269 賠償金は奪い取る物
王国兵が帝都に入った事で帝都内の聖教信者は大人しくなった。
援軍が来たと思ったら意外とあっさり壊滅したからね。特に大陸中央は聖教の支配下とも言える程に聖教の影響が強い。その聖教の総本山である皇国軍とは大陸中央の国家は争いたがらない。何故ならば自国内にも膨大な信者が居るからだ。
皇国と事を構える時、自国民も敵になる可能性が有る故に皇国軍は割とやりたい放題だ。
それを私は降伏勧告も出さずに壊滅させた。一切の慈悲も無くだ。聖教信者からすれば神も恐れぬ所業に見えるらしく、聖教信者は大人しくなった。
尾張のノッブも長島焼いたら一向宗が暫く大人しくなったしね。全員が狂信者ではないのだ。
「アレ? 今日から毎日教会を焼けば聖教も壊滅するんじゃね? 」
「それ猛烈に抵抗すると思いますよ。大陸中に火を放つ御積りですか? 」
「一度燃やして大陸を静かにするのもやぶさかではないけど、まだ多くの他種族も中央に居るんだよね。聖教信者は幾ら死んでも気にしないけど、支配されてる他種族も巻き添えは可哀想だ」
聖教はもはや敵なのでどうでも良い。教皇を名乗る屑を崇拝する馬鹿共だ。あの野郎のせいでこの世界がヤバい事になっているのだ。信者諸共責任を取らせるつもりだ。
むう尾張のノッブは偉大だな。焼きまくって事実上壊滅させてたし。まあ、日本よりこの大陸は遥かに大きく、人口も多い。聖教の壊滅には10年じゃすまないね。次の戦争で潰そう。
そう、次の戦争だ。中央国家連盟はアーランドの台頭を絶対に容認しないだろうからね。交渉の余地は無い。アーランドの国是は多種族融和だ。そして、それを邪魔する者の排除だ。矛盾してると思われがちだが、相容れない者との共存が可能な程優しい世界じゃないのだ。
だから潰す。私は甘かった。アイリス≪前の私≫は正しかった。敵は潰すしかない。
決意を秘めながら私は豪華なソファーに座っていた。
「どうしてこうなった……」
「姫様はお休みください」
アリシアさんは確固たる態度で私の移動を許さない。
発端は帝都の大通りを王国軍に行軍させ、皇城に入った後だ。兵達が私は病み上がりの様なものだから休むべきだと強固に主張し始めたのだ。
実際後は私が居なくても問題ない。
王国兵は私の護衛を残すと、帝都内の政府・貴族資産の没収に向かった。刃向かう者は殺して良いと命じている。無論軽い抵抗で殺す程、アーランドは蛮族じゃない。武器を持って抗う者を殺せと言う命令だ。
それと、貴族籍の者一人につき、一つだけ資産を残すように命じた。だって死んだ親族の大事な遺品とかだったら可哀想じゃん……甘すぎて自己嫌悪しそうだ。でも、それだけは認めた。
一人につき一つだけは残す。これが譲歩出来る限界だ。余り甘すぎると兵も動揺する。帝国は長年アーランドを苦しめた怨敵なのだ。でも一つだけなら彼等は納得してくれた。家族との思い出の品の一つくらいは別に構わないらしい。ああ、一番高い物でも別に問題ない。殆どの貴族は帝都に屋敷あるからね。取り立てる物は多いのだ。でもね……
「何で師匠居るの? 」
「おう、船の構造は俺がお前の次によく知っているからな。密航は楽だったぜ」
「気がついたら船に乗っておりました」
騎士が気まずそうに答える。師匠は相変わらずお酒を飲んでいる。ソレ、皇帝秘蔵のお酒だよね? 賠償金の足しにするつもりだったんだけど。
因みに師匠が密航している事に気がついた時点で、その飛空船はアーランドに帰投しようと試みたらしいが、その飛空船が運んでいたのはアーランド工兵。つまり師匠の影響の強い部隊だった。あっという間に艦橋を制圧されて、他の船に事情も伝えずに堂々と来たらしい。
工兵は最初から師匠が居る事を知っていて黙っていた。本人達は何も見ていないと言い張っているが、艦橋の制圧に加担してるし、私の顔を絶対に見ないから、明らかに分かっててやった事だ。
「まあ、師匠が来ても良いけどね。帰ったら怒られるのは師匠だし」
「俺たちゃドワーフには説教の伝統的な回避方法が有るぜ。酔い潰れれば良い」
師匠は反省するつもりは無い様だ。
「それじゃあ、師匠には皇城とか政府施設と貴族の屋敷の解体を指揮して貰うよ」
