315 忍び込む者達 ②
書いてたらとんでもなく長くなったので分割。これでも分割したんです!
既に次話も完成してるので、寝なければ明日も更新します。
「なんだここは? 」
「うわ、なんだよ」
白い霧の様な物が狭い部屋に散布される。彼等は知らないが、ここはアリスティア分身の秘密の研究所の隠された入口であり、殺菌用の消毒剤を散布されただけである。
基本的に誰も来ないし見つからないだろうと入口を最低限の秘匿だけで済ませた杜撰な管理が彼等を救ったのだ。一々パスワード入力などが面倒だったのだろう。
消毒が終わると、目の前の扉が開いた。2人は恐る恐る扉を通り抜けると、更に異質な通路だった。
地下水道に居たはずなのに、そこは清潔な白い通路だ。左右には部屋があり、ガラス(強化ガラス)が張られ、中が見える。
そこには白い全身を覆う服(防護服)を来た人物達がガラス瓶などで謎の作業を行っている。
「何をしているんだ? 」
2人はガラス張りの通路を音も無く進み、内部から見えない場所で屈むと、中の作業を覗きながら小さい声で話し合う。
「錬金術の類か? ある程度の知識は有るが、見た事のない道具ばかりだ」
一流のスパイとしてある程度の教育は受けているが、彼等の知識に無い道具を使い謎の研究を行っているように見える。
第17研究室はこの世界固有の難病の研究を行っている場所だ。最も地球の医学を用いた研究であり、錬金術は一応使われていると言う程度である。
何故ならば、既存の魔法薬では治療が困難だからこそ難病なのだ。故にアプローチを変えて研究しているのである。
チラリと中の人物の顔が見えた時、2人の男の表情が驚愕に変わる。
「王女だ……」
「だが、他の研究者も同じ顔だぞ。噂は本当だったのか」
王女が増えている事が有る。アーランドの王都では割と有名な噂だ。しかし、彼等は複数の影武者が居る程度の認識だった。
普通は人間は分裂しないからだ。しかし、目の前の光景を見て考えを改める。
影武者がここまで高度な技術を持っている訳が無い。仮に持っているのならば、影武者になんて使わないだろう。つまり何かしらの方法でアリスティアは分裂していると考えたのだ。恐ろしい話である。そして、それ以上に恐ろしいのは普通にそれを疑問無く受け入れるアーランド王国だろう。
最もアーランド国民からすればアリスティアの行動を予測するのは不可能だ。分裂しても「姫様だし」程度の言葉で終わる。それだけ色々とやらかしてる問題児であった。
「どうする? 何か奪うか? 」
「いや、あの服が気になる。下手に中に入らない方が良いかもしれない」
直感的に研究室の中に入る事に拒否感を持った男がもう一人の腕を抑えた。
「何をしてるか分からないが、ここは明らかに異質な研究を行っているはずだ。
何処かに資料が有る筈だから、それを奪おう。後、さっさと逃げたい」
「分かった」
音も無く疾走する2人。地下水路で鳴り響いていた警報はここでは作動してなかった。外部からの侵入者なんて警戒していないせいだ。慢心である。
2人が施設内を移動し、一つの部屋を見つけた。壁には休憩室と書かれていた。
中を覗きこむと、複数のアリスティアが中のゲージを見ながら話をしていた。
「灰色病はエイズに近い性質の様だね。少なくとも発症を抑制する薬は順調に作れそうだ」
「問題はケトラ熱だよ。治療法が分からない。検体が必要だ」
「現在発症者は確認されていないしね。暗部に頼む? 」
「ワクチンも無しに伝染病患者に近寄らせるのは酷でしょ。下手したら彼等に感染するし、現状は治療法も無いから助からないよ」
「他の私を派遣して血液サンプルとかを手に入れよう。私達なら問題ないし」
「まあ、最悪消えるだけだしね」
