309 護国会議 ①
「ではこれより臨時の護国会議を始めます」
アリスティアが和の国でバカンスを楽しんでいた頃、アーランド王国では護国会議が行われていた。
「ちょっと待って欲しい」
一人の貴族が手を上げる。
「何でしょうか」
議長が答えた。
「これはどういう状況なのでしょうか? 」
その貴族は会議場の一角を見る。円卓のテーブルの上には2つのクッションが置かれ、その上には猫が二匹香箱座りと言うネコ科特有の座り方で鎮座している。
「姫様は何処に? 」
その問いに全員の視線がギルバートに向く。
ギルバートはやつれ果てていた。このままだと過労死するのではないか?と言う程にやつれていた。
しかし疲れ果てて尚、独特の艶を出している。危険なイケメンへと変貌していた。
「………和の国から帰ってこない」
ギルバートは泣いていた。マジで助けてほしいんだけど。と呟く。
「どうも技術開発局局長代理・ネコです」
「空軍元帥代理・ネコです」
「「「猫が喋った……ってなんだ姫様か」」」
どうやら2匹の猫は猫に擬態したアリスティア分身の様だ。
「何故に猫の姿を? 」
「本体だって1日の5分の1は猫で過ごしてるし。
まあ、私達はニャルベルデのチャンコ達にワクチン接種させる為に準備してたんだけど、城から出ようとしたらお兄様に投網で捕まった」
どうやら別件で動いていたアリスティア分身を代理で参加させたようだ。すっぽかすと議員の怒りを買うので仕方のない処置である。分身でも参加すれば多少の問題で済む。
「普段は何処にでも居るのに、最近はめっきりアリスが減ってしまってね」
「まるで風物詩的な感じですな。確かに少し前までは空を漂っている姫様を多く見ましたが……確かに減りましたね」
「姫様は帰ってこないのですか? 」
とは言え一国の王女。しかもアーランド王国にとって超重要人物のアリスティアが気軽に国外に出るのは頂けない。
仮に他国にアリスティアが流出なんてしたら大変な事になるだろう。だが、ここに居るメンバーはアリスティアの性格に理解がある。アリスティアはドラコニアに性格が似ているのだ。鎖で縛っても無駄である。
風を漂う綿毛の様にあっちこっちに移動するアリスティアを一か所に留めるには知的好奇心を利用する以外に方法は存在しないのだ。
そしてアリスティアが何に興味を持つのか法則性は不明である。
「もう暫くかかるって言ってたよ。お土産に和の国のお酒を山ほど買ってくるって言ってたから楽しみに待っていて欲しい」
「ならば仕方ありませんな」
別に分身でもアリスティアなので、参加していれば議員達も多少の不満しかない。アリスティアの返答に良い酒が有ると言いな~っと頬をほころばせた。
まあ、諦めてるとも言う。
「では、それ以外に質問は無い様なので会議を始め……」
議長が会議の開始を宣言しようとしたその瞬間、プルプルプルと言う音が鳴り響く。電話の音だ。
護国会議は秘匿性の高い会議だ。議員の人数や議員が誰なのかも公開されていない。最もそこまで秘密には出来ない。定期的に開かれる議会の度に王都に来る有力者を調べれば確定は出来なくても大よその検討はつく。その程度の秘密だが、秘密は秘密だ。
当然会議場の中では通信魔法は妨害されているし、外部との連絡は許可を取って周囲の監視の下で連絡を取る。最近普及した魔導携帯は会議場に入る前に騎士に預けるのだ。
流石に会議場に通信機の持ち込みはタブーである。本体が国外に居るのはまだ納得出来る。アリスティアが行動する時は巨万の富が動く。きっとこの外遊も多くの富をアーランドにもたらしてくれると言う信頼が有るからこその黙認である。
「姫様! 流石にこれは許されませんぞ! 」
「ちょっと待って。この連絡は最重要事項……私だ……だから私だって274番だよ!
それで調査の結果は……そう。やっぱりそうだったか」
猫に扮したアリスティア分身が通信を終えると、盛大にため息を吐く。
「とても残念なお知らせだ。予想はしてたけど、この中にハエが居る様だ」
ハエとは間諜或いは裏切り者の隠語である。その言葉に会議場の空気が凍り付く。
「姫様、この場に居るのは王国より認められた実力者だけです。護国会議の歴史上、議員が国を裏切った事はございません」
「別に裏切り者が居る訳じゃないよ。ね、ブラザール男爵?
いや、貴方は誰? 」
その言葉に議員の一人のブラザール男爵に全員の視線が向く。
「一体何の事でしょうか! 私が国を裏切る筈がございません! 何かの間違いです」
「私は誰だと聞いているんだよ。貴方はブラザール男爵じゃない。
そうだね。私の予想だと変身の異能持ちの異世界人かな?