「おうよ……って解体か? 」
「賠償金が全然足りない。城も屋敷も解体して古材としてアーランドで売り払う。
ガラスやドアノブの真鍮に蝶番や釘は鉄だからね。徹底的に解体して」
因みに古材扱いなのと、解体費用は賠償金を用意出来ない帝国持ちなので捨て値と言っても良い程に安くなる。ドワーフ工兵の人件費も入ってるからね。仕方ないね。
「姫様! 城壁の石材は良い物が使われております」
「良し、解体して宝物庫に入れておこう。土ゴーレムを作るから指示を出してね」
宝物庫内には膨大な土砂が入っている。それを用いて10m程の土ゴーレムを50体程作り、城壁の解体作業を行わせる。良いね石材欲しかったんだ。
これは国境の砦の補修材料に出来る。アルバート団長が大喜びするよ。
尚、この解体作業は帝国貴族が阿鼻叫喚の事態であり、何度も抗議が来たらしいが、私はお休み中なので謁見しない。基本騎士が断り、それでも五月蠅ければ剣を向けて追い払う。
同時に残っている帝国軍の物資の徴発も始めた。剣や鎧はアーランドの末端の兵士よりも品質が悪いので、全部インゴットに変える。これは師匠が【ファクトリー】で加工してくれた。
工兵の士気も高く、かなりの速度で解体作業は続く。私も大分本調子に戻ってき頃に、皇帝一派が裁判は無効だと牢屋の中で騒ぎだした。
余りに再審再審と五月蠅いので私は連中を裁判所の前に集める。
「漸く、わし等の正しさを認める気になったか! 」
「拓斗、これあげる」
未だに偉そうな皇帝に全員が剣を抜き威嚇する。皇帝が足をプルプルさせて後退る。後ろの連中も同様だ。手枷足枷を付けられ、武器も防具も取り上げられた状況で抗う事など出来ないのだ。因みに手枷足枷はお父様用の予備だ。
お父様は忙しすぎると窓を破って逃走するので、国王であるが、度々騎士に捕縛され、執務室の椅子に縛り付けられる。しかしお父様はある種の超越者の様なものなので、縛られた状態からロープを引き千切り再び逃走するのだ。
困り果てた人達が私に魔導具の生産を依頼。
結果、手枷足枷が誕生した。魔力の流れを乱し、魔法処か魔装すら使えず、身体能力も極端に落ちる魔導具だ。
但し、お父様はそれで尚破壊する事が多々あるので、大量に用意されている。最近は足枷を隙間なく付けられて連行されてるしね
お父様が度々お兄様に王位を引き継げと言ってもお兄様が頷かない最大の理由だと思うんだよね。
因みにお兄様はお父様を拘束する側だ。まあ、普通は逆の立場にはなりたくないだろう。仕事がある程度落ち着くまでは文字通り縛り付けてでもお父様を王位につけておくだろう。
継承権争いが無いって素晴らしい。私はあらゆる権力とコネと人脈を使って王位だけは継がないと断言している。国王と書いて奴隷と読む仕事はしないのだ。
話を戻そう。
「このボタンを押せと? 」
拓斗は私を見る。リモコンサイズのスイッチが一つだけついている物を拓斗に渡したのだ。私は無言で頷く。
拓斗は躊躇いなくスイッチを押した。その瞬間、裁判所の各所で爆発が起こり建物が崩れ落ちる。私達は結界で護られているので問題ないが、帝国側の人間は驚いて尻もちをついていた。
「裁判所が無いし再審は出来ないね」
「き、貴様! 貴様が壊した裁判所は200年の歴史ある――」
全部言う前に皇帝の顔を蹴る。
「五月蠅いよ。どうせ解体予定なんだから問題ない。帝国は賠償金を用意できない。だから賠償金の額を満たすまで全てを徴発する。拒否権は無い」
私が首を振ると、騎士達が彼等を引きずって行った。喚けば思い通りになるなど甘ったれた事は言わせないのだ。
私がやったのは裁判所の柱に穴を開け、中にC-4を仕掛けただけだ。
うむ、良い出来だね。これなら量産しても問題ない。魔法じゃないから魔法感知系の魔法や魔導具じゃ感知出来ない。
この世界は魔法主体だから爆薬とかの対処方なんて発達していないのだ。
哀れ皇帝は再び牢屋暮らし。ショックで静かになったらしいが、皇帝の事だ。明日には騒ぎ出すだろう。次は何を爆破しようか。
「さて、休み過ぎて暇だし魔導戦艦を弄ろう」
「お、良いな。古代の英知を全て俺達が引き継ごうぜ! 」
