321 会議 ③
書き終わった後にフリーズすると書く気が失せますよね……
遅れて申し訳ありませんでした。
そのお説教は壮絶を極めた。
私の柔らかい頬は真っ赤に染まり、長年の相棒である抱き枕兼熊のぬいぐるみである熊吉が人質に取られてしまった。
奴は5歳の誕生日にお父様が自作してプレゼントしてくれた物で、長年私の安眠を護ってきた頼れる相棒なのだ。
私のぬいぐるみ抱き枕軍勢は未だ健在かつ勇壮であるが、熊吉はいわば司令官的ポジションである。奴を人質に取られた以上、期限である半年の間にMADな技術開発局の魔法使いや科学者達を従順な日本人サラリーマンの様に教育しなければならない。
待ってて熊吉。必ず助けるから。
「熊のぬいぐるみはマダムに預けておくからね」
「……無念」
私の頬を一筋の滴が伝う。今夜襲撃して取り戻そ……ごめんなさい。
お兄様の笑顔が怖い今日この頃。
「私にも庇いきれる限界はあるんだ。彼等の態度は目に余る」
「なるべく早く教育するよ」
「本当に頼むよ。
さて、邪魔が入ったが会議を再開しよう」
その後、新たに開発された『青の秘薬』は量産体制を構築し、いずれは国民全員に服用を義務付ける事が決定された。
そして次の議題は農業だ。
「現在の農地の統廃合を行い、合理的かつ大規模な農業への移行と農民の削減を行っていますが、こちらは順調です。
農地を失った農民への就職支援は……必要ないでしょうな」
「商会や工房が血眼で失業者を探し回ってますからな。寧ろ、その形振り構わない所が恐怖を生んでいるのですが……」
失業した次の日には商会や工房の人材雇用担当者が失業者の家に押しかけるレベルで人手不足だ。日本の人出不足が可愛く思えるレベルである。
今後も商人の企業努力に期待しよう(他人事)。
「但し、各町や都市処か村々にまで求人の看板が乱立している事で景観を損なう事や、風等で看板が飛ぶ被害等で苦情が殺到しています」
「それは問題だね」
「君の所もやってるからね」
そりゃ大変だ。後で何とかしないと。
「今すぐ対処方法を考えなさい」
「むう」
「むうじゃない。苦情が殺到してるんだよ。
それと商業ギルドが泣きついてるぞ。ついでに職人ギルドも」
「何で? 」
何かあったっけ?
私が首を傾げると周りにため息を吐かれた。解せぬ。
「商業ギルドは君の一件以降、商人が戻らないらしい。元々増長していた事も有って、大店の商人の間で不要論が出てきた様だ」
ああ、なんか広場で大っ嫌いって叫んだらギルドマスターが消えた奴ね。
アーランド王国では近年ギルド。特に商業ギルドの力が強くなっていた。
北から王国に雪崩れ込もうとする魔物と東の帝国。どちらか片方でも王国には重荷なのに二重苦の状況だった。
積み上がる戦費のせいで税金は重くなり、王国経済は疲弊する。その中で王国の商人達はとても良く王国を支えてくれた。
しかし、商人を纏める商業ギルドはギリギリの状況で王国が商業ギルドに強くものを言えない事を良い事に強権を振るう様になった。
多少のお痛なら黙認するのだが、彼等は独自のルールを次々と作り、加盟する商人を縛り始めた。日本の昔の座みたいに腐敗し始めたのだ。
大店の商人に取っては市場の独占が出来て良い事だと思うだろう。しかし商人達にまで多額の税を課したりし始めると、商人達の不満も高まる。恩恵以上に害悪になり始めていたのだ。
結果、ギルドの権威が失墜するや否や、商人達はこれまでの恨みとばかりに商業ギルドへの報復を始めたらしい。
商人を纏める商業ギルドが商人敵に回して何してるんだろうね?
