285 戦勝会
遅れてすみませんでした……
賢者じゃマダムには勝てない。どうも一つ賢くなったアリスティアだよ。
マダム・スミスに勝つには単独で大陸を滅ぼせるくらい強くなって大賢者にでも成らないと駄目なのだろう。
あの後酷い目にあったよ。
マダムに何度も着せ替えさせられた。私も抵抗したよ。30回くらい飛び膝蹴りを入れようとしたんだ。でも全部躱されて酷い目にあった。実に屈辱である。
くそう。せっかく地方に問題児が居るからとそっちの教育と言う名目で左遷したのに、あっさり教育完了して戻ってくるとは予想外だよ。そのまま地方に留まっていれば私は自由だったのに。
今日は王都中がとても賑やかだ。近年類を見ない程のお祭り騒ぎだ。
何故かと言うと、帝国との戦争で勝利を祝うお祭りと私とお兄様の誕生日を祝う日が一緒になったからね。
帝国戦でアーランド軍は甚大な被害を受けた。屈強な将兵や多くの貴族を失ったのだ。その後の混乱を収める為に戦勝会や誕生日の宴は遅れに遅れた。
これが3つの宴が一つになった原因だ。
「拓斗久しぶり」
「凄い賑やかなパーティーだね」
久しぶりに会った拓斗は結構疲れた顔をしてた。
私は知っている。拓斗の領地に度々クラーケンが上陸している事を。
まあ、アレだね。この世界のクラーケンって天敵居ないから越前クラゲみたいに大繁殖してるんだ。増えすぎて上陸してきたのだろう。暇なんだろうね。
「まあ、戦後処理で遅れに遅れたからね。これ以上遅れると国民が勝手にお祭り始めるって言い出すほどだったし」
アーランド王国の国民は王家から国民に至るまでお祭り大好き国家だ。しかし、年中祭りを行うのは色々と問題が有るので、祭りの数は法で決められている。
しかし、戦勝祭と私とお兄様の誕生日を祝う祭りが合わさった結果、アーランド中がお祭りモードに突入した。歴史上類を見ない程の規模だって皆言ってるね。
まあ、今回の勝利で帝国からの圧力は無くなったのだ。アーランド王国は建国以来長年帝国の圧力を受けていたので、それから解放された王国民の歓喜は凄まじかった。
私だって王都に赴いて屋台めぐ……視察したかった。ぶっちゃけ貴族社会は余り私にあっていないのだ。
まあ、堅苦しいパーティーなんて直ぐに終わるのは目に見えてるけどね。
「直ぐに堅苦しいパーティーは終わるだろうね」
「それはどういう事? 」
「アーランド王国は拓斗の想像する国家じゃないんだよ。特に邪魔者が居なくなったから直ぐに箍が外れるよ」
邪魔者とは貴族議会の事だ。連中はなんの役にもたたないどころか、周りの足を引っ張るだけの産業廃棄物にも劣る存在だが、唯一貴族社会の重しになっていた。
アーランドの人間は堅苦しい事を好まない。基本的に脳筋による脳筋の為の脳筋な国家だ。誰もが想像する封建国家じゃない。そんな厳格な秩序の有る国家は脳筋には相応しくない。
その一例がパーティーだ。普通なら爵位が下の者が上位の者に話しかけるなとか作法とか色々ある。
でもアーランドは関係ない。いや、堅苦しいパーティーは存在するが、それは対外的な物か、偶には知的なパーティーがしたいと言うだけのコスプレパーティーの様な物だ。知的を装っても脳筋は隠せないと思うんだけどね。礼服でも、そのムキムキな筋肉は隠しきれていないぞ! もっと大きめの服を着るんだ。
貴族議会はこの風潮が大っ嫌いだったようだ。常々貴族の威厳だとか文句を言って堅苦しいパーティーを周囲に強要していた。
これが唯一の功績だろう。但し根付いて居ないのでお前等がゴミな事に変わりはない。地下で拷問官と愉快なパーティーを楽しみたまえ。