テーブルに置かれたゲージを囲みながら話しているアリスティア(分身)達だが、2人の男の視線はゲージの中に向かっていた。ゲージの中に異形の存在が居たからだ。それに気を取られて分身達の会話が耳に入らなかった。失態である。
「チュウ! 」
「「「可愛い」」」
ゲージの中には一匹のネズミが居た。一つの胴体に3つの頭を持つ異形のネズミだ。
アリスティアはケロべロス・ジャンガリアンと呼んでいるキメラだ。名前はハム右衛門義治である。
因みに義治とは諱であり、アリスティア以外がこの名前を呼ぶとアリスティアが止めない限り相手を捕食する。
「まさか、ここはキメラの研究施設なのか! だから、こんな場所に隠されていたのか! 」
目の前の光景を信じたくはない。しかし、自分達の知らない技術を用いて謎の研究を行っている。そして目の前にはキメラが存在する。
「破壊しなければ」
「手が足りないぞ」
「今ここでこの施設を破壊しなければ手に負えなくなるぞ。
魔導炉の生産に数だけは多かった帝国の艦隊を蹂躙した謎の飛空船にあり得ない数のゴーレム。これにキメラが加わってみろ。大陸はアーランドの物になってしまう」
魔導炉と武装飛空船も驚愕だったが、魔法王国を驚愕させたのはゴーレム技術でもあった。
魔法王国のゴーレムは所謂人形魔法に分類されるゴーレム魔法だ。少数の操作なら問題ないが優れたゴーレム術師ですら1人で100体を操作出来れば魔導士と呼ばれるレベルだ。そして、その魔導士クラスでも100体となると前進や停止くらいしか操作が及ばず、軍事力として運用するのならば精々50体程度である。
しかしアリスティアのゴーレム魔法は分類するなら古代魔法に類する。これは製作にコストが掛かるが、ゴーレム自体に人口結晶と呼ばれる頭脳を取り付ける事で、ゴーレム自体が自立的な判断を取れる様になるのだ。
少数のゴーレムの操作は魔法王国の方が上だが、軍隊としての運用はアリスティア式ゴーレム魔法の方が上である。
元の運用が違うのだ。
そして、そこにキメラの群れが加わったらどうなるか。それを理解した時、2人の表情が凍り付いた。
現時点でも手に負えない気がするが、キメラが完成すれば更に強力な戦力が手に入る。鬼に金棒どころか鬼に戦艦だ。鬼要るのかね?
「幸いキメラの技術は、まだそれほどでもないようだ。今の内に施設を破壊して、研究を遅れさせるんだ。そして直ぐに本国に戻り、この情報を伝える。
あのキメラでも持ち帰れば問題ない筈だ」
キメラを証拠として持ち帰り、アーランド王国の脅威を本国――魔法王国に伝える。
現在中央国家連盟は混乱状態だ。アーランド王国とグランスール帝国の戦争は被害を出そうとも帝国の勝利で終わるだろうと言う予測から、アリスティアの一転攻勢で負けるにしても立て直しは可能と言う予測すら裏目に出た。
帝国は崩壊し、内乱に突入した。その混乱は凄まじい。
更に帝国の混乱で中央国家連盟はアーランド王国への侵攻ルートすら失ったのだ。
中央国家連盟は現在帝国の内乱を治めるので手一杯であり、帝国戦で軍の半数を失い、アリスティア軍もかなりの被害を受けていると判断し、即応の必要は薄いと判断している。どちらにしても帝国を何とかしなければアーランドと事を構えるのは不可能なのだから、その判断は間違いじゃない。
しかし、彼等は漸く気が付いた。時間を稼がれているのだと言う事をだ。
アリスティアからの資金供与と、王国民の協力でアーランド軍は予想よりも遥かに早く軍を立て直そうとしている。
更に実態は見えないが、アリスティアも軍事力を高めている可能性が高い。直ぐに帰国し、早急にアーランド王国を滅ぼす必要性を訴えなければならない。しかし、彼等はどうやって帰るつもりなのだろうか?
