320 会議 ②
「貴様等ぁ! 今は重要な会議中だぞ! 」
「そんな事は科学と魔法の発展の前では些細な事だ」
貴族の怒声に平然と答えるMAD。実に人生が楽しそうだ。
そのやり取りに何人かの貴族が泣きながら「もうヤダコイツ等……」と呟いていた。立場上、彼等と接する機会の多い人達だ。
「アリスさぁ~何で空軍はマトモに教育出来てるのに彼等の教育しないんだい? ……いや、父上が悪いか」
「俺か!? 」
私への苦言から、お父様に流れ弾。
「だって父上の態度がアリスにうつって、そのまま彼等に流れてる感じだよね? 父上も普段の行いを改めて貰いたいんですよね」
「俺は悪くねえ! 」
「まあ、父上の生活態度は後に改めさせるとしてさ、アリス、彼等の態度は割と問題なんだよね。
空軍みたいに纏めてくれない? 」
そんな事を言われても困るよ。
「私空軍の教育なんてしてないけど? だって私は組織構築とか大まかな方針は作るけど、実務はパッシュ大将に完全に任せてるし。
基本的に私は、空軍においては予算獲得要員だよ」
教育なんてしてねえ! それは現場のする事だ。
更に、私は開発陣の人間で運用側の人間じゃない。畑違いだ。だから基本的に現場に口出しはそれ程しない。
つまり空軍がまともに見えるのはパッシュ大将の努力である! むふー。
「何て清々しい。呆れてを通り越して尊敬するよ。よくそれで組織が運営できるね」
「基本的に姫様は最初の段階で自分が働く必要のない環境を構築するので……」
パッシュ大将が遠い目をしながら「少しは空軍の仕事もして欲しいのですけどね。でも、予算は潤沢に取って来てくれるので誰も文句が言えませんが」と答える。
くっくっく。予算欲しいよね? じゃあ私を楽させなきゃ駄目だよ。な~に大まかな方針くらいなら私でも作れるから。そこまでは手伝ってあげる。一応一番忙しい組織立ち上げの時はちゃんと手腕を振るったので完全に働いてない訳じゃ無い。今は最低限の仕事しかしないだけ。
楽をするには、適切な権限の委譲と必要な権限の掌握さ。これの取捨選択が出来れば楽になる。現在の王国は王国が必要以上に権限を持ってるのに、それを十全に行使できる官僚が足りないからパンク寸前なのだ。私はしっかり他所から引き抜いた(戦犯である)。
「そんな事よりも! 姫様、遂に完成しました。成功です! 」
「最近静かだと思ってたら……君は何を作らせたんだ? 」
お兄様の呆れた表情が私を貫く。なんて心外な!
「何をって……どれの事? 依頼してるだけで100超えてるじゃん」
一体どれが完成したのだろう? もしかしてヅ○を作ったのか? アレは設計段階だぞ。ジークジ○ン。
「青の秘薬です! 」
「マ ジ で ! 」
「ついでに姫様が技術開発局に置いてるミサイルを解体しました」
「アレは放置してるんじゃなくて王都防衛用の地対空ミサイルだから弄らないでって言ったじゃん! 」
「知的好奇心を抑えられませんでした。元に戻しましたが、ネジが何本か余りました」
最悪だ! 技術開発局に置くんじゃなかった。でも、まだ許可取ってないから、軍に配備出来ないのだ。値段がね……
仕方ない。後で点検しよう。絶対何かしてる。
「アリスさんアリスさん。青の秘薬ってなに? 」
「お兄様、歴史の勉強が足りないよ。青の秘薬と言えば古代魔法王朝時代に開発された奇跡の秘薬だよ。これによって古代魔法王朝は強大な魔法文明を支える事が出来たんだ。
歴史の常識だよ? 」
「……古代魔法王朝時代の話をされても、あの時代の事なんて、どんな政治体制だったのかすら分かっていないのだが……と言うか文字すら君以外に解読出来て無いぞ」
「そう言えばそうだった。技術開発局の魔法使いは普通に読めるから(私が教えた)からうっかりしてたね」
技術開発局は帝国戦で手に入れた古代の魔導書を読ませる為に古代の大陸共通語を教えてあるのだ。
魔導書の方は私の興味が湧かない物や人員関係で手が回らない物を技術開発局で研究させていたのだ。
「話を戻すが、青の秘薬とは何だい? 怪しい物じゃないだろうね」
「怪しい代物ではありません! これこそ、古代魔法王朝が大陸を統一出来た最大の理由です! 素晴らしい発明品と言えるでしょう。