「職人ギルドは君の副王商会連合が労働者の直接雇用を始めた結果、存在意義を失って涙目だぞ」
アーランド王国では、仕事は基本的に日雇いだった。無論商会や工房で直接雇用される人も一定数居るのだが、必要な時に募集して不要な時は解散と言う雇用が多かったのだ。
その為、大工等は親方を筆頭に幾つかのグループ等も作られたが、これは冒険者のクランと言う大規模なパーティー程度で会社とは言えない集まりだった。
しかし、仕事の度に人を集めるのは非合理的だ。特に今後は仕事の専門化も多くなる為に、副王商会連合では連合独自に人を雇用し始めた。それが可能な程に仕事が有るからだ。
そして、王国は現在好景気。副王商会連合の様に労働者を仕事の度に募集するより自分の商会や工房で抱え込んだ方が合理的になった。
その為、仕事の斡旋をする職人ギルドの仕事が激減したらしい。
「なら、商業ギルドと職人ギルドを合併させて職業訓練所を作ればいい。
商業ギルドは嫌われてても商人や工房と繋がりが残ってるし、職人ギルドも同じでしょ?
それに、職業訓練所に斡旋所も併設すれば看板の問題も解消出来るでしょ」
それに職人ギルドの運営人なんて引退した職人だ。彼等に人を育てさせればいい。
そして人材の募集はそこで行わせる様に商会や工房に通達を出せば良い。景観が悪くなるし風で看板が飛ぶと邪魔物扱いされるよりはマシだろう。
丁度商業ギルドも職人ギルドも何処の町にもあるから場所の問題も無い筈だ。
「職人ギルドは問題ないだろうが……商業ギルドは元に戻りたがってるから納得しないだろうな。まあ、少々お痛が過ぎたから仕方ないか。こっちで調整しておくよ」
お兄様なら簡単だね。今も実に悪くて黒い笑顔をしている。お兄様的にもウザかったらしい。
「次ですが、金属の高騰が止まりません姫様の消費が激しすぎます」
おっとまるで私が浪費しているかの様な事を言うのは止めて欲しい。ちょっと多めに使ってるだけだ。
「いや、自分は悪くないって顔してるけど、この国で一番金属買い占めてるの君だからね。この一年で鉄の相場が20倍超えたぞ」
「私だって自重はしてる。だから国中掘り返して資源をもっと探すべきだ。
ここはお兄様が各領主に激を入れてもっと探させるべき」
アレもコレも作りたいのに地下資源が足りないせいで私はストレスを感じているのだ。魔導戦艦の艦隊とか赤い国もビックリな数のゴーレム軍団とか作りたい!
それを考えれば私は自重している方だろう。
「うん、ドワーフ領から山師を借りて国中で探してるよ。実際幾つか鉱山が見つかったし、君の分身が最新の掘削用の魔導具を供給してくれるから生産量は日々増えている。なのに何で生産量が増えると君の消費量も同量増えるのかな? 」
「足りてないからでしょ? 」
生産量が増えれば消費量も増えるだけだ。
「焦り過ぎじゃないか? 戦争は終わったばかりだぞ」
「残念だけどお兄様。この平和は長続きしない」
「やっぱり? 」
お兄様も分かっている様だ。しかし分からない貴族も居る。
「帝国の内乱は業火の様に広がっています。北の魔物も大分勢いが収まり、今急速な軍拡を行う必要があるのでしょうか? 」
一人の貴族が問いかける。何人かが頷いている。今は地盤を固めるべきだと考えているのだろう。
実際アーランド王国は疲弊している。長年の帝国との争いと北の最果てから雪崩れ込もうとする魔物は王国単体で相手にするには重すぎた。
「地盤固めと軍拡は同時に行う。予算は潤沢だし出来るでしょ?
