27 王女は帝国貴族と戯れる
「田舎者にしては頑張るじゃないか‼」
私が魔法試験で教師の人に褒められてると後ろから声が聞こえた。
私がそちらを見ると一人の子供が数人の取り巻きを連れて立っていたが私は無視してアリシアさんの所に戻った。少し本気を出して疲れたのだ。
「おやつの時間だからそろそろ帰ろう」
「お嬢様?少しは相手にしてあげてください。流石に可哀想です」
明らかにめんどくさい展開と言うか絶対嫌味を言いに来た人ですよ?正直関わりたくないのですが。それに疲れたので休みたい。
「ああ言う人を相手にすると疲れるって私は知っている」
「だから社交界から逃げてるんですもんね」
アリシアさんも良く理解出来てるので苦笑い程度ですませてくれた。
私はアリシアさんと一緒に後ろの貴族の馬鹿息子から逃走しようとした。私はああいうめんどくさい人種と関わるのが御免だし第一取り巻きの人達って謁見の間に居た人達なんですよね。どう考えても嫌がらせの類ですよ、下手をしたら私は泣きます。幼女の涙腺は脆いのです。
「田舎者は礼儀も習ってないのか?これだから田舎者は」
名称不明の馬鹿息子は踏ん反りかえって田舎者を連呼している。確かにアーランドは田舎と言われても仕方のない国だけど実力は帝国と同等です。ある意味不思議な立ち位置にある国なのです。
「名乗りもしない無礼者を相手にするのは馬鹿のする事だと習いましたよ?面倒なのでほっといて下さい」
私は切り捨てるように言うとアリシアさんの後ろに隠れる。実は多人数に睨まれるのは謁見の間が初めてなほど経験が無いのでかなり怖いのです。
アリシアさんもそこら辺は分かってくれてるらしく怒る事は無かった。初めてアリシアさんが頼もしいメイドだと実感します。
「き…貴様‼俺は帝国オルトワーズ子爵家の次男のダスク・オルトワーズだぞ‼たかが田舎国の出身の癖に魔法が少し使えるからって調子に乗るな‼」
えっと…子爵家って伯爵家より階級は下だったよね。帝国では逆なのっだろうか。
「(アリシアさん、帝国って子爵家の方が伯爵家より上なの?)」
「いえ普通に我が国と変わりません。唯見下したいだけでしょう。子爵家の次男ですし魔法もお嬢様より強くないので嫉妬したのでは?」
こっちが内緒話をしてるのにアリシアさんが普通に返答するので馬鹿息子さんの顔がトマトみたいに真っ赤になりました。確かに子爵家の次男って…爵位継げなくないですか?長男ならギリギリ分かるけど。
ちなみに私は伯爵家の長女と言う設定なのでこれが事実なら子爵家の当主夫人は普通になれます。実際は王女なので嫁ぐのは最低伯爵家以上らしいですし嫁いだ場合はその家が自動的に公爵家にランクアップします。
「だよね。たかが子爵家の次男だもん、何で強気なのか分からない。寧ろ帝国って何時も国王陛下に負けて尻尾巻いて逃げる国としか知らないけどどんな国なの?」
私もあの子は嫌いなので、さらりと毒を吐く。まあ事実と言えば事実なので問題ないでしょう…彼らの心情を除けば。
「知る程の国じゃないですよ。あの国に住むくらいならアーランドの方が良いですね税も安いですし馬鹿な主義も掲げてないですから。何より帝国は無理な侵略で国土を広げたせいで治安も最悪ですよ、お嬢様が町を歩けば連れ去られて売られますね」
それって国として終わってませんかね?何処の海賊国家でしょうか?国を広げるのならちゃんと統治するのが貴族、ひいては王族の務めでしょうに。闇雲に広げた国土が動きを鈍らせてるんでしょうね。だって帝国って国の大きさの割にアーランドに攻め込んで来る数が少ないんです。おおよそですが100万から200万くらいの軍族が居るはずの国土でアーランドに攻め込んで来るのは精々数万、これは少ないと思ってたら他は動けないだけでしたか。
「黙れ‼帝国は最強なんだ。そして僕はオルトワーズ家の麒麟児と言われるくらい魔法剣術が強いんだぞ、伯爵令嬢程度より僕の方が偉いんだ」
