318 王城へ強制連行
「どうしよう……もしかして猫違いかもしれない……」
私の必殺の鳴き声にお兄様は狼狽する。
「殿下落ち着いてください。港は封鎖し、猫一匹居ない事は確認済みです。ニャムラス大統領と干し肉での取引で港には入ってきません。
間違いなく、この猫は姫様です」
「私の妹がこんな野太い声を出す訳がないだろう! 」
クックック。私の術中にハマったな。さて、私は猫のフリをして王都に出よう。
ついでに干し肉で私を売った大統領に報いを……港は滑走路も含めてるから危ないので怒るに怒れない。抗議程度で収めよう。
私は上機嫌で尻尾を振りながら立ち去る。銀月にでも行くか。
「ああ姫様、銀月は先日閉店しましたよ」
「嘘だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 」
騎士の言葉に私は魂の叫び声を上げる。
ッハ! しまった。罠にハマったのを理解した時、私に声を掛けたお兄様の近衛のジャックさんは邪悪な顔をしていた。
「やっぱり姫様ですね」
「……ぐぬぬ……奥さんに同僚といかがわしいお店に出入りしている事を密告してやる」
「何故知っているのですか! 」
「猫は何処にでも居る。今の発言は私の心を深く傷つけた…………必ず報いを受けるだろう」
絶対に許さない。お陰でお兄様に捕まってしまったじゃないか。そして流れる様にゲージに仕舞われた。
ゲージの隙間から尻尾を出して錠前を弄る。私の尻尾は人間状態の時は髪の毛だ。そして私の髪の中には名状し難いスライムの様な物が髪に擬態している。直ぐにピッキングし、鍵を開けた。
「去らばだ! 」
私は速攻でゲージから飛び出す。
「させないよ! 」
しかし、飛び出した瞬間お兄様に首根っこを掴まれた。
「フギャ! 」
「本当に悪い子だな君は。逃がすと思ったかい?
随分と長いお休みだったじゃいか。私がどれだけ忙しいか理解出来るよね? それに聞きたい事も山ほどある。
アレを」
「はい」
お兄様が騎士から何かを受け取ると、無理やり私の口に押し込む。これはポーション……不味! 死んだ方がマシな味だ!
とんでもない味に悶絶していると、体が猫から人間に戻った。
「馬鹿な! 変身薬の解除剤は私しか作れない筈……おのれ裏切ったな分身め! 」
私の作る解除剤ならフルーツ味の筈だ。恐らく私に対する嫌がらせでわざと不味い解除剤を作ったのだろう。
「必ず報いを受けさせる。太陽系の果てまでも追いかけて見つけ出して火あぶりにしてやる」
許さない。分身なんて私の都合の良い使い捨ての道具の分際で本体に歯向かうなんて。これだから連中は信用できないのだ!
見せしめを行って、一罰百戒を行わなければ他の分身も私に反旗を翻すだろう。
「怒ってる所悪いけど、これを作ったのは君の分身じゃないぞ」
「嘘、私以外に作れる筈が無い」
お兄様よ、取引を行った分身を庇っても無駄だ。これの解除剤の製法は私が秘匿している。出ないと城から抜け出して王都に遊びに行くことが難しくなるからだ。
「変身薬自体は君のロストナンバーズだっけ? 彼女達の研究所から押収した奴だけど、これを作ったのは君の部下だ」
「技術開発局の魔法使い? あり得ない。彼等が私に敵対する事は無い」
魔法技術を餌の様に与えていたら、いつの間にか狂信者の様になってしまった連中だ。彼等に私と敵対すると言う考えが浮かぶ筈が無い。
「そうだね。最初は断られたよ。でも、「どうせ作れない事の言い訳だろう? 情けなく思わないのかい。これじゃアリスの技術の受け皿を名乗る事は出来ないよね」って言って笑ってみたら、1週間で作ってくれたよ」
「そんな事言ったら意地でも作るに決まってるじゃん! 」
何て非人道的な事を言うのだ。ただでさえ研究漬けの日々なのに、無駄な仕事を押し付けないでよ。
「さて、じゃあ行こうか。色々と話を聞きたいからね」
「 (´・ω・`) 」
この後屈強な騎士達に隙間なく包囲されながら移動した。
そして船内を探していたアリシアさんにお説教をされ、拓斗が苦笑いしながら車に乗る。
「この国車有るんだね……」
「アリスの商会で作ってるからね」
拓斗が何故か呆れた様な表情をしている。普通、異世界転生したら車作るよね。無いと不便だし。
因みにオープントップの車だ。私の帰国を王都の住民に知らせる為らしい。
「ここまでしなくても良いじゃん」
「王城の前でデモが起こるくらい君の帰国を待ち望んでいたのだよ? 知らせないとまた騒ぎを起こされるだろう」
「ちょっと長めの休暇を取っていただけなのに」
「官僚や貴族が過労で倒れるのを横目に取る休暇は楽しかったかい? 」
「うん、とっても楽しかった! 」
「……そうか」
「忙しいのは自業自得だし。現に私の部下は過労で倒れる程忙しくない」
一応現在の組織体制だと過労死者続出するぞと警告を出していたのだ。なのに既得権益に縋って現状を甘んじる王国政府側の責任である。
まあ、そこまでなる程に仕事を作ったのは私だけどね!