ああ、言い訳は無用だよ。本人は既に保護している。部屋の周囲に【誰】も居ないからって口が軽いのは如何な物かな。
後、入って良いよ」
その瞬間、会議場の扉が開かれ、アリスティアの近衛が雪崩れ込んで来る。
しかし、周囲を驚かせたのは騎士の中に包帯で応急手当をされたブラザール男爵が居る事だ。
それを見た瞬間、会議場に居たブラザール男爵が後ろに下がろうとするが、隣に座っていた貴族が疾風の如きスピードの裏拳を顔面に叩き込むと、ブラザール男爵は背後の壁に叩きつけられてうめき声をあげる。
「殿下……申し訳ありません。不覚を取りました」
本物のブラザール男爵が膝をついて謝罪する。敵に捕まった上に成り代わられると言う失態を非常に恥じていたが、彼の体はボロボロだった。恐らくかなり抵抗したのだろう。
その間に偽物のブラザール男爵はアリスティアの近衛に袋叩きにされていた。
そのリンチは一切の慈悲は無く、両手両足は無残に骨を砕かれ逃げられない様にしていた。
「一応持ち物を調べて。城内では転移系の魔導具は使えないけど、確実に持っている筈だから」
「ハッ! 」
「後、目障りだから牢屋に連れて行ってね。傷の手当は最小限。死なない程度で。
変身系の異能持ちの異世界人だから下手な動きをしたらその場で殺していいよ」
「ハッ! 連行するぞ油断はするなよ! 」
「了解! 」
異世界人は変身を解く間もなくゴミの様に引きずられていった。
「あの、姫様。何故入れ替わっていると分かったのですか? 」
ハエの始末で会議室の空気が悪くなったので換気していると、議員の一人が私に問いかけてくる。
「入れ替わりに気が付いたのはさっきの連絡の時だけど」
「成程、では何故彼が怪しいと思ったのですか? 我々は彼が入れ替わっている事に気が付きませんでした。何か秘策があるのでしょうか? 」
「彼とは5日前に城ですれ違った。その時は普通だった。でも、3日前にすれ違った時は敵の匂いがした。
彼の仕事は私と直接関係のある物じゃないし、家で商業を行っている訳じゃない純粋な貴族のブラザール男爵が私の敵であるのはおかしい。仕事内容での不満はお父様かお兄様に向けるべきだしね」
ブラザール男爵は直接アリスティアと関わりが有る訳じゃない。実家が商業を行っている訳でもない宮廷貴族だ。アリスティアの敵になるとは思えなかった。
だからアリスティア分身は不審に思った。
そして調べた。彼は5日前の晩に帰宅する際に馬車が破損してしまった為に徒歩で帰った。下級貴族はそれ程豊かな生活をしている訳じゃない。壊れたから別の馬車を直ぐに用意する事が出来ない。渋々徒歩で帰った。
護衛は居なかった。そして帰宅の際に襲撃を受けていた。
「襲撃ですと! そんな報告を受けたか? 」
「いや、そんな話は聞いていない」
「ブラザール男爵は暗闇から奇襲を受けたけど果敢に戦い、襲撃者の半数を返り討ちにするも直ぐに拘束された。
目撃してたのは猫だよ」
襲撃は完ぺきだった。半数が返り討ちにされたこと以外は直ぐに事が済み、目撃者も居ない筈だった。だからこそ相手に油断も有った。
しかし目撃者は存在したのだ。襲撃者が欠片も警戒していない何処にでも居る猫は全てを目撃していた。そしてアリスティアに報告していた。
「猫……ですか? 」
「そう猫。だから誰にも相談しなかった」
流石に目撃者が猫では証拠能力は無い。
しかし、この言葉の意味を理解した議員達は戦慄した。
アリスティアが猫好きと言うか、モフモフした動物全般が大好きであり、特に王都の猫と一緒に居る事が多いのは有名だ。
更に情報に精通する貴族なら猫がニャルベルデと言う組織を作り、アリスティアが何故かそこに所属している事も掴んでいる。
これまでは猫好きが高じただけだと思っていた。しかし実際は違う。ニャルベルデは高度な組織力を有する強力な組織であり、それはアリスティアの諜報網として運用されているのだ。
悪事を働く者は警戒心が強い。部屋の天井裏に、隣の部屋に、ドアの向こうに人が居ないか常に警戒して行動している。しかし窓の外の縁に猫が寝ていても警戒する者は少ない。
所詮は猫なのだ。しかし、その猫が優れた聴覚で中の会話を聞いていたら?
