267 魔法を封じても勝てるとは限らない ②
私は心が折れてミジンコ並みの存在に落ちぶれたが、私の頭脳はしっかりと働いていた。
相手の異世界人の異能を解析し、【幻想殺し】に組み込んでいるのだ。
【幻想殺し】は魔法妨害を退ける私唯一の魔法なのだが、魔法を妨害する魔法は数が多く、【幻想殺し】は現在殆どの妨害魔法に効果が無い。精度を上げる為には多くの妨害魔法を解析し、【幻想殺し】に組み込む必要がある。これが終わるまで私はミジンコに劣る存在なのだ。
まあ、捕まっても問題ない。いざと言う時の為に私は致死性の毒ガスを宝物庫に入れてある。ロストナンバーズが開発してお兄様が押収していた物だが、容器が厳重に封印されていた為にそれが何か分からず押収物保管庫に放置されていた物だ。
何を考えて作ったんだろうね。私にも解らない。でも誘拐対策は王族の嗜みの様な物だ。持っていてもおかしくは無いだろう。
しかし問題もある。
「動けにゃい」
「皆、姫様を運びますよ」
「「「「応! 」」」
騎士達がカーペットの端を掴んで持ち上げ、少しでも離れようとする。すまんな。鎧が重すぎて【身体強化】でも殆ど動けないんだ。
「何処に姫様を運べば安全なんだ。帝都は今は信用できない」
「避難所でも作っておくべきだったか」
そうだね。異世界人は頑張ってる。必死にクート君から逃げている。最初の一撃を転がるように躱して、それ以降は走り回って逃げまどっている。
「こんな化け物が居るなんて聞いてねえぞ! 」
「テメエ等俺達を護りやがれ! 」
一人の異世界人……ああ、名前知らないけど、魔導具を無効化する方が皇国の兵士を盾にしてクート君の一撃を防いだ。因みに盾にされた兵士は鎧毎体が真っ二つだ。
そうか、私のペットが居る事知らなかったんだ。まあ、帝国に入ってから裏方だったしね。もしかしたらアーランド戦で暴れてたのも近くの魔獣が戦争に乗じて暴れてたとでも思っているのかな? 使い魔って基本的に数匹なのが常識だし。
使い魔契約は数が多すぎると契約した魔物や魔獣の統制が効かなくなる恐れがあるんだよね。私の場合は使い魔はクート君とヘリオスだ。わんこーずとにゃんこーずはクート君の支配下に有るだけで、私の使い魔じゃないから統制の問題は無い。悪い子は何時の間にか居なくなってるし、その時のクート君はお腹が膨らんでるだけだ。
「王女を確保しろ。人質にすれば勝機はある! 」
「「「「させるか屑共が! 」」」」
私の周囲に集まった騎士が飛びかかってきた皇国兵に跳び膝蹴りを食らわせる。
「そうだ! 姫様宝物庫に一時避難しましょう」
「無理じゃね? 」
宝物庫も使えるか分からないし。
「……それ、何処から出したんですか? 」
「!! 」
そうだよ。宝物庫から出したんだよ。
私は掌に鍵を出現させる。そして扉よ開けと命じると、普通に宝物庫が出現した。
私を運ぶ騎士毎、そのまま中に突入する。
「ぎゃ! 」
「クソ入れない。オイ異世界人どうなってるんだ! 」
「「それどころじゃねえよ。って言うか俺達の異能は常に発動してるだろうが! 」」
どうやらこの2人の異世界人は異能のON・OFFが出来ないタイプの様だ。私の元にも魔法封じの異世界人居るけど、あの子は対象を絞れるし、ON・OFFが可能だ。
そのせいか、魔法妨害は割と簡単に対処出来た。こっちの2人は難しい。取り敢えず魔法無効化は術式を霧散させるらしく、対処するには術式強度を上げるか、消える速度以上に魔法を更新し続けるしかない。放出系の魔法は殆ど駄目だ。大帝ならイケるかも知れないけど、未だに制御出来る自信が無い。
――アリスがもう少し大きければ、このくらい問題ないんだけどね――
光の精霊が私の肩に座る。
「精霊は大丈夫なの? 」
――女神の力だから殆ど使えないよ。飛ぶのが精一杯だね――
風の精霊が少し疲れた様に私の横に座る。
「私が大きければって? 」
――アリスが成長すれば女神の力じゃアリスを抑え込むのは不可能だよ。女神の力より精霊王の力の方がこの世界じゃ有利だからね――
ふむ、つまり私の胸が成長の兆しを見せた時、皇国の異世界人は脅威ではなくなるという事か。夢が膨らむね。でも今すぐ何とかならない物か。
――そりゃ無理だ。アリスは幼過ぎて精霊王の力の1割も使えていない。
いいかい。精霊王とは星の守護者であり、星の上では最強の存在だ。昔魔法王朝を名乗る人間の国家が300隻の魔導戦艦で挑んで来た時はまさに瞬殺だったらしいよ。俺はその時生まれてないから聞いた話だけどな――
土の精霊が自慢げに精霊王の逸話を軽く語った。おおう。古代魔法王朝の悪夢の日事件じゃないか。艦隊が消え去ったって精霊王に喧嘩売ったのか。そりゃ勝ち目はない。
