259 中央国家連盟
中央国家連盟。それは大陸中の国家が加盟する地球で言うならば国連の様な組織だ。最も大国たる3大国家が中核を担っており、小国の言葉が反映される事は少ない。
そんな組織は加盟している多くの国家も不満を持って居る。しかし、加盟しなければ攻め込む大義名分に使われるため渋々従っている国家も多い。
特にグランスール帝国はやりたい放題であり、長年の頭痛の種だった。
「帝国が悲鳴をあげているな」
「いい気味だ」
ここに集まるは大陸中の国家の王だ。
「しかしアーランドの膨張は面白くない。帝国は気にくわないが、交易である程度の利益も出ている。利権を失うのは得策ではないぞ」
帝国は悪い事も多いが、その広大な国土と多くの国民を有する国家だ。3大国以外は帝国との交易に支障が出る事を嫌っていた。
「援軍を送ってみるか? 」
「ルーシア王国の二の舞が御免だな」
帝国に援軍を送った属国はアーランド軍に察知され空爆により壊滅。王と王太子が死亡すると言う大参事だった。この場に居る国王の中には帝国の属国になっている者も居るが、誰も援軍を送るべきだと主張出来なかった。それだけアーランドに怯えているのだ。
「しかし、このままだと亜人共が強大な国家を作る事になるのだぞ! 我々だって滅ぼされるはずだ! 」
中央国家連盟がアーランドに敵意を隠さないのは理由が有った。彼等は恐れているのだ。
普人の台頭により他種族は北の地へと追いやられた。そこに正義など無かった。不満や劣等感からの迫害だ。
普人には獣人の様な強靱な肉体は無い。エルフの様に多彩な魔法を使える者も少ないし、ドワーフ程手先が器用ではない。魔族の様な尖った能力も持って居ない。
嘗て多くの種族がこの大陸で生を謳歌していた時、普人はその劣等感に苦しんだ。決して他の種族に支配されていた訳じゃない。寧ろ多くの種族は他の種族を支配する事を嫌っていた。魔族は魔族で集まり、他の種族も同族同士で暮らしていた。
普人だけが支配を恐れた。そして他者より劣る事を容認出来なかった。
普人は繁殖力が高かった。あっという間に増えた。数は力だ。彼等は自身の恐れのままに他の種族を迫害した。
しかし抗う者、彼等を助ける者も居た。普人優生論を否定し、彼等との融和を唱える普人達だ。彼等は国家であった。アバロン王国だ。
普人は唱えた。
「今は平和でも、いずれ我々を支配するに決まっている! 」
アバロン王国の王は答えた。
「いずれとは何時なのだ? 我々が支配された事は無い。怯えは理解出来る。無償の信用があり得ないのも当然だ。
しかし彼等は我々の友人なのだ。良き隣人なのだ。だから我々は貴殿らの考えに賛同できない」
大陸中の普人国家が怯えから他種族を迫害し始めても彼等は賛同しなかった。だから滅ぼした。アバロン王国は普人の裏切り者なのだ。だから滅ぼさなければならなかった。
しかし、彼等の恐怖心は魔王の出現と言う最悪の事態を引き起こす。
誰よりも理性的であった騎士王と呼ばれた男は主君を殺され、国を滅ぼされ憎悪に魂を塗り潰され、多くの国に牙を剥いた。
そして伝説が生まれた。勇者だ。勇者の存在は普人の希望となった。他の種族よりも劣等な自分達は誰もが抗えない魔王を撃ち滅ぼす存在を生みだしたのだ。
しかし勇者も普人主義を否定し消えた。
希望を失った彼等だが、己の所業を改めなかった。長年の恐怖心を隠す為に迫害は止めない。
もはや他種族を擁護する国家はアーランドだけなのだ。そして、そのアーランドが強大化すれば、自分達に復讐すると彼等は恐れていた。
彼等は全ての種族を普人の下にしなければ安堵出来なくなっていたのだ。
例え国が滅び、新たに生まれても、普人と言う種族はそういう考えが根付いてしまっている。
「……アーランドは滅びるべきだ。最悪でも我々に頭を下げるべきだ」
せめてアーランドが中央国家連盟に服従するのならば……まだ我慢出来るだろう。
最もアーランドからすれば何を要求して来るか分かりきっている。ジワジワと普人優生論を浸透させ、内部の結束を崩しアーランド王国を内部から腐らせるだろう。だから断固として加盟する事は無かった。
アーランドは決して膝を屈しないのだ。故郷を追われ迫害され未開の地に追い払われ、そして苦労して開拓した最期の地を狙われても決して屈しない。これ以上自分達から何を奪うのだと抗い続ける。
どちらかが滅びるまでこの流れは止まる事は無いだろう。
そして、ここに集まる多くの国の恐怖心を利用してきた男がいた。
「援軍は難しい。ではいっその事帝国を連中に渡すのは如何かな? 」
アビア皇国教皇である男だ。
「あり得ない! そんな事は容認できない! 」
悲鳴をあげる王達。その恐怖心を感じ、心の中で嗤う教皇。
「しかしアーランドの王女は動きが読めない。軍は……瓦解している筈なんですがねぇ。何で王女は帝国で暴れられてるんでしょうか?