「あのキメラは小さい。持ち運びも容易だ。魔力も感じないから動物のキメラ実験の実験体だろう。魔物のキメラ化に至らせる前に施設を破壊し、撤退だ」
「どうやって出るんだよ」
「何とかするしかないだろう」
出口が分からない。最悪捕まるかもしれない。しかし、彼等は施設を破壊する魔導具くらいは持ち込んでいる。
魔玉に爆裂魔法を刻印した使い捨ての魔導具だ。魔玉は魔晶石と違い加工難易度がけた違いに高い為、数が少ないが、ここで使うしかない。
タイミングを合わせ、彼等は休憩室に駆け込んだ。
「む、何者だ! 」
「侵入者? 」
「警備が迷い込んだんじゃない? 」
基本的にここに忍び込まれる事なんて想定していない分身はとっさの判断が取れなかった。
一人の男がテーブルの上のゲージを掴み、警戒していた男と共に部屋を出る。警戒していた男が去り際に魔玉を休憩室に投げ込んだ。
即座に爆裂魔法が発動し、休憩室を吹き飛ばす。
「「「うにゃあああああああああ」」」
爆発音に研究室に居た分身達も慌てて動き出す。しかし、ここに警備装置は無かった。何が起こっているのか分身達は分からず混乱するばかりだ。警戒心の欠片も無い。
「何事! 」
「爆発事故? 」
「爆発するような物無いじゃん」
「喧嘩かな? 」
施設内を走る2人だが、ここで致命的な失態を犯した。道が分からないのだ。どの通路も同じ構造であり、間違った道に入り込んでしまった。
「侵入者だ! 」
爆裂魔法の直撃を受けた分身だが、奇跡的に一体だけ生き延びていた。咄嗟に防御魔法で自分だけ助かったのだ。
そして、その分身が侵入者の存在を告げる。
「不味い。前から魔法銃と思われる装備を持った王女が5人接近してる。後ろも足音がするぞ。挟まれた」
自分達のカッコいい秘密研究室。それも映画版のバイオなハザードの地下施設を真似て作った研究室を吹き飛ばした大罪人を捕らえて、人体実験を施さねば気が済まないアリスティア分身達は武器庫から武器を取り出して施設内の捜索を開始した。
「捕まえて『ハイル・ヒドラ』しか言えない様にしてやる! 」
この世界は慢性的にマー○ル成分が欠乏している為、取り敢えずヒドラを組織しようとするアリスティア分身。
「私は仮面なライダーに改造したい! 」
「この偶然完成したTっぽいウィルスの実験体にしよう」
「「「おい止めろ! コイツを独房に放り込め! 」」」
「なんて代物を作ってるんだ」
危険なアンプルは焼却処分である。持っていた分身は他の分身に拘束され、何処かに連行されていった。
「不味い。数が減ったが、まっすぐにこちらに向かってきてる。何処かに隠れるか」
「何処に隠れるんだよ」
「この2つある掃除道具入れに入れ」
丁度目の前には掃除道具入れとプラカードの付けられた長方形の箱が有った。人一人は入れそうだ。
因みにハムはネズミ―ダンスに夢中で未だに自分が奪われた事に気が付いていない。一心不乱に踊り狂っている。
ハムのゲージを持った男が掃除道具入れの扉を開く。
そこにはアリスティア分身が体育座りで入っていた。
「今使ってる」
バタン! と勢いよく扉が閉まった。何か思考している様だ。
そしてもう一つの扉を開いた男は……
「……部屋? 」
もう一つの掃除道具入れは掃除道具入れに偽装された部屋の入口であった。
中は6畳程の茶室になっている。
そこには5体のアリスティア分身が正座で座っている。そして一体のアリスティア分身が茶器を渡すと、渡された分身は上品に中のコーヒー牛乳を飲む。抹茶は好みじゃないのと、手に入らないので仕方ないね。
「結構なお手前で」
「全部飲まないでよ」
「狡い」
「もう一度淹れれば良いじゃん」
分身は中身を飲み干した茶器を用意した分身に戻す。
この茶器を知る者が居たら絶叫するだろう。何故ならば、この茶器の名前は曜変天目茶碗と言う現存するのは世界に4つしか存在せず、更に一つは不完全な物である為、3つであるとも言われる天目茶碗の最高峰なのだ。
完全な曜変天目茶碗は3つであり、その全てが日本では国宝に指定されている上に、不完全な物も重要文化財に指定されている。
これは古代中国の南宋時代に現在の福建省平市建陽区にあった建窯で作られたとされる物だが、作者は不明な上に、完全な物は日本にしか存在しない極めて希少な茶器である。
