253 その頃のアーランド
分割しようかなと考えたけど一話に纏めました。ちょっと長いです。
それと長いので遅れたんです! 他のなろう小説を読んだり、猫と戯れたりしていた訳じゃありません!
「離せ、離せええええええ! 」
一人の完全武装した男が文官数人に取り押さえられている。
「落ち着け。落ち着くんだ! 」
「武器を手放せ。くそ、離す気が無いぞ」
取り押さえられている男はアーランド王国の文官だった。先ほどまで王城内で仕事をこなしていたのだが、行き成り机を思いっ切り叩くと「もう我慢出来ん。姫様を助けに征く! 」と完全武装して一人アリスティアの元に馳せ参じようと城内から出ようとしたのだ。
当然の如く同僚に捕縛された。
「頼む放してくれ! 」
「駄目に決まってるだろう。姫様の御意思に逆らうのか! 」
「ぐ、くううう」
ポロポロと涙を流す完全武装の文官。こうして彼は【一時的】に沈静化した。
「何件目だ? 」
ギルバートは文官が発狂してアリスティアの元に救援に向かおうとしたと言う報告書を読みながらため息を吐く。その顔には深い疲労の色が浮かんでいる。
宰相ボルケンは書類を机に置くと答える。
「文官が25件で、武官に至っては1724件になります。平民に至っては現在も各地で止まっておりません」
「アリス早く帰ってきてくれないかな……」
グランスール帝国によるアーランド侵攻。それもアーランド王国建国以来最大の規模での侵攻戦は迎撃に出たアーランド軍は半壊し、指揮官のドラコニアとギルバートを失いかけると言う大参事になった。
結果、王国軍は朽ちかけた国境の砦に立て籠もる。元々アーランドは野戦主義国家であり、籠城も行わないし、帝国に攻め込んだ事が無いので攻城戦も得意ではない。
しかし砦には魔導炉と都市防衛結界の試作品が試験的に設置されていたのと、空軍の奮戦により帝国空軍に甚大なダメージを与えた結果、陸路は完全に封鎖されたが、空路で補給も行えていた。
ここまでは当初の作戦通りだ。時間を稼ぎ、アリスティアの技術力で帝国を王国領から撃退する。アーランドにはこれしか取れる選択肢は無かった。
予想外だったのはドラコニアとギルバートが死にかけた事だ。幸いアリスティアは一切油断しておらず、対策を取っていたからこそ生き残った……一度死んだが。
そして、それに対し、アリスティアが激怒した事が問題だった。
アリスティアは家族を、そして将兵を多く失った事に激怒。帝国軍を撃退ではなく殲滅へと方針を転換。意図的に魔導炉を暴走させ、帝国軍を吹き飛ばした。それだけで帝国はアーランドへの侵攻を続ける力は残っていない。その後、残念魔王が復活したが、プリンに敗北してアリスティアに統合されたので割愛。
しかし、戦場で魔法を使い過ぎたアリスティアは完全に潰れた。そして残った分身は本体の制御を完全に外れ、独自に帝国崩壊を目指して一転攻勢を開始し、瀕死の本体を持って帝国へと進撃を開始したのだ。
この事が王国民に漏れた時、王国民は決意した「そうだ、帝国を滅ぼそう」
これまでアーランド王国の国民は帝国を憎んでは居たが、帝国を滅ぼそうとは思っていなかった。むしろ、大陸中央にはもう関わりたくないと言うのがアーランド王国民の考えだった。しかし、敬愛するアリスティアを戦場に引きずり出した帝国を許せる訳がない。
グランスール帝国はアーランド王国民を始めて激怒させたのだ。王国中で帝国死すべし、国家の命運をかけてでも、例えアーランドが滅びようとも一矢報いるべきと言う極めて過激な世論へと変貌した。アリスティアが劇薬過ぎたのだ。
「私だけアリスの救援……迎えに行くと言うのはどうだろうか? 」
ギルバートは何千回と繰り返した言葉を宰相に告げる。宰相ボルケンは首を振る。
「殿下が動けば、「なら我々も」と兵や民が帝国に雪崩れ込みます。陛下もですよ! 」
「ッチ」
ギルバートはまだ正常だった。しかし、ドラコニアは悪鬼の様な表情で椅子に座っている。
