248 追い詰められた帝国
一部書き忘れが有ったので修正しました。
皇帝が帝都に戻って3カ月が過ぎた。しかし、現状は最悪の一言だ。
既にアリスティアは4つの都市と7つの砦を攻略。破竹の勢いで帝国内を蹂躙し続けている。
皇帝は頭を抱えていた。絶望的な敗戦から何とか帝都まで戻ってこれば帝都は既に空爆されているし、自分達を追い抜いたアリスティアは帝国を荒らしまわっている。
都市を攻略すれば奴隷を解放し、望む者はアーランドへ送り、帝国資産を奪い尽くすと城壁を爆破して姿を消す。
砦は全ての物資を奪うと完全に爆破して同じく姿を消す。軍は直ぐにアリスティア軍を追い出す為に帝都に戻った帝国軍から迎撃隊を出すべきだと言っている。
しかし皇帝からしたらあり得ない事だ。
陸だけで200万を超える軍勢を用意して小娘一人に敗北したのだ。
「300万だぞ。この大陸の歴史上でも類を見ない規模の軍を送り込んだのに経った一人に負けたのだ……数千程度の援軍を送ってどうなる? そんな事よりも儂を護るべきであろう……」
皇帝はアーランド戦は蹂躙できると確信していた。長年アーランドを滅ぼす為に帝国は国土を広げつつ軍事力を高めていた。先の侵攻はその集大成であったのだ。アーランドを滅ぼし、王女と王女率いる技術集団を帝国に取り込めば大陸制覇は間違いないと思っていた。大陸随一の超大国たるグランスール帝国は鋭い剣だけでなく、天を目指す翼まで手に入れられると。全ては妄想に終わった。
「皇帝陛下」
執事の老人が部屋を訪ねて来た。
「どうだった! 」
皇帝は椅子から立ち上がる。しかし、執事の表情を見て落胆すると再び椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。
「……駄目であったか」
「あの条件ではアーランドは納得できないとの事です。使者は首だけ帰ってきました」
皇帝が選んだ道はアリスティア軍の迎撃ではない。講和だ。未だグランスール帝国は侮れない軍事力を残している。全盛期には程遠いが、小国たるアーランド王国。それも戦前の状況のアーランド軍より兵の数は多い。
この状況下で帝国有利の講和を試みた。
しかし、アーランドはこれを拒否した。未だにアーランドを蛮族だと侮っていた使者が馬鹿にされたと激高し、その場でギルバートに首を刎ねられた。使者の首は返されたが、体は王都の広場で火刑に処されたようだ。死体でも許す気は無いらしい。
しかし怒って当然だ。帝国の出した条件は領土は戦前の状態を認め、戦争責任はアーランド側にあり、アーランドが賠償を支払う事。
そして帝国との同盟だ。それに伴い武装飛空船の設計図と建造技術の技術転移だ。思わずギルバート処か騎士が鼻で笑って仕方のない交渉であった。
これを拒否するれば他の国も介入させると脅したのだが、そもそも講和など不可能なのだ。
アリスティア軍は糸の切れた凧の様なものだ。もはやアーランド王国が納得しても分身が気に入らなければ止まる事は無い。そしてアリスティアの出した降伏内容は皇帝処か、グランスール帝国全体を恐怖のどん底に落とした。
一つ。 アーランド王国領内に不法に侵入した皇族・貴族・高級軍人の引き渡し。当然アーランドの法で裁かれるので例外なく死刑になる。
二つ。 グランスール帝国の税収の約半分の賠償金。分割は途中で適当な理由を作って有耶無耶にするだろうから一括払いしか認めない。
三つ。 アーランド王国及び同盟国への領土割譲
四つ。 アリスティア軍が略奪した【全て】の所有権の放棄
五つ アリスティアが望む奴隷は例外なく開放する
どう見ても無条件降伏の様な内容だ。一つ目を受け入れれば帝国の存続は不可能になる。主要な貴族処か皇帝すら死刑になるのだ。
そして二つ目を受け入れれば帝国は破産だ。と言うか帝国政府にこれだけの金を支払う財力が残っていない。貴族の資産まで徴発してギリギリ払えるか否かの状況だ。そして、それを行えば貴族の反発は間逃れない。
三つめ以降も厳しい。帝国は広大な領地と膨大な人口を誇る超大国だ。しかし、その経済は奴隷に依存している。どれだけ解放されるか分からない。
そして解放された奴隷は結局アーランドに流れるだろう。殆どの奴隷は帝国に残る事など望まないだろう。
皇帝は何度かアーランド側に使者を送り、妥協点を見つけ出そうと躍起になった。しかしグランスール帝国は勝ち過ぎていた。勝利を繰り返し国を大きくしてきた。敗北を受け入れられる土壌が無かったのだ。故にどうしても帝国有利の講和案を崩せず、アーランド側は妥協の意思は無い。ここで妥協すると勢力を伸ばし始めたアリスティア派(自称であり本人は知らない)が激怒する為だ。
