241 プロローグ
「教皇陛下、魔王の復活を観測しました」
白装束の男が魔王復活を観測した事を報告する。
アビア皇国は魔王の復活を観測する手段を持っていた。何故なら魔王を生みだしたのは皇国に本拠地を置く聖教だからだ。
精霊王の力を受け継いだ人間を捕縛し、人体実験の末に生まれたのが魔王である。人類の敵を生みだす事で権勢を強めたのが聖教と言う存在だった。そして、女神の教えを歪めたのが教皇である。
彼は不死者だ。彼の出自は彼しか知らない。もう真実を知る人間は居ないのだ。何故なら彼は長い時間をかけて教会を乗っ取り、事実を知る者を皆殺しにしているのだから。
「ほう、王女が堕ちたか。手に入れてからでも良かったが。アーランドに魔王が生まれたのは都合が良い。聖戦を始めよう」
クックックと嗤う教皇。
「それと同時に精神剣も封印が解けたようです」
「素晴らしい! 直ぐに精神剣を手に入れ我らが聖別した勇者に滅ぼさせよう」
普人による世界の統一。教皇の願いだ。穢れた亜人共は滅ぼさねばならない。
その為ならあらゆる手段を講じる。教皇は上機嫌で聖戦を告げる言葉を考え、台本を書き始める。こういうのは自身でやるのが楽しいのだ。
しかし、数時間後、あり得ない事が告げられた。
「大変です! 魔王が、魔王が滅びました」
「早すぎるだろう! 」
出現した魔王が直ぐに討たれる等、歴史上でも無かった事だ。
しかし、精神剣の封印が解けたのと同時に魔王が現れた事から、即座に討伐された事は間違いない。どうやら【今回】の魔王は最弱だったらしい。本当は最強になりえるポテンシャルを持っていたが、復活したタイミングが最悪なのと、アリスティアが煩悩で溢れていた事が原因だ。プリンには勝てなかったよ……
予想外の事で教皇の周りも混乱する。
「報告します。帝国軍敗北。皇太子が行方不明だそうです。アーランド方面の砦も完全に崩壊しています」
「早すぎるぞ! 」
教皇の側近が声を荒げる。
帝国軍の敗北はまだ理解出来る。魔王が出現したから。しかし、その後方の軍事施設までも破壊されているのは信じられない。
「それと……アーランド軍が帝都を奇襲し、被害を与えたそうです」
「何処にそんな余力があるのだ。情報の真偽から見直せ! 」
「事実です。空を飛ぶ謎の物体から爆弾を帝都に落としたそうです。異世界人達は空爆だと言っております。それと、空爆を知った異世界人達も動揺して混乱しております」
帝都にある教会が送ったスケッチを見た異世界人達はアーランドが爆撃機を持っている事を理解した。それは、この世界を未開だと侮っていた異世界人達を震えさせる物だった。何故なら自分達を殺せる可能性があると言う事だ。如何に女神から手に入れた異能を持つ異世界人でも雨のように降り注ぐ銃弾に耐えれる保証は無い。大丈夫だと思うが、地球クラスの技術力を持っているのならば、自分達は安全だと言う前提が崩れかねないのだ。
「アーランドへの聖戦も暫く様子を見る必要があるかと」
「馬鹿なことを言うなよ。今ならアーランドは弱っているだろう? ならば帝国に与してアーランドを滅ぼすべきだ。帝国だって弱ってるから今後はこちらの言う通りに動かざるおえないさ。っま、欲をかいた代償だな」
まだ教皇には余裕が有った。アーランドも本気の帝国と戦争したのだ。撃退出来ても青息吐息だろう。
しかし、皇国の内部に最悪の敵が居る事を忘れていた。
「大変です教皇陛下! ダースケモナーが聖都で決起集会を開いています! 」
「何だと! 」
「親愛なる信者諸君、聖教は腐敗した。見よ、これが証拠だ。我等の信仰を教会が汚したのだ! 」
ダースケモナーと化したシュタインは教会の不正の証拠を広場でばら撒く。恐る恐るそれを拾った住民達が、証拠の写しを見ると、怒りで震え出す。
不正・汚職のオンパレードだ。自分達の信仰を教会が汚したのだ。
「女神様の教えは間違っていない。しかし、それを皆に伝えるのは人だ! そして人は過ちを犯す生き物だ。ならば我等信仰に生きる者達は自ら過ちを正すのが女神様の教えではないのだろうか! 立ち上がるのだ同志達よ! 」
広場の影ではダースケモナーの仲間達が教会騎士を取り押さえている。