それがそのままアリスティアに伝わるのなら? アリスティアは王都限定で暗部を凌駕する諜報力を手に入れているのだ。戦慄するのも仕方のない話である。
「後はニャンコをブラザール男爵の屋敷に送り込んで調べればいい。猫が貴族の屋敷に入っても、それを裁く法律は無いからね」
猫は人の法に縛られない。貴族の屋敷に猫が侵入してもアーランド王国にそれを裁く法律は無いし、有っても機能しないだろう。猫なんて何処にでも居るのだから。
「そしたら地下室で縛られたブラザール男爵を見つけたから私の近衛を動かして保護した。
多分あの異世界人は変身能力は凄まじいけど、対象を殺すと変身出来ないと思う。出なければブラザール男爵を生かしておく理由も無い」
異能にも幾つか条件の有る異能が存在する。それらの条件付きの異能は数ある異能の中でも強力な事が多い。
「成程」
「しかし匂いですか……私は隣に居たのに不審な匂い等感じませんでしたが……」
「まあ、考えてみたまえ。アリスは10年近く貴族議会の議員達の顔を知らなかった。
おかしいと思わないかい? このアーランド城は正直言って大きいとは言い難い。寧ろ狭いと言えるだろう。連中は毎日の様にアリスに会わせろと城内にやってきていた。
そしてアリスは別に城の奥に引きこもっている訳じゃない。いや、引きこもっている事もあるが、基本的に城内の何処でも歩いている。
なのに彼等は会えなかった。アリスは動物的直感を匂いとして感じるのだろう」
ギルバートの言葉に成程と周囲の議員達が頷く。
「本能的に敵味方を識別しているから如何に化けても敵と味方の区別がつくと言う事ですな」
「実際あの男の変身能力は高かったよ。バイタルデータまで完全に模倣してたし、多分表層記憶もある程度コピー出来てたと思う。数日で違和感のない動きを模倣するのは不可能だよ」
「確かに不審な動きは有りませんでしたな。しかし、今後どの様に対処するべきか………」
貴族達が腕を組んで考える。今後も同じ様に侵入されたら堪ったものではない。
「基本的に私は自分の作った警備システムを妄信はしないよ」
「問題があるのですか? 」
「問題は今の所は無い。
でも、私が作った物だからね。構造を熟知している私は簡単に欺ける。私に出来るんだから他人が出来る可能性もある。絶対視はしないだけ」
アリスティアは自分の作ったシステムを絶対視はしないし、するべきではないと告げる。セキュリティーとはイタチごっこだ。如何に優れたシステムを構築してもいずれは突破される。絶対と言う物は存在しない。
「成程、今後は……何かしらの暗号などを用いて身元の確認を取る事にしましょう」
「そうだな。それらの対策も考えねば。しかし危うかった。恐らく護国会議の議員を特定するかブラザール男爵より上位の貴族に成り代わるための選定に来ていたのか知らないが、この会議の内容を知られる訳にはいかん」
今回の内容は多岐に亘る。機密情報が危うく他国に漏れる所であった。
「あの異世界人には我が国が誇る芸術でも鑑賞させて尋問の実験でもするか」
ギルバートの呟きに再び会議場が凍り付いた。
「で、殿下、芸術鑑賞とは【アレ】の事ですか? 」
アレと言う言葉に全員が挙動不審になる。警備している騎士達も汗が止まらないが、関わりたくないので一切動かず飾りの様に立っている。
「いやぁねぇ、使い道も無いし、いくら言っても不定期に増える上に処分が不可能で私も困っているのだよ。
そこで、工作員の尋問に使う事を思いついたのだが、如何せん扱いが難しくてね。もう100人くらい廃人にしてしまったよ。まあ工作員だからどうでも良いけど」
スパイに人権等、この世界では存在しない。殺すのも奴隷にするのも捕まえた国の自由だし、捕まったスパイを助ける国も無い。基本的にスパイは使い捨ての道具だ。
ニヤリと嗤うギルバートはどう見ても爽やか系の王太子では無く邪悪な王太子の顔だった。
「あ、【アレ】は流石に非人道的なのでは? 」
「問題ないだろう。外傷を与える訳じゃない。ただ精霊達も(白目を剥いて)絶賛する芸術を鑑賞するだけだよ。何も問題ない」
「姫様」
縋る様に諸悪の根源に救いを求める議員。足をピンと伸ばしていたアリスティア分身が彼に顔を向ける。
「話が分からないけど、拷問するよりは人道的なんじゃない? 廃人になるのも、拷問すれば如何しても死人が出るし、死人も廃人も人として死んでる事に違いは無いじゃん」
既にハエの事など興味が無いアリスティア分身。アリスティアは敵には冷淡なのだ。
こうして捕まった異世界人はギルバートの楽しい尋問&実験台にされる事が確定した。
どれだけ上手く化けても敵であると言うだけでアリスティアに見破られます。
因みに分身は本体と違って幻術とかの影響を完全に無効化は出来ません。アレは精霊王の力なので。
次話の更新は既に完成してるので、今日の夜に更新します。




