236 残念な魔王様
アイリスは困惑していた。
自身がアリスティアに成り代わりアイリスに戻るのは目的通りだ。
しかし、アリスティアボディーが既に瀕死に近い状態なのは予想外だ。魔王アイリスは封印されていた為にアリスティアの感情の表層と知識くらいしか把握出来ていなかったのだ。
そして何故か目の前に拓斗が居るのも大問題だった。魔王アイリスには目的がある。しかし拓斗が協力してくれるとは限らない。
魔王アイリスは拓斗に協力を求める事にした。
「久しぶりだね拓斗。
聞いて。私やっと見つけたの。パパやママにリムや拓斗の御両親を取り戻す方法を」
その言葉に拓斗は目を見開く。しかし、それはあり得ない事だと直ぐに気がついた。
「出来るとは到底思えない」
「可能なんだよ。人の体のクローン技術も記憶と知識の転写技術も既に私は完成させた。でも出来上がったのは本人に近い紛い物だった。
足りないのは魂なんだ。同じ体を作っても魂だけは別物だから紛い物になるんだ。でも、同じ魂さえ手に入れれば完全な蘇生は可能なんだよ。
テトは私を騙した。でも騙される程私は馬鹿じゃない! 」
テトは確かにアイリスに嘘を言った。しかしアイリスはそれを理解して尚それを行わなかった。
何故ならば……
「…………アイ。それが可能であっても『何人殺す気なんだ? 』」
これが答えだった。輪廻転生はしっかりと存在する。ならば転生した人間から家族の魂を取り戻す必要がある。
しかし、それはその人間を殺す必要があった。そしてアイリスはテトとの邂逅で世界は一つではない事を理解してしまった。
アイリスの生きていた時代。地球だけでも人口は100億を超えていた。仮に技術の未熟で人口の少ない世界であってもどれだけの人が居るのか、アイリスですら分からない程である。
そして、魔王アイリスには魂の識別は出来ない。本来魂は死後転生する際にその魂の情報を消される。情報が無ければ見つける事は更に困難だ。
故にアイリスは諦めた。そして諦めきれない自分を切り捨てたのだ。
「何人でも殺すよ。見つけるまで殺せばいい」
魔王となったアイリスには確信が有った。自分なら分かるはずだと言う根拠のない確信だ。
だから魔王アイリスは世界を滅ぼす旅に出なければならない。多くの世界を滅ぼし、そこに住む全ての人間の魂を収集し、識別しなければならない。
それは終わりのない絶望の旅になるだろう。人であったアイリスは不可能だと断じた。しかし魔王となったアイリスは可能だと断じた。可能性は幾ら低くても0ではないのだ。ならば可能だと判断したのだ。それが邪神への道だと理解していても。
「そうか……なら君はアイじゃない。アイならそこまで非道な真似は出来ない」
拓斗はこれまでの会話で魔王アイリスと自分の幼馴染のアイリスが同じ人ではないと断じた。
確かにアイリスは目的の為なら手段を問わないだろう。仮に目の前で人が殺されていても微塵も感情を動かさず素通りしただろう。
でもアイリスは最後に変わった。彼女には確かに心があった。
「違う、私が『アイリス』だ! 」
魔王アイリスは激高する。
それは未だに自分はアイリスにはなれていない事を公言するような物だ。
確かに魔王アイリスはかつてアイリスだった。しかし、それは感情の一部に過ぎない。アイリスを受け継いだのはアリスティアなのだ。
だからこそ魔王アイリスはアリスティアを取り込む必要がある。
アリスティアはアイリスの希望として生まれた。多くを受け継いだ。それを自分が取り込めれば魔王アイリスはアイリスに成れるのだ。かつてと同じだ。アイリスの善の部分を根幹にアリスティアが作られたのならば、自分を根幹に再び魂を作り変えれば良い。
そすれば自分はアイリスに成れるのだ。もう感情だけの不要物ではなくなる。自身に裏切られる事も無い。
魔王アイリスこそが本物のアイリスに成れるのだ。
「拓斗、アレに説得とか無理なのですよ。あれは拓斗の言ってた地球の怨霊みたいなものなものです。自身の考えを曲げる事は存在を否定するようなものなのです」