「さあお前もモフモフにしてやろう」
「や、やめろ! 」
羽交い絞めにした教会騎士の口にポーションを流し込む同志。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! 」
教会騎士は獣人となり涙を流す。
「我等ケモナーを弾圧するなど馬鹿げた事を企むからこうなるのだ。暫く獣人になり、彼等と自分達普人の何が違うのか考えるのだな」
HAHAHAと笑う同志。支配階級から差別階級に落ちた教会騎士。彼はこれまでの行いの代償を負う事になるだろう。
他種族も普人も違いはあれど、どの種族も人である。ケモナーの考えだ。種族の違いだけで迫害する聖教はケモナーの敵なのだ。
何故ケモナーが教会に反旗を翻しているのか。それは聖教の失敗だ。常日頃から他種族を支援し、時としてはアーランドへの亡命を支援するケモナーは聖教にとって面白くない者達だ。だからケモナー弾圧を行ったのだ。
しかし、それは悪手だった。弾圧されたケモナーは地下に潜り、組織化してしまった。組織化する事で彼等は更なる支援を行えるようになってしまったのだ。そして弾圧されたケモナーは教会を敵と認識したのだ。
ダースケモナーは彼等を仲間にした。ダースケモナーの熱いモフモフへの情熱と贖罪の心が彼等を仲間にした。
ダースケモナーと化したシュタインは教会の暗部に精通している。そして、その手腕も優れている。ケモナー組織は今まで以上に動きやすくなった。
教会が持つ情報網の裏をかき、どんどん不正の証拠を集めた。皇国全土で聖教の威信を揺るがす大告発集会が各地で勃発したのだ。
聖教幹部はダースケモナーの正体をシュタインである事を知った時、彼等の頭の中からアーランドの事は消えた。裏切り者を絶対に許さない。それが聖教である。例え教皇がアーランド戦に参戦せよと言っても裏切者の抹殺こそが最重要なのだ。殆どの聖職者が粛清を訴えれば教皇も動きが鈍る。
そしてこれがダースケモナーの乱と言う聖教の権威を落す騒乱の始まりであった。
皇国はアーランドに攻め込む事が出来なかった。仮に、ここでアーランド侵攻を決断し、勇者部隊を送り込めばアリスティアを殺せる可能性が高かった。勇者の中に魔法に対する絶対的な力を持つ者が居るのだ。それを投入すれば瀕死のアリスティアは勿論、分身達も返り討ちに出来ただろう。最も王都に残した反撃の手段が残っているので、報復されて皇国は世界から消えただろうが。
「悪かったよ」
黒いアイリスが不貞腐れるようにアリスティアに謝る。
「全く。未練は分かるけど、あんな物を取り込むとか正気じゃない」
魔王を取り込めば自身が歪むのは当然だ。黒いアイリスだって世界を滅ぼしたい訳じゃない。唯家族に会いたかっただけだ。
「諦めたくなかったんだ……もう一度で良い。その後恨まれたって、憎まれたって構わない。あんな別れは嫌だったんだ。幸せだったんだ……あの日々が。『私』はそれ以上なんて望んでなかった。
家族がいて、友達がいて拓斗が居て私が居る。幸せじゃん。他の物なんて何一つ欲しくない」
下を向いたまま呟く黒いアイリス。
「そうだね。あの日々は今でも輝いてる。でも前を向く必要があると思う。だから『前』の私は自分を分けたんだと思う。私が貴女を受け入れる時が来るまで」
アイリスは切り捨てただけじゃなかった。いつの日か、過去を受け入れれば自然と黒いアイリスもアリスティアの一部になるはずだった。
「もう暗い世界に居る必要はない。一緒に生きよう。過去を忘れろとは言わない。でも、新しい家族だって悪い訳じゃないよ。それに拓斗達もこの世界に来てくれた」
「そう……もう良いんだ」
「そうだよ。もう恨む必要はない。同じ時間を生きよう」
「うん」
黒いアイリスがアリスティアの中に溶け込んでいく。この瞬間完全な転生を果たす。
「ッツ、ちょっとキツイな」
黒いアイリスの持っていた絶望と怒り。その全てを受け入れたアリスティアが呻く。しかし、それに流されないように心を強く保つ。
全部失ったわけじゃない。そして新しく手に入れた物がある。だから受け入れる筈だと自身を見失わないように抗う。
そして2つは1つになった。
「素晴らしい物を見せて貰った」