唯でさえ身命を賭してアリスティアの元に援軍として馳せ参じたいのにアリスティアから待機を命じられているのだ。アリスティア派は極めて特殊な派閥であり、利よりも信仰心で纏まっている為にアリスティアの意思に反する事は行わない。派閥が大きくなると王太子であるギルバートと権力争いを起こすと言う懸念も当初は存在したが、アリスティア自身が王位を望んでいない事からギルバートに忠誠を誓う事こそアリスティアの為になると王太子派にも属す謎の集団となっているのだ。とは言え、アリスティアの意思を無下にすると盛大に激怒するので、扱いは難しい。
因みに王女無き王女派と呼ばれた勢力はアリスティアを傀儡の女王にしようと画策している派閥だったが、支持母体が貴族議会なので壊滅している。現在天使派を名乗る新アリスティア派によって拷問を含むお説教を受け、生まれてきた事を後悔しているだろう。個人崇拝良くないと思います。
これらの要因と現在ギルバートがグリザイユ計画なる謎の計画が存在する事を察知し、それらを調べている為に講和する気が無いのだ。因みにグリザイユ計画の内容はギルバートを持ってしても内容の欠片も見つからない。知る人が本人と分身だけなのだ。調べようがないし、現在分身は尋問を警戒してギルバートから逃げている為にギルバートが妹に嫌われたと死人の様な目をしている。そして、それを戦場から帰ってきたら娘が男を作った挙句、子供が出来た事を知ったアルバートが同じく死人の様な瞳で慰めていた。
「兎に角……何としてでも講和するのだ。その為なら手段を択わん」
皇帝はアビア皇国に援軍を含む講和のとりなしを依頼する。しかし、皇国内はダース・ケモナーの乱で現在大混乱であり、教皇はここでアリスティアを討つか捕まえろと言っても部下達はダース・ケモナー絶対殺すマンになっており、国が割れかけていた。その為、援軍を送ってくる事は無かった。
「大変です! アーランドの同盟国が旧領の奪還を宣言し、我が国に宣戦布告してきました。既に連中の旧領は陥落しているようです……それと…… 」
口ごもる宰相。皇帝はここまでは想定していた。領土割譲が条件に出ている以上はアーランドの同盟国から奪った領土の返還も行うだろうと。無論唯でくれてやるつもりは無い。アーランドの同盟国は皇帝からしたら薄汚い裏切り者だからだ。絶対に報復するつもりだった。
「どうした続きを言え」
皇帝の言葉に宰相が汗を拭きながら告げた言葉は皇帝を激怒させた。
「ザムドの王子とティファニアの王女が婚姻を結び、ザニア王国の建国を宣言しました。そして旧王都を奪還し……ウレレア金山を奪取しました! 」
その言葉を聞いた皇帝は帝国に未来はない事を理解した。
都市国家ザムドと同じく都市国家ティファニアは元々一つの国家であった。
しかし帝国との国境沿いに金山が見つかる。産質量は膨大でありながら金鉱石の純度も極めて高い金山だ。現在大陸で産出される金の4割はこの鉱山で採掘されている程の金山である。
先代皇帝はこの金山の発見に喜んだ。そして同時に隣国が邪魔だと思った。しかし、隣国は帝国の属国であり、帝国に従順だった。滅ぼす大義が無い。故に策略を用いる。
その小国には3人の王子が居た。仲は悪くも良くもない普通の王子達だ。皇帝は、そこの国王を暗殺し、3人の王子にそれぞれ王位を譲ると言う偽装した遺書を流させる。
3人は王位に目がくらみ反目した。しかし、殺しあう程仲が悪い訳では無かった。取り敢えず自身を支持する領地に分かれ、第一王子が王都に残り3つの勢力に割れた。割れたと言っても話し合いの為に距離を取っただけだ。戦争自体は起こっていない。
これに先代皇帝が不快感を示した。自身は継承権争いで親族を躊躇いなく殺しているのに、連中は話し合いと言う平和的な手段を躊躇わずに選んだのだ。
皇帝は王太子派に潜り込ませていた密偵の軍人に帝国を意図的に攻撃させ、それを理由に王都を滅ぼした。
結局第二王子と第三王子は分断されてから自分達は騙された事に気がついたのだ。そしてその恨みは根強く2つの都市国家に残った。
そして2つの都市国家は丁度直系が王子と王女しか居ない。これ幸いと2人を結婚させ、分断された王家を一つに纏めると、旧王都を奪還。その勢いのまま、諸悪の根源たる金山を奪い取ったのだ。
そして、この金山を奪われれば帝国の財政に大ダメージが与えられる。皇帝は小国如きに帝国の未来を奪われたショックで崩れ落ちた。
グランスール帝国の軍人達もかなり参っていた。
「ソキュール砦が落ちた以上は近くのシャルル公爵領が狙われる筈だ。あそこは麦の生産地だ」