それに帝国の内乱もいずれ中央が介入して終わらせると思う。多分数年で私の目論見が露見する」
「帝国を疲弊させる事ですか? 」
「それも有るけど、それだけじゃない。私は帝国を分断させ内乱を起こさせた。
でも、それは次の戦争までの時間稼ぎが最大の目的。次が帝国への復讐」
あいつ等死ねば良いんだ。アーランドは中央なんか興味も無かった。勝手に恐れて勝手に攻め込んできただけだ。その恐れも自分達が他の種族を迫害した結果だ。
自分達で中央から追い出したら、追い出された人達が北に国を作った。きっと自分達に復讐する事を考えてるに違いない。だから滅ぼそう。中央のアーランドへの考えはこれだけだ。
そして帝国とアーランドが戦争し、中央の思惑から外れアーランドが大勝利を収めた。
これを中央国家連盟が放置する筈が無い。今まで中央国家連盟が動かなかったのは国力の圧倒的な差でいずれアーランドは帝国に飲み込まれると考えていたからだ。
しかしアーランドは帝国に圧倒的勝利を収めた。中央国家連盟が築き上げた秩序に亀裂を入れた。連中は今まで以上にアーランドを恐れるだろう。
そして何故私が帝国を完全に潰さなかったのか理解された時、彼等はなりふり構わずに攻めてくる。
何故なら私は中央国家連盟が数百年掛けて築き上げた秩序を完全に破壊する気だからだ。
帝国の内乱で時間を稼ぎ、失われた王国軍を再建し、彼等に私製の高性能な魔導具で武装し強化する。
そしてゴーレム・レギオンで数の不足は補える。資源さえ有れば私は幾らでも軍勢を生みだせる。
「中央は絶対に気が付く。資源さえ有れば幾らでも私が軍勢を作り出せる事に。時間が経てば経つほど自分達の優位性は無くなっていく事に。
だから、その前に出来る限りの軍備を整えたい。
そして私は国境線を覆う新しい防衛線を提案する」
それは帝国との国境を覆う巨大な防衛線。
第一次世界大戦後にフランスが対ドイツを想定して国家予算を過剰に注ぎ込んだマジノ線を参考に私が一から設計した国境防衛線だ。
地雷原から始まり、鉄条網や塹壕にトーチカ。そして砲兵の砲撃陣地。これらを突破するのは生半可な戦力では不可能だ。
そして対空も万全だ。近くに国境砦を回収したシャムネコ空軍基地は国境線を防空網に収めている。敵の航空戦力では対処不可能だろう。魔力探知用の防空レーダーも既に生産を始めている。
そんな事を考えていると、拓斗から念話が届いた。
(アリスさん……マジノ線は役にたちましたか? )
(………)
ふむ。
(ドイツ軍が連合軍相手に有効活用しただろういい加減にしろ! )
(対ドイツ用だったんですがそれは)
(普通に考えて強固な防衛線に正面から挑むのは馬鹿か英雄のする事だよね。ベルギーまで伸ばしてどうぞ)
最も中立のベルギーを刺激したくないのと、ベルギーを攻撃すればイギリスが参戦すると言う事情もあるが。
「国境をガチガチに固める気か。確かに迂闊に手出しできなくなるだろうが……」
お兄様が考え込む。
「ついでに軍を再建して北方生存権構想も提案する。
今後王国民は増え続ける。文明国を維持する為には膨大な資源と食料が必要。
でも現在の国土では限界がある。北の魔物を駆逐して王国領土を広げる必要がある」
本当は帝国領を奪う方が簡単なのだが、住んでる普人主義者が問題だ。確実に反政府運動を起こすし、中央が裏で援助するに決まっている。だから無人の北に進むべきだ。
「軍の再建と国境を固める。戦力が足りないぞ」
「ましてこれほどの防衛線を建設するのに必要な労働者も足りません」
私の主張は反対の嵐だった。
「資材さえ用意してくれれば私が必要な施設を作るよ」
