240 今こそ反撃の時!
拓斗が転げまわる男の元に近寄ると、男は拓斗の事に気がついた。
「テメエ、もぐう! この世界に来てたのか」
男の体から金属の棘が飛び出す。男は呻きながらポーションを飲んで傷を治すが、体内に入った名状しがたいスライムの様な物を取り除かない限り無駄だった。
「俺はお前を知らんが」
拓斗はこの男の事は知らない。
「ケケ、あんな女に懸想するなんて馬鹿な奴だ。お前知ってるか? あの魔女が何をしたのか。
あの魔女は人を作ったんだ。4人だ。自分の親にメイド一人……そして自分自身をな。オメエの元に戻る気なんて無かったって事だ! 」
そういうと。突如男の体から針が飛び出す。
「ウガアアアア! 」
「だろうと思ったよ」
アイリスは拓斗の元に戻れるとは思ってなかった。だから新しい自分を戻すつもりだった。この手は薄汚れたと思ったのだ。やってはならない事をしてしまった。自分は多分元の世界に戻る事は出来ない。
人の完全なクローン技術を持つアイリスを国は逃がさないだろう。
拓斗もある程度予想が出来ていた事だった。自分が知ったのは大分後だった。
その後はずっと後悔していた。
「でもな、俺はそう言う事はどうでも良かったんだ。倫理? そんな曖昧な物よりアイの方が大事だ。彼女が何をしても受け入れるだけだ」
拓斗は冷たい眼で男を見る。一度アイリスを失った事で拓斗も狂ったのかもしれない。
「っへ、狂人め」
「終わりだ」
拓斗の刀で首を落される男。
「さて、次はどうしたものか」
拓斗はようやく戦争も終わりかなと思った。しかし終わりにしない者も居る。
「報復! 」
「復讐! 」
突如背後に居たアリスティア分身が拳を天高く突き上げる。ほっぺにはプリンの残骸が残っていた。食欲を満たしたので次は復讐に走るようだ。
「今こそ帝国に報復する時。賠償金をたっぷりと貰おう」
「あいつ等賠償金払わないよ。ケチで有名な国だし」
「略奪だ。世はまさに世紀末だよ」
「モヒカンヘルメットと火炎放射器を作ったよ。今日から毎日帝国を消毒しよう」
アリスティア分身はそう言うと、ショックでフリーズしてるアリシアを縛り出す。
「何でメイドさん捕まってるの? 」
「拓斗よ、あんな事をして無事で済むと思わない方が良い。アリシアさんが正気に戻れば拓斗は八つ裂きにされた上に鳥葬される。
落ち着くまでは拘束するべき」
今はショックで動かないアリシアだが、直ぐに正気に戻り拓斗を殺そうとするだろう。それを止めるの為に捕縛するのだ。
丁度アリシアが捕縛され、ロープでグルグル巻きにされた頃にドラコニア達がやってきた。相当慌てて来たのだろう兵士達は肩で息をしている。騎兵と同速で走ってきたので仕方ない。お前等本当に歩兵なのか?
「どう言う事か説明して貰おうか。何故戦場に出た」
「お父様達が負けたから」
アリスティア分身の言葉にドラコニアの顔が引き攣る。反論出来ずにぐぬぬと唸った。
「あのままだと砦を包囲されたまま国内を蹂躙される。だから迎撃したんだよ。本体そこで死にかけてるけど」
「無事なんだろうな! 」
ドラコニアが馬から降りるとヨロヨロとふらつきながらアリスティアの元に歩いていく。ギルバートも一足遅れて馬から降りると、同じようにアリスティアの元に向かう。
「問題ない。ちょっと脈が弱くなってるだけ。後少しで死ぬ」
「「大問題じゃないか! 」」
「あれだけ暴れればしょうがないよ」
アリスティアボディーは致命的なダメージを受けている。放置すれば死ぬだろう。分身達はニヤニヤしていた。
「アリス、頼む助けてくれないか? 」
「OK」
分身達はアリスティアに近寄ると、AKモドキの銃口を向ける。
「待て待て違うだろう! 」
「楽にするのも慈悲かなって思うんだ」
「普通に治療してくれ……」
「…………」
分身達からすれば本体は不倶戴天の仇だ。助ける理由は無い。
その後ギルバートの見事な土下座が炸裂し、渋々治療する事になった。
渋々治療に同意した時、英霊召喚で呼んだアーランド軍が戻ってきた。先頭はシンシアナである。