車に乗った私は外から見えない様に腰にロープを縛られ拘束されながらゆっくりと王都を移動する。
「これって酷くない? 」
「父上みたいなのがお望みかい? 」
それって手錠足かせ鎖で連行だよね。王の威厳とかどうなってるのこの国?
渋い顔で大人しく後部座席に座っている私。逃げるとマダムに言いつけると言われれば動くに動けない。
港は所謂新王都区画と呼ばれる場所にあり、旧王都区画は城壁で囲まれた場所だ。現在は新王都区画を覆う城壁を建設中である。
その為、新王都区画は魔物が現れる事も有る。
「うおおおおおおおお! 殺ったぞおおおおおお! 」
「ちくしょおおおおおお! 酒代がああああああ! 」
「何してるんですかねぇあの人達……」
拓斗がゴブリンキングの頭を鷲掴みにして金づちを掲げている大工を見て呟く。
「何ってそりゃ見ての通りだけど」
「何で大工がゴブリンキング倒してるの? 」
「森から出てきたからでしょ? 」
キングで有っても所詮はゴブリンだ。大工に勝てる筈が無いだろう。特にあの人は殺人金づちとあだ名された大工の棟梁だ。金づちで殴り殺したんだろうね。
他の周りで四つん這いになって叫んでるのは討伐競争に敗れた職人達だろう。一応キングなので、ゴブリンキングはそれなりにお金になる。
「因みにあっちの子供達は面子を潰されたので報復に森に行く」
私が指さす方向にはナイフや角材を持った子供達が殺気を放ちながら森に歩いていく所だった。
「何の面子を潰されたんですかね? 」
「あの森は子供の領域。森は子供達の植民地になってる。ゴブリンも当然子供達の支配下にあるけど、ゴブリン達はキングの存在を隠してた。だから報復される」
「ごめん、詳しく教えて」
まず、都市や村の近くには大体森が有る。村や都市に必要な材木を確保する為だ。無い場合も有るけど、今回は有る前提の話だ。
当然森には魔物が住む。でも人間の生存圏の隣に強力な魔物の存在を認める訳が無い。特にその森は人間が生きるために残してる物だ。
なので定期的に強力な魔物は根こそぎ殲滅される。残るのはゴブリン・コボルト・ウルフ等の雑魚だけだ。
そして、これらの魔物は余程大きな群れを作らない限り王国は放置する。何故なら、コイツ等は子供のお小遣いや、貧困層の貴重な収入源と言う面が有るからだ。
ここで都市と村の子供で雑魚の扱いが変わる。
都市の子供は割と忙しい上に、都市部となると、子供同士の繋がりが希薄化する事も有り、基本的には散発的に少数の子供がゴブリン等を狩る。組織的には動かない事が多い。
逆に繋がりの強い村などの子供は徒党を組んで、悪辣な事をする。ゴブリン達の集落を支配し、植民地の様に扱うのだ。
定期的に間引きを行い、クラス持ちを殺し、ゴブリン等の戦力が大きくならない様に管理する。
ゴブリンやコボルと・オーク等の人型の魔物は何故か一定数になるとクラス持ちと呼ばれる準上位種が生まれる。
例えばホブ・ゴブリンはゴブリンの上位種だが、ゴブリン・ソルジャー等がクラス持ちだ。ホブ程ではないが通常のゴブリンより強いのがクラス持ち。
無論数が増えれば上位種も生まれる。
しかし、数が増えなければ何故か上位種は殆ど発生しないので、問題なのがクラス持ちだ。
コイツ等は武装すると子供には手強い。なので村の子供は、発生を確認すると即座に始末する。そして発生を確認しやすい様にゴブリンの集落を支配するのだ。
特に鍛冶職のクラス持ちだけは絶対に始末される。何故か鍛冶職のゴブリンは生まれた段階で原始的な製鉄技術を持っているからだ。こん棒だけのゴブリンとナイフを持っているゴブリンじゃ脅威度が違うのだ。
ゴブリンは卑屈な存在で、自身より強い者にはどこまでも卑屈に従う。しかし反面プライドが高く、常に下剋上を狙って来る。
