322 会議 ④
中央との決戦は避けれないだろう。
いや、避ける方法は確かにある。中央の言い分を全部受け入れれば良い。
しかし、それを決断した瞬間アーランド王国の末路が決まるだろう。
国民は普人至上主義なんて受け入れないし、苦楽を共にした同胞を見捨てる事は無い。故に王国、ひいては王家の権威は完全に失墜する。
王国は頭部を失うのだ。御旗を失った王国はこれまでの鋼の結束を失い、中央の内政干渉で国内は分断され力を失うだろう。そして力を失えば、後は中央に良い様に弄ばれるだけだ。
だから王国は決して中央国家連盟と迎合出来ない。
だから私は堅牢な要塞線を築き、そこに敵を攻め込ませるのだ。
「オストランドに関してはアリスに秘策が有るようだね。何かな? 」
「な、内緒」
言う気が無いのを知っているだろう。
「まあ、君が大丈夫だと言うのなら大丈夫だろう。しかし要塞線を築くのは良い。問題は戦略だ。
守るだけでは勝利は得られないぞ? 」
「守るだけで勝利出来るよ。
アーランド王国は帝国に勝利した。大陸最大の国家であり、この大陸で最も覇権に近い国家だった帝国に勝ったんだ。それも正面からの勝利。
だから、次の戦争は帝国以上の戦力で挑む必要が出てくる。でも、帝国無き中央国家連盟にそれだけの大軍を運用するノウハウは無い。そして、帝国ですら兵站が崩壊気味だった。
要塞に籠っていれば勝手に自滅するよ」
こちらは消耗抑制戦術を展開すれば良い。そして、航空戦力を全面に押し出し、敵の飛空船を撃破する。敵は陸路で大量の物資を送り続けなければならないだろう。
連中に総力戦の苦しさを教えてやる!
この世界の物流は飛空船と馬車だ。そして、馬車も飛空船も簡単に数は増やせない。馬は生物であり、荷馬に使えるまで成長するのに時間が掛かるし、維持費も高い。
そして飛空船はアーランド王国以外に建造する技術を持っている国は無く、古代の遺跡から発掘するしかないのだ。
鉄道も自動車も無い。そして国境線を覆う要塞線が邪魔でアーランド内で略奪も出来ない。
この略奪が出来ないのが最大の問題だ。この世界の兵站は輜重部隊こそ存在するが、現地での物資調達も当たり前に行う。輸送能力が低いせいだ。
こちらは要塞線でのんびり迎撃していれば、向こうは補給能力の低さで勝手に疲弊する。私の設計した要塞線は鉄道も含まれている為、こちらの補給は容易だ。と言うか飛空船の性能が数世代レベルで違う。大航海時代の海賊が20世紀の駆逐艦に挑むような物だ。射程・速度・探知範囲。全てがこちらの武装飛空船が圧倒的に高い。空からの輸送も止めれないだろう。万全である。
「それに、攻め込もうにも、アーランド軍は中央に攻め込む経験が無い。私もちょっとだけ。そうちょっとだけ道を見失いかけた気がするくらいには困ったよ」
「アリシアの報告を聞く限り迷走していたらしいじゃないか。よく帝都を攻撃出来たなと言うべきか、良くたどり着けたと言うべきか」
ほら、全ての道はローマに通じるって言うじゃん? 適当に進んでいればいずれは帝都にたどり着くって考えで動いてたら帝都にたどり着いたんだ。後、迷走はしていない。私は己の直感に従い、真っ直ぐ進み、目についた都市を攻撃&略奪を繰り返していただけだ。
私自身が兵器の生産設備を持ち歩いているのと、軍の大半が格納可能なゴーレムだったからこそ出来た戦術である。普通なら補給線で詰む。だからこそ、帝国は私の動きを予測出来ず、効果的な抵抗が出来なかったのだろう。
取り敢えず、方針は要塞線に引きこもって敵を疲弊させる。こちらから攻め込むのは空軍に任せる。適当に空爆して更に疲弊させる。と言うか、それしか出来ない。
だって、何時邪神が攻め込んで来るか分からないのだ。無駄な消耗はアーランドの存亡にかかわる。そして邪神戦ではソルジャー・ゴーレムとマナ・ロイドが主力だ。
ペーパーナイトは邪神とその端末の特性上、相手に餌を与えるだけだ。欠片も役に立たない。
「こちらから打って出る必要はないよ。それに、今の王国に中央を相手にする暇は無いでしょう? 準備しつつ王国の開発を行って軍と経済の再建を行いつつ国土を広げよう」
「改めて言われると難題過ぎない? 」
「お兄様なら出来る」
