278 とある移民の話 ①
俺の名前はシンク。グランスール帝国で奴隷だった獣人だ。
両親も奴隷だから生まれながらの奴隷だな。
シンクって名前はアーランドに来て付けた。俺の本名って番号なんだよ。でもそれじゃあんまりだって言われて思いついた言葉を名前にしてみた。
正直俺は困惑している。
始まりは唐突だった。
俺は2回売られた。最初の御主人は何か貴族的な問題で失脚したらしく、俺は借金のかたに売られた。その時親と別れたので今どこで何しているのか、そもそも生きてるのか分からねえ。
2人目の御主人はマシな奴だった。視界に入るだけで殴る蹴る。その程度だ。
ああ、たまに気分で飯を抜かれたな。経費削減だってさ。
でも生きていられる程度には飯も食えたし悪くないだろと思ってた。
正直生き方に疑問何て持ってなかった。生まれながらに殴られるとか罵倒されると当たり前の生活だったしな。
でも2人目の御主人も理由は知らないが俺を手放した。まあ、獣人の男なんて力仕事しか取り柄無いしな。
3人目は一番マシだったな。当たりだ。
3人目の御主人は商人だった。俺達奴隷としては当たりなご主人だ。だって普通に飯くれるし、八つ当たりとかも無い。精々力尽きるまで働かさせるくらいだ。
商人にとっての奴隷は労働力らしく、食事を抜いたり痛めつけたりは滅多にしないそうだ。最も働く気の無い奴隷はさっさと売られる。
因みに一番最悪なのは冒険者の奴隷だな。当たりなご主人はそれはもう大事に扱ってくれるらしいが、大半は肉壁だ。魔物に生きたまま食われるのはごめんだぜ。
と言う訳で俺は奴隷として普通に生活してたんだ。
不満はあったさ。俺だって毛並みの良い美人な嫁さん欲しいし。でも、そういう可愛い子って愛玩用だったりして近寄るのも駄目だしな。
それにボロキレの恰好じゃモテねえよ。憧れって言うのは有ったよ。せめて普通の服着たり、食堂とか言う場所で飯食いてえ。黒パンで良いから腹いっぱい食いてえ。
何で生粋の奴隷の俺がそんな無駄な知識持っているって? そりゃ俺みたいな生まれながらの奴隷ばかりじゃないからだよ。帝国に隠れて暮らしてた奴が捕まって奴隷にされている事も結構ある。
そう言う奴は奴隷としては余り使えない。反抗心が強いんだ。だから大抵は【隷属の首輪】を付けられる。
アレはヤバい。俺も2人目の御主人の馬鹿息子に遊びで付けられた事が有るが、命令に逆らうと体に激痛が走るし、首輪が縮まって苦しい。幸い【隷属の首輪】は割と高価らしく、俺みたいな大人しい奴隷に付けるのは無駄だって直ぐに外されたがな。
でも、俺たちより博識だから色々な事を教えてくれるんだ。最も外の事を知った結果、脱走を企てて見せしめに殺される奴も居た。俺は逃げる気は無かったけどな。
考えてみろよ。俺みたいな学も無い亜人が外で生きられるって言われて信じれるか? 農業も狩猟も出来ない能無しだぞ。
そんなある時、俺の元にアーランド軍の騎士が現れた。最初は訳が分からなかったよ。
今までの持ち主より立派な全身鎧を着た男がご主人に何かを命じたんだ。ご主人は顔を真っ赤にして大声で叫んでた。理不尽だとか色々喚いていたな。
俺達奴隷は八つ当たりを恐れて納屋に隠れていたんだ。
「こんな所に隠れていたのか」
俺達は碌に返事も出来なかったね。だって騎士の剣に血が着いていた。後から知った事だが、逆らった持ち主は斬られたらしい。
「お、おい。その血って……」
「ん? 逆らう者には容赦する必要が無いのでな。安心しろ俺達も獣人だ」
兜と取った騎士の頭には俺達と同じように獣の耳が着いていた。
「アンタ不味いぞ。亜人がそんな良い鎧を着ていたら殺されるぞ! 」
隣にいた同じ獣人の男が震えながら叫ぶ。そうだな。亜人が着て良い鎧じゃない。遠目で見た事あるが、帝国騎士より良い鎧だぞ。俺は最初の御主人の息子の鎧を磨いた事があるんで見ただけで分かる。良い鎧だ。
「亜人……」
騎士の獣人はため息を吐いた。何故か呆れている様だ。
「俺は獣人だ。そしてアーランド王国の騎士だ。
お前達には選択肢が有る。このまま奴隷として生きるか、俺達と共に来て自由を掴むかだ」
誰も返事が出来なかった。自由? 自由って何だろう。俺は最初にそう思った。
でも近くに隠れていたエルフの男が泣きだした。
「アーランド……本当にアーランド王国なのか! 」
「ん? エルフか。アーランドにはエルフの領地も有るが、彼等は余り外に出ないのでな。知り合いは少ないんだ」
亜人の領地? じゃあアーランドじゃ亜人が貴族様なのか?