何故持っているのか。答えは簡単だ。獅子堂家は日本で知られている4点以外に更に4点隠し持っているだけである。但し、公にすると国宝に認定されて管理に口出しされる上に、多くの博物館が寄贈を強要や貸し出しを強要して来るなどの問題があり、国宝に認定されるメリットを獅子堂家が感じなかった為と、蔵の中身を公に出来ない為に秘蔵されていた物である。
獅子堂家の歴史は長い。分家だが、藤原の家系でもある。これは多くの大名家等と違い本家の家系図にも残っている純然たる事実だ。
獅子堂家は元は公家なのだ。しかし、公家の力が弱まると武家に転身した。
ここまでは、なくもない訳じゃ無いが、獅子堂家は日本の闇その物だ。獅子堂家が武家に転身した理由は時の帝の密命だ。戦乱の度に失われる宝物や文物を保護する為に獅子堂家を武家に変えたのだ。
その後獅子堂家は生き残る事に全力を注いだ。源氏に従い、足利に従い、織田に従い、豊臣に従い、徳川に従った。
ただ一度も勢力を衰える事無く、そして支配者に不審がられる事なく時の支配者に自然と従っていた。
気が付いたら天下人の数ある家臣の一人に加わっていた謎の一族である。生存本能の塊とも言えるだろう。しかも政治の中心には決して近寄らない。故に多くの混乱の時代を多くの宝物を守り通すことに成功した。
但し、前記の通り、獅子堂家は歴史の闇その物であり、蔵の中身が公になると、歴史の教科書を作り直す事になるレベルで歴史上の通説を否定する証拠が出てくる為に、多くの歴史学者が、蔵を調べさせて欲しいと懇願しても必ず首を横に振る事となる。
葵の紋の刻まれた中身の入っている千両箱が幾つも積み上げられていると言えば気軽に公に出来ないのが分かるだろう。因みに処分に困っているらしい。
そして現在アリスティアが持っているのは拓斗の祖父である玄斎が孫にプレゼントする感覚で譲る事を約束していた1点を拓斗がこの世界に持ち込んで渡したのだ。
因みにアリスティアはこれの価値をそれ程理解していない。将来の義理の祖父のプレゼント程度の認識である。故に常用すると言う狂気の沙汰を平然と行っていた。
「ん、誰だお前? 」
「騎士団の騎士じゃない。兵士でもない……貴族? 」
「流石に貴族の顔は覚えてないなぁ……王都の住民でもない」
アリスティアは王都に駐留する兵士と騎士と定住している国民の大半は顔と名前を憶えている。しかし、その記憶に2人の顔は無かった。
何でそこまでの記憶力が有るのに大半の貴族の顔を覚えてくれないのか。貴族達は泣いて良い。
「取り敢えず捕獲する? 」
「迷い込んだ国民の可能性は? 」
「ここまで入ってくる善良な国民は居ないよ。つまり賊だ! 」
アリスティア分身が諸行無常と書かれた掛け軸の紐を引くと、壁が反転し、銃器が掛けられた壁が出る。
「クソが! 」
見た目と魔力を帯びている事から魔法銃だと言う事を理解した2人は反転すると、扉を思いっきり閉めて逃げ出した。ついでに閉められた時に「ふぎゃ! 」と言う悲鳴が聞こえたが、気にせず逃走する。
「見つけたぞ侵入者うわああああああ! 」
通路を武装して歩いていたアリスティア分身に爆裂魔法を込めた魔玉を投げつけ爆破し、止まることなく駆け抜ける。
あっけなく突破出来た事に2人の男は疑問に思ったが、気にせず逃げる。逃げる事が先決なのだ。理由は後で考えれば良い。
まあ、理由は2人が持っていたハムのゲージを見たアリスティア分身が攻撃を止めただけである。ハムを持ち逃げする事は不可能なのだ。
2人の工作員は意外と広い上に入り組んでる研究室内を駆け回り、運よく入ってきた入口を発見し、研究室から逃げる事に成功した。そして『不自然に』警報も鳴り響いていなければ拠点防衛用のマナ・ロイドも居なくなった通路を体力が尽きるギリギリまで走り続けた。
30分程走っただろうか。緊張と恐怖から2人は体力の調整もせずに全力で走っていた為に疲れ果て壁を背に休む事にした。
「ハア……ハア。糞が、出口何処だよ」
「地図ではここまで広く無い筈だったが、当てにならんにも程が有るぞ! 」
原因は城を遊び場にしている王女の所業である。各所に研究所や地下ドッグ等に水を供給する為と、地下水道は迷路であるべしと言うアリスティアの思い付きで地図を持っていても迷う事のある地下水道が完成したのだ!
