。良い眺めだ。
で、これだけではないのだろう。俺の視界の端にインドラの矢とアマテラスと言う武装が解禁されているのだが」
「それが機密事項」
インドラの矢は重さ100tのアリス鋼製の杭を電磁加速して投下する兵装だ。この杭を空間収納で運ぶのが苦労した。お陰で分身が減ったよ。
そしてアマテラスは『ゼウス』が収束した太陽光を強力なレーザーとして放つ事が出来る。
そう、『ゼウス』は唯の情報衛星じゃない。GPSの機能は確かに持っているが、その実態は兵器だ。
そして、ゼウスは現在大陸の全てを攻撃範囲に収めた。
そう説明すると、お父様とお兄様も青褪めた。
「アリスティア、自分が何をしたのか分かっているのか! 」
「必要なんだよ。王国を護るために。これ以上の犠牲を出さない為に。
だから『ゼウス』の事は情報衛星として偽装してる」
必要だ。中央国家連盟にではない。来たる邪神戦へ必要な兵器なのだ。
正直、中央国家連盟なんて元々眼中には無い。連中は私からすれば未開の蛮族だ。どうとでも料理出来る。
だけど、邪神戦ではアーランドは現状の戦力だと勝てない。私が居ても不可能だ。
精霊王の記憶を持つ私は理解できている。
隣接世界を滅ぼした邪神は悪食過ぎた。食べ過ぎて自分のキャパスティーを超える魂を食らった。食いきれない分も齧った。
齧られた魂は邪神の力に汚染され、邪神の端末になる。まさにパンデミックを起こしたのだ。ゾンビより遥かに質が悪い。
その邪神の端末の総数は億を超えている。
前回の襲来からどれだけ時間が経ったのかは不明だ。精霊王の記憶は邪神と相打ちになった所で終わってるし、歴代の精霊王の力を持った人間の記憶は物凄い胸糞悪いので見ない様にしている。見ると、こっちも闇堕ちしそうな悍ましい物ばかりだ。人間の業だね。
このままじゃ戦力が足りない。それを補う為の『ゼウス』。
「そして、その為のネオ・アルカディア計画」
「ネオ・アルカディア? 何だそれは……」
「このままじゃ資源が足りない。もっと兵力が必要。更なる軍拡が……でも、過度な軍拡は中央を刺激して邪魔される。
だから私は考えた。月で作れば良い。それに、月にはかつて人が住んでいた。
精霊王に背き、星の核であるスターコアに干渉して滅ぼされた古き民。運が良ければ彼等の遺産も手に入るかもしれない」
「月の民の伝承は本当だったのか」
かつて月には人類が居た。彼等は優れた力と知性を持ち星を渡る術を持っていた。
しかし、それらの力は彼等を傲慢に変え、彼等は更なる力を求め、精霊王の法に背いた。
故に精霊王は月の核を砕き、月の全ての生命を滅ぼした。
簡単に説明するとこんな伝承。詳しくは精霊教徒に聞けば数十倍の話が聞ける。
因みに事実だ。彼等は精霊王を怒らせて滅ぼされた。
伝承の元は精霊だろう。彼等が人に教えたはずだ。
それと、この世界の人間は大元は月の民だ。別にだから何だって話だけどね。この世界の人類は月発祥だと言うだけだ。
「月の民の遺産が手に入れば運が良い程度の考えだよ。残ってない可能性が高いし。
でも月の資源が欲しい。誰の物でもない莫大な資源を使って軍勢を生み出すの」
アーランドでも過剰気味に資源を集めているが、邪神は10年以内に襲来する。まず間に合わない。だから分身を月に派遣し、月に工場を作るのだ。
誰も私が月で軍勢を生産してるなんて思わないだろう。いい感じに誤魔化せるはずだ。
「邪神か……アリスティア。お前の言い分は理解した。
だが、一つだけ聞きたい」
「何? 」
「勝てるのか? 」
お父様は真剣な目で私を見る。
私はお父様の問いに答える。
「私の辞書に敗北の2文字は無い」
「マダム」
「うぐ、負けてないもん。負けとは、負けを認めた時に負けるんだ。私はマダムが可哀想だから負けたフリをして、マダムの自尊心を傷つけない様にしてあげてるだけだし」
あの人は私の天敵だ。何時か私の拳がマダムを打ち倒す日が来るだろう。
「ギル、茶化すな」
「すみません父上」
「アリスティア、本当に大丈夫なんだな? 」
「奴の弱点は精霊王の記憶が教えてくれている。敗北は無い。だけど、邪神本体より端末の方が問題。数が多すぎるし、食われると増える」
まさにパンデミックの様に増えるウザさを持っている。米軍も涙目になるだろう。
邪神は極めて高い魔法耐性を持っているが、反面物理耐性はそれ程ではない。いや、十分高い。でも20インチ砲を撃ちこみまくれば倒せない事も無い。純粋な物理攻撃は通るのだ。
いざとなれば、ベ○カ式国防術で焼き尽くす事も考えているが、それは最終手段だ。
そう、科学者でもある私は奴の天敵なのだ!
邪神の弱点を知っている以上、邪神本体に負ける事は無い。古代魔法王朝は魔法至上主義で騎士団すらなかったから惨敗しただけだ。魔法じゃ弱点を知らないと勝てない。
邪神はその世界や依代によって千差万別なので、これと決まった攻略法は存在しないからね。弱点を知れた。それは極めて高いアドバンテージなのだ。
「まあ、いざとなれば勇者もこちらの手に有るからな。お前を信じよう」
その勇者は、邪神戦では仕舞っちゃう予定なんだけどね。私は拓斗を戦場に出す気はない。しっかりとした監獄を設計中だ。危ない事はお姉さんは許しません。
「と言う訳で『ゼウス』の本来の機能とネオ・アルカディア計画は王家の秘密と言う事にしたい」
「それは分かった。し か し !」
お兄様が手を伸ばす。させぬ。私は躱す。
私の頬を伸ばす事は許されない。しかし、お兄様の腕が蛇の様に謎の動きで追尾し、私の頬を掴む。
「事前に報告しなさい! 」
「ぜんひょすふ」
私の頬に甚大なダメージを受ける日だった。
アリスティアが基本的に誰にも相談しないのは、基本的に何でも出来る為に誰かを頼るとか相談するのが壊滅的に出来ないからです。
前世は家族の事故死で精神的キャパスティーをオーバーした状態で魅惑的な提案をされた為にあっさりと闇堕ちしました。
アリスティアは誰にも頼る事は出来ないし、限界を超えると壊れるタイプです。つまり爆弾でもあります。