帝都中央に浮かんでいる魔導戦艦は分身達が解析を続けているが、素晴らしいの一言に尽きる。
新たに得られた膨大な技術データはアーランドの魔法技術力を数百年は推し進めるだけの、まさに英知の結晶だ。
帰ったら解体予定だしね。好きに弄れるのも素晴らしい。
因みに師匠も規格が違い過ぎて運用が難しいと言ったら解体には賛成した。解体する事で得られる膨大なデータの有用性を分かっているのだ。
アーランド王国では技術開発局の魔法使い達が既に正座で待機しているらしい。仕事しようよ……無理か。古代の英知の結晶だもんね。早く帰って来いアピールが強くなった。
そして賠償金集めと並行行われたのは奴隷解放だ。
まず元老院で私が要求した奴隷は即開放が決められたので奴隷商や貴族の屋敷等に居る他種族の奴隷を保護し、彼等に説得を開始した。
最初に言っておくが、全員問答無用でアーランドに連れ帰る事はしない。
良い主に出合い、現状の生活に満足している者や、アーランドに移住するよりも残っているか不明だが、故郷に戻りたいと言う奴隷も多いのだ。
更にバラバラになった家族を助けたい等、奴隷にも多様な事情がある。アーランドに移住を希望しない奴隷は、望んだ者を解放し、彼等にお金と物資を別けて好きにさせる事にした。
「移住を希望しない奴隷の割合ってどのくらい? 」
「そうですね……大体3割くらいですね」
アリシアさんが困惑気に答えた。まあ、アーランド移住は待遇が良いからね。他の人達も3割も断られるとは思っていなかった。
その3割の内容も1割が現状のままで納得し、残りは現状アーランドに移住する気が無い者だった。
彼等は持ち主に返すか、物資を渡して順次旅立っていった。まあ、旅立っていった人たちも感謝しているみたいだし、もし帰る場所が無くなって居たらアーランドに移住するかもしれないからね。ここで気前がいい事をアピールするのも重要だ。
そして残りの移住組だが、彼等には他種族の兵を世話に当てている。余り普人に良い感情を持っていないのだ。
私は割と好感情を持たれている方だが、普人の王国騎士が居心地が悪そうなので別けた。アーランドに馴染めばそこら辺のわだかまりも薄まるだろう。私達が奴隷にしてた訳じゃないしね。
「順次王都へ移送して。今頃お兄様が仮設住宅を用意してるからね」
「かしこまりました」
アリシアに開放した元奴隷の移送を命じる。彼等はこれから王都の仮設住宅で生活する事になる。
現在王都は拡張やインフラ開発で膨大な仕事がある。無論地方も同様だ。アーランドは相変わらず景気が良い。良すぎて人手不足が致命的な程だ。何処の領地もスラムから人が消え去ってしまったらしく、自国内ではこれ以上労働者を確保出来ないと、各所から悲鳴が絶えない。
まさに草の根をかき分けてでも労働者を探している状況だ。当然労働環境や待遇の改善も進んでいる。寧ろ改善しないと漸く抱え込んだ労働者が別の商会や工房に転職してしまうので改善せざるおえない。
まあ、一番待遇が良いのは私の所だけどね。週1日の休みを確約しているのが大きい。基本的に労働者に休みは無いのが常識なのだが、私はポンポコさんに週に1日は休みを与える事と、有給休暇の実施を命じた。
流石のポンポコさんも当初は反発した。業績に関わる問題だとね。でも実際は業績は伸びている。ON・OFFの切り替えと、疲労の回復には休日制度は重要だ。
そして何より重要なのは消費だ。普段忙しすぎてお金を使う暇も無いと言う労働者側の意見も出ているのだ。
この消費だが、副王商会連合の住宅部門の成績がかなり伸びている。水道やトイレにお風呂に照明。私としては当然の設備だが、トイレは兎も角、風呂や照明等貴族くらいしか持っていない。照明もランプが当たり前だった。
これを全部魔導具化し、地球の先進国レベルの住宅の販売を始めたのだ。無論家の構造もしっかりし、断熱材などを取り入れた事で既存の住宅より快適だ。
これが実によく売れる。数年先まで建築予定が埋まっている程だ。しかも未だに予約が止まらない。建設部門は魔導具部門と同じく副王商会連合の稼ぎ頭だ。
「いや~笑いが止まらないね」