まあ、良いでしょう。私が言いたいのは果たしてアーランドは帝国を支配できるのかっという事ですよ」
はっとした表情をする王達。
「我々聖教は亜人による、或いは亜人と迎合する国家など決して認めない。そして帝国の最大宗教は聖教です。
そうですね……例えば帝国の信者達はアーランド支配に不安を感じるでしょう。恐怖を感じるでしょう。屈辱を感じるでしょう。我々が囁くだけです。【独立を取り戻しませんか? 】とね」
アーランド王国の情報はかなり厳重に国外に流れないようにされている。しかし、時間をかければ少しずつ情報を抜く事は可能だ。全ての情報を秘匿するなど不可能だからだ。そして教皇とこの場で沈黙を保っている魔法王国の魔法王はアーランドの限界を正確に見抜いていた。
アーランド王国にはグランスール帝国を併合する力は無いと。人員・資金共に足りず、既に破綻の兆しも見えているアーランドに取って帝国は重すぎるのだ。
まして聖教が反乱を起こさせるのだ。既に瀕死状態のアーランド経済にとって致命傷だ。アリスティアが何とか支えているが、帝国を含めれば流石に潰れると教皇は考えた。
「反乱でアーランドは自ら軍事力を落し、経済も破綻する。我々は混乱するアーランドにトドメを刺すだけです」
「し、しかし、あの王女は理解出来ない。何をしでかすか解らないではないか。それに帝国がアーランドに奪われると我が国の経済が……」
グランスール帝国は中央国家連盟内でも嫌われ者だ。しかし広大な国土と膨大な人口は巨大な市場となり、多くの国の経済に重要な役目を果たしても居た。奪われれば甚大なダメージを受けるだろう。
「知っていますか? 戦争とは自ら行うよりも他人の戦争に手を貸す方が儲けられるのですよ。
内部で反乱が起これば我々の信者には多くの食料が武具が医薬品が必要となります」
戦争は自ら行う事こそ無益だ。一時的な利益は出る。無視できる利益ではないが、兵は国民であり、兵の死は労働力の低下するという事だ。長期的には経済にダメージを受ける。
しかし自分で戦争せずに、戦争を行っている国に物を売る。これは非常に儲かる。日本もアメリカも戦時特需で大きくなった程だ。自らの兵が死ぬ事は無く労働力が低下する事も無い。それでいて膨大な利益が出せるのだ。
「それに帝国は分断されるのが好ましいのだろう? このままでは貴殿らの国も帝国に食われませんか? 」
「……」
帝国の膨張は確かに危機的問題であった。
この戦争は帝国の敗北だ。外部の支援が無ければアリスティア軍を止める術がない。それだけの勢いがあるのだ。
そして敗北すれば帝国は終わりだ。内部で燻っていた不満が一気に溢れだす。併合した領土でも独立運動が始まり、帝国はこれを抑える武力が現時点で残っていない。
無理やり集めた大軍はもはや壊滅しているのだ。帝都に残る部隊だけでは広大な領土の維持は不可能。そして皇帝の権威も失墜だ。
皇帝は地位を失うだろう。そして帝位争いは激化する。皇太子がアーランドに捕まっているのだ。絶対に返す事は無い。これまでの恨みを晴らす為に処刑される。浮いた帝位を皇族が奪い合う。
そして帝国が分断されれば善意の第三国として独立した国に援助し、権益を確保する事が出来る。短期的には損だが、長期的には安全保障上の問題が解決し、ある程度の損害補てんも出来る。
「王女は戦の素人よ。戦の終わらせ方を知らないようだ」
教皇はアリスティアによる帝国統治は絶望的なまでに困難であると断じる。アリスティアは帝国民の信任を得られない。多くの奴隷を奪い。都市の外壁を爆破する事を繰り返し、彼等の平穏を脅かしている
「さて、議決を取りましょう。帝国に援軍を出すか否か」
答は一つだ。中央国家連盟は長期的戦略により帝国を見捨てる事となる。
全てが決まり、王達が去った会議場には腕を組んだまま嗤っている教皇が残っていた。
(さて、あの王女を如何したものか)
教皇には2つの選択肢が有った。
まずはアリスティアに完璧な勝利を与える事。これによりアリスティアの権威を高め、アーランド内で権力争いが発生すると考えた。
実際はアーランドにおける王位争いとは国王ドラコニアと王太子ギルバートの壮絶な玉座の押し付け合いであり、王位は貧乏くじ扱いだが、常識的な考えでは誰もが欲しがるので彼の思考は間違いでもない。
