319 会議 ①
私とお父様が親子の絆を強めている間に会議が始まった。
参加者は大臣全員と官僚と暇な貴族だ。かなりの数が居る。
と言うか、私帰国したばかりなんだけど! お休み欲しいんだけど! ペシペシとテーブルを叩いて抗議する。お父様も筋肉を膨張させて鎖を破壊しようと試みている。しかし、それを察したお兄様の側近が容赦なく鎖を追加。首から下は鎖で体が見えなくなった。
お兄様がこちらを見てニッコリとほほ笑む。その瞳は「君もこうなりたいのかい? 」と語っていた。お父様が救いを求める視線を向けるが、私は顔を逸らした。すまない……私には助ける事は出来ないのだ。
何気に、この国って国王が王太子の傀儡と化しているのではないかと思う今日この頃。
「さて、アリス。相変わらず好き勝手に動いている様だね。私に色々と報告する事が有るんじゃないかい? 」
「……第三応接室の壺を割ったのは私じゃないもん」
「アレは確実に君だろう。君の黄金の邪神像が代わりに置かれてたのが証拠だ。
マダムが後で話があるそうだ」
ちょっとマダムから逃げてた時に、追い詰められたから変身薬で猫になって壺に潜伏しただけだ。
ただ、入り易かったけど、出にくい構造でもがいてたら床に落ちて砕け散っただけだ。代わりに純金製のモアイ像を置いておいたが、どうやら露見してしまった様だ。
「ダンベルの時は2週間も誰も気が付かなかったのに」
巡回の騎士が壺を割った時に偶々持っていたダンベルを壺の代わりに置いた時は2週間も誰も気が付かなかった。
発覚したのも、2週間後に代わりの壺を置いてダンベルを回収したら、「ダンベルが無い! 」って騒ぎになったからだし。後、マダムのお説教を受ける気はない。誰か助けて!
「城の備品を壊すんじゃない」
「どうせ市場の隅で売ってる安物をそれっぽく置いてるだけじゃん。モアイ像の方が遥かに高い」
アーランド王国は少し前まで貧乏だったからね。芸術品なんて安物の方が多い。希少な物は専用の区画に纏められてるから私は近寄らないし。
ほら私って子供じゃん? 壊しちゃうんだよ……昔、夜の浜辺の絵画に泣きながら産卵するウミガメを追加したら立ち入り禁止にされただけだけど。
結構良い感じで、お父様も顎に手を当てながらうんうんと頷いてたのに。
「悲しい事を言わない様に。誰も見ないふりをしているんだから」
因みにアーランド王国では陶器の価値は低い。基本的に実用品と言う扱いで美術品扱いはされない。アーランドで芸術と一般的に言われるのは絵画と劇と音楽に筋肉程度だろう。
だから私の類稀な芸術センスも認められないのだ。絵具返して!
何故か私の絵具は危険物保管庫に収容されている。
まあ、使う時は誰にも気が付かれずに持ち出すけどさ。だけど、常時騎士の一個小隊を常駐させるのはやり過ぎた! 兵士とかで良いじゃん。何故か絶対に私を通さないと言う圧力を感じる警備だ。普通にスパイ感覚で取り返してるけど。
「ゴホン」
大臣の一人が咳ばらいをする。私はテーブルの上にポーションを置いて彼の元へ滑らせる。お大事に。
「違います。話が逸れているのです」
何故か返された。飲むと元気でハッピーになれて24時間休みなく働ける薬なのに。
何人かがまるでドラゴンを前にしたゴブリンの様に恐怖に引き攣った顔で薬を見ていた。
「そうだな。まずは和の国の件で報告をして貰おう」
「後で書類提出じゃ駄目? 」
「それこそ面倒だ。折角集まっているのだから、ここで報告すれば他に通達する必要も無い」
王国の中核メンバーほぼ居るしね。あ、宰相さん居ないや。何故か宰相さんの椅子に20代半ばの男の人が座ってる。左右の大臣が怪物を見るかの様な表情で見てるけど。宰相さんの息子さんかな? 結構良い歳だから引退したのかも知れない。でも、あの人引退すると衰弱死しそうな感じがするんだよね。
宰相さんはほら、回遊魚みたいな所があるから。止まると死んじゃうんだよ。
宰相さんの息子は如何でも良いか。ちょっと気になるけど、聞くほどじゃない。後で引退した宰相さんが老衰で死んでないか聞けば良い。
私はお兄様の言葉に渋々従う。リモコンを取り出し、操作すると、部屋の明かりが消えプロジェクター用のスクリーンが天井から伸びてくる。
次にプロジェクターに記録保存用の魔導具を入れて映像を出す。
「い、いつの間にこんな仕掛けが……」
具体的な日時は私も知らない。設置したの分身だし。私が和の国に行っている間だ。
まず、和の国の文化や産業を映像や画像を見せながら説明する。言葉や文字で報告を受けているだろうが、実際に自分の眼で見るのと聞くのは違うからだ。