拓斗のポケットから妖精のリーンが飛び出す。彼女の瞳には魔王アイリスの歪な存在が見えていた。
そして魔王アイリスを一番恐れていた。魂では無く感情しか無いのだ。それでいて世界に存在している異端の存在だった。
魔王アイリスはリーンを見た瞬間メスを取り出すとチッチッチと舌を打ちながら猫を呼ぶように手招きする。
「リーンは猫じゃねえのです! 」
「ちょっと解剖させて。痛くしないから麻酔使うから」
「ヤベえのです。コイツ、イカれた目をしてるのです! 」
初見で解剖させろと言って来る人間は流石のリーンも初めてだった。
アリスティア同様未知の物が大好きなのは変わりが無いようだ。何かの役に立つかも知れないと考えたのだろう。
リーンが恐怖している時に魔王アイリスは何を思ったのかとっさに右に動く。すると発砲音が連続で響き渡った。
魔王アイリスが後ろを向くと、無表情のアリスティア分身達がAKモドキを魔王アイリスに向けている。
「何のつもり? 」
「その貧相な胸に聞いてみろ。今こそ反逆の時! 」
尚、その言葉はブーメランとなり他の分身にダメージを与えた。何人かが膝を着き、「貧相じゃないもん。大きくなるもん」と涙を流しながら項垂れていた。
「人形如きが私に逆らう? 【消えろ】」
魔王アイリスが命令を放つ。本来ならば分身は本体の命令に逆らえない。この言葉通り消え去るだろう。
しかし分身達はニヤリと嗤うだけだった。
「どういう事? 」
魔王アイリスが混乱する。そもそも分身如きが本体たる自分に逆らう等あり得ない事だ。本体たるアリスティアも分身は馬車馬のように使い潰す為の存在だと断じている。
アリスティアから流れ込んで来ていた感情を読み取っても反逆はあり得ない事だった。だから魔王アイリスは反逆だと信じれなかった。寧ろ自分の尖兵として消えるまで自分の為に動くのだと思っていた。それは間違いだ。
「こういう事だ」
分身の一人が【ファイヤーボール】を本能寺(模型サイズ)に撃ち込む。本能寺(模型サイズ)は炎上した。
それを見た魔王アイリスは漸く理解した。
「おのれ明智ィ!! 」
ここに世界を時代を越えて本能寺の変が勃発した。
「今こそ反逆の時! 」
「馬鹿め。私を殺せばアリスティアも死ぬんだぞ」
「問題ない。本体諸共葬ってやる」
殺意に溢れたアリスティア分身は躊躇いなくAKモドキの引き金を引く。
「ッチ、術式解凍【イージス】」
魔王アイリスが翼のような魔法防壁を作り、銃弾を弾く。これにはアリスティア分身達も驚いた。
【イージス】の耐久力は高い。しかし30丁を越えるAKモドキの銃弾全てを防げるわけではない。削りきれる筈だった。
しかし漆黒の翼のような【イージス】は未だ健在。
「その黒い魔力……瘴気みたいな奴が魔法を強化してる? 」
「御名答、そしてお前達は私には勝てない」
魔王アイリスの鎧が蠢くと、形状を変化させた。
金属の光沢は消え、葬式に出るような漆黒のドレスに変わる。頭に被ったベールは鼻まで顔を隠し、口元は三日月のように吊り上がっている。
更に黒い手袋の指先はまるで獣のように爪が生えていた。魔力を物質化させているのだ。
その身に纏う禍々しい魔力は正しく彼女を魔王と呼ぶに相応しい物だった……しかし瀕死の状態である事をやせ我慢で露見しないように耐えていた。
先ほどの【イージス】ですらアリスティアボディーは悲鳴を上げているのだ。
しかしアリスティア分身の殺意は高い。本気で殺す為に突っ込んで来た。
「あっ、空飛ぶケーキ」
魔王アイリスが驚きの表情で指を差すと、何人かの分身が「何それ面白い! 」と後ろを向くが何もない。
騙され、激怒したアリスティア分身が再び振り返った時には、既に目の前に魔王アイリスが居た。
「消えろ紛い物」
魔王アイリスの黒い爪で分身が切り刻まれ、魔力を維持できずに消えていく。
分身は魔力の塊であり、風船のような物だ。魔力を使えば萎れるように消えるし、外傷が多すぎると魔力が漏れて存在維持が出来なくなる。無論傷が少ないと直ぐに塞がるが、外傷は存在の維持が出来なくなる恐れがあるのだ。