皆が混乱してた。貴族は普人だけの地位だって思っていたからだ。
そう言えば泣いてるエルフは捕まって奴隷にされたんだっけな。
「助けてくれ! 俺達の氏族はアーランドを目指していたんだ! 」
男が懇願すると、騎士の剣が煌めく様に振るわれる。一瞬俺達が斬られるって思ったが、斬られたのはエルフの男の足枷の鎖だった。
「無論だ。お前は今より自由を手に入れられる。
我が国への移住を希望するのならば歓迎しよう。我々は普人主義者以外は迫害しない」
その言葉に全員が解放を懇願した。俺もだ。
結果帝国の奴隷の多くが解放された。
驚いたことにアーランド軍の指揮官は子供だった。王女様らしい。但し侮ってはいけない。
鋼鉄のゴーレムの軍勢を率いているのだ。噂では王女が生み出したゴーレムらしく、恐ろしい武器を持っていて帝国軍も勝てないらしい。
でも見た目的に怖くないんだよね……って思ったら俺達を見てる時は怖くないだけだった。帝国へ向ける視線は背筋が凍りつくほど冷たかったよ……漏らすかと思った。
そして王女アリスティア様は俺達に選択肢をくれた。奴隷のままで良いと言う者は持ち主の元に帰る事を認め、故郷に戻ったり仲間を探したいと言う者には路銀と食糧を分けて解放した。
そしてアーランドに移住を希望する者は国民として受け入れると宣言した。
奴隷じゃない国民だ。普通の服を着たり働けば金が貰える生活が出来るんだ。
皆喜んでアーランドへの移住を決めたさ。最も一部は他の道を選んだが、彼等に対してもアリスティア王女は彼等の意思を尊重すると言うだけで怒る事は無かった。
そして俺達移住組はアーランドの王都に飛空船で移動する事になった。
この船絶対ヤバいと思ったよ。飛空船くらい俺だって見た事ある。帝国でも飛んでるからな。それに商人の御主人に従って乗った事が有る。
でもアーランドの飛空戦は全然違う。まず、帝国の飛空船は木が殆どの船だ。でもアーランドの飛空船は鉄製だ。それなのに俺の知っている飛空船よりはるかに速い。
この時俺は初めて帝国がアーランドに戦争を仕掛けて負けた事を知った。
「グランスール帝国が負けたって本当かよ? 」
「どうなんだろ……」
「でも、帝都を軍が攻め落としたんだぜ。普通に考えればアーランドが勝ったんだろ」
「そうだよな。じゃあ移住しても大丈夫だよな? 」
アーランド王国は蛮族で凶暴な連中の国家だって聞いてたが、俺達を助けた騎士や、飛空船の船員を見る限り蛮族とは思えない。
と言うか普通だ。食事も美味かった。美味過ぎて全員泣いた程だ。もう黒パン何か食いたくない。柔らかいパンがこんなに美味い事は知らなかったよ。
そんな感じでアーランドの王都に着く頃には不安は大分無くなっていた。
そしてたどり着いたアーランドを見た俺達は更に驚愕した。
まずは活気だ。大陸最大の国家である帝国の首都である帝都よりも遥かに活気が有る。
どうやらアーランドは王都を拡張しているらしく、その影響で活気に溢れているのだとか。
でもさ、空から王都を見たけど……城壁が帝都より遥かに広いんだけど……これ城壁の中が全部王都になるの?