ドラコニアにはアリスティアが帝国に雪崩れ込んだ事が容認出来ない。しかし、あの状況下では反対しても聞く事は無かった。実力行使しようにも、未だに体に力が入らない。蘇生薬の副作用はとても重いのだ。暫くは歩けるだけマシだと城に残っている分身に言われた程だ。
何千回目かのため息を吐くギルバート。丁度その時、乱暴に執務室のドアを誰かが叩く。
「入れ」
「緊急事態です。7区の住民が皆で姫様を迎えに行く。ついでに皇帝を八つ裂きにすると、武具と物資を集めています! 」
「今 す ぐ 止 め ろ ! 」
国民が進んで戦争を起こそうとする現象は各地で起きており、それを抑える為に軍を別け、各地へ送り、帝国へ侵攻しようとする平民(貴族も交じってる)を抑え込まねばならない。
結果、アーランドは現在アリスティアに援軍を送る余裕などなかった。
「アリスから連絡は? 」
「殿下が1日240回も電話をかけたせいで1日1回だけになりましたが、連絡は来ます【帝国が 無条件降伏するまで 攻めるのを 辞めない】だそうです」
分身は不退転の決意を持って帝国に挑んでいるようだ。
「こっちは援軍すら送れない……アリスは無事だろうか……これまでの恨みとばかりに埋められていないと良いのだが……あの男はアリシアが居れば大丈夫だろう。期待しているぞアリシア。アリスがアーランドに戻ってくるまでに暗殺するが良い」
そして悲しみにくれるアリスティアの心を癒したいと気持ち悪い事口走るギルバート。どうやら彼も精神的に参ってるようだ。
ため息を再びはくとギルバートは大人しく書類仕事を再開する。
「北のスタンピードは小康状態か。援軍は必要かな? 」
「指揮官の話では援軍自体は不要だそうです。姫様のお陰で治療用の魔導具も充実していますので。しかし食料等を送ってほしいそうです。特に酒の催促は連日来ています」
ボルケンが答えた。
「まあ辺境の土地でひたすら魔物や魔獣と戦う日々なのだからな。飲みきれない程送ってやれ。但し引き渡す時に飲んだくれて陥落したら許さんと釘を刺すように」
最果ての砦と言われるアーランド王国の2つの脅威の一つ魔物の侵攻を防ぐ為の砦は常に戦場だ。大小様々な魔物や魔獣の群れがアーランド領に入り込まないように防いでいる。国内でもスタンピードは割と発生するが、この最果ての砦が無ければアーランドは人の住める土地ではないと言えるほど重要な砦だ。
当然の如く連日連夜魔物や魔獣と命がけで戦う将兵には食料や酒などの趣向品が届けられる。今回はスタンピードが発生したせいで消費量が増えたのだ。
最も既に魔物の大部分が討ち取られ、2週間後には砦周辺の魔物を掃討する予定であり、油断しなければ北のスタンピードは終わりを告げるだろう。
「次は……天使教の大聖堂を作ってる……だと……」
「遂に我慢できなくなったそうです。正教の神官が涙目になってました」
「連中……私のアリスを信望するだけじゃなく、祀るつもりか? 天使に成ったらどうするんだ! いや、今でも十分天使みたいに可愛いが」
「殿下、落ち着いてください」
「父上、焼き払いましょう。火事に見せかけて焼き払うのです」
「暗部を動かすか。流石に大聖堂はやりすぎだろう」
大事な妹を崇拝する天使派は実に厄介な存在だ。アリスティアの意思に反する事は基本的に行わないが、神の如く崇拝しているのだ。
普段はギルバートに極めて従順に従っており、処罰する理由がないのも問題だ。
天使派はアリスティアは王位を望んでおらず、ギルバートが王位を継ぐべきと言うアリスティアの考えを違えない。故にギルバートが王になる事は賛成の立場だ。寧ろアリスティアを王位にと言い出す勢力を独自に潰してくれる。
但し連中は狂信者の類なのだ。話が通じない事も多い。
「因みに現在天使派の連中は中庭を占拠して姫様の石像を作っています」
宰相ボルケンの言葉にギルバートとドラコニアは執務室の窓を開き、中庭を覗く。
「眉が、眉が再現出来ない」
「馬鹿者! 我等の熱い思いが有れば不可能は無い。完璧な姫様の像を作るのだ! 」
「翼を付けてみるのはどうだろうか? 」
「良し採用だ。まさしく天使だ」
匠の顔つきをした貴族が岩を削りアリスティア像を作っていた。そして、その周囲にも多くの貴族がまじめな顔をして駄目だししたり、褒めたりしている。
