225 託される者。諦める者②
「だ、だが断る! 」
分身の心?は折れなかった。ここで引けば拓斗が戦場に出てしまう。何としてでもそれを阻止しなければならない。
分身は懐から携帯を取り出すと、シルビアが止める間も無く連絡を取る。
「こちら監視班。拓斗が脱獄した。転移装置を破壊せにゃああああ! 」
させまいとシルビアが携帯を取り上げ、頬を抓る。しかし時すでに遅い。
シルビア達が慌てて転移装置の置かれた部屋に駆け込んだ時には既に転移装置から国境砦への転移魔法が削除されていた。これでは砦から王都に来る事は出来ても王都から砦には行けない。
「直しなさい」
「一週間程掛かる」
ドヤ顔で答える分身達。彼女達は拓斗を戦場に送らせるつもりは無い。
「直ぐに直せるのでしょう? 」
「いや、本当に一週間程掛かるの」
サムズアップする分身の頬を抓る。更にアリシアも懇願するが、返答は変わらなかった。実際一度転移先を削除すると安全装置が発動する。本来転移先の削除は転移装置を破棄するような物であり、異常事態用なのだ。これの解除に4日掛かり、転移先の再登録に3日程掛かる。これを無くすには転移装置を解体して根幹部分を直接書き換える必要があるが、これにも5日程掛かる。
「お願いだ行かせてくれ! 」
「駄目って言ったら駄目」
「このままじゃアイが死ぬんだぞ」
「本体の命令は絶対。私達は協力できない」
この城に残っている分身はアリスティアから拓斗が逃げても止めるように命令されている。分身は本体からの命令には逆らえないのだ。それと説得も不可能である。
「まあ勝利は確定してるから問題ない。あるとすれば本体が戻ってくる可能性が低いだけ」
「……何をする気なの? 」
シルビアの問いに分身達は答える。既に動き出した以上は止める事は不可能だ。
「……やっぱりそうなのね」
「大丈夫、失敗しても帝国をこの世から消す計画もある」
残っている分身は悪辣に嗤う。この場に居るのはある物を製造する為の人員だ。
もしアリスティアが帝国軍に敗北した上に帝国軍が撤退する程の被害を出せなければ王都に待機している爆撃機は【荷物】を積んで帝国の全都市に【贈り物】を届けるだけだ。
しかし詳細は機密事項だ。これだけは誰かに知られる訳にはいかない。完全にアリスティアの独断であり、責められるのはアリスティアだけだ。
「王妃様航空機が王都に来ています。それで彼等を空輸しましょう」
「それも無駄。空軍は掌握している。アリシアさんやお母様の命令は聞かない。特に王都に待機している爆撃機には任務が与えられている。彼等は拓斗達を絶対に運ばない」
王都に居る爆撃機はいざと言う時の切り札である為にアリスティアに忠誠を誓った者が配置されている。例え王妃の命令でもアリスティアの待機命令が優先されるのだ。何故ならば彼等は何を運ぶか知っているからだ。
もしここで無理に爆撃機を飛ばして機体に不備が出れば後の作戦に影響が出かねない以上は動かない。
「姫様! 」
「諦めるが良い」
アリシアが声を荒げるが、答えは変わらない。
「だったら空軍基地に行きなさイ。あそこにはグランツと言うドワーフが居まス」
エイボンが行き成り転移で現れた。
「出たな変態大魔導師。大人しく地下で研究しているが良い」
せっかく変態を研究を餌に地下に封印したので外に出るとは何事か! と分身が怒る。実際外に出るとセクハラ三昧なので地下で研究させた方が合理的である。
エイボンも基本はマッドに分類される魔法使いだ。自身の好奇心を擽る研究テーマを与えれば年単位で地下に籠る。
「ワタシの二つ名は変態では無く混沌ですヨ」
「いいやお前は変態だ」
名のある魔法使いは二つ名を持つ事が多い。アリスティアの場合は聖女や姫様など魔法使いとは関係の無い物が多いが、一応魔法使いとしての二つ名は創者である。最も一番知名度が低いが、創り出す者と言う意味だ。開発が趣味なので間違いではない。
エイボンは混沌だ。戦い方がえげつなく、それでいて相手の嫌がる魔法ばかり使う為である。例えば非生物の物全てを塵にする魔法を敵陣に撃ち込んで相手を全裸にするなどの嫌がらせを続けた結果なので罵倒としての二つ名であった。
「余計な事は考えないで欲しい」
「アリシア転移装置を抑えなさい」
「はい! 」
即座に転移先の削除が出来ないのでスパナで転移装置に殴り掛かる分身をアリシアが止める。
「邪魔をしないで欲しい」
「私は姫様を助けます! 」
「無理」
戦闘は圧倒的にアリシアが不利だ。取り付かれればモフられて一瞬で意識を刈り取られてしまう。故にアリシアは尻尾と耳に取り付かれないように動くが、分身は尻尾と耳を掴もうと飛びかかってくる。
「こ、この! そこの三人も急いで転移装置の中に入ってください」
「拓斗……手錠壊してくれねえか? 」
「忘れてたよ」
未だに手錠が付けられて走れない和仁。すっかり和仁の事を忘れていた拓斗はシルビアが持ってきた武器を受け取ると手錠を真っ二つに破壊する。
「アリスちゃん止まりなさい」
拓斗が精神剣を背負い、居合刀を受け取ると、本格的に分身達が焦り出す。
「駄目させない」
「姫様尻尾ですよ」
拓斗達を止めようと走り出す分身にアリシアが尻尾を振る。すると猛スピードで首がアリシアの方を向く。そのせいでバランスを崩して転んでしまった。