「君も手伝ってくれるんだよね! 何で他人事なの!? 」
私に出来る事は猫にブラッシングする程度だ。頑張りたまえ。当方に余剰戦力無し。
長い会議の結果、国境に要塞線を作って軍を再建して北に進出する。その為に軍の再建とこれまで通り国のインフラ整備を行う。ついでに、泣き言しか言わない商人のケツを叩くと言う事が決定した。
おっと、一つ忘れていた。
「お兄様、国民学園の件は? 」
教師が確保出来ずに校舎が先に完成してしまった物だ。今は王都だけだが、教師が確保できれば王国全土に建設予定である。
「ん? アレなら教師の確保は出来たよ」
「どうやったの? 」
「オストランドから余ってる学者を借りた。
最先端学問は断られたが、基本的な学問を教えられる学者は向こうも余ってるからね」
まあ、文化と教育の国だしね。しかし良く貸してくれたね。
「対価として我が国の騎士と指揮官を貸し出す事になってる。向こうも軍の練度向上が出来ると喜んでたよ。
シェフィルド家だけだと手が足りないそうだ」
軍の教官として騎士と指揮官級の士官を派遣したそうだ。
それと、アノンちゃんの家か。まあ、確かにまともな練度の兵士を抱えていたな。我が国には劣るけど。
オストランドは魔物被害も少ないし、治安も良くて戦争経験も殆ど無い国だから仕方ない。寧ろ、アーランド並の精鋭を抱えてたら絶対に帝国に併合されてるだろうし。
「成程、じゃあ今日はここまでだね。もうお腹空いたよ」
何時の間にか日が傾いていた。お昼ご飯を食べ損ねた事は許そう。しかし、私のオヤツタイムを逃した事は許さん。クッキーで我慢するしかなかったじゃないか! 今日はパイの気分だったのに!
その時、開きっぱなしの天窓からクルクルと何かが回転しながら降りてきた。
それは猫である。頭を下に前足と後ろ足を前に出して回転しながらゆっくりとテーブルの上に着地し、高速スピンすると、芸術的なジャンプで飛び跳ね、テーブルの上に立つ。
「にゃ~~あ」
「ミウたん14世じゃん。何しに来たの? 新しい芸の披露? 」
ミウたん14世はニャルベルデ所属の野良猫であり、様々な芸を習得している技巧派の猫だ。
「にゃ~んニャフニャフ。ゴロゴロ」
二本足で立ったまま、前足を腰に当ててリズム良く左右に腰を振るミウたん14世。
「……ふむ」
成程。
「アリス……今猫があり得ない動きで降りてこなかったか? と言うか何を言ってるんだ? 」
「踊ってるだけ」
ミウたん14世は新しい踊りを披露しているだけで意味のある言葉を発してはいなかった。
私の言葉にお兄様はがっくりした。
「一体何しに来たんだ……」
「聞いてみる? ゴロゴロ? にゃ~ん、にゃふ~ん」
「ゴロゴロ? な~……フシャー! 」
ミウたん14世の言葉を聞くと私は王都の地図を取り出す。
ミウたん14世は肉球にインクを付けると、幾つかの建物にポンポンと肉球を押す。そして私に肉球を差し出す。
私は肉球をハンカチでフキフキすると、今度は赤いインクに肉球を押し付け、再び違う建物に肉球を押し付けた。そして私に再び肉球を差し出す。フキフキ。
「ニャムラス大統領はとてもお怒りの様だ。分かったよ。こっちで対処しておくね」
「にゃ~ん」
ミウたん14世は私の言葉に頷くと華麗なスピンで再びテーブルに頭を押し付けると、先ほどの様に高速回転しながら飛び立ち、天窓から外に飛び立った。
去らばだ。と私はインクで汚れたハンカチを振る。
「今魔法使ってなかったか? 」
「き、気のせいだよ。猫が魔法を使える訳が無いじゃん」
「魔力を感じたし飛んでただろ! 」
「ね、猫だって空を飛ぶことくらいあるかも知れないじゃん。きっとこれまでは人前で飛ぶ事が無かっただけかもしれない。ほら、猫ってシャイな所があるし」
言えねえ。私が猫も魔法が使えるか実験した結果、教えたら普通に魔法が仕えた上に、ニャルベルデで情報共有されて魔法を使える猫が増えたなんて言えねえ!
い、一応魔力量の関係で大した事は出来ないけどさ。怒られちゃうじゃん。
私はフシュ―フシュ―と口笛を吹いて誤魔化す事にした。
結果、お兄様はため息と共に諦めた様だ。勝訴である。
「後でマダムに尋問させるとしよう」
上告されたようだ。裁判所よ棄却して!
