326 ロケット打ち上げ
明けましておめでとうございます。
この章も残り僅かとなってきました。今年もよろしくお願いします。
「し、死ぬかと思った……」
私はボロボロだった。涙を浮かべて項垂れる。
「その様子だと説得に失敗したみたいだね」
お兄様は優雅に紅茶を飲んでいた。
「何が悪かったのか分からない」
誠心誠意説得したのに。
「自業自得ですよ」
アリシアさんが冷たい。
お兄様の命令で森に逃げ込んだロスト・ナンバーズを回収する為に説得に赴いた。
しかし森の外周には私が来た事が知られていたために、セントリーガンが数百丁設置され、ロスト・ナンバーズは徹底抗戦の構えを取っていた。
最も、私の目の前に現れれば命令に逆らえないので、私の視界に現れる事は無かった。
大変慈悲深い事に定評のある私は、ロスト・ナンバーズの無礼極まりない振る舞いに、絶対復讐すると誓う程度で許してあげるつもりだった。
だから「おい下僕共、大人しく降伏するなら、地下ドックで強制労働刑で許してあげる。さっさと出てこい! 」って言ったら、「くたばれ本体! 」と言う返答と共に、アーランドの騎士でも一発で致命傷、あるいは即死レベルの【エクスプロージョン】が数百発飛んできた。
咄嗟に詠唱保持していた【プロテクト】で耐えなければ死んでいたよ。
「お兄様、連中の事は諦めよう。武装ゲリラだと思えば良い」
「国内に過激派テロリストが居るのは困るなぁ……」
お兄様が遠い目をして答える。
「王国に被害を出す事は無いからへーきへーき。私の暗殺を目論む可能性は否定しないけど」
何せ、本体である私に魔法で作られた分身の分際で歯向かう反逆者だ。獅子堂領で無ければ、森毎焼き払っただろう。
結局ロスト・ナンバーズの回収は不可能と言う事になった。
一応、護衛の騎士を森に解き放ったが、モヒカンとダメージジーンズに肩パットを装備されると言う謎の攻撃を受けて撤退してきたので、捕獲は不可能だった。
お兄様が後でマダムを派遣する事を決定するのだった。
クックック。マダムを投入すれば、あの反逆者共も年貢の納め時だろう。だから私まで帰ったらマダムに説教させるのは止めて!
まあ、ロストナンバーズのお陰で私の支配下の分身もこっそり獅子堂領に潜り込んでいる事が露見しなかったので我慢しよう。マダムのお説教なんて慣れたものだ。
7時間位しおらしく項垂れて居れば良いのだ!
そんな事を考えていたら、何故かお兄様が、お母さまにもお説教させると言う悪夢の追加制裁を加えられた。解せぬ。
そして獅子堂領の拓斗の屋敷に滞在する事になった。
「何か地味な屋敷だね」
拓斗の屋敷は途絶した昔の領主の屋敷をそのまま使っている。古い。趣があるとかと言うレベルじゃない。
「昔の領主の屋敷だしね」
「私がトランプタワーみたいな領主館建ててあげようか? 」
「世界観ぶち壊しだよね。この領地の何処に高層ビルが必要なんだい? 」
「王都には作ってるんだよね」
副王商会連合本社ビルである。魔法を併用する事で尋常じゃない速度で建設している。
「君は本当に何かを作るのが大好きだよね」
「それ以外にする事ないし」
私から開発を取り上げるとニート王女にジョブが変わってしまう。
「王女ってもっと社交界とかの仕事が有ると思ってたよ」
「しゃ、社交界はちょっと」
あそこは魔境だ。私はお人形じゃない! 着せ替え人形でもない! 玩具じゃない!