「父上……最近彼等が怖いです」
「同感だ。アイツ等の考えは理解出来ん。放火は却下だ。石像であろうとも娘を焼く気にはならん」
こうしてアーランドの宗教に第三勢力が誕生した。因みにアリスティアには絶対に知られてはならない為、秘匿される事となる。
仮にアリスティアが知れば天使教の大聖堂は灰燼と帰すだろう。なので女神を信仰する正教。精霊と自然を信仰する精霊教。そして時折争う2つの宗教の間を調停する天使教と言う立ち位置の宗教という事になった。こうして置けば宗教自体には興味のないアリスティア関与しないだろう。暇人多いですな。
「取り敢えず……連中如何します? 」
ギルバートの問いにドラコニアは暫く考え結論を出す。
「放置だな。ああしている間は連中は暴走しないだろう。そして禁止すれば今度こそアリスティアの元に行くと言い出しかねん」
苦渋の決断だった。
「殿下、帝国から講和の使者が来たそうです」
ノックの後に入ってきた文官は額に青筋を浮かべながら報告する。帝国からの講和の使者はこれで10人目だ。
「ほほう。それで連中は妹の要求を呑むと? 」
「いえ、交渉したいと」
到底受け入れられないと何度も交渉しろと使者を送ってくるグランスール帝国。しかし、現状交渉の席には座れない。アリスティア(分身)の要求は最低条件なのだ。先に出した講和条件は絶対であり、何一つ妥協する事は出来ない。
「ならば首を刎ねろ。首を送り返し、体は広場で燃やせ。少しは国民の鬱憤も晴れるだろう」
「ッハ! 」
こうして哀れな使者は担当の外交官に首を刎ねられる。何で外交官が首を刎ねるって? そりゃ外務系の貴族はアリスティアの恩恵を受けた天使派だからだ。
アーランドにおける文官と言うのは武官より弱く、政務に長けた者だ。つまり文官と呼ばれているだけで、大陸基準では武闘派なのである。首を刎ねる程度なら躊躇わない。基本アーランド王国は脳筋な政府と脳筋な国民で構成されている。だからこそ本来魔物が多すぎて人の住めないこの地に国家を作れたのだ。
こうして哀れな使者は死者になる。
グランツは王都の一部に滞在しているエルフ軍の元に向かっていた。
目的の人物はミハエル・トール・ソルディア。エルフの5侯だ。最もこの名はとっくの昔に捨て去り、現在はミハエル・ノードマン侯爵と呼ばれている。トール・ソルディアは神樹国の王族のみが名乗れる物であり、神樹国が滅びた際にこの名を彼は継がなかった。正確には国を捨てた事で彼自身が名乗る事を拒否したのだ。
ミハエルは現在王都で弾薬や消耗した武器の部品を手に入れる為に王都に軍と共に滞在しているのだ。
「よ! 」
「ん? グランツか。どうした」
ミハエルはグランツに軽く挨拶すると、手に持っていたM-700モドキの整備を再開する。
「その銃気に入ったようだな」
「当然だ。これは素晴らしい武器だ。しかし矢に魔法を込めるように銃弾にも魔法を込められれば良いのだがな」
「ふーん。それで、お前等エルフ軍は何をするつもりだ? 」
グランツが見たのは銃の手入れをするミハエルだけではない。建物内に居るエルフの多くが真剣な顔で銃の手入れをしていた。
「知れた事を。我々は姫様の下に征く。止めるなよグランツ」
案の定アリスティアの元に向かうと言うミハエル。しかも、その場のエルフ全員が同意するように頷く。
そして、彼等の瞳には決意が有った。
「……また諦めるのか」
「我等はもう疲れたのだ。止まる事のない大陸中央の普人共の欲望に。
我等は何時まで戦えば良い? 最後くらい有終の美を飾っても良いと思わぬか? 」
エルフ族には負い目が有った。嘗て他種族の融和と繁栄を誓ったアバロン王国。そしてそれに賛同した夜天の国。
エルフ族は彼等が滅びる時、自分達には関わりのない事だと傍観した。
そしてアバロン王国と夜天の国が滅び、普人の時代が訪れた時、彼等は己の過ちを理解した。何故アバロン王国と夜天の国が国家の命運をかけてまで抗ったのか。
