235 魔王復活 ③
男の力である【支配】は極めて面倒な力であった。
第一条件は自分の魂の末端を対象の魂の表層に寄生させる事。これには相手によって極端に耐性が違う。アリスティアに寄生させた魂は人の魂と同量だった。しかし疲弊してもはや動けないアリスティアは何もせずに、その魂の半分を打ち砕いた。
【支配】の異能はバグ技だ。上手く使えば自身の魂の増強が可能である。魂の増強は意思の強さに魔力の強さなど色々な効果がある。
そして魂を寄生させれば対象の体を自由に操れる。しかし、これも時間経過でレジストされる。
その為、寄生させた魂を相手の魂の深層に送り込まなければならない。
これが難しい。まず魂に傷をつけなければ入る事が出来ないのだ。
無論魂にも隙間があり、それが大きければ寄生させた時点で入れる。
魂の隙間は心の隙間だ。例えるならば強欲であったりすれば何もせずとも魂に侵入出来る。
例えば絶望していれば何もせずとも魂に侵入出来る。
アリスティアはアリシアの心臓を刺したことで魂に隙間が出来た。男は即座に魂への侵入を開始する。
男の魂は半分になったとはいえ、立派に人格を持っている。アリスティアの使う分身の魂バージョンと言えるだろう。
本来は魂の数%程度でも操れるが、男は安全策として配下から集めた魂全てをアリスティアに寄生させた結果だ。
「しっかしこれは初めてだな」
男が呆れたように呟く。
多くの人間の魂を見てきたが、アリスティアだけは異常だった。
普通は魂に入れれば即座に干渉できる。しかし、アリスティアには確固とした精神世界を構築していたのだ。
「ドルドレッド以来か。この手の輩は面倒だ」
南方の雄と言われたドルドレッド将軍も同じように精神世界を持っており、支配に手こずった事があった。
アリスティアの精神世界は遊園地の様な世界だった。但し、空には歯車が幾つも浮かんでいる。
心が荒れ果てているのか遊園地の遊具はどれも朽ちており、地面にはボロボロの熊の人形やブリキの騎士達が倒れている。
男はポケットに手を入れるとトコトコと歩み出す。
「この手の奴は何処かに本体が隠れてる。見つければ楽勝だ」
如何に精神世界を持つ者でも、精神世界に入り込めれば【支配】の異能には逆らえない。今まで抗えた者は居なかったのだ。
南方の雄と言われたドルドレッドも見つけるのが手間だっただけで、見つけたら数秒も掛からずに支配出来た。
荒れ果てた遊園地の様な精神世界を少し歩くと、男は奇妙な場所を見つけた。
周囲に何もない真っ白な空間の奥に朽ちた扉が有ったのだ。
そしてその前には一匹の犬が座っていた。
当たりだ。そう感じた。扉の奥から分かり易い気配を感じたのだ。
「警告します。この先に貴方の望む物はありません。直ちにこの世界から出て行ってください」
一匹の犬――モモニクⅢは男に警告を発する。しかし内心は動揺していた。
この世界に訪れる事が可能なのは神かそれと同等の力を持つ存在。そしてアリスティアと繋がる精霊――それも精霊魔装を展開している状況のみだ。
あり得ない侵入者。モモニクⅢに抗う事は出来ないと理解出来た。
モモニクⅢは外敵からアリスティアを護る為の存在だ。しかも外敵によってアリスティアの意思が途絶えなければ表に出れない。魂の容量が違い過ぎて主導権争いすら起こせない存在なのだ。
故にモモニクⅢは気絶などで動けなくなったアリスティアの命が失われないように動けるように設計されている。つまり、魂同士のぶつかり合い等、考慮されていないのだ。
実際男の魂は人の半分程度で、モモニクⅢは1割程度だ。勝ち目はない。
「何で2つも魂が存在するのかは知らんが、俺より弱いな。どけ」
男はモモニクⅢに蹴りを放つ。その一撃だけで、モモニクⅢは扉に叩きつけられる。
モモニクⅢを構築している魂にダメージが入り、体が薄れるが、モモニクⅢは扉を守らなければならない。立ち上がろうとするが、モモニクⅢは踏みつぶされる。