ドラコニアは驚いたが、シンシアナの前に跪く。シンシアナは仲間にも畏怖された英雄だが、偉大な先達だ。国王だからこそ敬意を払う必要があった。
「我が国を再び救っていただき感謝します」
「……」
シンシアナは無言で頷くと、手で頭を掴んでいた男をドラコニアに投げ渡す。
目の前で転がる男にドラコニアが首を傾げた。
「父上、帝国の皇太子だったと思います」
ギルバートがそう告げると、帝国の皇帝の旗をシンシアナの部下が差し出す。
どうやらシンシアナ率いる英霊達は帝国の本陣に強襲し、皇太子を捕まえたらしい。但し皇帝は凄まじい速度で逃げ去ったようだ。自己保身の能力を如何なく発揮したのだ。しかし皇太子を捕縛した事に王国の将兵が歓声を上げる。
シンシアナ達は満足気にそれを見ると、次第に体が薄れていく。
「シンシアナ様! 」
騎士の一人が叫ぶ。彼は祖父をシンシアナに救われた事がある。
シンシアナは首を振る。もう満足したのだ。王国は救われたと。故に消える。彼等は未練が無くなったのだ。自分達の子供らはもう自分達が居なくても歩めると。
ギルバートの前に爺が出て来ると、跪く。
「爺、お前にはずっと世話になった。なにも返していないのに勝手に先立たれるとはな」
ギルバートが悲しげに告げる。爺は満足気だった。自身は死んだが、主君は健在。ならば自分の死に価値は有ったのだ。
爺は立ち上がると、執事の礼を取って消えていった。
「マダム・スミスに爺が立派に戦った事を必ず告げよう。君達もだ。我々は諸君の献身に相応しいように生きよう。君達の死を絶対に無駄にしない。だからゆっくりと休んでくれ」
残っていた英霊達は静かに武器を天高く掲げる。勝利の雄叫びがその場の全員に聞こえるようだった。
そして彼等は消えていった。
「ところで何で死者がここに居たんだ? 」
ギルバートが分身に問いかける。
「英霊召喚で呼んだから。因みに強制してないからね。力を貸してほしいってお願いしただけ。だから満足したらこうして勝手に消えていくんだよ。それに、もう彼等は完全に昇天したよ。」
英霊召喚で呼ばれ、未練を果たした者はもう二度と呼び出せない。彼等を呼び出すには強い意志で魂の一部がこの世に残っている事が条件だからだ。そして、それは未練が残っていると言う事だ。それが解消すれば彼等は消えるだけ。
アーランド兵は復讐ではなく、自分達に続く子らの未来を心配して残っていたのだろう。あっさりと消えてしまった。王国軍は消えた彼等に静かに黙とうした。
治療を始めて次の日。アリスティアの応急処置は終わる。
「取り敢えず命は助かったけど、もう魔法使えないよ。魔力回路が完全に消し飛んでる。次元に風穴開けるとか正気じゃない」
アリスティアの治療は終わったのだが、アリスティアの魔力回路は全損した為、このままだと魔法が使えなくなると告げると、ドラコニアとギルバートが悲痛な表情になる。
「因みに放置すると魔力が暴走して死ぬ。精霊王の証の力で魔力吸収は止まってないしね」
アリスティアの魔力量は凄まじいの一言だが、未だに伸びしろが有る。しかし、それは精霊王の証である瞳の刻印が周囲の魔力を吸収してるのが原因だ。アリスティアを風船と例えるなら、刻印はポンプだ。どんどん魔力をアリスティアに送り込む。限界を超えれば破裂するだけだ。
因みにアリシアは現在他の分身に囲まれて説得中だ。目を覚ましたアリシアはまさにバーサーカーだった。
取り敢えず宝物庫内で分身達の説得(脅迫)により、今は大人しい。しかし、拓斗を今にも殺しそうな目をしている。
因みに説得内容は拓斗に手を出すと本体の治療を打ち切るなので手を出す事は無い。分身が本体とは敵対関係なのをよく知ってるアリシアは手を出せば本気で治療を打ち切ると背筋が凍った程である。
「どうすれば良い」
「大変だ私のアリスが、わ・た・し・のアリスが! 」
「お兄様の物じゃない。魔力回路は修復するから問題ないけど……私達ちょっと帝国滅ぼしに行くんだよね。持っていく事になるよ」
「駄目に決まっているだろう! 」