会議室の人達も時折私に質問しながらうんうんと頷きながら見る。
次に和の国の軍事力だ。無論秘匿されている所は不明だが、私が見た感想や練度を伝える。割と強かったよ。家の騎士には劣るけど。
更に札術だ。殆ど分からなかったが、私はクイック・ドローで札を取り出して発動させる。
「これが和の国の秘術の一つの白虎」
「何で君が使えるんですかねぇ……」
全員の顔が引き攣っている。
「何故って一度見たし。でも非活性化している術式までコピー出来てないから、あの時の模擬戦は本気じゃなかったっぽい」
白虎の術式を作った札術師は間違いなく天才だろう。確かに動かすの難易度が高いという欠点は有るが、秘匿されていた術式は恐らく強化だと思う。
どの程度かは大よその想像だが、今私が出している白虎を1000体出しても勝ち目はないと思われる。非活性化していた術式のスペースから予想した事だけど。
多分使うには使う側の負荷も強いのだろう。一々模擬戦に使わない程度には。
実に惜しい。いや、今思うに私に術式を盗まれる可能性があると判断されていたのかも知れない。
「そして本場の札術を取り込み、私のペーパーナイトはペーパーナイト改に強化された」
やはり独学じゃ駄目だった。技術と知識の累積が足りない。後、札術への熱意も足りなかった。
しかし、本場の札術を見た私は即座に手に入れた技術を取り込み、ペーパーナイトは改へと進化した。
私が人型の紙を二枚投げると、即座に実体化する。
「ほう、確か君のペーパーナイトは半透明だったが、しっかりと実体化しているね」
「むふー強くなっちゃった。しかも生産性は変わらない」
そう、ペーパーナイト改はノーマルと生産性に違いは無い。使われる術式が洗練され、無駄が省かれ、その省かれた分だけ性能強化に回す事に成功したのだ1
「で、どの程度の強さなんだい? 」
「お、オストランドの騎士に準じるくらい」
多分オストランドの騎士には勝てないだろう。精々苦戦させる程度の強さだ。
しかし! 唯のペーパーナイトがオストランド兵とどっこいどっこいな強さだったので十分強化されたと言えるだろう!
「弱いなぁ……あそこの騎士ってうちの兵士より弱いじゃん」
「それはアーランドの兵士が強すぎるだけだと思う」
基本的に脳筋軍団だからね。兵士も筋トレ大好きな国だ。しかも愛国心も強い為、向上心も有り、士気も常時高い。スパルタンな訓練を笑顔で行えるくらいにはアーランド軍は狂ってる。魔物と帝国が追い詰めるから、ここまで脳筋化したんだ。賠償金を寄越せ!
半面、魔物の被害も少なく、歴代オストランド王の優れた外交手腕で交戦自体が殆ど無いオストランド軍は練度も士気も低すぎるのだ。更に言えば軍組織自体が旧時代の物だ。
大陸最弱グランプリを開催すれば上位か優勝を狙えるくらいには軍事力が弱い。
「ペーパーナイトは使い捨てだけど、生産性も高いから使い捨ての兵士としては有能だよ。撤退する時に敵に突撃させたり、突撃する時に一番被害の出る最前線を任せたり出来る。
そして使い捨てだからどんな運用をしても反抗しないし勝手に逃げる事も無い。」
「実に嫌な発明品だな。そんな軍隊とは戦いたくない」
アルバート団長もとい元帥が吐き捨てる様に呟く。
そうだね。戦う側としては戦いたくないだろうね。減っても私にそれ程打撃は無いし、生産性が高いので直ぐに数が増える。ある意味ゴーレム・レギオンより質が悪い戦力だろう。
何せ突撃しろと命じれば横から騎兵が強襲してきても突撃を止めないのだ。死守しろと命じれば最後の一体まで命令を順守する。
士気も惜しむ命も無い。
「まあ、和の国でのりょこ……コホン。親善訪問では巨額の貿易案件も持ってきた」
次の資料は和の国で見つけた作物や果物に地下資源だ。
更に、その資料にはこれらの取引が合意された場合(現在交渉中)の将来の貿易量の予想なども図形やグラフを用いて解り易く見れるように作った物を用いて説明する。
私が見つけた物の用途や有用性に希少性を説明する事1時間。会議室の官僚達が真っ白に燃え尽きた。
貴族達も頭を抱えている。
「ん? 」
何でこんな変な空気になったし。
超巨額の貿易案件だよ? 大国大儲けの大チャンスを持って帰って来たんだよ。さす姫(流石姫様の略)しても良いんだよ。
「いや、確かに報告は聞いてた。
でも、さ……なんだいこれは? ここまでだとは思わなかったよ」
さては報告書を読み流してたな。
「何って持って帰ってきた貿易の報告だけど? 」
「いやいやおかしいだろ! その変な物(グラフや図形)は見やすいし解り易いから後で使い方を教えて貰うけど、それ以前にこの将来の予想貿易量がおかしい!