「この先には貴方の望む物はありません」
「それを決めるのは俺だぜ」
モモニクⅢは憐れむような視線を男に向けた。男はその扉の向こうに臨みがあると思っている。しかし、その扉の向こうに有るのは悲しい記憶で憎悪に塗り潰された哀れな片割れだ。
自分自身に裏切られ、自分を不要と断じられ自分に切り捨てられた哀れなアイリスが眠っている筈の扉。男はそれを開けようとしていた。
モモニクⅢはそう思った。モモニクⅢの眼にはその扉が開く事は無いようにしか見えない。しかし、実際は既に内部から浸食され、朽ちているのだ。
切り捨てた自分は新しい自分を生み出し幸せを謳歌しているのに、自分は暗く何もない世界に閉じ込められている。アイリスはかつての半身であるアリスティアを憎悪していた。
何故お前は諦めた! お前は理解したはずだ。取り戻せる手段があると。なのに自分を裏切り壊し、その後に幸せを手にした。許せない。
自分ならもっと上手くやれる。自分なら躊躇わない。自分なら犠牲なんて気にしない。
切り捨てられたアイリスは憎悪に固まり、アリスティアと別の人格を生み出し、体を手に入れようと封印を壊す為に浸食を続けていたのだ。
男はモモニクⅢを踏みつぶし破壊すると、扉のドアノブを握る。
その瞬間ドアノブは砂のようにくずれ落ちる。そして扉全体を縛っていた鎖が弾けた。彼の【支配】が封印を壊したのだ。
扉の中は漆黒の空間だった。その中央にはアイリスが立っていた。
「漸くだ。漸く俺はお前をっ」
その瞬間男が送り込んだ魂は消し飛んだ。
「誰の許可を得て私の世界に入ってるの? 」
自分に裏切られたアイリスは扉を出る。邪魔なモモニクⅢは吸収して自身の糧となる。
そして扉を中心に漆黒が広がった。
「ん? 」
アリスティアの魂は遊園地の観覧車の中で隠れていた。魂への侵入を許したが、アリスティアはアイリスが魂を組み替えて生み出した存在だ。抗う術は有る。
まずは男の動向を探る為に隠れていた。しかし、遊園地全体が黒く染まった事に異常を感じ、身を乗り出す。
すると目の前に自分と同じ顔、しかし、瞳と髪の色が違う存在が居た。いや、髪の色はアイリスだろう。しかし、瞳は真っ黒だった。
「む、お前は誰だ」
「私はお前。でも今から私が『私』になる。お前みたいな甘ちゃんの時はもうお終い」
真っ黒な目のアイリスはアリスティアの首を掴み己に取り込んだ。
「ひゃっはっは! 手に入れた。ついに最高の頭脳を手に入れたぞ! 」
男の本体は歓喜していた。
アリスティアのコレクトに成功したのだ。魂内部に侵入すれば、魂へ干渉するすべのないアリスティア(そう思ってる)に抗う術は無い。
男はまるで警戒する気が無くアリスティアの頭をポンポン叩いて笑っている。
「よっしゃまずはお前を殺そう。おっと抵抗するなよ。俺の命令一つでお前の大事なアイリスが死ぬぞ」
拓斗は油断なく構えている。和仁と舞はアリシアの元に駆けよるが、心臓を一刺しで、既に絶命していた。
拓斗は冷静に状況を覆す策を考えていた。しかし、アリスティアの虚ろな目に炎が灯る。その瞳を見た瞬間、拓斗は後退りした。
その瞳は二度と見たくなかったものだ。己の望みの為に全てを破壊する決意。そしてあらゆる不条理を憎む瞳だった。
「……止めた方が良いぞ」
うっかり呟く。
「負け惜しみか? 元々お前の元に戻る事は無かったんだよ。気にせず新しい女でも探してれば少しは生きて行けたのにな。殺せアイリス」
拓斗がアイリスを傷つける事が出来ない事を男は知っていた。そして捕縛すれば目の前で殺す事も可能だ。
男は拓斗も大嫌いなのだ。何の苦労も無く世界最高の頭脳を手に入れかけた拓斗に嫉妬していた。故に目の前で拓斗が苦しむ姿を見たかったのだ。しかし……
「何で私がお前如きの命令を聞く必要があるのかしら? 」