2つの国家は自分達が滅ぼされた後を危惧していたのだ。留まる事の無い欲望は多くの種族を不幸のどん底に導く。彼等は己の国家がそれを止めている事を理解していたのだ。
しかし、彼等は孤立し滅びた。そして獣の園と言う国家も纏まりは無く国家を名乗る獣人の群れの様な存在であり、あっさり滅亡した。
次にエルフの国家が狙われた時、当然の如く他国の救援は無い。
アーランドに居るエルフ族は故郷を追われ、アバロン王国の民達が作ったアーランド王国へ逃れた。そして祖国の窮地の際に傍観したエルフ族をアーランドは優しく受け入れた。
自分達は見捨てたのに、彼等は暖かく受け入れてくれた。エルフ族はこの恩を絶対に忘れない。しかし……
「我等はアーランドの民には成れぬようだ。未だに多くの者が故郷を想う。アーランドではなく、既に滅びた故郷だ。嘆かわしいと思わぬか? 我等自身は嘆かわしいと思う。でも忘れられんのだ」
受け入れられたエルフ達はアーランドへの感謝を忘れなかった。故に帝国が攻めてこれば真っ先に軍を出し、どれだけ被害が出ても国を護り続けてきた。
アーランド王国に飢饉が発生すれば、真っ先に物資を分け与えた。一度も反乱を起こした事も無い。アーランドには恩が有るからだ。更にエルフの魔法薬も本来はエルフの掟で外部に流すのは駄目だが、彼等はそれを無視している。
それでも望郷の思いは捨てれなかった。
そして、誰よりも勇敢に戦うエルフ族は誰よりも先に心が折れたのだ。
ジリジリと追い詰められるアーランド王国。戦費の負担は経済に重しとなり、末端から崩壊していく姿をエルフは見てしまった。
もうこの国に未来は無い。
「しかし我等はここ以外に暮らせる場所は無い。この国が滅びれば我等は残らず奴隷にされるだろう。ならば、誇りを胸に死ぬことを望んではいけないのか? 」
いつの事からか、エルフは滅びを考えていた。
しかし唯で死ぬ気など欠片も無い。帝国に一撃入れねばこれまで死んでいった者達に申し訳が立たない。だからこそ、王国が滅びる前に自らの種族を犠牲にしてでも一矢報いると決めていた。
帝国侵攻戦でアリスティアが動けなければ……もし敗北していたのならば、彼等は自らの種族を滅ぼしてでも帝国を退けただろう。彼等には命を代償に発動する魔法を持っているのだ。アーランドに暮らす全てのエルフ族の命を使えば帝国軍に甚大な被害を出せる。それは侵攻を続けれない程の物だ。実際に準備は終わっていたのだ。エルフ族は女子供に至るまで魔法の代償にされる魔導具を身に着けている。これを持った者は全て禁術の生贄になる。
「それで、それを帝国内で使う気か? 」
「帝国は我らが祖国を滅ぼしたばかりか、我等の恩人たるアーランドを滅ぼそうとしたのだぞ。連中には手痛いしっぺ返しが必要だ」
「それは嬢ちゃんがやっただろう」
「それが我慢出来ん! 何故姫様が戦う必要がある。死ぬべきは我等の方であろう! それにあの御方はっ! 」
王国の一員にはなれない負い目から、自分達が一番被害を受けるべきだと彼等は考えた。それこそが恩を受けながらも仲間に成れない彼等の贖罪だと思っていた。
「それ以上言うなよ。俺達ドワーフだって精霊の末裔だ。言いたい事は分からんでもない。でも、もう良いみたいだ。魔王は滅びた。もう魔王は現れない」
グランツは魔王が滅び、精霊王の力を汚染していた邪神の力は滅せられた事を告げる。
その驚くべき内容にエルフ達は口を開いたまま持っていた武器を床に落とす。
「本当なのか? 」
「本当の本当だ。それと嬢ちゃんは今お前達の故郷に居る」
その言葉はこの場のエルフ全員に響いた。
そして一人のエルフが立ち上がる。
「あり得ない! あそこは父さん達の禁術で護られている! 」
「落ち着けノーリー。あの魔法は姫様には効果が出るとは思えん」
如何に協力無比な幻術であろうと、精霊由来の魔法は同じ存在を惑わさない。
「いや、禁術は解除したらしい。これ以上魔法を維持すると来世が無くなるから解放したんだとさ」
「………我等の禁じ手なのだが」
まさか生贄を用いてまで使った幻術が解除されると思わず、ミハエルが冷や汗を流す。そして詳細を聞いて安堵の表情になる。