まあ、議会の主張も知的になれた気がすると言う理由で受け入れていた貴族だが、やはり自由に楽しむのが性に合っているのだろう。
今は大人しい。でも直ぐに箍が外れる。
私は直ぐに色々な貴族に捕まった。
会話の内容は主に挨拶と近況の話だ。挨拶は私が殆ど貴族社会に出ないので顔合わせでもある。何故か皆私に顔と名前を憶えて貰おうと頑張ってた。
近況報告は領地とか王都の様子の話しが主だった。
王都の活気はかなりのものらしい。者も人も溢れて景気が良い。実に良い事だ。チクリと製菓店が軒並み休業しているって言われたけどね。まあ嫌味と言うより苦笑い程度だったけど。
地方はまちまちっぽい。開発が進んでいる領地も有るし、遅々として進まない場所も有る。まあ、お兄様が何とかするだろう。私は政治はノーサンキューだ。
向こうもそこらへんは理解出来ているらしく、近況報告程度で話は終わった。
中々有意義な話が聴けたよ。こんな社交界なら表に出ても良いんだけどね。そう思った時に黄色い歓声が上がる。
「姫様を見つけましたわ! 」
「まあ、こんな暑苦しい人達など放置して|私≪わたくし≫達とお話しましょう! 」
「むぎゅう! 」
私は忌々しい贅肉を顔に押し付けられると言う屈辱と共に床から足が離れる。
チクショウ。案の定拉致された。前回は発明品発表で近寄る隙を見せなかったのに!
「ぷはぁ! 」
私が忌々しい贅肉から解放され、周囲の状況が確認出来た時、背筋が凍った。
周囲に居たのは貴族の令嬢と婦人達。通称お姉様方だ。そう呼ぶように強要されているのだ。一部お姉様と言う歳じゃないって? 思考しちゃいけないんだ。そうここに居るのは全員お姉様達だ。そして私の天敵でもある。
私には天敵が多い。まずお母様。怒ると漏らしそうな程怖い。
次にマダム・スミス。アレは私ならワンパンで沈められる。ちょっとしぶといだけだ。ちょっと今は調子が悪いので討伐は今度に知るけどね。
次に梅干し。嫌いな食べ物はほぼ無い私だが、前世から大嫌いな物だ。見るのも嫌いだし、存在も認めない。
昔、忌々しい本田の糞親父と麻雀で梅干しの未来をかけて勝負した程だ。因みに本田は日本の総理だ。拓斗の御爺ちゃんの知り合いで、その伝手で仲良くなった歳の離れた友人だね。悪友とも言う。|私≪アイリス≫が勝てば梅干し業界を潰す約束だったのに負けたよ。あの梅干し愛好家め。
まあ、この世界には梅干しが無いので問題ない。有っても権力で潰すけどね。
そして次が社交界に属するお姉様方だ。
私王女で副王家当主だよ。偉いんだよ。なのに玩具扱いされるんだ。無論堅苦しいパーティーではしっかり作法を守って大人しい。
但し、今回のパーティーはほぼ無礼講に近い。既に酔っぱらったお父様が騎士や大臣と肩を組んで歌ってる。既にハメを外している様だ。
誰も助けてくれることは無い。拉致された私は周囲の貴族に救援の視線を向けるが、視線を逸らしてこの集団から離れていく。
「く、アリシアさんを生贄に逃げるしかないか」
「アラ、もう逃げる事を考えて酷い御方ですわ」
「しかしアリシア様ならこちらに来る事はありませんわ」
「しっかりと足止めしておきましたわ」
その言葉に私はッハ! っとしてアリシアさんの居る場所を凝視する。
「美しい。まるで美の化身だ」
「まさしく美の女神だ」
「何と言う毛並みだろうか。涙でよく見えないのが悔やまれる」
「え、と……あの……」
アリシアさんの足元には多くの獣人が跪き、滂沱の涙を流しながら恍惚とした表情で拝んでいる。
何て奴等だ。私のメイドを信仰してやがる。そのモフモフは私のだぞ!