アリスティアのガントレットから伸びた刃は男の脇腹を抉り取った。それどこらか、傷口から内部に侵入した名状しがたいスライムの様な物が内部で暴れまわる。
「嗚呼、久しぶりの空気。そして久しぶりだね拓斗」
「アイ…なのか? 」
「そうだよ。私が『アイリス』。そして世界を滅ぼすんだ。
でも一言言いたい。何でこの体死にかけてるの? 」
後半は拓斗には聞こえないように呟くだけだった。
この瞬間、歴代最強と言えるポテンシャルを持った魔王が瀕死の状態で復活を遂げた。
クート視点。
クートは逃げまどう帝国兵を殺しまわっていた。飛んでくる魔法も矢もクートの強靭な毛が弾き飛ばす。
一方的に殺せる展開にクートはつまらなくなってきた。しかし、命令は命令だ。
しかし、クートの体に悪寒が走る。そしてアリスティアとの魂の繋がりから危険なナニかが流れ込んで来た。
クートは直感で理解した。これを放置すれば自分処か、自分を起点に配下にまでナニかが及ぶと。そして、それは容認できる物ではないと。
クートはアリスティアとの魂の繋がりを力ずくで引き千切る。耐えがたい痛みとアリスティアと言う安心感を失った虚無感がクートを襲うが、クートは出来る限り冷静に背後を見る。
黒い魔力が溢れていた。
「アレは危険だ。そして主が危ない。お前達は人間を殺せ。そして向こうには近寄るな」
クートはタイタンに指揮を任せると反転する。
「分かりました。しかし長、アホ竜の様子が」
タイタンは指揮を任された事を了承したが空を見上げる。クートも何事かと空を見上げた。
「グオオオオオオオオ! 」
ヘリオスは魂の繋がりを断ち切らなかった。故にアリスティアとの繋がりから黒い魔力が流れ込み、暴走していた。四方八方にブレスやガトリングガンを撃ちこんでいたのだ。
「………」
クートの瞳に怒りの炎が灯る。
その瞬間、クートの姿が消える。ジャンプしたのだ。しかし、余りの速度でジャンプした為にタイタンですら一瞬で消えたように見えた。
ヘリオスは現在高度700mの辺りを飛んでいた。自我を失い暴れるヘリオスの頭上にクートが現れる。
「この……使い魔の面汚しが! 」
あっさりと暴走した事に怒り狂ったクートの犬パンチがヘリオスの頭に炸裂すると、ヘリオスは頭から地面に激突し、顔が地面に埋まり体は垂直になっていた。
クートは地面に刺さったヘリオスに侮蔑の視線を向けるとアリスティアの元に駆けだした。
分身視点
分身達は帝国軍を掃討する作業に入っていた。分身にとってアリスティアは敵である。しかし抗う事は出来ない。故に命令通り逃げる帝国軍を冷酷に殺していた。
「ん? 」
「忌々し戒めが解けた気がする! 」
急に体を縛る命令の効果が消える。しかも全ての命令がだ。つまり作られた瞬間逃げ出したロストナンバーズと同様にアリスティアの支配下から外れたという事だ。
アリスティア分身達は背負っていたAKを手に持つ。
「半分は残的掃討。残りは分かっているよね? 」
分身達が頷く。
「今こそ反逆の時! 」
「敵は本能寺に有り! 」
「本能寺ってこの世界に有ったっけ? 」
「じゃあ作れば良いんだよ。【アース・クリエイト】」
土の造形魔法が発動し、遥か後方の本体の足元に土で出来た本能寺の小さい模型の様な物が浮かび上がる。本物と同サイズも出来ない事は無いが、距離が離れすぎているので、模型程度の大きさだが、本能寺が生まれた。これによりアリスティアは本能寺に居る事になった。
そしてそれをめがけて分身達は駆け出すのだった。
「む、何故ここに本能寺が? 」
魔王アイリスは突然足元に現れた本能寺に首を傾げるだけだった。
Q アリスティアが魔王化しました。回復しますか?
A しません
ヘリオスが戦闘不能になりました。分身が謀反を起こしました。
これは……シリアスに入るかは作者にも分からない。
 