現代では存在自体が疑問視され、神話の極一部に辛うじて話が残っている程度です。しかも魔法王国は存在を否定してます」
「ま~た魔法王国が怒るのか。魔導戦艦を引き渡せって鬱陶しいんだよね」
戦後から魔法王国はアーランドに私が帝国で拾った魔導戦艦の引き渡しを強烈に要求している。
曰く、魔導戦艦は魔法使いの技術の粋を集めて作られた物であり、それは大陸における正当な魔法国家である我々に継承する権利がある。
曰く、北の蛮族風情が所持して良い代物ではない。貴国に恥と言う概念が有るのならば、我々の財産を不当に奪った事を謝罪し、貴国が不当に盗んだ我が国の魔法技術と盗人であるアリスティア一党毎引き渡すべし。
うん。ついでに私と技術開発局の魔法使いの身柄と魔法技術も差し出せって言われてるのだ。因みにお兄様は鼻で笑ってる。
そもそも、魔法王国は古代魔法王朝と関係ない国だし。
ローマ帝国と、神聖でもローマでも帝国でも無い国以上に繋がりが無い。
「取り敢えず説明するけど、深呼吸をする事をお勧めする」
会議室のメンバーの殆どが遠い目をしながら深呼吸した。かなりの代物だと理解したのだろう。
「まず古代魔法王朝が大陸を席巻出来た理由だけど、これは竜穴と呼ばれる星の魔力の噴き出す場所を使いこなせた事。
竜穴から噴き出す魔力を魔晶石に貯める事で、人間が魔力を魔晶石に込める必要が減り、魔導具を多く使えるようになった。
これにより大量の魔力を使う魔導具の開発や使用が可能になったんだ。
代表的なのが飛空船。しかし、時代が流れ、人口が増えると、魔導具の需要は竜穴から噴き出す魔力だけでは満たせなくなっていく。そこで生まれたのが魔導炉。ここまでは良い? 」
「まあ、君に聞いた事が有るからね」
一応説明したことのある話だ。
「でも、それっておかしいんだよ。古代魔法王朝は極めて発展した魔法文明を築き上げたけど、魔法使いの比率は現代と大差がない事が魔導戦艦に残っていた書籍から判明してる」
「君みたいに魔導具を作る魔導具を作ったのではないか? 」
「あり得ませんな。古代魔法王朝は魔法使い至上主義です。魔導具製作は魔法使いの占有技術です。後、アレはまさしく歴史に残る世紀の発明品と言えるでしょう。
我々も知った時には驚いて気絶しました」
答えたのは技術開発局の魔法使い。名前はエミルド。魔法薬開発部の責任者だ。
魔導レンジも存在を知ったら魔法王国激怒するだろうね。自分達の占有技術を魔法使いを使わずに生産出来るなんて彼等は絶対に認めない。
因みに気絶処かショックで心停止した魔法使いも数人いる。他の魔法使い達がケラケラ笑いながら雷撃を放って蘇生させてたが。技術開発局は笑顔の溢れる職場です。
最も生産に魔法使いを使わないだけで、付与する魔法の開発には魔法使いは使うけどね。でも、魔法使いが居なくても、カードに術式を記録した物が有れば生産だけは可能だ。
「多分技術は有った筈だから、作れなかったのではなく、作らなかったのだと思う。利権関係だろうね。
でも古代魔法王朝がそれに納得する訳がない。魔法使いの占有技術で生産能力に限りがあるなら魔法使いを増やせば良いと考えた」
「だが、魔法使いの比率は今と変わらないのだろう? どうや……まさか! 」
「そう。非魔法使いを魔法使いにしてしまえば良い。
初期は極めて非人道的な研究を行いまくって大批判を受けたり、利権関連で魔法使いが内乱紛いの事を引き起こしたけど、古代魔法王朝は遂に完成させた」
それは赤い血を青い血に変える薬。これを飲むだけで非魔法使いは魔法使いになれるのだ。
俺達魔法使い以外に魔導具なんて作らせないぞって魔法使いが文句を言うから国民全員を魔法使いに変える計画を実行したのだ。
「とんでもない物だぞ! 」
「私もビックリしたよ」
この秘薬の存在を知った時にジュースを少し溢してしまった。実に嘆かわしい。
「その程度の驚きの話じゃない。いや、効果だ。危険な副作用とか問題とかは無いのか? 」
お兄様がテーブルを叩いて立ち上がっている。珍しく動揺している様だ。
答えたのはエミルドだった。