因みにアリスティアは心の底から要らないと断じている。宰相に膨大な仕事をされられ、逃げれば椅子に縛り付けられてでも仕事をしなければならないのだ。
アリスティアからすれば自分が女王になればオヤツの時間も昼寝の時間も奪われる事が分かりきっている。幸いギルバートと言う兄が居るのであらゆる手段を講じてギルバートを王にするだろう。
因みにギルバートも別に王位に興味は無い。しかし妹が盛大に拒否してるので渋々王太子で居るだけだ。アリスティアが女王になれば宰相の地位を奪い取って公私共にアリスティアを支えれるのにと考えている程である。基本的にあの兄妹は仲が良いのだ。
そしてギルバートも後20年はドラコニアを退位させる気は無い。王太子の方が少しだけ気楽なのである。
そして現在アーランドのアリスティアのシンパはアリスティアの意思を曲げる事を容認しないので権威は上がっても継承権争いは起こる余地が無い。
誰かがアリスティアを持ち上げても同じアリスティア派に徹底的かつ執拗に二度と余計な事を考えなくなるように潰されるだけだ。
教皇はアリスティアの極めて特殊な立ち位置を理解していなかった。
そして彼はもう一つの選択をする。
それはアリスティアの確保だ。
魔法王は強欲だが慎重だ。戦力の不明な所が多いアリスティアに現状は手出ししない。現状は静観するだろう。
その隙にアリスティアを確保する。
元々の計画ではアリスティアを魔王に堕とし、聖戦を行うのが計画だったが、皇国は現在内部で争っている。この状況で聖戦を行えば、国をケモナーに奪われかねない。
ならばアリスティアの確保が必要だ。
彼に取ってアリスティアが魔王でも精霊王でも構わないのだ。
「暗黒期は近い。ならば精霊王の力を我が物とすれば勝率があがる…か」
既に女神の力を奪い、多くの異世界人を召喚している。一部逃げたが、それは従順ではない異世界人だ。上位100人の異世界人は彼等よりも強い上に皇国のやり方に馴染んでいる。いや、皇国に従えば美味しい思いが出来ると理解しているのだ。
彼等は自分の価値を知っている。従順であれば金も異性も好きなだけ手に入るのだ。
女神の力と精霊王の力が有れば暗黒期……邪神を滅ぼせる。バラバラになった普人は聖教を中心に一つに纏めあげる事が出来る。
普人は望んでいる。他の種族に負けない英雄を。数の勝利だけでは駄目なのだ。自分達と同じ普人が他の種族を圧倒しなければならない――そう勇者が必要なのだ。
「楽しいですね。ええ、楽しいですよ。世の中思い通りに動かないが、まだ私の掌の上だ」
教皇は側近を呼ぶ。
「お呼びでしょうか」
「金崎と紫衣を動かす。動員可能な教会騎士はどの程度だ」
側近は少し動揺したが、表情には出さない。側近の男としてはアーランドに関わるよりダース・ケモナーを名乗るシュタインを捕まえ火炙りにしたいのだ。
しかし彼は教皇に忠誠を誓っている。故に答える。
「現状シュタイン討伐で多くの教会騎士が動員されており、戦力の殆どが使えません」
「構いませんよ。まあ、数千も居れば王女は捕まるでしょう。ふふ、良い情報を手に入れました」
教皇はアリスティアが帝国に侵攻してからずっと情報を集めていた。
そして手に入れた。最高の情報を。
アリスティア軍の構成だ。
側近は報告書を受け取ると、ニヤリと笑う。
【アリスティア軍の大半はゴーレムであり、人間は100人程度。又、複数の王女は全て魔法で生み出された物である】
「金崎と紫衣の2人は丁度良い異能を持ていますね。魔法王国への切り札でしたが……まあ、王女を手に入れれば何時かは手に入るでしょう」
教皇からすれば何時かが数年でも数百年でも構わないのだ。
そして教皇の選んだ2人の異世界人は【魔法無効化】と【魔導具無効化】の異能を持っている。
魔法無効化は外部へ影響を与える魔法を打ち消す異能だ。自身の内部で完結する【身体強化】などは無効化出来ないが、それすら妨害出来る。但し魔導具は効果の対象外だ。
そして対となる魔導具無効化は魔法無効化の隙を無くす。
「慢心していますね。魔法を無効化するなど何処の国でもある程度は研究しているのですよ」
帝国ですら帝都の城壁を魔法の影響を受けにくい石材で作っている。
