273 プロローグ
新しい家族が誕生して私の生活は変わった。
朝3時。私は目を覚ます。
ブンブンと頭を振り、伸びをすると、着替えをして執務室に行く。
「おや、本日もお早いですね姫様」
「……宰相さんって寝てるの? 」
既に執務室には宰相さんが居た。アーランドの王宮にある王族用の執務室は一つだ。国王も王太子も同じ部屋で仕事をする。
これは警備上の理由も有るが、情報伝達の効率化も有る。同じ部屋で仕事をしていれば情報の齟齬も起こり難いのだ。
当然王を補佐する宰相の職場もここだ。
そして宰相さんは未だに日が出ていないのに執務室で仕事をしていた。
「無論、お休みは頂いていますよ。昨日も30分程休ませて頂きました」
30分は仮眠じゃないのだろうか。
それと補佐している文官が死にそうな顔をしているけど。
「ああ、限界そうですね。休んで良いですよ」
「はい」
文官は部屋から出ていく。扉が閉まると同時に執務室の外で何かが倒れる音がした。明らかに力尽きたとしか言いようがない。
「部下を酷使し過ぎだと思うんだ」
「申し訳ありません。こうしても仕事が溜まるもので。まあ、優秀な部下を山の様に育てているので彼が倒れている間の代わりは居ます。
彼が復帰するまではその者に頑張って貰いましょう」
ブラック宰相が居た。そりゃお父様も逃げる訳だ。
私は関わってはいけない王国の闇から目をそらして、昨日溜まった書類を処理する。
書類はとんでもない程溜まっている。
まず机の上に乗りきらないので、床に直置きされた山が何個も天井近くまで積まれている。
まずは思考の分断を行い、並列処理を開始。これ自体は前世から行える技能だ。別の事を同時に考えられないか? と試していたら普通に出来た。現在は10個程度の案件なら並列処理出来る。もっと増やす事も可能だが、私の脳が処理落ちする可能性もあるし、多すぎると一つ一つの処理が遅くなるので、平時では10個までだ。
更に魔法で書類の視界を分断し、同時に書類を読む。
これだけじゃない。魔法で紙とペンを浮かべて同時にサインする。時折計算違いや誤字脱字も有るので、赤インクのペンで修正して、送り返す書類の箱に魔法で飛ばす。
更に私がやらなくても問題の無い書類は、お父様とお兄様の分の書類の山に飛ばして数を減らす裏技も発動だ。
「ホッホッホ、流石は姫様。私に匹敵する処理速度ですな」
「魔法無しで私と同じ処理速度の宰相さんは絶対におかしい」
「最近は殿下も出来るようになりましたぞ」
宰相さんは手元がブレているようにしか見えない。私と書類処理速度は変わらない。この人、本当に仕事が大好きなんだね。生き生きしているよ。
陽が上り、朝食の時間までに私は一日の書類仕事を終わらせる。
「アリス、最近朝が早すぎるじゃないか」
「ふふん。今日の仕事は終わった。リリーと遊ぶからお兄様達は寂しく執務を頑張るが良い」
「「ぐぬぬ」」
お父様とお兄様は私以上に忙しいので、夜遅くまで仕事をしている。故に早起きして仕事を終わらせるのは不可能だ。
その点、私は楽だ。空軍は私は方針を出すのと、予算獲得だ。方針自体はとっくに通達済みで、予算は財務大臣に「予算頂戴」って言えば普通に満額で許可される。財務大臣が死んだような表情になるが、私には何故そうなるのか分からない。アーワカラナイナー。
食事を終えると、私はリリーの元に移動する。
「リリー、偉大な姉が遊びに来たよ」
「うああああ」
本日の妹はご機嫌斜めだ。しかし、私は偉大な姉だ。妹の癇癪だって気にしない。玩具を用いて鎮圧を行う。
10分程時間が掛かったが、リリーの癇癪は収まり、ご機嫌で玩具をニギニギして遊んでいる。
やはりリリーは可愛い。私は玩具を使ってリリーをあやす。
どれ程時間が経ったのだろうか。陽は既に天辺に昇っている。
「姫様、昼食のお時間です。リリー様もです」
リリーが生まれて、アーランドには王女が2人になったが、私の事は変わらず姫様呼びが変わらない。
姫様と言う言葉だけだと、私を意味するように成っているらしく、リリーの事はリリアーナ姫とかリリアーナ姫殿下と、名前を先に呼ぶ人しか居ない。
私は昼食を取ると、同じくお母様から十分な母乳を貰いつつも元気いっぱいのリリーと遊ぶ。
時折我慢の限界に達したお父様とお兄様がドアをぶち破って私とリリーの時間を妨害するが、ドアをぶち破る蛮族はお呼びじゃないので窓からポイだ。破片がリリーに当たったらどうするのだ。
まあ、私は天才だ。既にリリーには100を超える識別結界を張っているので、悪魔王の一撃だって防いでみせる。今のリリーは隕石が直撃しても無傷だ。最も、そんな怖い眼に合わせる気は無い。悪魔王が現れたら抹消するし、隕石は大気圏外で破壊すれば良い。
