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251 エルフの聖地を奪還せよ ①

 山の向こうに有るのは世界樹。エルフの至宝であり、アーランドに居るエルフ族の故郷である。

 そこは嘗て神樹国と言う国土の殆どが森の国家であった。しかしアバロン王国が滅びてから普人主義の広まり共に滅び去った。

 理由はただ一つ。世界樹だ。世界樹は木材としては杖の材料として最高峰の素材であり、根や葉もまた錬金術の素材として最高のまさに富を無限に生み出すと言っても過言ではない世界に一つだけの樹だ。

 アバロン王国と夜天の国を滅ぼした種族戦争。そして続く魔王復活による人魔大戦により疲弊した大陸。そして、それらを自身とは無関係だと傍観していたエルフ族。

 普人は魔族の国とそれを擁護する国家を滅ぼしたが、代償は大きかった。しかも夜天の国とアバロン王国を亡ぼす事には成功したが、彼等が得た物は殆どない。アバロン王国は国民を未開の北の地に逃がした上に魔族は殆ど姿を消してしまったのだ。残ったのは無人の地と、魔王との死闘により疲弊した国々。

 彼等は次の標的を決めた。九尾の妖狐率いる唯一の獣人の国――獣の園。そして神樹国。

 獣の園は一応国家であったが、当時の獣人には纏まりがなく、組織的抵抗が困難であり滅ぼす事は成功し、獣人の多くを奴隷として手に入れられた。しかし、神樹国は滅びたが、エルフは普人に屈する事は無かった。

 神樹国は滅びを予見した時、国を二つに分けた。種族の存亡の為に北の地に逃げる者。そして精霊王の最期の地であり、エルフの聖地を守る為に命を懸けて戦う事を選んだ者。

 戦争は激戦だった。森の中ではエルフには獣人でも敵わない。そしてエルフ管理する樹木は中々燃やせず火計も行えない上に、世界樹まで燃やす訳には行かず、普人達にもかなりの被害を出した。

 しかし普人とエルフには人口と言う圧倒的な差が存在した。あっという間に増え続ける普人。中々数の増えないエルフ。次第に戦線は押され、遂にエルフは禁術を用いた。

 それは生き残ったエルフ2000人の命を代償に森を迷路にする魔法だ。この魔法の効果が消えない限り、首都にはたどり着けない極めて強力な幻術だ。

 これにより普人はエルフの国を亡ぼす事には成功したが、彼等が望んだ物は何一つ得られなかったのだ。


「世界樹は帝国の物じゃないよね? 私が持ち主にしっかり返してあげる」


 ニヤリと笑う分身。目の前で世界樹を奪われたと知った時の帝国の動揺する様を妄想するだけでフスーを鼻息が荒くなる。そして現在アーランド王国の5侯の一人が神樹国の王族だ。持ち主はアーランドと言える。

 分身はゴーレム達と半数の分身を工廠と鉱山に残し、アリシア・拓斗・舞・和仁・クート・ヘリオスと共に森に入り込む。


「おーい皆ー何で反転してるの? 」


 しかし森に入って直ぐに分身以外の全員がくるりと反転すると何事も無いように歩き出す。

 分身の言葉にッハっとした全員が歩みを止める。


「真っ直ぐ歩いてた筈ですが……反転してましたか? 」


 アリシアは自分が元来た道に戻ろうとしていた事に気がついていない。他の全員も困惑している。


「これは思った以上に強力な魔法だな。ヘリオス」


「うむ! 」


 ヘリオスが人間形態からドラゴンに戻ると、分身を背に乗せ飛び立つ。

 しかし、空にも当然の如く魔法の影響下であり、ヘリオスが目的地である世界樹の元に飛べない。近づくと反転して戻ろうとするのだ。そしてヘリオスにはその自覚がない。

 古代龍の一柱であるヘリオス。糞雑魚ナメクジなヘリオスだが、古龍に相応しい魔法耐性を持っている。そのヘリオスですら違和感を感じさせずに欺く幻術。


「役立たず」


「ぐ、ぬう……吾輩幻術の類嫌いなのである……昔を思い出すのである」


 ヘリオスは子供の頃から他のドラゴンに虐められてきた記憶を思い出した。

 昼寝していれば行き成りブレスを撃たれ、狩りをすれば獲物を横取りされる。中々良い出来の巣を作れば次の日には崩壊させられている。幻術の類も散々被害を受けた。


(うぬぅ……思い出すだけで忌々しい連中なのである)