彼等はもう帰ってこない。しかし、新しい命として何時か誕生する。それは彼等には喜ばしい事だった。
「お前達の領地の……えっとここか。この植林場の樹を全部伐採しろとさ」
「……そこは我等の収入源の一つだぞ」
「そこにお前達の故郷が帰ってくる」
「なん、だと」
「嬢ちゃん。中央に世界樹とお前等の故郷を置いておくのが嫌らしい。持って帰ってくるとさ。それの話をしに来た」
「本当か! 」
ミハエルは驚愕して立ち上がる。
「まあ、可能ならば、だがな。嬢ちゃんも初めてだし、最悪お前達の都市は崩れるかも知れないが、必ず世界樹はエルフに戻すと言ってたぞ」
都市その物を持って帰って来れれば一番良いのだが、土地を丸ごと移動させるなど、エルフでも信じきれない。
「飛空船だって飛んでるんだ。理論上は大丈夫だとさ。だけど、都市の事はさきに話を通すべきだしな」
「構わん。世界樹が戻るのなならば、最悪故郷が壊れても祖先も許してくれるだろう」
彼等は望郷の想いは強い。しかし現実を見ていた。
例え帝国が滅び、その隙に故郷に戻っても彼等はそれを護りきれない。
ならば、せめて世界樹だけでも取り戻せるのならば、そちらの方が良い。
「むしろ無理なのならば、都市は壊してほしい」
「良いのか? お前等の大事な故郷だぞ」
「構わない。世界樹が戻るのならば我等は故郷が壊れても姫様を憎めない。諦めもつく。王国の一員になれる」
彼等の望郷の想いは故郷が不可侵で残っているからだ。壊れてしまえば諦めもつく。望郷の想いが消えれば彼等はアーランドを祖国だと思えるのだ。
「そんじゃ嬢ちゃんにそう伝えとくぞ。それと、貴族が騒がんように金貨一枚で売るから金用意しとけ」
その言葉だけでミハエルは全てを悟る。確かに世界樹は巨万の富を生む。議会は潰れたが、他の貴族が王国所有にするべきだと言い出しかねない物だ。
しかし、戦時の略奪品は税こそ取られるが、略奪した者の所有だ。売ってしまった後ならば、その利益からしか税金は取れない。王国が気がつく前に全てを終わらせるつもりなのだ。ある意味背信行為だ。
そして彼等は勘違いした。これは自分達をアーランドに留める為にアリスティアが無茶をしているのだと。普通に考えれば大地は飛ばないのだ。そう考えても仕方ない。
他のエルフ達も同じ事を考え、静かに涙を流す。それはアリスティアが自分達に死ななくて良い。滅びなくても良いと告げていると思ったのだ。
「我等は末代まで王家に忠誠を捧げる事を改めて誓う。我等エルフ族は最後の一人の最期まで王家の盾となり矢となろう」
因みに剣じゃないのはエルフは剣が得意じゃないからだ。盾は文字通り自らを盾にしてでも王家を護ると言う意味だ。物騒な誓いである。
「よせやい。俺に言っても仕方ねえだろう。取り敢えず俺達ドワーフも嬢ちゃんの援軍は無理っぽいな。精霊使いを集めろ。俺達は土の精霊使いを集める。お前達は水の精霊使いだ。知り合いにも全員声を掛けろよ」
大地の上に大地を置いても崩れる危険がある。だから精霊に頼んで上手く一体化出来るようにしなければならない。
幸いエルフは水と光の精霊と相性が良く、ドワーフは土と火の精霊と相性が良い。
土の精霊が持ってきた大地と既存の大地をしっかりとつなぎ、水の精霊が新しい土地に水脈を作る。一大事業だ。
「良し、じゃあ物騒な武器を仕舞ってエルフ領に戻れ。急がねえと樹が勿体ねえ。うちで全部買ってやるよ」
「それが目的か」
エルフの育てたエルフ樹は普通の樹よりも強靭で燃えにくく魔力の通りも良い最高の素材だ。グランツもウハウハだった。
こうしてエルフは誤解し、アリスティアを更に過大評価し、信望する事となった。
因みに王国に残っている分身はせっせと負傷者の治療に勤しんでいた。最近ギルバートがグリザイユ計画に感ずいて探りを入れて居るのだ。無論教える気の無い分身は忙しいフリをして追求を躱していが、地下でせっせと破壊の象徴を量産している事は誰も知らない。
エルフは種族の存亡など最初から懸ける必要は無いのだ。アリスティアの敗北=敵性国家の崩壊なのだから。