俺達の疑問に船員が笑いながら答えた。
「流石に広すぎるよな。今の人口じゃ使いきれないよ。
これは将来も王国が豊かになるから拡張しているんだ。
今だって景気が良くて子供が増え続けているからな。生半可な拡張じゃ将来にもう一度拡張する必要が出るだろ? だからそこら辺も含めての大拡張さ」
成程。将来を考えてか。俺なんて次の飯くらいしか先を考えた事ないや。
この様子なら仕事もいっぱいありそうだとあの時の俺は胸を高鳴らせていた。
でもな、アーランドはやっぱり俺達の想像してた国とは違い過ぎたんだ。
まず王都に着いた俺達は仮設住宅? って言う急ごしらえの家で暮らす事になったんだ。でもさ、俺達ここで永住したいんだけど…駄目ですかそうですか。
まあ永住したくなるほどに快適だった。
「なあ、井戸って何処にあるんですか? 」
俺の下手な丁寧語に俺達を護衛している兵士が笑いながら答えてくれる。
「そこの蛇口を捻れば幾らでも出るぞ」
「いや、流石に俺もそこまで物知らずじゃ……」
蛇口なる物を捻ると水が幾らでも出るなんて信じられないだろ。そう言ったら兵士が実演してくれた。
そしたら普通に水が出るんだ。驚愕して後ろにジャンプしちまう恥を晒しちまった。詳しくは知らないが、獣人特有の習性で驚くと後ろにジャンプして警戒するそうだ。そしてそれは臆病な証らしい。俺しょっちゅうやってたんだがな。
「ま、魔導具で、すか? 」
「驚かせてすまないな。俺も詳しく知らないんだ。
だから驚くのは恥じゃないぞ。何せ水道なんて最近出来た物だしな」
アーランドでも珍しい物だったようだ。良かった恥じゃないんだ。
でも何で俺達がそんな珍しい物を使えるんだ? もしかして危険が有って人体実験してるとか? 俺が怯えて毛を逆立てていると苦笑いしながら兵士の男が答えた。
「別に危険性は無いぞ。俺達も普通に使っているからな。単に新しい設備だって事さ。将来的には王都全域で使えるようになる。もう態々水くみする必要が無くなるんだぜ」
何てこった。俺の仕事が無くなっちまうじゃねえか……
チクショウ……俺に出来る事なんて荷運びくらいになっちまう。アレ疲れるから嫌なんだよな。
とか考えていたが、暫くは休息する事になった。何か俺達が物凄いくたびれて見えるらしい。いや、それはお前等がマッチョ過ぎるだけだから。何だよこの国筋肉で溢れているじゃねえか!
王都を見たら住民の半分以上がマッチョってどういう事だよ! そりゃ俺達モヤシみたいだろうさ。と言うかもう少し大きめの服を着た方が良い。服の上からでも筋肉マッチョだって解るからさ……ぶっちゃけ怖いぞこの国。
更に町を平然と歩く悪魔崇拝していそうな(主観)の黒ずくめって何だ? 俺の直感が関わっちゃいけねえって大声上げてるぞ。でも見た目は不審者だけど花壇の世話とか道の掃除しているんだよなぁ……俺に会った時も爽やかに挨拶されたし。
取り敢えず体を休めながら今後の為に簡単な読み書きを教わって過ごしてたんだ。まあ、文字何て奴隷でも多少は書けるし読めるから難しくない。ただちょっと眠くなるだけだ。
取り敢えず半年はこの仮設住宅とか言うのに暮らしても良いらしいが、ここも何か建てる予定らしいので半年後には撤去するんだとさ。つまりそれまでに仕事を見つけて住む場所を探す必要がある……もうちょっと期間欲しいんだけど? え、仕事に困る事は無いそうですか。
どうやって探そう。正直土地勘も何も無い。まあ、頼めば案内とか兵士の人達がしてくれるけどな。
でも仕事を俺みたいに探した事がない連中が多いんだ。だって仕事なんて持ち主が決めていたからな。
ちょっと途方に暮れていたが、兵士の人達の少し同情するような表情だけは頭に入っていた。俺達のこれまでの境遇に同情している様な感じじゃなかった。
何だろう。そう思いながら柔らかいベットでその日は眠った。
そして次の日、俺達は兵士達の同情の意味を知る。
「ヒャッハー新鮮な労働者だ! 」
「全員雇用だぁぁぁ! 」
妙に身なりの良い男達が血走った眼でこちらに走ってきたのだった。