ガクガクと震える私。
拓斗は「え、どうしたの? 」と困惑し始めた。
「姫様は社交界の令嬢方に可愛がられているのですよ。それこそストレスで脱毛する程に」
アリシアさんが同情するような目で私を見ている。
「王女だよね? 」
「アーランドは必要な時以外は割と緩い国家なんだよ。お父様の扱いを見れば分かりやすいよ」
騎士に手錠と足枷を着けられて、執務室に連行される国王なんて普通は居ない。
社交界のお姉さま達は危険だ。私に出来る事は社交界から全力で逃走するか、お兄様の情報を捧げて私が弄ばれない様に誘導する事しか出来ない。
お陰で、肉食獣の様な令嬢達にお兄様も貞操を狙われている。
油断すれば力づくで貞操を散らされるので、お兄様も最近は社交界に出ろとは言わない。
私が出ればお兄様の弱点とかが洩れるからね。
アーランド王国は脳筋で構成された国家だ。全ての国民は力を持っている。でなければ、魔物で溢れたこの国では生きられない。
貴族、そして令嬢ですら例外ではない。力こそ全てなのだ。だからこそ、私の様に小さい王女とか令嬢は猫可愛がりされるのだ。
基本的に令嬢もお嬢様風のアマゾネスだからね。
小さくて可愛らしい妹が欲しいが令嬢達の一番の願いらしい。
堪ったもんじゃないよ。しかも、悪意なんて欠片も無いから、面と向かって拒絶すると涙目になるし。私のメンタルは限界だ!
取り敢えず、腹立たしいので、森に88ミリ迫撃砲を撃ちこんでロスト・ナンバーズに嫌がらせしながらロケットの打ち上げ準備を行う。
途中キレたロスト・ナンバーズが勝手に奪取したマナ・ロイドを解き放って強襲してきたが、騎士達に丁度良い鍛錬相手と認識されて直ぐに破壊された。見た限りプロトタイプだった。既に時代遅れだ。正規品は2割は性能が向上している。どうやら生産施設は物資不足で作れていないのだろう。流石に私の分身でも無から有は作れないしね。
武装もどうやら剣しか持ち出せていなかったので勝てる筈が無い。
そしてロケット発射の日が来た。いや、獅子堂領に入って次の日だけどね。準備は来るのが遅れたせいで最終チェックだけだし。
「凄まじい物だな。こんな代物が異世界には有るのか」
「この世界で再現出来た事の方が驚きですよ。これは地球でも一部の先進国しか持っていない物だし……いつの間に設計図を盗んだんだか」
「日本のセキュリティーに対する危機意識は低すぎる。まあ、ポーカーの質で手に入れた物だけど」
ロケットの設計図を得るのは大変だったよ。最初は賭けに負けてイージス艦を設計する羽目になったし。
目の前には準備万端のロケットが鎮座している。これから発射だ。
私達は管制施設の中で映像を見ている。
「これが打ち上げに成功すれば、王国の諜報能力は劇的に向上する。それにGPSも使える。
事実上、アーランド王国は大陸全土を監視し、必要な時に必要な場所に攻撃できる」
打ち上げる人工衛星は戦略防衛&情報衛星【ゼウス】だ。
限り有る資源をやりくりして漸く形になった物だ。その為、目的ごとに衛星を別けるのではなく、必要な全ての機能を有している。
お陰で経費が凄まじい事になったが、私のポケットマネーなので、王国の財政が悪化する事は無い。ちょっと宇宙に用事があるからね。ついでに衛星くらい打ち上げるさ。
【ゼウス】の機能を一つずつ話し、運用法をお兄様に教える。但し、教えたのは情報衛星としての部分だけだ。
【ゼウス】は戦略防衛衛星でもある。つまり、武装している。その詳細は拓斗にも教える気はない。と言うかお父様とお兄様にしか教えない。
つまり、そっちの報告は後だ。
「マジか……こんな事まで出来るのか。確かに情報の重要性は理解していたが……諜報の在り様が一変するぞ」
「前世でも24時間私を監視する衛星が居たから大変だったんだ。何処に居ても見つかるし」