「殿下、これは古代魔法王朝後期には非魔法使いの国民全員が服用を義務付けられていた薬です。副作用は魔法使いの素質が有る者と、欠片も無い者が飲むと半日程度の昏睡を起こす程度です。ある種の拒絶反応の様ですね。
因みに効果は98%の人間が魔法使いになります」
国民の98%が魔法使いの国。うん大陸余裕で盗れるわ。
「一応問題も有るよ。まず2%の人間が魔法使いになれない」
「なれなかった者はどうしてたんだ? 」
「処刑か奴隷。どっちになるかは古代魔法王朝の気分次第」
魔法至上主義って怖いよね。実際死刑にしている時期と奴隷にしている時期を繰り返してる。可哀想派と魔法至上主義派で盛大に戦っていた様だ。
「それはそれで問題だな。国内に新たに差別が生まれかねない……」
「別に魔法至上主義にならなければ問題ない。私がエルフ領に作ってる製薬所みたいに魔法に依存しない技術も奨励すれば良い」
科学者だって魔法が無くてもなれる。魔法を使わない医者だってそうだ。ポーションは原材料や加工の手間の問題で産業化が難しい。加工の産業化が出来ても人工で栽培出来ない薬草とか普通にあるからね。
だから地球の医術も役に立つ。将来的には緊急時は魔法薬や治療魔法を使い、それ以外は地球の医学を用いる等の住み分けを行う予定だ。地球の医薬品は産業的に生産が可能だからね。まあ、こっちはかなり高度な技術だから10年20年レベルで先になるけど。
「次の問題は、この薬で魔法使いになっても遺伝はしない事かな。まあ、薬が有ればその子供も魔法使いになるから問題とも言えないけど」
一応遺伝は有るが、書籍によると3%程度の可能性であり、これが遺伝なのか突然変異なのかは当時でもかなり議論され、答えは出ないまま滅びた様だ。
魔法使いと魔法使いの子供は魔法使いである可能性が高い。無論絶対ではないけど。
でも非魔法使い同士の子供は魔法使いである可能性がかなり低い。先祖に魔法使いが居れば、可能性は有るが、血が薄れれば魔力量も減るし、隔世遺伝の可能性も減る。
但し近親婚をすれば解決する訳でもない。現に魔法王国は純血主義で国内で純血と呼ばれる魔法使い同士の婚姻を数百年続けた結果、子供の減少や障害等でかなり問題が発生している。その癖、後から来た魔法使いは外血呼ばわりだ。アレ? これって魔法王国から外血の魔法使いを引き抜けるんじゃ……後でお兄様に話してみよう。
「後は98%の内、魔法使いは99%で魔術師が1%。魔導士にはなれないみたい」
「軍用の物なら魔術師になれる可能性が30%の青の秘薬も有った様ですが、我々が発見したのは民生用の薬ですからな。
それに軍用の物は副作用で死ぬ可能性が高く、専用の設備で被験者を厳選しなければならないそうなので、再現は困難です」
どんな装置で何を調べてたのか。そして軍用の青の秘薬のレシピは軍事機密で書類は存在する事が書かれた本が幾つかある程度だった。具体的には不明な薬だ。魔導戦艦に積まれていた本は機密文書の類は殆ど無かった。有ったのは元々魔導戦艦に乗せられていた物だと推察される。つまりは航海日記等の軍事情報で機密指定の魔法薬や魔法の物は余りなかったのだ。いや、現代だと禁術指定を受ける魔法は結構あったけど。当時はありふれた物だったのだろう。
「でもよく作れたね」
「薬草の名前が古代と変わっている物ばかりで苦労しましたが、散歩していた時に落雷にあい、その衝撃で閃き完成しました」
すげえな。何で平然としてるんだろう。即死しなければ技術開発局に置いてるポーションで大体回復するけどさ。
ほら、あそこって日常的に爆発事故を起こしてる上に反省しない人達の巣窟だから。私製のポーションを結構置いてるのだ(微塵も躊躇いなく消費されまくってる)。
その為、技術開発局の実験棟は尋常じゃなく頑丈な上に防音設備も整っている。なのにクレームは止まらない。
責任を取って辞任すると言えば周りから「他の誰が彼等をコントロール出来るのですか! 仕事してください! 」と私の辞任を妨害する始末だ。
嫌だMADの相手したくない! 話してると会話にならないもん! だから新しい魔法理論とか魔導具とかエサを与える感覚で渡してる。興味がそちらに向かえば私に被害は無いのだ!(周りに無いとは言っていない)。
彼等は自分の欲求に実に素直である。一体誰に似たんだろうね?