私が毎日磨き上げて、毎日魔法の櫛の改良を続けた結果だ。最近、技術革新で謎のエネルギーを獲得して魔法の櫛は更なる高みへと至った結果、アリシアさんのモフモフは獣人なら崇拝するレベルに至ってしまったようだ。
愚かだとしか言えないね。確かにあのモフモフは素晴らしい。でも私はこれで完成だとは思わない。更なる高みが見えただけだ。登山で言えば富士山の頂上にたどり着いた程度だ。まだエベレストが残ってるぞ。
悲しい事にアリシアさんは獣人の男性達に囲まれて動ける様子は無い。と言うか跪いている獣人の貴族の奥さんが跪いている貴族の尻尾を思いっ切り踏みつけている事は誰も気にしないのかな? あの行為ってドラゴンの逆鱗に正拳突きを入れた後に爆薬をセットして起爆し、逆鱗を吹き飛ばして傷口に塩を塗り込むような行為だと思うんだけど。でも踏まれている人達はまるで気がついて居ないから迷信なのかな?
「………」
私は絶望し、周囲を見渡す。
嗚呼、お兄様がこの人達を怖がって距離を取ってるのも良く分かるよ。お兄様も私も獲物なのだろう。
因みにお兄様が狙われるのは正妻を狙っているからだ。じゃあ私はと言うと。
「やっぱり可愛いですわ」
「髪が短いですわ。|私≪わたくし≫が『生命の秘薬』をご用意しましたわ」
「あ、止め……」
せっかく戦争を理由に肩まで髪をバッサリ切ってそのままにしてたのに私は元の腰くらいまでのロングに伸ばされた。
城中の『生命の秘薬』を隠してマダムにも使わせなかったのに……令嬢の影に悪い顔をしているマダムが居た。貴様の仕業か!
ロングは邪魔なので好きじゃない。動きにくいじゃん。え、王女なんだからそんなに動くなって? 私は自由人だから問題ない。後、マダムは後で〆る。
「やはり姫様は髪が長い方がお美しいですわ」
「家に持って帰りたい程ですわ」
「あら、反逆者になってしまいますわよ」
「このような可愛い妹が欲しいですわ」
「貴女は妹が既に居るでしょう? 」
「あの子も可愛いですが、最近オーガを狩るのにハマってしまって相手をしてくれないのです……」
「最近のオーガはちょっと活きが悪いですわよ。タイラントオークの方が宜しいですわ」
「あら、晩御飯にもなって丁度良いですわねホホホ」
この人達普段何して暮らしてるんだろうね。私も大概人の事言えないけど。
その後、お姉様方に人形の様に扱われた。膝の上に乗せられたり、お菓子を食べさせて貰ったり……それは美味しかったので別に構わないけど。
アーランドのお菓子は日々美味しくなって嬉しいんだ。
何故私がお菓子に拘るのかは簡単だ。それぐらいしか楽しみがない。
まず読書だが、アーランドの文学界も脳筋なので、筋トレとか武術関連は充実してるけど、小説の類は脳筋極まる物しかない。ぶっちゃけ面白くない。数少ないまともな小説も全部読みつくした。
魔導書は最近面白いと言うか、読んで何かを閃く物が無くなった。まあ最先端の魔法何て魔導書になる事は少ないから仕方ない。魔導書はもっぱら攻撃魔法の物ばかりだしね。
それに私は運動も苦手だ。ランニングしてると背後からお父様とお兄様のストーキングも受ける。微笑ましいと言う表情で後ろから追跡して来る人がダース単位で居るので集中出来ないし、魔法無しだと100m走っただけで力尽きる。
と言う訳で私は甘味が大好きなのだ。あると落ち着くよね。無いと絶望しちゃうよ。
何とかお姉様方の隙を突いて逃走した頃には男性陣は既に宴モードに突入して阿鼻叫喚の様相を呈して居た。
肩を組んで歌ったり、テーブルを持ち上げてりと貴族のパーティーと言うより盗賊とか海賊の宴だよねこれ。