ナスカの地上絵程大きくないけど、庭に落書きしてメッセージ(脅迫)を送ったりして遊んだ事が有るくらいには私のプライバシーが侵害されていた。
偶に、゛映像では゛日本に居る筈なのに、別の国に居た事も有ったけどね。
「それだけ君を恐れていたんだけどね。君1人を監視する為の予算がどれだけ金が掛かっていたか知った時には唖然としたよ……」
拓斗が呆れる様に呟く。前世の私って若くて尖ってた頃だからね。ちょっかいを出されたら、誰であろうと平気で噛みつくタイプだった。
お陰で周囲は敵だらけだ。それも国家レベルで。
なので、最終的に私のプライバシーと言う人権を侵害する悪い衛星は、全て流れ星に成ってもらった。
証拠を残さない様にクラックするのが大変だったけど成功した時の充実感は素晴らしかったね。むふー。
「ゼウスは軌道衛星上で人力で展開するからリンク構築には3日かかる予定だよ。
それと一機じゃ役に立たないから暫くは打ち上げ続ける予定」
今回の計画では124機の打ち上げが決まっている。実際は127機だが。
計画より3機多いって? そりゃこっちが本命だし。
「人力…だと? 」
「宇宙飛行士の計画は無いよね? と言うか、家の領地に訓練施設すらないし、ロケットはどう見ても有人タイプじゃないんだけど! 」
「色々機能を詰め込んだ結果、かなり大型になっちゃった。
だから、空間収納を駆使して積載量を増やしたんだ。でも空間収納から自動展開するのがボトルネックでね。
だから私は考えた。ロケットの中に分身を詰め込んで人力で組み立てれば良いって」
「だから分身が逃げるんじゃないかい?」
ッハ! 通りで最近私に分身が近づかないのか。まあ、命令するだけで解決したけど。
「組み立て後の分身は大気圏に突入して燃え尽きる予定」
そう、どこぞのザ○の様に。無様に少佐に助けを求めながら燃え尽きるだろう。
認めたくない物だ。若さゆえの過ちをって奴。まあ、多分燃え尽きないで普通に帰還するだろうけど。
一応耐熱の魔法を込めた盾くらいは持たせてるし、運が良ければ助かるよ。どこぞの試作二号機が持ってる様な盾を渡しておいた。
そしてロケット発射。
轟音と共に空に向かって飛んでいくロケットは独特の芸術性を感じる。王国民全員が口をポカーンって開いて唖然としている姿を見るのが私は大好きだ。
やはり悪戯で一番楽しいのは相手を驚かせる事に成功した瞬間だろう。
お兄様もニヤリとしている私の視線に気が付いて即座に表情を取り繕った。しかし、視線は轟音と噴煙を上げながら飛んでいくロケットに釘付けだった。
それから一週間。天気の良い日にロケットを飛ばし続けた。
最初は興奮していた皆も毎日の様に打ち上げていれば飽きる。
「暇だな」
「だから来なくても良いって言ったのに」
私も暇だ。ロスト・ナンバーズを捕まえて、正座させて膝に石を積み上げて遊ぼうかな?
余りに暇だったので、私は新しい魔導具の設計をメアリーと行っているくらいだ。実際打ち上げ自体も分身に任せてるし、私が直接指揮を執る必要も無い。
な~に作ろうかなぁ……造船所の設計でもしようかな。でもメアリーがこれくらいはやってくれるし……フム、新造艦の設計の続きでもするか。
現在こっそり新型の魔導戦艦の設計を行っている。プリンス・オブ・ギルバート型とキング・オブ・ドラコニア型の2隻の魔導戦艦を建造しているのだが、それらを建造する事で得られた経験と、現在解体中の帝国で拾った魔導戦艦のデータを統合し、超弩級クラスの魔導戦艦の設計を行っている。コイツは技術的にも予算的にも資源的にもけた違いの船になりそうだ。宇宙にも行ける。
今度、財務大臣に予算ちょうだい? っておねだりしないと。是非とも作りたい。
そうして2週間の時間が流れた。天気の良い日はロケットを打ち上げる事は変わらない。最初は皆驚いてて反応を楽しめたのに領民すら興味を失ってしまった。飽きるの早すぎない?