「分かった……とにかく凄いのは理解した。量産が可能なのかを検証して欲しい。
魔法使いの数が増えるのは良い事だ。しかし魔法使いか……せめて魔術師が増えないと戦力にはならないな。十分助かるが」
「魔法使いと魔術師の違いって結局のところ魔力量なんだよね」
行使出来る魔法の実力も基準だが、魔法使いは魔力が足りない為、上位や中位の魔法が殆ど使えない。それでも魔力さえ操れるのならば、技術者や研究者としては使える。アーランド王国の魔法ギルドもギルドマスターが魔法使いだった事も有るのだ。
後は青の秘薬で魔法使いになった人は魔力操作でも難儀する。生粋の魔法使いは生まれた時から魔力を感じるし操る。人間が生まれた時に誰にも教わらずに呼吸するような物だ。
後天的に魔力を得た人は制御に難儀するだろう。だけど、それは訓練次第で解決も出来る。
それに魔法使いで有れば術式を操れる。将来的に魔法使いは武力と言うより、それを支える人になるだろう。
多くの魔導具を開発・生産して王国中にばら撒くのだ。それだけで十分すぎる利益が出る。魔法使いの母数が増えればそれだけ優秀な魔法使いが生まれる可能性が高まるのだ。教育は国民に最低限の知恵を与えつつ、社会に埋もれた優れた者を見出す為に行う物だ。
「それならこちらのマジック・チャージャーが有れば解決しますが? 」
「私それ知らない」
知らない魔導具を腰に付けていた。よく見ると技術開発局の魔法使い全員が付けている。
「姫様には必要ありませんから。我々は姫様に齎された英知によって真理に近づきましたが、魔力量はそれ程多くは有りません」
前半はよく分からないけど、後半はよく分かる。アーランド王国は魔法後進国だった。何故か知らないが優れた魔法使いは極めて少なかったのだ。それに優れた魔法使いは自分に正直だから魔法後進国のアーランドでは無く、魔法王国へ移住してしまう事も有った。だから技術開発局の魔法使いも4割が魔術師で6割が魔法使いだった。魔法使い以外の技術者も居るけどね。
「魔力量が少なければ規模の大きい魔法開発や大規模な魔導具の開発は難しい場合も多く、我々も難儀しました。
しかし魔晶石に魔力を貯め、それを取り出す方法は魔力の回収効率が半分程度で効率的とは言えません」
魔晶石に込めた魔力を魔法使いが吸収するのはよくある事だ。優れた魔法使い程、高品質な魔晶石に大量の魔力を備蓄しておく。私はしないけど。
しかし、魔晶石は魔導具に魔力を供給する分にはそれほど効率が悪い訳じゃ無いが、人間に供給するとなると効率が落ちる。内部で魔力が変質してしまうのだ。魔導具ならば問題は無いが、魔法使いが取り込むと自身の魔力に馴染ませるという手間が発生してしまう。
「その為、手の空いてる者達で開発したのが、このマジック・チャージャーです。
従来の魔晶石の効率の悪さを改善し、魔力の変質を抑え、吸収効率は実に98%を記録してます!
欠点は自分の魔力しか使えない事と、一日2時間以上体から離れていると内部の魔力を全て抜く必要がある事ですが、この程度なら入浴なども十分でしょう。最悪コードを足に巻いて置けば本体を持つ必要がありません。
更に! 驚くべきはその魔力貯蔵量です! 同サイズの魔晶石の約8倍の魔力を備蓄できます」
自身の魔力が変質しないまま備蓄出来る為、自身の魔力量が足りずに行使出来ない魔法も使える様になるらしい。魔晶石からだと、取り出し中は魔法使えないしね。凄い発明だ。
「でもお高いのでしょう? 」
「我々の貯金がなくなる程度です」
技術開発局の給料はかなり改善されて高給取りになっている筈なんだけど。しかも、彼等は普段研究室に籠ってるからお金は全然使わない。給料全部貯金している豪の者まで居る程だ。まあ、施設内なら食費も風呂もタダだしね。家賃どうしてるのだろう?
「高いなぁ……量産すれば安くなるかな? 」
「素材的に難しいかと」
むう、でもこれで開発効率が上がるのは確かか。私は宝物庫から金貨の入った袋を取り出す。帝国戦でなんとかと言う公爵の財布だったかな? 中身は金貨がいっぱい入ってたとだけ。
これをエミルドに渡す。
「これで打ち上げでもして英気を養って。明日留守中に思いついた論文とか作った魔導具を届けるね」
「ヒャッホー! 」
行くぞ野郎共! とエミルドの宣言にバタバタと魔法使い達は立ち去った。
「ふう……さて会議を再開しよう」
これ以上会議を先延ばしにするのは危険だ。彼等は無礼過ぎる。私は気にしないが、気にする人も居るのだ。
「その前に君には部下の教育について話がある」
許して……
技術開発局の魔法使いは某幼女な戦記のMADな人が、数百人在籍していると思っていただければ良いかと。
アリスティア「技術開発局は今日も笑顔の溢れる職場です」
周囲「狂ってるとしか思えない! 」
ギルバート「割と放置出来ないんだよね……トップがアリスなのと、成果が素晴らしいから批判の声が小さいだけで」