3年で今年の年間取引量の300倍に膨れ上がる上に、5年後には550倍だと? その後も増え続けるじゃないか! どれだけ取引するつもりだ。王国の総貿易量より遥かに多いよ! 」
「無論向こうの物を大量に買うのだから、向こうにも相応に買ってもらうだけの話。
和の国の魔導具は嘗てのアーランドにも劣る酷い性能だった。
向こうから資源や増産した作物や果物に香辛料を山ほどアーランドに売らせて、こっちは大量に魔導具を売り払う。どちらにも損はさせない良い取引だったよ。向こうも大変乗り気だった」
カカオとかボーキサイトとか天然ゴムとか、和の国では利用法が無く、価値の低い物や、自国でありふれた存在故に商機だと気が付かないものまで見つけまくっただけだ。
貴族達も「我々のこれまでの苦労は一体……」とか「税金だけで一体どれだけ国庫が潤うのだろうか」とか「だから港を最優先で各地に作ってるのか」とか「ワタシシゴトガンバリマス」とか言ってる。最期は官僚だ。
「と言う訳でいい加減王国の官僚組織の改革を行って欲しい」
確実に現在の王国では仕事量の増加に耐え切れない。この程度の好景気でグロッキーになるようではまだまだだ。これから時間が経てば副王商会連合の工場群が全力稼働し、湯水の如く魔導具が生産されるのだ(現在は3割しか完成していない)。
「それなら各所の同意も取れた、早急に合理的な組織へ改革を行い、同時に大規模な官僚の増加も行わせる。
いい加減執務室が書類で埋まる生活なんて御免だ! アリスティア、この後手伝ってくれ! 」
お父様が叫ぶ。同時に鎖が悲鳴をあげていた。
「冗談ではない。私は机の上で書類に埋もれて死ぬつもりはない」
利益は最大限用意した。後の面倒事はお父様とお兄様の仕事だ。私も忙しいのだ。この後は正教に用があるし、王都の菓子屋を視察し、新しいお菓子が誕生していないか巡視する仕事やニャルベルデへの挨拶とか色々と用事が詰まっている。
私はお父様とお兄様にサムズアップした。ここはお父様とお兄様に任せて私は先に行く。
と言うか組織改革に私を巻き込まないで欲しい。草案は既に完成しているから、実務はお兄様たちに任せるのが効率的だ。
なに、最初は地獄が天国に感じる忙しさだけど、改革が終われば楽になる。
書式の統一だけじゃない。適切な権力の委譲も必要だ。現在アーランド王国では絶対王政が可能なレベルで権力が集中している。中央集権が出来ていると言えば良いかも知れないが、国家にそれを使いこなせる体制が出来ていない。現状で国が回っているのは官僚の献身とお兄様と宰相と言う政治のヤベー奴のお陰だ
アーランド王国はハードの性能は高いがソフトが駄目過ぎる。そして、ハードの方も個人の実力で支えているだけだ。安定性が低い。
故に必要な権力は握りつつも手放しても問題の無い部分は大臣達へ委譲させる。同時に官僚を増やす必要があるのだ。
まあ、官僚は後を継げない貴族の子弟ならある程度の教育は受けてるし、それだけじゃ全然足りないので民間からも募るしかないだろう。
因みに私は技術開発局と空軍の組織改革の段階で目ぼしい人間を官僚から引き抜いている。当時はそれ程重要視されていなかったので割と楽に引き抜けた。今じゃ引き抜かれた人の元上司が涙目で「返して」ってひたすら呟いてるけどね!
「と言う訳だ。頑張って2人とも! 」
「「………」」
返事は無かった。
さて、次の話は何を話そうか。そう考えていると会議室のドアがぶち破られたのではないかと言う勢いで開けられた。
「何事か! 」
警備の騎士が剣の柄を掴み、貴族や官僚達も椅子を武器に持つ。
「姫様ぁあああああ! お戻りになられたのなら、何故我らに連絡一報を下さらないのですかああああああああ! 」
入ってきたのは我が技術開発局が誇るMAD……じゃなくて魔法使い達だった。凄いヤバい表情をしている。
宰相は仕事量が限界突破した結果若返りました。両隣の大臣からしたら怪物以外の何物でもありませんね。
因みに和の国は資源以外にも南方の香辛料やゴムに果物や作物など、アリスティアからすれば宝の国です。なのでとんでもないレベルの貿易案件を持ち帰ってきました。ぶっちゃけこれだけで王国の財政が相当潤うレベルです。
ポンポコ「ワタシキイテナイ」