「魔法剣術って何?アリシアさん」
何を言ってるのか理解出来ないのと聞きなれない言葉を聞いたのでアリシアさんに聞いてみる。後実力があっても爵位は貴族にとって絶対です。
「放出系の魔法が使えない人が使う武術ですね。身体強化や武器に魔力を纏わせる程度しか出来ないのが特徴ですがその分、身体強化は普通の魔法使いより能力の伸び幅が広いですし、魔力を纏わせた武器は魔法も切り裂けます。ピンキリですけどね。後お嬢様はどっちも出来るのでは?」
ふむ、身体強化は知らない魔法なので分からないし武器に魔力を纏わせるにも私は杖を持ってるだけでこれは武器として使ったことが無い。でも魔法で今まで使えなかった物が無いので覚えれば使えるでしょう。ちなみに【ブースト】【フルブースト】は身体能力を上げると言うより体のリミッターを外す魔法です。体系が違いますけど身体強化とよく似た魔法なので身体強化は多分出来る。
「多分出来るけど実物を見ないと出来ない」
私が使える魔法は基本的にお母様が使える魔法でもあるので、お母様が使わない魔法も私は使えません。
そしてお母様は火力で殲滅するのが主な戦いかたなので身体能力を上げる必要も無いし防御も結界等が苦手な部類で他の人に任せてるのでプロテクト位しか使わないから防御系の魔道書も全然持ってない。
「お嬢様の場合はまず必要な魔法を覚えてください。もう部屋を壊されるのは嫌なんです。掃除は私がしてるんですからせめて結界だけでも…」
アリシアさんには苦労を掛けてます。何故か私のメイドになる人は長続きしないのでいつの間にかアリシアさん以外の人が居なくなりました。
なので私に関係する事はアリシアさんが担当しています。護衛だけは流石に居るらしいですが私が顔を覚えないように毎回別の人が担当してるらしいし基本的に隠れてるので誰が担当か分からないです。王都で働いてる騎士の人達とはかなり知り合いなのですが稀に見ても知らない人ばかりで護衛はかなり謎な人達です。
「他のメイドさんをアリシアさんの下に付けるようお父様に言っておくね」
「多分…無駄かと…」
アリシアさんは何か達観したような顔で虚ろに笑っている。
「僕を無視するな‼」
っは‼すっかり忘れてました。
「えっとビクトリー騎士爵の3男だっけ?」
名前も忘れて…いえうる覚えで…と言うかこんな顔してましたっけ?もっと丸い顔をしてたような…いえあれは自国のオークのような伯爵でした。顔が思い出せない、そうだ!目の前に居るので思い出す必要はありませんね。
「違う‼誰だそれは‼ふざけるな、俺はダスク・オルトワーズだ‼」
「お嬢様?この短期間で忘れたって事は聞いてませんでしたね?」
ギロリと睨んで来るアリシアさん…確かに貴族の名前を忘れるのはいけない事です。でも他国…しかも敵国の貴族まで覚える必要などないじゃないですか、私は悪くない。と言う顔をしてたらほっぺを引っ張られました。
「いかに無価値でどうでも良い貴族でも顔を合わせたなら覚えるのは貴族なら当然のスキルです。あの方は良いですが自国の貴族の顔を忘れるなんてされたら失笑物ですよ」
「覚えて無い人はかなり居る」
「いずれはお嬢様も社交界に出るんですから見たら覚えてください。どうしても覚えれない場合は私がサポートしますがそれは最悪の場合なので出来るだけ覚える姿勢を示してください…さっきのは明らかに覚えてませんでしたよね?」
むう。何で覚える気が無いのを察知出来るんでしょうか?特に顔に出していない筈なのにアリシアさんはそこら辺が関係ないのに察知してきます。
私は若干その察知能力に引きますがまあアリシアさんだから仕方ない。お母様やお父様でも出来ないけど仕方ない。
「僕を…僕を侮辱して…」
