255 復活の王女と状況確認
私は川を泳いでいた。
ひたすら犬かきで泳いでいた。
私は流れの有る川や海を泳ぐことはできない。前世でも今世でも流れの有る場所で泳いだ事が無いのだ。因みに水泳もした事が無い。しかし犬かきは自然と出来た。
私は対岸をひたすら目指した。後少し。後少しで対岸に手が届くと言う時に目の前から何かが飛んで来た。誰かの膝だ。
「きゃぴ! 」
視界が回る。いや、水の上を回転しながら反対側の対岸まで水面を転がった。
「貴女の生きる世界は向こうでしょう! 何でこっちに泳いでくるの? 」
痛む顔を抑えながら対岸を睨むと、曾お婆様が腕を組んで睨んでいた。
「曾お婆様。何故ここに」
「こっちに私が居ても可笑しな事では無いわ。
こっちに来ては駄目。さあ反対側に向かいなさい」
成程、向こう側は死んでる人の世界。つまり地獄か。
「悪いけど私は居るのは地獄じゃないのよ」
「曾お婆様は物凄い殺しまくった人」
「外敵を討っていただけじゃないの。別に悪い事じゃないわ。それに貴女程は殺してないわよ。こっちじゃ怨嗟の声で溢れているわよ」
「成程」
「さあ戻りなさい」
曾お婆様がひらひらと手を振る。分かった戻ろう。
「私は曾お婆様に似ないで、お母様に似る事にする」
「ちょっとこっちに来なさい! 」
私はダッシュで曾お婆様から逃げた。
曾お婆様は神龍の血を受けすぎて表面上は老化しなかった人だ。つまりパイが無い。身長も相応だ。ロリではないが、エルフみたいな体型だ。私が目指すのはグラマラスなお母様的な体型である。
「もう、私だって好きでこうなった訳じゃないのよ。あの国をお願いね」
「外敵は全て滅ぼせば平和」
「その意気よ。全て滅ぼしなさい。私が許可します。あと皇帝はこっちでもお仕置きするから、もう少しだけここに留まってるわ」
物騒な曾お婆様を持ったものだと思った時に目が覚めた。
「うわ! まだ睡眠薬の効果が残ってる筈なのに起きた! 」
分身が椅子から立ち上がるとファインティングポーズの構えを取る。
「成程、実験番号127号を使ったね? アレ安全確認してない筈だけど」
127号は人造魔導師を作る研究で生まれた人為的な魔力回路の創造だ。未だ基礎的な研究であり、私が行える自分に対する魔力回路の増設を発展させたものだ。
私の行える魔力回路増設と違うのは他人に行えるか否かだ。今までは安全上の問題で自分以外には危険だったからね。基本的に魔力回路は自分である程度は弄れる。私はかなり弄れる。しかし、それは自分自身の魔力を使う事で魔力の拒絶反応が出ないからだ。まあ、分身も私の魔力で出来てるので拒絶反応は起こらないが。
「まあ私だし? 別に本体死んでも事故で済ませられるしヘーキヘーキ」
やっぱりコイツ等嫌いだ。胸無いし。生意気だし。隙を見せると殺しにくるし。
「アレ? 本体不機嫌? カルシウム足りてない? 」
「点滴うってる私に喧嘩売ってるの? 消える? 」
「むう、心配すると直ぐこれだ。っで、何で機嫌悪いの? 」
流石分身。私が物凄い不機嫌である事を理解したようだ。
「現状の報告から先」
「いいよ~」
10分程で報告を受ける。成程、私の意識が有れば同じ事をしただろう……あの事実を知っていなければね。
「後から作った分身は? 」
「本体意識不明だから記憶の継承が倒れる前で止まってるんだよ。だから私何もしらない。お兄様変態だって事しか知らない」
確かにお兄様はシスコンの変態だ。将来が心配だよ。今も虎視眈々と私を狙っている気がする。もしかして私に婚約者とか居ないのもお兄様が悪いのかも知れない。別に要らなかったけど。
しかしイライラする。テトの奴絶対分かってて話さなかったな。後で絞めて報酬でも奪い取ろう。
「で、何で機嫌悪いの? 」
「この世界が聖教のせいで滅亡に真っ直ぐ進んでるから」
あの宗教碌な事してなかった。
馬鹿なんだよ。歴史知ってるだろ。教皇魔法王朝の生き残りじゃん。女神の力奪っても勝ち目なんて無いんだよ。この星で精霊王が勝てなかったんだぞ。
女神・悪魔王・精霊王。この三柱は同格の存在だ。強さはほぼ同じだ。では、戦った場合誰が勝つのか? 答えは戦う場所で変わる。
地獄で悪魔王と戦えば、悪魔王の攻撃を防ぐ術は無い。防御は物質だろうが魔法だろうが全て貫く。
天界で女神と戦えば、女神の神壁を貫く事は出来ない。天界において女神は絶対防御の力を持つ。
この星で精霊王と戦えば、精霊王は尽きる事の無い星の魔力を掌握し、無限の魔力で防御も攻撃もし放題だ。
つまり戦うフィールドで勝敗が変わる。その精霊王は邪神との闘いでこの星で戦いながらも邪神を倒せなかったのだ。
アレは黒いアイリス《私》の末路だ。下手をすると私もああなっていた可能性が高い……と言うかさ、私が邪神になった時ってどう計算してもテトを殺せる存在になる可能性が高いんだけど、アイツそこら辺考えてたのかな?