そもそも精霊王は星その物と言える。星が自身を守る為に生み出した存在だ。その権能はこの世界では最強。この世界で女神と戦っても精霊王が普通に勝つくらいだ。
そんな相手に喧嘩を売る古代魔法王朝もアホとしか言えない。精霊は基本的に人を見守っているだけで敵じゃないのだ。
多分精霊からの独立とか言い出したんだろうね。最初から人は独立してるのにね。人の営みに精霊王は口出ししないよ……やり過ぎなければね。精霊王の記憶には古代魔法王朝以前に数回文明を滅ぼしてるからね。この世界の人の歴史は地球の10倍は長い。しかし、現在のショボい文明具合は人の自業自得で何度か文明を精霊王に吹き飛ばされたからだ。
そして私は現在、その最強の力を持ちながら使いこなせないと言うジレンマを抱えている。
――精霊王の力は完全に使いこなすのは無理だと思うけどね。人の許容量を超えてるから。それにアリスの魂もまだ落ち着いてないから無理しちゃだめだよ。無理すると今度こそ壊れちゃうよ――
今の私が生き残れたのはアイリスの魂を吸収したからだ。負の部分のアイリスが魔王を取り込んで暴走した結果、精霊王の力を暴走させ、その力で異世界へ転移しようとした。間違いなく暴挙だった。
まず、異世界転移とは転移先の観測が一番重要だ。地上に転移できる可能性は意外と低い。上空ならまだしも、行き成り耐えれない深海や、下手をすると宇宙空間に飛ばされる可能性が有るのだ。
そして、天界門は天界へ繋がる門であり、確かに異世界へ通じる情報も有る。天界はこの世界とずれた場所だからだ。しかし他の世界を観測する術式は使われていない。
そして、それを無視して無理やり異世界に行こうとした魔王アイリスは私諸共魂に傷をつけた。現状問題は無いレベルだが、無理は出来ない。
「ふむ、暫くは本気は出せないか」
――絶対に駄目だよ――
精霊も私が暴れるのは賛成できないと。
因みに私が精霊とのんびり話している間も皇国兵は頑張って宝物庫の扉の結界を攻撃している。
でも無理なんだよね。その扉の結界って私でも壊せないし。魔法の使えない状態の彼等に壊す術は無い。
「しかし早く帰ってくれないかな。クート君達に虐められてるじゃん」
皇国兵はどんどんわんこーずに始末されている。しかし、彼等は何故か諦めない。
「聖女を取り戻せ! 」
「汚らわしい亜人から取り戻せ! 」
「何と言うか……元々宗教嫌いだけど、これは酷い」
私聖女じゃないし。と言うか取り戻すも何もアーランド所属なんですが。お前等誘拐犯じゃん!
何で私が皇国に与する前提なんだ? アレか、聖女は皇国に有る聖教所属とか言う条約か。アレだってアーランド批准してないよ。
「アレは……狂信者の類ですね。理論だった会話は出来ませんよ。彼等は彼等の世界で生きています。何を言っても無駄です」
アリシアさんも流石に呆れ……と言うか哀れみの視線を向ける。
彼等は必至に私を求めて来る。仲間がどんどん殺されているのに、もはやそれすら見えていない。がむしゃらに結界を攻撃する。
その時、ヘリオスの悲痛な叫び声が響いた。
「グオオオオオオオオオオ! 」
「……ヘリオス……お前と言う奴は……」
ヘリオスは皇国兵に群がられ劣勢だった。
そもそもヘリオスは種族として頂点と言っても過言ではないドラゴンである。そして、長き時を生きた古竜だ。私と会うまでのヘリオスは基本的に引き籠りで、狩りも弱い相手しか狙わない。自分より強い者は他のドラゴンだけの生活だった。
だから戦闘技術は低いし、狂信者の様な被害を度外視した猛攻に怯えたのだ。その一瞬の怯えが隙を生み、皇国兵が群がった。勝てる相手だと思われたようだ。そうだよねわんこーずは戦い慣れした魔獣だ。油断も慢心も無い。そしてクート君を頂点とした群れだ。隙など無い。
対してヘリオスは魔法妨害で飛べないし、ブレスも【ファイヤー・ボール】程度の威力にまで落ち込んだ。
「あのドラゴン殺処分しませんか? 」
「……見た目はカッコいいんだけどね」
アリシアさんの言葉に肯定しそうになったよ。でもドラゴン従えるってかっこいいじゃん。
あれだよ最初にスライムをテイムしてじっくり成長させて最強にさせるゲーム的な感じで育てればいいんだ。まだ弱いだけ……もう少し様子を見守ろう。
でも今は助けないと。しかし外に出ようにも入口を塞がれている。面倒だ。クート君とタイタンは異世界人2人を攻撃しているが、連中はしぶとい。必死に躱している。もう少しすれば体力が尽きて挽肉にされるだろうが、今クート君達を呼ぶとはぐれたスライムの様に逃げ出すだろう。この手の異世界人はサクッと殺さないと後々面倒を起こす。またミジンコ並みの存在になるのは嫌だ!
