232 現れし者達
アリスティア視点
死ぬかと思った。大帝を発動していたのはおおよそだが、2時間程だ。
私は地面に横たわっていた。体中が悲鳴を上げている。
魔導炉で大帝を破壊しなければ私が死ぬまで暴れまわっていただろう。計画通り私は助かった。
「後は逃げるだけ」
「させるかよ! 」
「う? 」
名前も知らないお前、まだ生きていたのか。
しかしよく見ると右腕は炭化……あ、崩れ落ちた。体中に火傷を負っている。死ぬのも時間の問題の傷を負っていた。
「大人しく死ね侵略者」
体が怠いので宝物庫から【クイック・ドロー】で塩を取り出して投げる。悪霊退散。
「ぐおおおおお! テメエ傷に塩かけるんじゃねえ! 」
「第一お前誰よ。と言うか妹死んだけど良いの? 」
先ほど爆散したよ。ザマ―。
「っけ役立たずなんかどうでも良い。血の繋がった妹じゃねえしな。と言うかアイツの兄なら俺が目の前で殺してるし。
面白いだろう? 兄を殺した俺を兄だと思い込んでいたんだぜ。まあ、そうしたのは俺だけどな」
「それ貰うね」
話しながら崩れた右腕にポーションをかける男。するとみるみる内に腕が再生した。
私は鎧を触手に変えて残りのポーションを強奪する。
「何しやがる! 」
「良いポーションだね。私が有効活用してあげる」
私も再生ポーション作ったけど、私の作った再生ポーションって27分の1の確率で別の部位が生えてくる欠陥品なんだよ。腕を再生させようとしたら足が生えて来るとかそんな感じ。流石に頭は無理だけどね。まあ、その時はもう一度切り落として使えば良いだけだけどね。
よし、これを持って帰って量産しよう。こんな良く分からん外道には過ぎた代物だ。
すると男は私のお腹を蹴る。動けない幼女に暴行とは良い度胸だなお前。もう痛みも感じないぞ。
「舐めやがって……糞が。お前も今日から俺の物になるんだよ」
「さらばだ」
私の鎧の各所から足が生えて駆け出す。
見た目的には蜘蛛の足みたいな感じだ。さあこの戦場から脱出だ。私は変態の相手をしている暇はない。
だが、男は闘気を纏い、先回りすると鎧から生えた足を剣で切る。
「気味の悪い物ばっかり作りやがって。テメエは逃がさねえよ。俺の駒を潰した代償はしっかり払って貰うぜ」
「う、ぐ……」
男が私の首を掴むと、そのまま持ち上げる。取れるから止めて欲しい。
「私がお前に従う事は無い」
「それはどうかな」
男の瞳が怪しく輝いていた。
アーランド軍視点
アリスティアが戦場で暴れまわっている時、砦に籠るアーランド軍は歯を食いしばっていた。
彼等は砦から出る事が許可されていない。
「閣下、我々も出陣するべきです! 姫様を見殺しにするおつもりですか! 」
部下が叫ぶようにアルバートを説得しようとする。しかしアルバートは苦渋の顔で首を横に振る。
王国軍は王権代行に待機命令を出されている。これは勅命だ。逆らう訳にはいかない。そしてアルバートはアリスティアが何をしようとしているのか知っているのだ。出陣すれば将兵は魔導炉の臨界爆破で消し飛ぶだろう。
砦の士気はアリスティアの想像以上に高い。治療用の魔導具や食料などが十分にあるのだ。
補給は大型飛空船が空からコンテナを下ろす事で解消。しかも下ろしたコンテナを積み上げる事で足りない宿舎問題も解決している。
実際アリスティアが来るまで王国軍には余裕が有った。
砦の将兵は新鮮な野菜や柔らかいパンに分厚いステーキなどが食事に出るのに対し、帝国軍は乾燥野菜や硬い干し肉に薄い塩味のスープ。大陸基準では良い方の食事だが、砦から漂う良い匂いにかなりイラついていた程である。
傷を癒し、腹が膨れれば士気は落ちない。砦の結界は彼等に安心感を与え、内部では籠城戦とは思えない程和気あいあいとしていた。
「駄目だ。これは姫様の勅命だ。逆らう訳にはいかん」
「ですが! 」
部下が納得できないと言葉を出す前に砦内部に警報が鳴り響く。
「……来たか。城壁から兵を引け。総員衝撃に備えろ」
アルバートの命令に城壁から兵達が下りると、皆地面に伏せる。現在砦の将兵はアルバートの指揮下にあり、皆命令に従った。そして轟音が響き渡る。
結界で護られているにも関わらず安心出来ない爆発だった。砦の結界が悲鳴を上げるように軋む音が響く。アルバートは心の中で耐えてくれと願う。ここで結界が壊れればアリスティアの献身が無駄になる。魔法使い達が伏せながら砦の結界を補助する魔法を使う。
どれ程時間が経ったのだろう。アルバートは結界を吹き飛ばそうとする膨大なエネルギーの消失を感じた。彼は部下を率いて城壁よりも高い監視塔に上る。
「……これ、は…」
「何と言う……事だ……神よ……」
黄金と黒の巨人が――大帝が暴れてから2時間程が経っていた。大帝が暴れていたせいで帝国軍は大混乱であった。しかしこれは……