「取り敢えずニャムラス大統領がとてもお怒りで荒ぶっているらしいよ」
「最近変な動きしてる猫達のリーダーだっけ? 」
「猫が変な動きしてるのは何時もの事じゃん」
王都の猫なんて、踊ったり戦ったり歌ったり戦ったり、某赤い国顔負けの行軍パレードしたりしてるのが日常だ。
「あの猫が王都に住み着く前までは普通の猫達だったんだけどね。と言うか君は何時の間に仲良くなったんだい? 」
「邪悪な野良犬に襲われていた所を助けられたのが始まりかな? 今は縄張りの獲得を目指している」
やはり一人前の猫になるには自身の縄張りを手に入れるべきだろう。縄張りはニャルベルデにおいてはステータスなのだ。
しかし、私は猫になると碌に魔法も使えないので糞雑魚ナメクジだ。縄張りを獲得して一流の猫の仲間入りを果たす日はまだ遠い。
「動物好きなのに野良犬は嫌いなんだ」
「勘違いしないで欲しいけど、私は私に牙を剥く奴は例えモフモフでも好きじゃない。クート君の様に気品が有って撫でさせてくれるワンコは大好きだよ」
その点、猫は良い。何故か凄い相性が良くて大体の猫が撫でさせてくれる。
犬もモフモフしたいんだけどね。わんこーずの匂いが警戒させてるのか、王都の野良犬が邪悪なのか、中々仲良くしてくれる奴が居ない。
但し馬、テメエは駄目だ。私を見ると暴れる奴しか居ない(膨大な魔力量に怯える)。例外はお父様の愛馬の剛天号くらいだったな。しかし奴は帝国戦で名誉の戦死を遂げたので、もう居ない。
「話を戻すけど、この王都の地図の黒い肉球を押された建物は私が居ない間に普人主義者や外国の諜報員が作った新しい拠点だね 」
「一部まだ把握していない場所が有るな。
ハァ……先月も潰したばかりなのに」
「嬉しそうだね」
ため息を吐いてるのにニッコニコだ。
「全く、中央は人手不足のアーランド王国に使い潰しても良心の痛まない最高の労働者を派遣してくれるとは……偶には役に立つよね」
お兄様に良心が有るとは驚きだ。実際会議室の貴族達は全員驚愕の表情でお兄様を見ている。
いや、お兄様にも良心は有る。ただ、人使いが激しくて敵に対する慈悲が無いだけだ。
「問題は赤い所だけど……現在ニャルベルデが襲撃してる所」
「何で!? 」
「彼等は猫を虐げた。王都の猫は皆ニャルベルデに所属している。
これをニャルベルデは宣戦布告と判断し、数百匹の猫が強襲しているらしい」
路地裏で寝てたら、邪魔だって蹴られたらしい。
なんて卑劣な連中だ。猫はそこに存在するだけで、何の罪もないのに。
「衛兵を派遣しろ。直ちにだ! 」
「ッハ! 」
会議室に居た騎士達がダッシュで走り去った。早くしないと色々ボロボロにされるからね。
「さて、会議は終了だ。君達時間あるよね? あっ! 逃げるな! 」
会議に出ていた官僚や貴族達は脇目も振らずにダッシュで帰宅した。短距離選手の様な無駄のない走り方だった。
そうだよね。このタイミングであの言葉だと、ついでに手伝っていけと言われるのが解りきっているよね。
手伝えと王太子に命じられたら断れない。ならば命じられる前に逃走したのだろう。どっちにしろ不敬な話である。
王国への忠誠心の厚い彼等もお兄様の手伝いは御免らしい。私は彼等の流れに乗り、華麗に会議室からの脱出に成功した。
離れていく会議室から「アリスも逃げるなー! 」と言う慟哭が響いたのだった。
「さて、私は不機嫌なリリーの機嫌を何とかしないとね」
リリーは私が城を長期間空けていた事が大層ご不満の様だ。
破壊の魔眼で私の掛けた封印を破壊し、血統魔法の闘神化で魔装を遥かに上回る闘気の鎧を纏って城中を私を探して爆走している事が有るらしい。
全く、ハイハイが出来るようになってから暴走列車の様になってしまった。止めようとすると撥ねられるらしいが、基本的に止めるのは強靭な肉体を持つ騎士なので怪我は少ない。有ってもポーションで治せる程度だ。
「リリアーナ姫お待ちくださ~い! 」
どうしたものかと考えて居たら、案の定暴走している様だ。廊下の先から何かが爆走して来る。
そして、その前に先回りした騎士が飛び出てリリーを捕獲しようとしたが、跳ね飛ばされた。
「ネエーーーーー! 」
「リリー! 」
カモン! 偉大な姉は逃げも隠れもしないぞ!
しかし、その瞬間私は悟った。
この速度は死ねる。時速キロを超える高速移動だ。ハイハイで出せるの速度じゃないぞ!