そうだよ。宝物庫に入ったら普通に鎧が起動した。軽くなった。この中までは異世界人の異能は効果が及ばないのだ。
勝ち目はあるのだ! 私復活!
「むふーもう負ける気がしない」
「調子に乗らない」
拓斗のチョップを華麗に躱したが、行き成り動いたので盛大に転んだ。
「やはり殺しましょうか」
アリシアさんがヤバい眼で立ち上がろうとしたが、私が手で止める。軽くじゃれただけだよ。何で殺したがるんだ。
「外じゃ魔法も魔導具も使えない。流石に面倒だな」
「拓斗はどんな感じ? 」
「体が重く感じる程度かな。元々魔法は余り使わないから問題は無いけど」
「聖剣持ってるじゃん」
聖剣もここと同じく影響は受ない筈だ。私の眼は誤魔化せない。拓斗の愛用の居合刀が聖剣化している事は直ぐに気がついてる。
「ああ、これね。確かに聖剣だけど、特殊能力とか無いんだ。普通に魔法とかを祓える頑丈な刀程度だよ。女神に完全な聖剣を生みだす力は残っていないからね」
「役に立ちませんね」
「むふん。私はカリバーン有るし。でも100人程度の強化じゃ余り意味がない」
カリバーンは指揮下の兵が多ければ多い程真価を発揮する剣だ。ゴーレムは動かないと兵と判断されないらしく、現在の100人程度の兵じゃ【身体強化】と大して変わらないのだ。
「【幻想殺し】の改良は如何ですか? 姫様の対抗魔法ですよね」
「現在脳内で調整中だけど、1週間はかかるかな? こっちの妨害はメイドの子より強固で手間取る」
使い勝手は悪いが特化しているので調整に時間が掛かりそうだ。
「女神の力の一端が1週間程度で無効化されるのもスゲーけどな」
和仁が呆れたように呟いた。
「となると暫く籠城ですか。最悪帝都は放棄ですか? 」
「む~賠償金まだ取ってないし、領土の割譲とか残ってるのに」
まだ撤退したくない。と言うかせっかく呼んだ艦隊が無駄になる。なので排除する。取り敢えず目の前の狂信者を退かして……
「わっせわっせ」
「ちょっと邪魔! 」
「うわ、なんだ」
「姫様の分身か……何ですそれは? 」
騎士達が慌てて道を開けると、そこには分身が居た。安全度外視・生産最優先と書かれたヘルメットを被っている。
「何って新しいエンジンだけど。これから試験するんだ」
「あっちに持っていこう」
分身が【浮遊】を使って運んでいたのは……ロケットエンジンだった。
「むふん。良い事思いついた」
私が近寄ると、分身がジリジリと下がる。
「な、なんだ。喧嘩売ってるのか! 」
「これは私達が作ったんだぞ」
分身が無駄な事を言い出す。
「じゃあ私が作ったも同然だよね」
「「まあね」」
「何の実験しようとしてたの? 」
「新しいエンジンの噴射試験だよ。これからは宇宙開発の時代だ。人工衛星撃ち上げないと」
成程素晴らしい。私も人工衛星欲しかったんだ。アレが有れば他国の侵攻とか直ぐに分かる。取り敢えず自費で40基程撃ち上げよう。でもその前に。
「ちょっとここで試験しようよ……そう外に向けて起動させてみよう」
汚物は消毒。基本である。
前回ヘリオス「吾輩の活躍を見よ」
今回ヘリオス「今日はこの程度で許してやるのである。だから消え失せろ! (御免なさい許してほしいのである)」
クート「侮蔑の瞳」
アリスティア「呆れの瞳」
ヘリオス「吾輩は(まだ)負けてないのである! 」
毎度遅れてすみません。年末で仕事が忙しく、碌に時間が取れていない状況ですが、執筆は頑張りますので許してください。