「それでも戦力が足りないだろう? 」
「私はゴーレム・レギオンを王国に供与する用意がある。
それで戦力不足は解決する。頭の悪いソルジャー・ゴーレムも塹壕から敵に銃を撃つ程度なら出来る。
そしてお兄様にはこれの隠蔽工作をお願いしたい」
「隠蔽工作? 」
「普通に考えて強固な要塞線に正面から挑む奴は居ない。だから強固な要塞だけど、実情は兵力が足りず、ハリボテだと中央に思わせたい」
「ほう……君は悪い子だね」
「どういう事だ? 要塞ならそれを喧伝して敵の戦意を挫く方が良いと思うのだが」
アルバート団長の言葉に頷く人も多い。
「要塞を築いても中央が止まるとは思えない。だから騙す。
最初に強固な要塞を築く。そして、その実情を秘匿して中央に調べさせる。
でもお兄様がそれを邪魔する。人は不正に得た情報は事実だと思いやすい傾向が有るから、それを使って間違った情報を中央に与えるんだ。
そして実際はゴーレム・レギオンを隠しておいて戦力は足りている状況で正面から攻撃させる」
アーランド王国が帝国との国境沿いに要塞を築けば中央は絶対に調べるだろう。そこで兵力が足りない事を知られれば罠を疑い警戒する。
でも多くの時間と被害を受けながら戦力が足りない事を知れば、ハリボテだと錯覚するだろう。
しかし実態はゴーレム・レギオンが隠されており、戦力は足りている。正面から攻め込ませて相手に最大の損害を与えるのだ。
ゴーレム・レギオン大容量収納箱に入れて、武器弾薬だと現地の兵に嘘を流して倉庫に仕舞っておけば良い。
実際に運び込まれる食料の量や人の移動で中央も戦力が少ない事に気が付くだろう。動かさずに収納箱に入れておけば補給の要らないゴーレムだからこそ出来る事だ。
そして来たる中央戦に必要な資源を得る為に北へ軍を進める。
「資源さえ有れば、私が幾らでも軍勢を生み出してみせる。次の戦争では絶対に負けない」
私は拳を握りしめる。あの屈辱だけは二度と繰り返さない。
「良いね。資金だけなら余裕は有るし、私も中央が何時までも現状を放置するとは到底思えない。攻めてくるなら最大限の損害を与えるのは賛成だ。
しかしオストランド方面や、反対のジェラの森を迂回する可能性を考慮しているのかい? 」
お兄様の言葉に私はニヤリと笑う。
「オストランドを迂回するならさせれば良い。」
アノンちゃんに与えた試作魔導甲冑は確かに試作品だ。しかし、現在私用に開発している物と同じく換装タイプであり、予算や生産性を理由に開発を放棄や凍結した兵器を搭載している。
そして、その中には戦術兵器も搭載しているのだ。当然アーランド領で勝手に使うとするとエラーが出るが。
最終兵装『天使のラッパ』。これがオストランドに有る以上、中央のオストランド攻略は極めて難しいだろう。
オストランドもこれを知っている為、最初の抗議以降は沈黙している。オストランドの切り札だ。しかし、知られると怒られるので内緒だ。
そして、仮に迂回してもアーランド王国とオストランド王国の国境は地形上大軍を展開出来ない。鉄道は線路を爆破すれば良い。少数でも守り切れるのだ。それこそ、軍事力に秀でるアーランドと軍事力の劣るオストランドが建国以来領土争いが起こらない程の難所でもある。
ジェラの森は完全に魔物の領域であり、アーランド王国でも屈指の難易度を誇る難所だ。戦車を持ち出す程度じゃ攻略できない。現在陸軍と共同で組織している森林師団を展開すれば良い。それか嫌がらせで敵の近くで魔物を引き寄せる『魔誘香』を使えば良い。盛大に魔物が攻め込んでくれる。
中央は正面から要塞を攻撃するしかないのだ。