 最もヘリオスを虐めたドラゴンは人間にちょっかいを出して返り討ちにされるなどで粗方死んでいる。引き籠っていたヘリオスと極僅かのドラゴンが古龍に至るまで生き残っているのだ。

 つまり今まで生き残ってきたは自身は賢いのだとヘリオスは自分を慰めた。因みに人間に従うドラゴンはドラゴンの面汚しなので、他のドラゴンの視界に入ると殺しに来ます。生き残っている旧友達が今のヘリオスを見つければさぞ面白い事になるだろう。ドラゴンが物凄い形相で泣きながら逃げると言うショーが見れる。


「まあ、取り敢えず幻術のせいで拓斗達中央に行けないね」


「アリスは大丈夫なの? 」


 拓斗の問いかけに分身は平然と頷く。


「この手の幻術は私には効かないよ。生物を対象としているからね。多分モル……妖精族にも聞いてないと思う。半分精霊みたいな種族だし。エルフの魔法って精霊だけは傷つけたりしないんだ」


 その言葉に拓斗のポケットからリーンが飛び出す。


「おいテメエ、リーンの事モルモットって言いかけやがったです! リーンは精霊の血を継いだ由緒ある妖精族なのです! 鼠じゃねえのですよ! 」


「知ってる? モルモットって実験動物と言う隠語でもあるんだ。ちょっと組織サンプル頂戴。ちょっとで良いから」


「来んな、なのです! 」


 リーンはマッドサイエンティストから逃げるように拓斗のポケットに潜り込もうとするが、拓斗がリーンを掴む。


「ちょっと待って。幻術効かないの? 」


「んあ? ここの魔法ならリーンに効かないのですよ。エルフはリーンと同じく精霊の血を継いでるのです。他の人間と違って同族同士で殺し合いとか出来ないのですよ」


 それは精霊の特性だ。基本的に精霊は同族で殺し合わない。お互いが認識していないときに攻撃が通る事はあるが、殺意無き攻撃で精霊が死ぬことは無いのだ。お互いに不可能な事故だったねって笑う程度である。

 そしてエルフと妖精族の使う魔法はこの世界でも特殊であり、精霊由来の魔法だ。妖精族は実体を持つ精霊とも言えるし、エルフは親戚程度だが、血が繋がっている。そして、その魔法はお互いを傷つけない。欺かないのだ。無論人が生み出した術式を用いた魔法はその限りではないが、この森を覆う幻術は精霊由来の術式を用いているのでリーンには何の効果も無い。


「リーン達妖精族は精霊と同質の魔力ですし、エルフも混じり気は有るけど精霊の魔力も少し持っているのです。だから幻術とか聞かないのです。と言うか同胞を欺くと言う考えがないのですよ」


「やっぱりちょっと解剖させて。魔力の質とか調べたい」


「リーンは昼寝の時間なのです! 」


「いて! 」


 リーンは拓斗の指を噛むと、一瞬の隙を突いて逃げ出し、拓斗のポケットに潜り込んだ。

 ブーっと膨れる分身。自分のいったい何が気に入らないのだろうか思った。ちょっと調べてサンプルを手に入れる訳じゃないのだ。かつて和仁に行った知識の強制インストールの危険性に比べればなんてことない。因みに知識の強制インストールは応用すれば完璧な洗脳が可能である。


「流石にモルモットは無いんじゃない? 」


「妖精族なんてエルフ領から絶対に出てこない私以上の引き籠りだからサンプルが欲しいんだよ。ドワーフとエルフと獣人のハーフのサンプルはもう持ってるからね」


「ちょ! 姫様それって私とグランツ様のですよね? 一体何時そんな事されたんですか! 」


「え~師匠はちょっと血を頂戴って言ったら普通にくれたよ。アリシアさんは割とお風呂で鼻から血を流してるじゃん」


 幼女に発情する変態メイドの血液サンプルを手に入れるなど造作もない事だった。因みに見てるだけで大変満足してるので手を出すとかは絶対にない。そこまでアリシアに根性は無いのだ。