参謀が帝国の精密な地図の上をなぞる。考えられる行軍ルートだ。
「それは理を伴った推論だろう? 王女には通用しない可能性が高い」
別の参謀が首を振る。
アリスティア軍は帝国軍と相性が最悪に悪い。グランスール帝国は大陸の覇権国家だ。大陸随一の領地と国民を抱えている。それを達成したのは政府の力よりも軍の力が大きい。歴代皇帝は軍にだけはそれ程関与しなかった。自分の下についてさえいれば、軍の人事には一切かかわらない。
お陰で帝国軍は帝国に継承権争いが起きても我関せずを貫けた。誰が皇帝に成ろうとも、軍に口出ししなければ構わないのだ。皇族も軍を動かすよりも自身を支持する貴族の諸侯軍を用いて継承権争いを行い、勝利した新しい皇帝が軍の上に就く。
故にグランスール帝国軍は屈強だ。効率的な組織。優れた武器。それらを持って他国を滅ぼし、版図を広げ、帝国国内で一定の権威を持つ。
故にグランスール帝国軍は理を持って軍を動かす。しかしアリスティア軍は直感だけで軍を動かす。道なき道を己の本能が赴くままに突き進み、視界に入った都市や砦を襲撃する。
陥落した都市では奴隷の解放と貴族・政府資産の没収を行い、街を護る外壁を爆破して直ぐに居なくなる。
砦に至っては降伏しなければ容赦せずに攻撃を仕掛け、降伏すれば全ての物資を奪い、砦その物を爆破して居なくなる。
兎に角、爆破大好きのアリスティア軍である。時折街道も爆破したり、意図的に土砂崩れを起こし街道を塞ぐ事もする。最悪な連中だな。
「一体次は何処を襲うと言うのか! 」
参謀が机を叩く。その威力は机にヒビを入れる程であり、彼の怒りがどれほど強いかを物語っていた。
今まで培ってきたそして磨き上げてきた自信の頭脳がまるで役に立たない。軍人として、そして帝国軍を導く参謀として屈辱だった。
「儂は40年、40年も参謀として生きてきた! それを10年も生きていない小娘に踏みにじられるのか……ふざけるな! 」
次の一撃で机が砕け散る。参謀の拳は机の破片で傷つき、血が流れるが、本人は悔しくて惨めで涙が止まらなかった。
「皇帝陛下を何としてでも説得し、王女軍が通りそうな街道を封鎖するのだ。これ以上小娘の好きにさせるな……ついでにあの小娘だけは殺す。絶対殺す! 皇帝陛下が何と言おうが殺してやる! 」
本来ならアリスティアを手に入れる為のアーランド侵攻。しかし一人の参謀の言葉に他の参謀は同意の視線を向ける。
これ程の屈辱を受けてアリスティアを手に入れるなど不可能だ。ならばアーランドで聖女の名声を持つアリスティアを滅ぼして一矢報いるのだ。
既に参謀達は冷静さを失っている。そんな事をすればアーランド軍どころか、アーランドの国民を激怒させるのだ。
講和を模索する帝国政府とアリスティアを絶対に殺し、屈辱を晴らそうとする帝国軍は次第に溝が出来ていく。
「報告します。リヨン砦が陥落しました! 」
参謀達が怒り狂っている所に新しいアリスティア軍の情報が入り込む。
「ふざけるなあああああああああああ! 何で何の価値もない砦を攻撃してるんだ! と言うかどういう移動速度だ! 」
ソキュール砦からリヨン砦は半月近く移動に時間が掛かる。しかし、ソキュール砦を攻略してアリスティア軍が消えてから5日程しか経っていないのだ。しかも堂々と公爵領を横断した事になる。
リヨン砦は嘗てはそれなりに重要視されていたが、隣接していた小国を滅ぼし、帝国の領地に組み込まれると、存在意義を失い、現在は失態を犯した将校の左遷先だ。兵も100人程度である。
何で旨味の有る公爵領を無視してそんな辺鄙な場所を攻撃しているのか参謀は未だに理解出来ない。当然だろう帝国国内の精密な地図は既に獲得しているアリスティア軍だが、それを分身は見ないで適当に行軍しているのだ。常識で考えれば考える程に不可解な行動しか行わない。
しかし、これは正しかった。アリスティア軍を動かすのはアリスティアの分身達だ。その頭脳は本体と同等。つまり本体以上の頭脳は無い。
そしてアリスティア軍が理を持って軍を動かせば即座に参謀達はその目的も次の攻撃地点も読むだろう。故に理ではなく直感で動く。本人が次の襲撃先を理解して居なければ帝国軍も理解出来ないのだ。
頭を抱える参謀達の耳に幼女の高笑いの幻聴が響き渡るのだった。
帝国政府「講和したい」
アーランド政府「無理」
アリスティア分身「帝国が 無条件降伏するまで 攻めるのを 辞めない」
帝国軍「王女殺す」
聖教「裏切者の異端者絶対コロス」
ザニア王国「この隙に金山貰っとこ」
他同盟国「領地返して貰うね」
大体こんな感じです。