まあ、邪神には致命的な弱点が存在する。まず私が負ける事無いけどね。お風呂に入ってきて出て来る頃には始末出来てるくらい慢心出来る相手だ。ぶっちゃけ私が奴の天敵だ。割とお父様でもイケる可能性はあるが……お父様歳だしね。
実際、最近動きが鈍いってぼやいてる事がある。そのせいで帝国に負けたんだと思う。お父様の全盛期は凄まじいの一言だからね。ぶっちゃけ大陸中の高位冒険者集めても蹂躙出来た人だったし。お父様再強化プランも考えよう。
話は戻すが慢心しても勝てる。しかし、慢心するとアーランドに被害が出るので困る。
王国民にはこれ以上負担をかけたくない。何時もみたいに脳筋って言うと照れる純粋な王国民のままでいて欲しいのだ。
因みに照れる理由は脳が筋肉になるまで鍛えていると受け取るらしい。基本アーランドで脳筋は褒め言葉である。兵士なんて笑いながらお互いを脳筋って言ってるしね。
広めたの私だけど……別の意味に成ってしまったよ。すまんな。
取り敢えず教皇の始末はつける。ケジメ案件過ぎる。奴を野放しにすると危険だ。
まずは現状を確認だ。
帝国戦。既に勝利への道筋が出来ている。現在は死体蹴りしているような物だ。
グランスール帝国は勝利を繰り返す事で大きくなった国だ。しかし、それは簒奪を繰り返した血塗られた勝利だ。国を奪われ二等臣民と呼ばれ多くの権利を失った者は帝国を信望していない。つまり内部の結束が脆い。
それ故にグランスール帝国は長年アーランド王国を悪魔の国だと、滅ぼさなければならない外敵だと言い続けた。肥大化した帝国は外部に敵を作り打ち砕かなければ、国家を維持できない程に歪んでいる。
そして今回のアーランド侵攻。これは帝国の集大成となる筈だったのだろう。しかし負けた。この時点で帝国は詰んでるんだ。
大陸史上類の無い大軍でもっての侵攻に失敗した帝国。これを国民が知れば帝国の勝利の歴史は崩れ去る。抑え込んでいた不満はいっきに溢れだす。
まずは独立派が動くだろう。これが一番多い。
大陸中央の普人国家はアーランドを見下している。アーランドを恐れても居るが見下しているのだ。そのアーランド如きに帝国は惨敗した。今なら独立出来ると考える勢力は出るだろう。
そして分身はそこに付け込んだ。帝国内を荒らし回り、帝国政府による情報統制が不可能な状況を作ったのだ。
「全く酷い事をするもんだ」
「よく言うよ。私達の思考パターンは本体に依存してるから、お前だって同じ事するじゃん」
「まあね」
どうせ放置しても10年20年で帝国は立て直せる可能性はあるのだ。無論簡単ではない。簡単ではないが可能だ。
だからちょっと手を出して可能性を潰してるんだ。
しかし、この状況は美味しい。黒いアイリス《私》を取り込んだ事で私は精霊王の力の全てが使えるようになった。
これまでは邪神の欠片が精霊王の知識と権能の殆どを汚染していた為に使用不能だったが、拓斗がこれを祓ったお陰で私はこの星の危うい状況も分かってる。
しかし、精霊王の権能は凄まじいまでの無敵能力だが、これに依存する気は無い。精霊王の力じゃ邪神には敵わないからだ。まして私は人間だ。精霊王の権能が解放されても使いこなせるだけの肉体強度が無い。ぶっちゃけお父様クラスの人外的な人でも不可能。人である時点で使いこなせない物なのだ。
だけど精霊王の力が解放された事は世界中の精霊が知っただろう。これまで以上に精霊との繋がりは重要だ。彼等の助けと王国民の協力が有れば邪神を滅ぼせる。無論拓斗にも協力してもらう。何せ精神剣に選ばれた勇者だ。アレは対邪神の最終兵器。今は使いこなせないだろうが、真の力を発揮すれば次元すら切断する程危険な代物だ。
よし、まずは帝国を滅ぼす。これで時間を稼げる筈だ。次に皇国……は別にどうでも良いか。精々高みの見物でもして居ろ。私は帝国を滅ぼし、この地を戦国時代にする。これだけで大陸中央はアーランドに手出しできない。アーランドへの直通ルートの帝国が荒れればそっちの収拾で手一杯になるはずだ。
その間に人工衛星でも撃ち上げて大陸監視網を構築しよう。今回みたいな奇襲は二度目は無い。そして二度目が無ければ……もうアーランドを滅ぼせる余地が無い。
他の国が何で動かないのかも大体想像がつくが、馬鹿めと言ってやる。私の目的と見当違いの事でも必死に考えてろ。お前等も未来は無い。
――コッチダ――
「ん? 」
誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
――コッチダ――
なに、帝国ってプレ○ターでも飼ってるのか?
取り敢えず放置して私のベットの傍でコッチを見てる精霊と再契約しよう……人型に成ってるんだけど! 何が起こった……今まで光の球だったじゃん。