「騎兵を中心に組みなさい。そうですね……帝都が落ちてからぶつけましょう。少しは疲弊しているでしょう」
「かしこまりました。早急に動ける部隊を集めます」
礼をして立ち去る側近。
「出来れば2万程送りたかったのですがね」
皇国は恐れられてはいるが、常備軍はそれ程多くは無い。恐ろしいのは他国の信者を自軍として動員出来る組織力だ。
しかし、常備軍の少なさと内部での裏切りで少ない常備軍の大半が動かせなかったのだ。今回動かすのは本当に限界数である。
一方その頃。
「今日から毎日帝国を焼こう」
帝国貴族の避暑地に炎の流星群が降り注いでいた。
帝国は温暖な環境の国家であり、夏は地獄の暑さだ。そしてここは帝国貴族の避暑地であるルドニア凍湖だ。温暖な環境である筈なのに湖底まで凍り付いた湖周辺は涼しいのだが、今は地獄の熱さだ。
何故凍り付いているのか。誰も調べなかった。何故ならば、この湖は不自然だからだ。一年中凍り付いているなど帝国の環境ではあり得ない。つまり魔法的な理由があるはずだ。しかし迂闊に調べて、湖の魔法が無くなる可能性もある。故に興味はあれど、誰も調べなかった。
そこを偶然アリスティア分身数体が通りかかった。そして凍てつく湖を見た分身は一言呟いた「帝国の癖にこんなカッコいい場所が有るなんて生意気だ」と。
そして現在上位魔法を超える戦術魔法を持って湖を焼き尽くしていた。
湖の周囲は帝国貴族の別荘であり、管理人が居る。彼等は燃える湖を蒼白な顔色で眺めている事しか出来なかった。
そして神秘の湖は完全蒸発と言う帝国貴族が発狂する結末を迎える。
「ん? 何か底に沈んでたみたい」
「船? 」
「どう見てもタンカー」
分身が掌から雷を放つ。しかし、タンカーの様な船に雷が接触した瞬間魔法が散る。
「普通のタンカーじゃないっぽい」
「解析魔法の効きが悪い。これって……ダークマター合金製だ! 」
解析結果は出ていないが、一度解析した事のある物質だ。直ぐに答えが出た。
「待って。この形状……タンカーじゃない……これってアルポロとキューアの古代考察書に載ってた魔導戦艦じゃない? 」
「主砲無いじゃん」
「古代魔法王朝期の魔導戦艦は人間依存の船だから大砲積んでないし」
魔導炉が生み出す膨大な魔力と賢者の石と言う魔法増幅触媒を用いた魔法使いこそが主砲であった。
「えーでも魔導戦艦って全部沈んだって後皇紀年鑑に載ってたじゃん」
「アレは魔法王朝が滅びてから約400年後に作られた物だし」
「まあ見てみれば良いんじゃね? 」
そして湖底の船を調査し始めたが、恐るべき事実が発覚した。
「この船ってさ……まだ生きてるよね」
「普通に動く」
船自体は警備システムも全て止まっているが、艦橋に入った分身が見たのは傷跡一つない艦橋だった。
「ねえねえ古代語で書かれた操縦マニュアル見つけた! 」
「お~」
「割と操縦は簡単そうじゃない? 」
「凄いよこれ! 魔導炉生きてたよ! 」
「マジで。私達はまだ魔玉の寿命の問題抱えてるのにまだ残っているの! 」
アリスティア製の魔導炉は安定的で出力も高いのだが、コアとなる魔玉に規格があり、加工した魔玉しか使えない。極稀に規格通りの魔玉が得られるかも知れないが、可能性は低い程だ。しかし、発見した魔導炉はアリスティア製を一部上回る性能を誇っている。特にアリスティア製の魔導炉では魔玉の耐用年数が存在するが、この船に残っていたコアの魔玉は未だに使えるのだ。
それ以外にもアリスティア製を上回る魔導具が多く搭載されている。
「凄いお宝を見つけたよね」
「毎日帝国を焼いて宝探しするべきだと思う」
「それで、これどうする? 」
「もう『説得』は終わってるし、これに乗って帝都へ行こう。勝手に動くと本体怒るし」
「報酬はプリン一つと見た」
「やったね」
「拓斗のプリン美味しいよね。私今から食べたくなってきた」
「じゃあ直ぐに移動開始だ。プリンが私を待っている」
天高く拳をあげる分身達。動力炉である魔導炉を起動させ、全ての点検を行ったが、異常は無かった。この湖はこの船を封印していたのだ。そして封印された船は再び地面を離れ高度を取り始める。そして静かに前進を始めた。
その日、帝国国内で発掘された魔導戦艦が帝都へ向かっていった。
「そう言えば賢者の石42個程見つけたよ」
「「「やったぜ! 」」」