そして彼等の命運は遂に尽きる。
ハムがネズミ―ダンスを終えたのだ。ハムは輝く瞳でアリスティア分身に褒められる未来図が現実になる事を確信して外を見た。そしてハムの瞳が凍り付く。
目の前に居るのは敬愛する創造主では無く小汚いオッサン2人である。そう言えばゲージが酷く揺れたが彼はその時は気にしなかった。
最悪のステージであろうと敬愛する創造主には最高のダンスを魅せる。それがハムのポリシーだったからだ。だからこ、そそのネズミはひたすら踊り狂った。
しかし、その先に有ったのは望んだ未来では無かった。
「おいネズミがこっち見てるぞ。大丈夫か? 」
「魔力も感じねえ動物のキメラだ。大した事あるかよ。それにゲージは何故かオリハルコン製だ」
ゲージが異常に頑丈である事を不自然に思うべきだっただろう。ハムは突然ゲージに頭突きする。
「うお、いっちょ前に抵抗して……ちょっと待て。何でゲージが歪むんだよ! 」
ハムの頭突き一回でゲージは酷く歪んでいた。
ハムは面倒だと首を振ると、ゲージを歯で齧り出す。所詮はネズミの歯だ。オリハルコンを砕ける筈が無い。そう願った2人。しかしオリハルコンのゲージはどんどん削られ、ついに下の方が無くなった。ハムはゲージを掴み上に昇ると、再びゲージを噛む。数秒でガージが破壊される。
「な、なんだよこのネズミ」
ハムの真っ赤な瞳が2人の男を見つめると、体に痺れが走る。
「魔、眼……? 」
「魔力、を、感じないのに」
魔眼ではない。彼等は威圧されたのだ。ハムがこれまで抑えていた本性に、彼等の本能が勝てないと悲鳴を上げ、硬直したのだ。それこそ猛獣に睨まれた様に。
ハムは外れたゲージの網を掴むと、まるでお菓子を食べるかの様にオリハルコンを食べる。ハムにとってこのゲージは食事でもあったのだ。いや、ハムは基本的に何でも食べる。視界に入る物はハムにとって全てが食事だ。有機物・無機物関係ない。
そしてハムは解放された。
ハムは激怒している。ハムにとって人間など塵芥の様な存在だ。ハムにとって価値のあるものは創造主であるアリスティアと自身より上位の存在のクートだけだ。
因みにヘリオスはハムにとって食べ物である。そしてクートにとってハムは食べ物だ。食物連鎖は辛いものだな。
「殺せ! 」
恐怖を大声で絶叫する事で克服し、ショートソードを抜くとハムに斬りかかる2人。ハムは動かない。
2人のショートソードがハムに叩きつけられる。
「うそ、だろ……」
「化け物め! 」
2本の剣はハムに傷一つ付ける事も出来なければ潰す事も出来ない。ハムは不思議そうに自分の頭の上に押し付けられた剣を見る。ミスリル製の高品質な武器だが、その程度ではハムを傷つける事は出来ない。
ハムの小さな手がまるでハエを払うかのように振るわれると、2人は放たれた衝撃で吹き飛ばされる。
通路をゴロゴロと転がり血を吐きながら立ち上がる2人。ここで気絶すれば死ぬと言う思いで立ち上がったが、足は既に震えていた。それがダメージからなのか、恐怖からなのかは既に分からない。
そして距離が出来たと見るや否や、ハムの体が縦に開く。そしてそこから膨大な量の触手が這い出てきた。明らかに体のサイズより大きい触手が無尽蔵にハムの中から這い出てくると、逃げようとする2人よりも早く2人を拘束する。
そしてそのまま恐ろしい力で2人を体の中に引きずり込んだ。
「いやだあああああああああああ」
「助けてくれええええええええ」
神聖なネズミ―ダンスを妨害した罪は重い。2人の懇願をハムは無慈悲に無視してそのまま2人を体の中に引きずり込むのだった。