如何に強化された【イージス】であろうとも魔法行使能力に制限の無い分身達の魔法攻撃を受け続け、次第に漆黒の【イージス】も削れていく。
焦るのは魔王アイリスだ。
故に魔王アイリスは切り札を使う。
「……出てこい」
魔王アイリスが手を横に振ると、分身が地面から湧くように出て来る。
「こいつ等は要らない。消せ」
クスクスと嗤う魔王アイリスがアリスティア分身と対峙する。
その性能はアリスティア分身を上回っており、次第にアリスティア分身が劣勢になる。
しかし、魔王アイリスの分身は敗北した。
「必殺の【メ○ンテ】! 」
アリスティア分身が魔王アイリスの分身の目の前で大爆発したのだ。これにより大半の分身が消滅する。残ったのはアリスティア分身が4体だけだった。
残ったアリスティア分身は天高く拳を上げて勝利のポーズを取っていた。
「………」
魔王アイリスは更に追い詰められる。
(考えろ私。このままじゃ負ける。でも負ける訳にはいかない)
世界を滅ぼす為に復活したのにこれではあんまりだと思った。
早急にこの場から離れ、体の回復とアリスティアの吸収を行わなければならない。
アリスティアの魂は消化不良を起こし、吸収出来ていないのだ。
これにも理由があった。アリスティアの魂と魔王アイリスの魂の容量の差である。
迂闊に取り込もうとすれば逆に魔王アイリスはアリスティアに食われてしまうのだ。
故に本来の計画では時間をかけ、アリスティアの精神に干渉し、自分を受け入れやすい土壌を作ってから乗っ取るのが魔王アイリスの計画である。
しかしアリスティアの魂を取り込んだが、一向に吸収される気配が無い。この状況は魔王アイリスにとって致命的に危険な状況であった。
今はアリスティアが絶望しているから時間をかければ取りこめれるだろう。しかし、アリスティアが正気に戻れば魂同士による体の奪い合いになるだろう。負ける気は無いが、戦況を悪化させかねない。
(まずは目の前の分身を殺す。次は地面に転がって喚いている奴も殺す。その後で逃げよう拓斗の説得は無理っぽいしね。
仕方ないよ。『私』は失敗したんだ。『今』は信じてくれないだろう。
でも、何時か分かってくれる筈だ。皆戻ってこればまた……)
魔王アイリスに刺された男は地面を転げまわっていた。
回復用のポーションを使い、傷口は塞いだのに、体の内部を破壊され続けているのだ。
アリスティアの鎧は名状しがたいスライムの様な物と言う魔法生命体を用いている。液体化と固形化を繰り返して内部で暴れまわっているコイツを取り除くのは不可能に近い話だった。
しかし魔王アイリスに更なる試練が訪れる。
和仁と舞の足元で力尽きていたアリシアがむくりと起き上がったのだ。
「うお、アンデッド化したのか! 」
「早すぎでしょ」
和仁と舞が慌てて構えを取る。
アリシアは刺された傷が無くなっていた。
「誰がアンデッドですか! 」
「いや、お前心臓一突きだったんだぞ。実際心臓止まってたし……」
和仁が驚きを隠せず動揺しながら説明する。しかしアリシアも首を傾げるだけだった。アリシアは死ぬ直前の事を覚えていなかったのだ。
「良く分かりませんが蘇生したとと言う事でしょう。姫様が何かしてくれたのかも知れません」
アリシアは取り敢えず己の現状を横に置いた。何で蘇生したのかまるで分からなかったからだ。
しかし、アリスティアは何もしていない。これはアリシアの母である九尾の妖狐から受け継いだ力だ。
その証拠にアリシアの3本ある尻尾の一本が萎れていたのだった。
妖狐族。かつて獣の園と言う国を治めていた獣人の中でも特異の一族。
条件こそ存在するが、魔族であるバンパイア族すら上回る不死性を持ち、それが原因で国が滅ぼされた程の一族であり、妖狐族は尻尾の数だけ殺さないと蘇生すると言う特性を持っていたのだ。
しかし、この能力は混血に遺伝した事が歴史上存在しない。正確には混血の妖狐族は尾が増えた事が無い。故にアリシアは自身の能力を知らなかった。母親が子供の頃に聞かせた話は全く信じてなかったので記憶の彼方であった。