今度超超距離魔法を開発しよう。妹を狙う隕石を破壊する必要がある。実験は……まあ、帝国方面にでも試し打ちすればいいか。
「アリス、少しは休みなさい」
「リリーと午後からお昼寝するし」
お父様よ。確かに私の生活スタイルは変わった。しかし、お昼寝はしっかりと取るので問題ない。
「ぐぬぬ、忙しすぎるぞ」
アーランドは現在移住してきた多種族の受け入れと、帝国から分捕ってきた臨時予算で公共事業を行っている。
戦勝祭とかやらないのかな? と思って居たが、何故か国民が昼間はやらないと言っているらしい。兎に角働いて日が暮れればお祭り騒ぎだ。
お祭りと日常が組み合わさって混沌としている王都に成ってしまった。
まあ、私としては公共事業は美味しいのでありがたい。土建部門が大儲けだしね。と言うか、副王商会連合の売り上げがマッハで上がってる。
働いて稼いで消費して。健全な経済を取り戻しつつあるアーランドだ。資金ブースト侮りがたし。
そうして、私はアーランドに戻ってから城に引き籠ってリリーと遊んでいたが、1週間もすればお祭りは終わりを告げる。と言うかこれ以上続けると毎日お祭りに成ってしまうのでストップが掛かった。
幸い王国民は既に満足しているので、混乱なくお祭りは終わる。
そして当然待っているのが武功の上げた貴族達への褒美だ。
騎士に任命される者や、新たに貴族になる者等、多くの人が謁見の間に現れる。
私? 武功って要らないんだよね。と言うか王国から何を貰えと? お父様の髭が痛いから全部剃って欲しいって言えば良いのかな?
そんな事を考えていると、大よその褒美も終わる。
最後が拓斗だった。
「拓斗・獅子堂よ。お前は我が国の貴族になり、国土と国民を護る事を誓えるか? 」
珍しく威厳たっぷり……と言うか威圧するように拓斗に問いかけるお父様。
「誓います」
拓斗は圧倒的強者であるお父様の威圧を平然と受け流しながら答える。
「では、拓斗。獅子堂よ。娘を救い、帝国戦での功績を認め、汝を我がアーランド王国の子爵に任じる」
「はっ! 」
まあ、これは妥当だろうね。お父様達にも私が魔王化していた事は報告済みだ。めっちゃ怒られたが、私にどうしろと言いたいのだ。アレは捨てた半身が勝手に暴走した結果だ。寧ろ拓斗とアリシアさんが早期に鎮圧したお陰で、もう私が魔王になる事は無い。
私はアイリスの全部を受け継いだのだ。あの時の怒りだって受け入れるさ。
「さて、拓斗・獅子堂には領地を与える」
ん、行き成り領主だって?
珍しい事にその場が騒然となる。領主の権限は確かに強いが、その分責任も強い。領主になった! 領民搾取して贅沢し放題! とか考えるアホ貴族は領地なんて任せないし、領主に成っても、そんな貴族は排除される。
領主とは貴族にとって旨味はあるが、同時に面倒な仕事なのだ。
そんな領主に拓斗を任命するだって?
と言うか拓斗って勇者じゃん。軍に入れるとか……騎士が嫌がりそうだね。でも、王都に置いといた方が良いと思うんだ。
そして、お父様が指定した土地を聞いて確信した。
お父様よ、私と拓斗を引き離すつもりだな。
その土地はアーランドが僅かに海と面している領地だ。領主の家系が途絶えている為に、王国直轄領だ。
子爵領としての広さは十分。ちょっと広めな方だが、この土地は地雷だ。
まず、主な産業が製塩業。それだけだ。
塩害が強く、食料自給率は僅か30%程だ。最も、この土地は完全に外れじゃない。この地で生産される塩は王国で生産される塩の35%程度を占めている。
普通に塩を作っていれば飢える事は無いが、他に何もない土地だ。そして、王都からかなり離れている。
案の定拓斗も渋い顔をする。
「不満か? 」
お父様は王の仮面を被っているので威厳が出ているが、内面ではザマァとか思ってそうだ。
まあ、悪くは無いんだ。ああ、それと海はクラーケンで溢れているので漁業は出来ない。この世界の海は地上以上に魔窟なので、漁業とは川で行う物だ。それは他の国でも変わらない。まあ、釣りくらいは出来るだろうけどね。
成程、この悪辣さはお兄様の策だな。
私はお兄様の影から顔を出して拓斗にサムズアップする。
それを見た拓斗が首を縦に振る。以心伝心だ。
「分かりました。その大役を務めさせて頂きます」
「うむ」
お父様は上機嫌に頷く。お兄様も悪い顔をしている。
しかしだね。2人とも私の出した書類を未だに読んで居ないようだ。
まあね、確かに最優先の書類じゃないから、後回しにされているんだろうね。帝国戦前なら5,6年先でも良いや程度の話だったしね。
でも、私は技術開発局局長として申請してるんだ……人工衛星撃ち上げるから、海沿いの土地を提供して欲しいってね。