即座に私はリリー用の捕獲魔法を発動する。
柔らかくリリーを傷つけない結界が幾つも張られるが、リリーの破壊の魔眼は触れた物は物理・魔法問わず破壊する極めて強力かつ希少な魔眼だ。結界は破壊される。
しかし、破壊された結界は多層式だ。破壊されながらリリーの勢いをどんどん削いでいき、私の元にたどり着いた時には普通の赤ん坊のハイハイ程度の速度に落ちていた。
「ネエ! 」
リリーは不満を示すようにペシペシと床を叩く。床に放射状にヒビが広がる。
「勝手に封印を破壊しちゃ駄目って何時も言ってるでしょう? 」
私は仕方ないとため息を吐きながらリリーを抱き上げる。赤ん坊の成長力は凄まじく、リリーの重量も増えていた。しかし偉大な姉が妹を落とす等と言うミスをする筈が無い! 私は頑張った。そしてリリーの額に手を当てる。
「戒めよ力を縛れ【聖櫃】」
私放った封印魔法がリリーの体に取り込まれて行く。両目の魔眼は力を失い、輝きが消え、鎧もボロボロと朽ちる様に消えていく。これでフルプレート赤さん状態のリリーは普通の赤さんになった。
「ぶううううう」
力を失ったリリーが口を尖れせる。
「その魔法は危ないから、まだ使っちゃだめだよ」
制御出来ない魔法程危険な物は無い。リリーは本能的に魔眼と血統魔法を使いこなす直感型だが、まだ精神が育っていないのだ。
しかし破壊の魔眼と吸魔の魔眼。そして闘神化のコンボは酷い。将来最強の前衛になるだろう。
元々闘神化は魔力消費の激しい血統魔法だ。曾祖母様もいざと言う時の切り札にしていた。と言うか、常時展開なんてお母さまくらいの魔力量が有っても嫌がる程だ。
最も魔力消費さえ考慮しなければ完全に魔装の上位互換である。強化される割合もけた違いに違う。
闘神化はそれだけで上位の龍と肉弾戦が出来る魔法なのだ。それに加えて自身に触れた物や魔法を破壊する破壊の魔眼に、周囲の魔力を自身の魔力と同質に変化させ効率的に魔力を回復する吸魔の魔眼。完全に隙が無い。
「大丈夫だった? 」
私はリリーを抱くと、撥ねられた騎士の所に行く。彼は空中で姿勢を立て直し、ヒーロー着地を決めていた。
「この程度なら問題ありません。このガントレットが良かったのでしょう」
接触したの足だよ。防具付けてないじゃん。
しかし、彼の足には何のダメージも無かった。慣れているのも有るのだろう。
「しかしリリアーナ姫はお淑やかですね」
「そうかな? 」
かなりアグレッシブな感じだと思うけど。
「歴代の王族の方々の逸話を鑑みるに姫様とリリアーナ様は随分大人しいお方かと」
そりゃ夜泣きで城を半壊させたりしないし。アレ……家の御先祖様かなりヤバい系? 碌でもないエピソードが多すぎる。
これが力を追い求め続けた結果なのか。私も赤ん坊の頃から結構やらかしてる系だけど、何故か周囲の視線は温かかった。
これは私とリリー以上にヤバい赤ん坊が歴代の王家に複数存在したのだろう。血統魔法とか赤ん坊の頃は暴発する事有るしね。受け継いだ魔法によっては城も半壊するさ。
アーランド王家の血に流れる血統魔法の数は50を超えている上に、殆ど戦闘用の魔法だ。因みに確認されている魔眼は数が少なく10種類程だ。こっちも遺伝する。発現するかは運次第だけど。
因みに私は血統魔法を使えないが、この体に流れる血にはしっかり情報が刻み込まれえて居るので、子孫が発現する事も有る。
リリーは私が何とかすると伝えると彼は敬礼して立ち去った。
「リリー、今日は一緒に居ようね。お兄様は忙しいみたいだし」
「あう! 」
その後、リリーと一緒に遊んだり本を読んだり、一緒にお風呂に入った。
無論リリーを洗ったのはリリーの傍付きの侍女だ。流石に私だけだと危ないので仕方ない。
そしてリリーにお土産を渡したが、しゃもじはNINJA刀の様に背中に仕舞っていた。正確には服の襟の中に仕舞っていた。達磨は当初威嚇していたが、5分程で和解。ペシペシ叩いて揺らしているくらいには気に入った様だ。頭に乗せてハイハイしてたりしてた。
そして髪飾りだが、全く興味を持たなかった。
あ、うん。みたいな顔をされた。
「だからリリーには早いって言ったじゃん」
私の言葉にアリシアさんは渋い顔をしていた。女の子らしく育って欲しかったのだろう。
しかし、アーランドの王女が王女らしいなんて滅多にない。7割は戦闘狂だ。私だってドレスなんて滅多に着ないしね。動きにくいし。
その日はリリーと一緒に寝た。明日は正教の大聖堂に行かないと……