あ…プルプルしてる。これって怒ってますよね?…ふむ、やっぱりさっさと逃げれば良かったんですよ。敵国の貴族と慣れ合う程、私は聖人君子ではありません。関わりたくない処か嫌いです。王都の魔道具店のバルッシュさんも息子さんが死んじゃったらしいしアーランドは帝国に大迷惑を蒙ってるんですよ。
そして…徐に手に付けていた白い手袋を投げてきた。
「こんな屈辱、絶対に許さん‼俺と決闘しろ‼」
白い手袋を投げながら叫んできたがそれが私に届く前に真っ二つに切られ私の左右に飛んでいった。隕石をこうやって爆破する映画が前世にあった気がします。
それとよく見ると私の前にはアリシアさんが愛用のククリ刀みたいなのを構えて立っていた。どうやら手袋を切ったのはアリシアさんらしいですね。空中の手袋を一切の抵抗も無く真っ二つにする技量はまさに一流を名乗るのに相応しいと思います。
「これってどうなるの?」
「手袋がお嬢様に当たらない時点で決闘は成立しません。危ないのでそこから動かないでください。状況次第では処分しますから目を瞑ってくれると嬉しいです」
私は全身の毛が逆立つ感じがした。普段ニコニコしてるアリシアさんが剣のように鋭い目をして相手を睨んでる。今までこんな事は無かった。いつも笑ってるし私が部屋を破壊してもこんな顔はしない。これが殺気なのでしょうか?私もアリシアさんが尋常じゃないくらい怒ってるのを感じ動けなくなった。謁見の間の時やあの子の取り巻きが向ける視線より鋭くて冷たくて何より怖い。
「…っつ‼貴様‼貴族の決闘を冒涜する気か‼たかが獣風情が‼」
あの子も若干下がりながら剣を抜く、それは柄の部分に魔晶石を嵌めた杖としての機能を持つ剣です。
魔晶石とは魔玉と違い魔力を生み出しませんが魔力を溜める性質がある物です。魔玉を杖とするのがベストなのですが実は魔玉は制御が難しく杖に加工するするのも容易ではありません。なので制御が楽な魔晶石を杖の核とする人も多いらしいです。後あれは杖と言うか量産品なので性能はお察しの通りです。
アリシアさんも同じくククリ刀みたいなのの柄の部分に魔玉が付いた物を使います。獣人の人には珍しく魔法を使えるのです。
「申し訳ありませんが、私はお嬢様のメイド兼、護衛兼、教育係りなのでお嬢様に対する害悪は全て排除します。後名乗り遅れましたが私はアリシア・オールディスと言う騎士爵位を持った貴族でもあります」
アリシアさんは徐に手袋を取った。あの子達もそれにかなり動揺しているようだ。アリシアさんは一見奴隷を装ってましたからね。多分相手を油断させる為と普段目立たないようにする為だったのでしょうけどしょっぱなから無意味になりましたね。
「っは‼獣風情が貴族だと?これだからアーランドは蛮族なのだ。貴様などそのかっこのように奴隷で充分だろ、この亜人が‼」
この言葉を聞いた瞬間、私から魔力が溢れ出した。私が今まで放出した事が無いような魔力はその圧倒的な濃度で物理現象化しバチバチと放電しだす。
まるで制御出来ないがその全てが怒りによって引き起こされているのが良く分かります。そう私は怒ったのです。今までに無い規模…生まれて初めての激怒です。
どうやらこの子には躾をしないといけませんね、自分で自分の事を麒麟児だとか戯けた事を言う馬鹿は敗北を知って身の程を弁えさせないと。
「お嬢様⁉」
アリシアさんも直ぐに私の豹変に気づき剣を何処かにしまうとこっちに来る。
「……アリシアさん…その手袋貸して」
私が短く言うとアリシアさんも動かなくなった。何故か無意識に【グラビティープレス】が発動してる。ここまで制御出来ないのに私の意志のままに魔法が使える。杖だって竜の杖より性能は低いのに。
「だ…駄目です。落ち着いてください‼」
「貸せ」
私は跪くアリシアさんに近づきその手から無理やり手袋を引っぺがすと急な展開で動かないあの子に向けて手袋を投擲した。風魔法【突風】を掛けて。
「決闘だ‼」