ドラコニアが怒る。当然だろう。アリスティアは王国の最重要人物になっている。
「今こそ好機なんだよ。報復は必要。大陸中の国が帝国の躾を怠ったから調子にのったんじゃん」
「アイ、帝国もかなりの損害を受けてるだろう。暫く大人しくなるんじゃないか? 」
拓斗の言葉に分身は「アリスと呼んで」と言うと首を振る。今はアイリスじゃないのだ。
「拓斗に分かり易く言うと第二次大戦のミッドウェーかな? 帝国は虎の子を失った。今なら叩き潰せる」
日本はミッドウェーで虎の子の空母と航空機を多く失った。そこから敗北を重ねたのだ。
あそこでアメリカが次の手を打たずに慢心すればアメリカの被害も増えただろう。
それと同じく、帝国は虎の子である野戦軍の大半を失った。今の帝国は主力部隊を失ったのだ。
そして現在アーランドの同盟国は旧領奪還作戦を行っている。撤退した帝国はアーランドだけと戦えば良い訳じゃ無い。
帝国は間違ったのだ。アーランドを全軍でもって早期に攻め落とし、他の同盟国が動けないようにし、後々帝国を裏切ってアーランド側についたアーランドの同盟国達を処分する。
しかし実際はアーランドに惨敗。これが広まればアーランドの同盟国の士気が上がり旧領の奪還は確実だろう。なにしろ今は最低限の防衛部隊しか居ないのだ。
当然帝国はアーランドの同盟国から奪った旧領を護る必要がある。奪った理由があるのだ。
それは帝国本土の土地事情だ。元は魔物の領域も少なく、肥沃な土地だった帝国だが、無秩序な土地開発のせいで土地が痩せ始めたのだ。更に自国内で必要な資源。どちらもアーランドの同盟国から奪った土地で賄っている。奪われれば帝国の経済に甚大なダメージを受けるだろう。
敗戦と領地喪失による経済的被害。同時に受ければ帝国の屋台骨は砕け散る。だからこそ、帝国は本土防衛に移行する。それを叩く!
帝国はアリスティアを恐れた。その恐怖が攻め込んでこれば、更に帝国は混乱するだろう。分身はそう語った。
「……」
ドラコニアが黙り、ギルバートが帝国の未来を予見し、顔を青褪める。ギルバートには帝国の未来が手に取るように分かるのだ。ドラコニアは態々アリスティアと言うジョーカーを使いたくないだけだ。戦争は終わった。アリスティアには静かに休んで欲しいと言う親心である。
「例えお父様とお兄様が反対しても『私』は行くよ。絶好の好機なんだ」
「だからと言って軍は動かせないぞ。こっちも被害甚大だぞ」
アーランド軍は防衛部隊の半数近くを失っている。更に北部のスタンピードも未だに終わっていない。最も向こうは小康状態であり、援軍不要と連絡が来ているが。
丁度その頃に他の分身が戻ってきた。
「どうだった? 」
「どっかの誰かが事前通告を忘れて魔導炉を落したせいでゴーレム・レギオンにも被害が出てる。帝国戦の被害も合わせると無事なのは7000程度」
飛空船に乗っていた分身がテヘペロをしたお面を被っている。反省は無いようだ。
「十分だね」
しかし分身は足りない兵力をゴーレム兵で賄うのだ。
アリスティアの作ったソルジャーゴーレムの性能は平凡だ。但し、普通のゴーレムよりは賢いし、持っている武器を使う事に特化している。
更に言えば宝物庫内で未だに生産されている為に数は増える。
被害を恐れない軍勢程恐ろしい物は無い。死兵は何処の世界でも脅威なのだ。
「危なくなったら転移で本体を戻すけど、コイツには『まだ使い道』が有るから持っていく」
ゲシっとアリスティア本体の眠るベットを蹴る分身。全員がため息を吐いた。
「ああ、ついでに拓斗も連れて行くね。勇者が護衛だと安心出来る」
「その前に我が国の至宝を何でこの男が……シルビアしか居ないよなぁ……」
流石のアリスティアも拓斗に秘匿すべき国の至宝を渡す訳がない。アリスティアを心配したシルビアが渡したのだとドラコニアは察しがついた。
そして、それは大陸中にアーランド王国がアバロン王国の末裔である事を宣言しかねない危険を孕んでいる事を覚悟しての事だった。
「それと帰ってくるまでに拓斗に爵位用意しておいてね」