従っている間は森の資源を献上して来るので、集まりやすい村の子供は植民地にするが、親の仕事や繋がりの希薄等で多くの子供が手を組まない都市部の子供は見つけ次第殲滅が多い。流石のゴブリンも少数の子供にひれ伏す事は無いからだ。
因みに王都の子供は珍しく植民地にするタイプだ。
自分達の管理下に居る筈のゴブリンがキングを隠していたので報復に出向いたのだろう。多分集落の半分くらいは殺されるだろうね。
「割とエグイ事してるんだね」
「まあ、放置すると際限なく増えて、人間を攻撃して来るからね。因みに彼等のお陰であのゴブリンキングもこん棒しか持っていないよ」
弓とか剣とか絶対に作らせないからね。だからアーランドのゴブリンやコボルトは金属製の武器を持っている事は稀だ。
そして、それらの武器が無ければ子供でも対処が出来るのだ。誰が始めたのか上手いシステムである。
因みにオーク等は子供の手に余るので冒険者が始末する。
「この政策のお陰で王国民は基本的に戦闘経験のある国民ばかりになった」
大体の国民が命のやり取りを経験しているのだ。これは国の強みでもある。いざと言うときは文字通りの国民皆兵となるからね。最も貴族も悪さすると、国民が武力行使して来る可能性が有るので悪徳領主も少くなった。
「戦闘民族だよね」
「この国の国民は大人から子供まで闘争本能で溢れてるから」
そんな事を話していると、城壁の中に入った。
道路をゆっくりと走っていると、当然オープントップなので、国民が私が帰ってきた事に気が付く。
「随分長かったじゃないか。心配したんだぞ! 」
「家の店で新しいお菓子を扱ってるぞ」
「姫様~~」
うーん。慣れない。私はこう言うのは国民側に混ざるのが性に合ってるタイプだ。お父様と同じである。
取り敢えず帰って来たぞ! っと手を振る。
「貿易交渉してきたから、また王国が豊かになるよ」
「「「やったぜ! 」」」
「「「………」」」
喜ぶ国民と顔面蒼白の上に涙目の国民。後者は商人と見た。
稼ぎ時は終わる事が無いのだ! 商人は金を稼ぐのが仕事だ。泣き言は言わせない。ほらもっと稼いでじゃんじゃん税金を納めるのだ。休んでいる暇はないぞ。
「まーた商人虐めてるよ。君って商人の守護者って言われてるけど、パシリにしてるの間違いだよね」
「稼げるようにしているから間違いではない。ただ、商人は適正なお金を払えば馬車馬の様に使えるから便利。何で貴族が嫌ってるのかよく分からないよ」
ある意味貴族より使い勝手が良い。
「そりゃ、君みたいに湯水の如く金を持ってる訳じゃないからね。基本的に食い物にされる側だから警戒してるのさ」
扱いを覚えると便利なのにね。
何故か最初はポツポツ居た国民が王城にたどり着く頃にはパレードの様になっていた。出店まで出てくる始末である。
これは丁度良いからお祭りしようぜ! って国民が便乗したな。私が帰国しただけじゃん狡いよ。私これから休む時間も無く会議に連行されるのに自分達だけ大騒ぎするなんて。私もそっちが良い!
しかし、お兄様がそれを許さなかった。気分は連行される囚人の気分だ。あー猫になりたい。何も考えず爆走したり屋根の上でお昼寝したい。それか帝国に嫌がらせしたい。
取り敢えず会議室に連行され、腰のロープが固定された椅子に縛られた。
ドナドナされる牛の様な目で前を見ると、手錠と足には鉄球を付けられ体中を鎖で幾重にも縛られれ、死んだ魚の眼をしたお父様が居た。見ない間に随分老けた気がする。
(お父様……)
(娘よ……)
((さっさと遊びに行きたいよね! ))
親子の絆が深まった気がする。
商人「我々は働く事を強いられているんだ!」
ギルバート「良い事じゃないか」
商人「(´・ω・`)」