拍手が響き渡る。この世界にはアリスティアと黒いアイリスしか居ない筈だ。しかし、もう一人居た。
「誰? 」
「俺の魂を勝手に使っておいてその言いようか。アーサーと言えば分かるか? 」
アーサーと名乗った男が指を弾くと、白い世界は謁見の間の様な場所に変わった。
「我が居城へようこそ末裔よ」
何処かで見たことがあるような世界にアリスティアが首を傾げる。
「ああ、少し覚えていたか。前に会った時は殆ど話も出来なかったからな。
君の中から邪神の欠片が排除された事で、少しだけ話せるんだ。なに、安心すると言い。俺も直ぐに消える」
もう魂が崩壊を始めているからねとアーサーが寂しそうに呟く。
「成程、どこかで見覚えが有る訳だ。貴方も私に干渉しようとしてたの? 」
「俺にそんな力は無いさ。壊れた精霊王の危険性を伝えたかっただけだ。まさか俺の魂から精霊王の力を奪い取るとは思っても無かったのでな。
ところで君はリコリスの子孫なのだろう? 出来ればあの子が作った国の事を教えてくれないか? 私は何も知らないんだ。あの子は……娘はどうなったのだ」
アリスティアはドラコニアから聞いたアーランドの歴史を話す。アーサーは申し訳なさそうに涙を流した。
「あの時、俺が激情に流されなければ、祖国の名誉を傷つけなかっただろう。そうか国は滅びたか」
「それと大陸には他種族の国家は残ってないよ」
「だろうな。俺も封印された事で全てを知った。だからこそ君に託したい。この世界の歪みを正してくれ! 」
アーサーが手を振るうと、アリスティアとアーサーの前に水晶が現れ、映像を流し始める。
「これは精霊王の力に残った記憶だ。精霊王の力を継いだ者達の末路が残っている」
「これは酷い」
始めは希望の力だった。国家を失い、生きる希望の無くなった人類を救う為に精霊王の力は振るわれた。世界中が魔物の領域とかした絶望の世界で、精霊王の力を継いだ者は人類の生存圏を広め、滅びに抗う為に力を使い、遂に人類は嘗ての栄光には程遠いが、破滅から逃れる事が出来た。
しかし、何時の頃からか、精霊王の力を悪用する者達が現れた。
彼等は精霊王の力が汚染されている事を知ると、それを利用する事を企んだ。本来ならば邪神の欠片は時代と共に浄化され消え去る筈だった。しかし、彼等はそれを無暗に弄り回し、遂には魔王を生みだした。
「つまり魔王は……」
「人の手によって意図的に作られた人類の敵だ。外部に敵を作り、人類を纏めたかったのだろう。人類は復興と共に幾つもの国家に分かれた。恐らく過去の魔法王朝のように人の統一国家を作りたかったのだろう。愚かしい限りだ」
魔王は世界の脅威だ。抗う為には協力する必要がある。そして従わない者は魔王に滅ぼされる。
「酷いマッチポンプを見た。聖教に正義は無い」
映像には実験を繰り返す者も映っている。彼等は聖教の証であるペンダントを付けていた。
「無暗に世界を混乱させる連中に世界を渡す訳には行かない」
「そうだね。これはいずれアーランドに害を与える。分かった。私が何とかする」
「出来るのか? 」
アーサーはアリスティアに成せるとは思ってなかった。唯、真実を知る人が増えれば良いと思っていたのだ。
「大方テトもそれが目的で私を転生させたんだろうからね。それにこれが一番の問題」
それは精霊王最期の記憶。彼はいつか邪神が再びこの世界に攻め込んで来る事を告げていた。
これを見た時、アリスティアは何故自分が記憶を持ったまま転生したのかを悟る。
アリスティアは自分の小さな手を見つめる。
「大丈夫。私が、仲間達が頑張る。だから後悔しなくても良い。貴方の意思はアバロンの意思はアーランドへと受け継がれている」
アリスティアの言葉にアーサーは涙を流しながら笑う。まるで憑き物が落ちたかのような表情だ。そして体が薄れ、この世界も溶けるように消えていく。
「去らばだ末裔よ」
こうしてアーサーも消えた。白い世界にぽつんと立つアリスティアは呟く。
「取り敢えず私を騙したテトは〆る」
後でテトを呼び出す必要があるとアリスティアは思うのだった。
聖教とケモナーの敵対はこんな感じです。
聖教「目障りなケモナー潰すわ」
ケモナー「お、やんのか? 」
大体こんな感じです。