「このメイドってヤバいメイドなんじゃ……」


 和仁が渋い顔でアリシアを見つめる。


「ちょっと暑さで鼻血が出ただけです」


 アリシアは平然と答える。事実を告げる気は無い。そんな事をすれば首が飛ぶ可能性があるのだ。それは仕事のクビかもしれないし、貴族としてのクビかもしれない。そして物理的な感じのクビかもしれない。

 最もアリシアは眺めてるだけで大満足の淑女さんなので誰も気にしない。寧ろアリスティアの為なら命も厭わない忠誠心を持っているのだ。

 因みに現在は拓斗をどうやって暗殺するか思考中である。拓斗は寝ていても全く隙が無く、何度か暗殺を試みたが、接近するだけで刀を握るのでアリシアの腕では暗殺は不可能だ。アリシアは隠蔽能力に特化してるので戦闘能力はそれ程高い訳じゃないのだ。

 暗殺が難しい事に落ち込んだアリシアだが、寝ているアリスティアの方が遥かに危険なので拓斗は割と大人しいと言えるだろう。寝起き限定でドラコニアでも防御を許さない物理攻撃を仕掛けて来る幼女は怖いのだ。そして、完全に目が覚めるとその怪力が消えるどころか身体能力が同年代よりはるかに低いのが謎である。寝起きの馬鹿力とでも言うべきか。


「まあ、話を戻すとして、拓斗達どうしよう」


「流石に置いていくのは勘弁してほしいかな。俺も世界樹を近くから見たいし」


「観光って重要だよね」


 拓斗の言葉に分身が同意する。観光だけじゃなく、分身を放置すると何をしでかすか分からないと言う恐怖もある。規格外な事ばかりするからだ。


「じゃあ魔法を解除しようか」


 なんてことも無く告げる分身に周囲が愕然とした。

 ここを覆っている魔法はエルフが自身を生贄にしてまで行った禁術だ。それを事も無さげに解除すると言うのだ。


「で、出来るのですか! 」


 アリシアの問いに分身が得意げに頷く。


「隠された魔法の解除は得意。クラッキングは楽しい。前世でもしょっちゅう政府のサーバーに不正アクセスしてバックドアを作って遊んでたからね」


 違法です。

 そして分身の足元に魔法陣が浮かび上がると、それは森を覆う程巨大になる。


「もう良いよ。ゆっくり休んで。後は私が何とかするから」


 分身が穏やかに声を掛ける。森は風で葉が揺れるだけだ。


「さあもう囚われる必要はない。貴方達は家族の元に送ってあげる。だから悲鳴をあげ続ける必要はない。もう休んでい良いんだよ」


 魔法陣から淡い緑色の光が溢れだし、森を覆う。

 その光はとても穏やかで安らぎを与える光だ。

 そして魔法陣が消えると、ここは既に普通の森に成っていた。


――ありがとう――


 多くの人の感謝の言葉が森に響き渡る。

 この禁術は維持するのに生贄の魂を消費する。一度魔法を行使すれば、生贄は魔法を維持する為に囚われるのだ。

 分身はそれを解除した。縛る物の無くなった魂は天へと昇っていく。来世では穏やかな人生である事を願った。


「はい終わり」


「今のは一体……」


 分身以外に秘術の代償は知らない。分身も語る気は無かった。

 そして世界樹に向かって歩き出そうとした時、突如木の蔓が分身めがけて伸びてきた。

 それは先端が尖っており、明らかに貫くための物だ。


「邪魔」


 しかし分身の前に立った拓斗が蔓を刀で切り刻む。拓斗には止まっているような速度であった。


「誰ですか! 」


 全員が戦闘態勢を取り、アリスティアを中心に周囲を警戒する。


「人間どもはここから出ていけ」


「ここはエルフの土地だ」


「出て行かないなら実力行使だ」


「それと、そこの怪物……生き物じゃない。皆アイツを狙って! 」


 草むらから飛び出してきたのは妖精族だった。

 数はおよそ20人程だ。全員が敵意を受けているが、特に分身が一番殺意を向けられている。


「解せぬ」


 分身は不満げに呟いた。

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