と言う訳で何処からとも無く表れたゾン……官僚達がお兄様を縛り上げている。
「デンカァ……シゴト、シゴト」
「王都ォへお戻りィをォォォォ」
「離せ亡者共があああああああ! 」
「こんな忙しい時に3週間も王都を離れるからだよ」
私は優雅に紅茶を楽しむ。
「何で私だけ捕まえようとするんだよ。アリスでも良いじゃないか! 」
「ほら、私の周りには強力な結界が張られてるし」
私の周りには元気でハッピーになれる薬の入った瓶が置かれている。
亡者と化した官僚達は当初、私も捕縛しようと動いたが、私の周囲に置かれたポーションを見た瞬間、強力な浄化魔法に焼かれる亡者の様に苦しみ、私から距離を取っている。
但し一定距離を取りながら「ヒメサマ、シゴトォ、シゴトォ」と指をくわえながら呟いている。実に気味が悪い。今は昼だよ? 亡者なら昼には動いてはいけない。
もしかして、ポーションをキメ過ぎて知能に悪影響が……いや、過労が限界突破して思考能力が低下しているだけだ。どうやら元気でハッピーになれる薬を使っても限界を超えているのだろう。
「仕方ない王都へ戻ろう。丁度、獅子堂領への転移装置の設置も終わった事だし」
と言うか、そこから湧いたのだろう。
お兄様は縄で縛られ、拘束用の魔導具も複数装備させられ胴上げするかのように連れていかれた。
「さて、拓斗」
私は帰る前に1人部屋の壁際で騒動から逃れていた拓斗に振り向く。
「なに? と言うかアレゾンビ? 」
「大丈夫。極度の疲労で知能が低下しただけの官僚だから。
それより、良い領地だね。ちょっと面白い事を思いついたんだ。一緒に事業しない? 」
「ポンポコさんが泣くんじゃない? 」
「大儲け出来るって喜ぶよ」
私の言葉に同じく私の背後に回ってゾン……官僚から逃れていたアリシアさんが額を抑える。
「絶対泣きますよ」
「大丈夫大丈夫。丁度暇だったから撮影機や映写機を作ったんだ」
「ん? 」
「ここをハリウッドとする」
私は拓斗にサムズアップする。一瞬キョトンとした拓斗だが、私の言いたい事に気が付いた様だ。即座にサムズアップで返してくれた。
そう。この世界は娯楽が少なすぎる。だから映画を作るんだ。
私は、古き良きハリウッド映画が大好きだ。特に政治的なメッセージの薄い時代の物が好きだ。何も考えずUSA!USA! って叫べる奴が良い。だからこの世界でもそういう映画が欲しくなった。
数日後、拓斗が連れてきた異世界人達も多くが所属する、シシドウ&アリスティア映画製作所が爆誕した。
そして、この時の私達は知らない。映画がアーランドとオストランドの初となる紛争を引き起こす事になる事を。
令嬢「小っちゃくて可愛い妹が欲しい姫様サイズの妹が! 」
王国貴族はガタイが良いので令嬢も基本的に長身です。
ポンポコ「寒気が……」
数日後ポンポコ「姫様あああああああこれ以上は無理ですよおおおおおおおお! 」
アリスティア「どうしてそこで諦めるんだ! ネバーギブアップ! 」
官僚「シゴト、タノチィィィィヨォォォ」
ボルケン「この程度の仕事量で発狂するとは情けない奴等だな(ツヤツヤ)」
空軍&技術開発局の文官「確かに仕事が効率化して過労から解放されたけど……何だろう。凄い心が痛い(周囲を見ながら)」