「無表情で笑いが止まらないのか」
和仁がお腹を抱えて笑う。私は上機嫌だよ。不満なのはソファー待機している事くらいだ。
因みにこのソファーは師匠と工兵が作った物だ。基本を工兵が作り、装飾は師匠が施した。即席にしては豪華すぎるし、快適な物である。
「おやつ食べますか? 」
「帰るまで食べない」
アリシアさんが3時におやつを用意してくれるが、私は食べない。まだ終わっていないのだ。確固たる決意で帝国に挑む以上は我慢するべきだ。背水の陣である。
流石に心配なのか口元にお菓子を持ってくるが、私はオリハルコンの意思で顔を背けて断固拒否する。今は食べちゃ駄目だ。ふにゃってなるからね。私が食べないと確固たる態度を取ると、アリシアさんは不安げに宝物庫にお菓子を仕舞っておいてくれた。そうだよ。帰ったら食べるんだ。
「ピッピッピ」
暇な私は支配下に置いたにゃんこ達に訓練を施していた。笛を吹いている時は5列になって歩き、笛を止めると、にゃんこ達も歩みを止めて右前脚で地面をペㇱペシ叩く。
帝国のにゃんこは従順だな。
「アリス……何してるの? 」
久しぶりに舞がやってきた。舞はアーランド軍の食事を用意する係になっていたのだ。脳筋のアーランド軍は自分で料理を嗜まない。専門の部隊が居るからだ。
じゃあ、その専門の部隊が居なかったら? 答は超適当に料理して食べる。味は食べられると言う評価だ。
流石に舞がキレた。そして料理担当になっていた。最も帝都を落して王国から援軍が来た段階でお役目は終えている。
「にゃんこが反乱を起こさない様に掌握してるだけだけど」
「猫は別に反乱を起こさないでしょう」
呆れた様にしゃがんで猫を撫でる。コラ、隊列が乱れるじゃないか。ああ、自分も撫でろとにゃんこ達に群がられている。
「帝都の猫は帝都の地利に詳しいからね。役に立っているよ」
「ふーん」
余り興味無さそうに舞は猫を撫で続けた。
その猫は歩いていた。白と黒の斑模様の猫は尻尾を揺らして歩く。時折後ろに振り返ってしっかり着いて来ているか確認も怠らない。
「しっかし猫まで掌握するとは……」
「流石は姫様だ」
猫の後ろを歩くのは王国兵だ。アリスティアが帝都を落した時点で商品を奪われると思った奴隷商が奴隷の隠蔽を行った。
しかし、アリスティアは帝都の猫を掌握。彼等が奴隷を隠した場所など猫は知っているのだ。猫の目は欺得ない。と言うか誰も警戒していなかった。
斑模様の猫がスラムの一角の家の扉をカリカリと引っ掻く。
兵達は頷くと、猫に褒美の切り身を与えると、ドアを蹴破る。
「王国軍だ! 神妙にしろ! 」
「な、何でここが! 」
商会の護衛らしき男が剣を抜こうとしたが、その前に王国兵に胸を突き刺され絶命した。
兵達は部屋を一つずつ調べる。そこには他種族の奴隷が居た。
「王国軍の者だ。これまでよく耐えたな」
一人の少女が怯えるように目を逸らすが、王国兵はそれまでの羅刹の様な表情から穏やかな表情に変わると、バーコードリーダーの様な魔導具を少女の首輪に当てる。それは隷属魔法の掛かった魔導具を破壊する魔導具だ。パキっという軽い音と共に鉄と革製の首輪が割れる。
獣人の少女は自らの首輪が壊れた事を知ると泣き出した。
『こちら149小隊。対象を保護した。これより移送する』
兵を率いる騎士が魔導携帯で上官に連絡を取る。
『その隣の区画で戦闘が発生している。迂回して護送せよ』
『了解』
騎士が通話を終えると、携帯を腰の収納袋に仕舞う。
「しっかし、何処も彼処も隠してばかりだな」
奴隷商は奴隷の引き渡しをごく少数しか行わなかった。皆口をそろえてこの時期は奴隷が少ないとか自分の商会はこの程度の規模だと言い逃れようとしたのだ。実際はスラムなどに奴隷を移送して隠そうとしていた。
更に一般人も奴隷を持っている事が有るので、奴隷の解放は戦闘が発生する事も多かった。因みに奴隷を隠した奴隷商には厳しい罰が与えられる。具体的には高額な罰金だ。政府も認めた奴隷解放に従わない以上は容赦はされなかった。因みに罰金は賠償金に含まれない。
こうして帝都は政府・貴族の建物は軒並み解体され、他種族の奴隷の多くが解放されるのだった。