「報告します。帝国軍の半数以上が焼失! 帝国軍が我先にと逃げ出しています」
「帝国軍が哀れだな……これだけの被害を出せば逃げざるおえん。
しかし姫様は……アレか! 」
大帝は上半身が完全に喪失していた。しかし、下半身が残っているという事はアリスティアは健在だ。しかし、もはや戦えるとは思えない。アルバートはアリスティアの弱点を知っているからだ。
そしてそれを裏付けるように大帝が崩れていく。先ほどまではどれだけ攻撃を受けても再生していたのに、崩れていくのだ。上半身を再構築出来る余力が無いのだろう。
アルバートは目を凝らす。地面に倒れたアリスティアだが、男が近くに居る。暫く争ったが、やはり戦えないのだろう。捕まった。
(姫様をこれ以上見捨てる訳にはいかん)
生き残った事に安堵したが、ここでアリスティアが捕まれば王国民が帝国に雪崩れ込んで奪い返しに行くだろう。
アルバートは死を覚悟する。勅命に反する決意をしたのだ。
「総員しゅつ」
アルバートが出撃を命じる前に部下が声を上げる。
「増援です! 地面から増援が出ました! 」
「増援だと! 馬鹿な、王国の何処にそんな戦力が有るのだ。旗は、旗は何処の物だ! 」
「アレは……王族旗……いや、あり得ない。だってアレは、あの旗は……もう…」
「何処の旗だと言うのだ! 」
アルバートは部下を押しのけ、自分で旗を確認し、凍り付いた。
血染めの王族旗。
王国旗と王族旗は似た意匠である。しかしアレは王族旗だ。そして現在それを掲げる者はドラコニアとギルバート。そして力尽きたアリスティア。誰も掲げれない。全員戦闘不能なのだ。シルビアも戦場に出れない。
しかも神聖な旗を血で染めたのは歴代でもだた一人。
シンシアナの血染めの旗だけである。
地面から黒いモヤが噴き出すと、それが集まり兵が現れる。彼等はよく見ればあり得なかった。王国軍の装備は常に最新の物だ。年代毎に意匠が違う。現れたのは過去の意匠の鎧を纏っている。いや、それだけじゃない。現在の意匠の鎧を纏った者達も居た。
「アレはユルズ子爵様じゃないか? 」
「馬鹿な、あの方はさきの戦い戦死したはずだぞ」
「間違いない。俺はあの方に助けられた。あの人はユルズ子爵様だ! 」
死した王国軍が地面から沸き上がるように現れる。
彼等は雄叫びを上げる。声は出ない。しかし、戦場に居る全員の魂に叫び声が聞こえた。
――王族ノ旗ニ集エ。我等今一度王国ノ為ニ戦オウ――
帝国軍の逃げ出す戦場にシンシアナが現れた。率いるは英霊の軍勢。
アリスティアの仕込みが芽を出したのだ。
アリスティアの使った禁術は死霊系の魔法に分類される新魔法――英霊招来だ。
最も死んだ人間は直ぐに天界か地獄に行く為、呼び出されたのは死者の魂の残滓だ。本人では無い。
この地は多くの怨念がひしめく戦場。他種族連邦が滅びてから、この地はアーランド王国とグランスール帝国との争いの場だ。
この地で多くの将兵が死んだ。アーランド正教が何度も浄化を行って尚もその怒りを鎮めない者達にアリスティアは助けを求めた。もう一度力を貸してほしいと。
彼等は承諾した。
英霊招来の発動条件は3つ。魂の残滓の同意と器。それと彼等が活動できる環境の構築。
まずは器が必要だ。しかし、アリスティアには魔力を実体化させる魔法を既に持っている。そして次に重要なのは環境だ。その地に膨大な魔力が無ければ魔力が足りない。アリスティア人では厳しい魔法なのだ
これも魔導炉の爆散で周辺に膨大な魔力をばら撒いた事で解決。
全てはアリスティアの計画通りなのだ。唯一の問題は、余剰魔力をシンシアナの残滓が全てかっさらっていった事だけである。
シンシアナは必要以上に魔力をかき集め顕現する。
率いるはシンシアナと最後まで共に戦った勇士達。
アリスティアを少し成長させた風貌のシンシアナ。彼女は見た目の老化が無かった。神龍の血を浴びすぎて、表面的な老化の無い女だったのだ。
彼女は帝国軍をその瞳に映すと笑う。己の器には膨大な魔力があった。生前を軽く凌駕する魔力だ。
シンシアナは強大な力を持っていた。しかし、彼女は魔力がそれ程多くは無かった。だが彼女の欠点はもはや存在しない。
30人程の老兵がシンシアナの元に駆け寄ってくる。彼等はシンシアナの前に跪くと、肩を震わせた。槍天のカークトンと呼ばれ、後に爺と呼ばれた男と同じくあの戦場を生き残り、爺と共に死んだ男達は主君の元に戻ってきたのだ。
シンシアナは慈愛の表情で涙を流しながら彼等を肩に手を置く。永く彼等に無理をさせてしまった。せっかく生き残れたのに彼等を戦場に縛り付けてしまった。
だが、これで終わりにしよう。この戦いは彼等の無念を晴らす為の戦いだ。彼等はこの戦いで浄化されるのだ。帝国軍を道連れに。