「我が国の財政を理解してるのか? 貴族をそう簡単に……議会の連中か」
ギルバートがため息を吐く。この話が出たという事は議会が何かしたという事だ。
「盛大に反乱を起こしたよ。私は防諜とか取り調べとか全然分からないから全員拘束しておいたからお兄様に任せるよ。ついでに強権発動で議会解散させといた」
ギルバートがニヤリと冷酷な微笑みを浮かべる。一度解散した以上は二度と貴族議会を復活させる事は無い。なあなあで議会の復活は認めないだろう。元議員達がアリスティアを憎んでも殆どの貴族はアリスティアに文句を言えない。言っても何処かからカウンターパンチが飛んでくる。アリスティアの恐ろしい所は何処から反撃して来るのか本人も知らない事だった。
そして反乱を起こした貴族は全員お家取り潰しだ。爵位は余る。
「名目は? 」
「私の救出。拓斗居なかったら確実にアーランドに害を与える事に成っていた」
拓斗が止めなければ魔王アイリスは世界を滅ぼしただろう。当然アーランドも滅ぼす。それを止めた事は功績と言えよう。
ギルバート的には拓斗は敵だ。本能がこの男を認めてはならないと訴えている。しかし、王族としてのギルバートは拓斗が王国陣営に入るのは利益が大きいと訴えている。
女神の認めた勇者。そして聖の名を冠する武具の頂点に位置する精神剣に選ばれた者。軍に入れれば面倒だが、貴族としてならば問題にはならない。軍部も仲の良いアリスティアの命の恩人なら受け入れるだろう。それ程アリスティアは軍人に慕われている。
最もシスコンのギルバートの本能はこの男を今すぐに火刑に処すべきだと言っている。ギルバートがアリスティアのように本能で生きていたら直感だけで拓斗を殺しただろう。
因みにアリシアに口止めしているのでキスの事はアーランド側は知らない。知ると大問題が発生する。この世界でのキスは地球のそれよりも重い意味を持つのだ。
「…ハア、止めても無駄か。出せても1000が限界だ。王国内の残党の処理も残っている」
「いや要らない」
分身は首を振る。
「認めると思うか? 護衛は必ず連れて行け」
「1000人も居たら移動速度が落ちる」
「我が国の歩兵舐めるなよ。騎兵並みに走るぞ」
「それでも常識の範囲から出ない。騎兵程度の移動速度じゃ直ぐに帝国に捕捉される。地の利が向こうに有る以上は常識の通じない戦術が必要。つまり電撃戦でもっての帝国蹂躙。
つまり、機動力で圧倒する必要がある」
帝国侵攻は圧倒的にこちらが不利だ。だからこそ機動力で圧倒する必要がある。アリスティアからすれば帝国の機動力など旧時代もいいところだ。圧倒できる秘策も有った。
それを説明する。しかし2人は渋る。
「第一1000人も移動させると目立つじゃん。絶対迎撃部隊送られるって」
結局100人で合意した。
しかし100人でも多い。
「何か乗り物あったっけ? 」
分身が円陣を組んで相談する。本人達はクートに乗って行くつもりだったが、100人だと難しい。にゃんこーずの一部はアーランドに残すからだ。
「パンシャンドラムなら4輌あるけど」
「ゴミじゃないか! 」
「違うもん。まっすぐ進むように改修してるもん」
「どのみち役立たず」
「ゴリアテならなるよ」
「ジ○リ? 」
「ドイツ」
「何で面白兵器ばかり再現してるんだ! 」
「最近趣味品しか作ってなかったし。あっ! 」
「これか」
3台の乗り物……バスを発見した分身達。
「これを改造すれば良い。丁度魔導具は揃ってる」
分身達はニヤニヤ笑いながらバスに殺到した。因みに置いてあるバスは作ったは良いが放置して記憶の彼方へと旅立っていた物である。
そして10日後。
「現時刻を持ってこの地をアーランド王国第一王女アリスティア・フォン・アーランドが占領を宣言する! 」
とある都市の広場に翻る副王旗に帝国国民達は呆気にとられた表情になる。
「ところでアリシアさん。ここ何処? 」
「………アーランドとは反対側の国境近くですね。帝国横断してます姫様」
アリスティアの帝国侵攻は初手帝国横断と言う奇策から始まった。