一部貴族は壁際で警備している騎士の前で上着を脱ぎ、強靱な肉体を自慢し、それを受けた騎士が無言で上着を脱ぎ、自慢した貴族以上に強靱な肉体を披露して僅かにドヤ顔したり混沌としていた。と言うか脳筋の中の脳筋の騎士に張り合うのは分が悪いと思うんだ。あの人達仕事でも私生活でも筋トレしてるから。仕事帰りに一杯やる感覚でトレーニングルームに行く人たちだぞ。
私はこそこそと巻き込まれない様に移動する。アリシアさんは……駄目だ。未だに拝まれてる。
こうなればこの場から部屋に帰るべきだね。拓斗は顔を売るので忙しいから話している暇はない。
そう考えていた時、私は目の前のテーブルの上のグラスを見つけた。
いくつかのお酒の入ったグラスが置かれている。多分給仕が飲む量が多すぎて頼まれる度に持ってくるだけじゃ間に合わないとテーブルに置いたのだろう。アーランドでは珍しくない。何故なら近くでお父様が樽でお酒を飲み始めたからね。
「私は悪い女だからお酒だって飲めるはずだよね」
昔から興味は有ったんだ。前世ではお酒を飲むことなく死んだし、お母様は何故か知らないけどお酒が禁止されているので、ついでに私も駄目って言われた。
でも私は大人だし問題ないだろう。
グラスを取って中身を見る。赤ワインだね。何処産とか年代とか飲んだ事がないから知らない。取り敢えず一口飲んだ。
「意外と美味しいじゃん」
悪くは無い味だった。最も、もっと甘めの方が良いと思うけど。
何で禁止されてたのか更に分からなくなるね。アーランドはお酒の規制とか無いからね。何歳でも飲んで問題ない。多くの種族が居るから統制が取れないとも言う。実際ドワーフは母乳とお酒混ぜて子供に飲ませると言う狂気の沙汰をしているし。まあ、前に調べたけど害が無い。あの種族は鉱毒で汚染された場所でも健康被害が殆ど無いからお酒も問題ないらしい。
と言う訳で私はゴクゴクと全部飲んだ。
「フパー……もう一杯……アレ? 」
グラス一杯飲み干し、次のグラスに手を伸ばそうとしたら目の前がだんだん真っ暗になってきて――――――気がついたら朝になっていた。
「ふむ、不思議な事があるものだ」
私はベットの上で背伸びをする。いつの間にか寝間着に着替えていたようだ。
「ふむ。ではありません! 」
「あ、拝まれて私を助けてくれなかったアリシアさんじゃん」
おはようとっと手をあげると、ため息を吐かれた。
「拝まれたのは姫様の責任ですし、お酒は駄目だって言ったじゃありませんか。立ったまま酔い潰れて寝てましたよ」
弁慶かな?
「別に法律で禁止されてないじゃん」
この国では問題ないよ。
「姫様完全に酔い潰れてましたよ。危険なので禁止です。陛下の勅命です」
お父様め、自分だけ楽しむつもりだな。許せん。
不満げにアリシアさんを睨むが、駄目の一点張りだった。
まあ、別に良いけどね。直ぐに酔い潰れるんじゃ楽しめない。代わりにジュースを充実させる事で手を打とうではないか。
私は着替えると、外に散歩に出た。
城の外から賑やかな声が聞こえる。まだお祭りは続く。このまま1週間は続くからね。
取り敢えず、城の植木に頭から突っ込んで寝ている人はベットで寝かせてあげようか。寒くなってきた季節だから王都防衛結界を弄って王都内を温めて居るが、その人服装的に子爵家以上の人間だから。流石に王城の庭で酔い潰れているのは外聞が悪いと思うんだ。
後、会場のバルコニーに足先だけひっかけて逆さまにぶら下がって寝てるお父様も回収して欲しい。国王なのにどういう寝方してるのだ。
会場は酔い潰れた人で溢れているよ。それを城のメイドや酔い潰れた人の従者が城内の部屋に運んでいる。多分少し前まで騒いでいたのだろう。
私は空を見る。
「今年は寒くなりそうだな……今年は冬眠だね」
空模様や最近の環境から今年は寒い冬になりそうなので私は冬眠する事にした。去年は割と暖かかったのに残念だね。お兄様お仕事頑張ってね。