「卑怯な……」
「引っかかり易いですね【シャドウ・バインド】」
分身の影から鎖が出てきて分身全員を拘束する。本体ならばその身に宿した魔力が強すぎて数秒で弾き飛ばすが、分身達は本体よりも遥かに魔力が少ない。
「ぬ、ふにゅうううううう」
「ふう、暫くは大丈夫そうですね」
アリシアもあっさり捕まった事に一瞬だけ首を傾げたが、魔力が本体よりかなり少ない事を思い出して納得した。暫くは問題無いだろうと判断すると、即座に転移装置を操作し、空軍基地に転移先の設定を始める。
「えっと、これがこうで……あれ?銀月が登録されてる」
「……ちゃうねん」
捕まった分身が苦虫を噛み潰したような顔をする。この転移装置は国の物と言う事になっているので完全に私的利用だ。まあ怒られる事は無い。製作者の特権だと言い張るだろう。
「取り敢えず準備完了です」
「良し行くぞ」
拓斗と舞と和仁。そしてアリシアとエイボンは転移で空軍基地に転移した。
アーランド王国軍実験基地
「ここが空軍基地か?」
「何者だ! 」
基地の一室に転移したが、当然警備の兵士が居た。
「私です。グランツ卿と急ぎで会いたいのですが」
「アリシア様! わ、分かりました。グランツ様は現在格納庫で整備作業を行っています」
事情を知らない兵士は5人を格納庫へ案内する。
「おおう、完全にテレビで見た事ある基地だ。ここだけ地球じゃねえか」
基地内部は地球でよく見る自衛隊とか米軍の基地とそっくりである。既に元の旧物資集積地の原型は残っていない。
しかし滑走路には航空機が一つも出て居ない。当然だ。出撃しているのだ。
暫くすると一つの格納庫の入口でグランツが朝飯を食べていた。
「ん?アリシアじゃねえか。どうした? 」
「どうしたって姫様が出撃した事を知らないのですか! 」
「あ゛! 」
グランツはアリシアの計画の根幹を聞かされていなかった。アリシアは現在アリスティアが何をしようとしているのかを説明し、車か航空機を出して欲しいと懇願する。
しかしグランツも困った顔をするだけだ。
「そりゃ数だけなら何機か残ってるが、どれも整備不良で動かせない機体ばかりだ。車は201部隊の糞隊長が奪っていきやがった」
元々車も航空機も少数生産であり、未だ必要数には至っていない。残っている機体は整備士のミスで動かせなくなった物ばかりであった。
「あのマークXとか言うのでも良いんです」
「……すまん。あれもエンジンを他の機体に付けちまって飛ばせねえ」
「じゃあ何が有るんですか! 」
「そう言われてもなぁ……攻撃隊が戻ってくるまで暫く掛かるんだ」
本日の攻撃隊は僅か10分程前に出撃したばかりで暫く戻ってこない。
グランツが頭を抱えていると、エイボンが遠くの格納庫に一機の機体を見つける。遠目だが問題は無さそうだ。
「アレは使えるのでハ? 」
エイボンが指さす。
「………ありゃ俺には操縦できねえ。王女専用航空機だぞ」
「グランツ様でもですか? 」
アリシアが胡散臭そうな目でグランツを見る。しかしグランツは頭を掻きながら答える。
「アレは肉球操縦システムとか言うのを積んでるから肉球が無いと操縦できねえんだよ。ほら魔獣用の機体作れって俺が言っただろう。
因みに座席も魔獣用だ犬座りする必要もあるぞ」
それは世界初の魔獣が操縦する航空機である。アリスティアはグランツから魔獣用の航空機も作って見ろと脅されたので本気で作った物だ。
当然の如くレシプロエンジンでは無くジェットエンジンを搭載した物である。自分一人の為の物なので整備も自分でやれば良いと珍しく本気を出して作ったのだ。
しかし肉球操縦システムは狂気の産物であった。操縦に必要な事を全て肉球のニギニギ感で行うのだ。
当然人間に操縦できる航空機ではない。
「操縦できる魔獣は姫様の魔獣ですよね……」
当然パイロットとして教育されている魔獣はアリスティアの所有だ。しかしグランツは笑う。
「多分問題ないだろうな」
ここで教育されている魔獣が拓斗達の事を命令されては居ないだろうとグランツは話す。ならば訓練だと伝えれば魔獣は容易く同意するだろう。操縦が大好きな魔獣なので寧ろ喜んで運んでくれる。
ただ問題もあった。
「しかしアレは垂直着陸出来ねえんだよな。空から落とす事になるぞ」
「マジかよ……パラシュート使うのは2度目だぜ」
和仁と拓斗は一度玄斎にアマゾンでのサバイバル訓練と称してセスナからパラシュート降下させられた事があるのだ。
夏休みの殆どをジャングルでナイフ一本生活は実に楽しかったと和仁は笑うが、拓斗からしたら二度と御免と言いたかった。原住民達に密猟者と間違えられて追いかけまわされたり、和解して火を囲んで踊ったりしていた。
「パラ、なんだそりゃ? 降下なら降下の腕輪で普通に降りれるぞ」
元々航空機が無いこの世界だ。地球のようにいたる所に空港が有る訳ではない。故に機体後部は降下用のハッチが着いている。それで空挺降下する予定で建造された機体だ。因みに本来なら今年からオストランドへ復学する予定だったので通学用である。転移ではアノン達を驚かせないから作ったのが本音であった。オストランドは特別に航空機を譲渡すれば大丈夫だろう程度の浅はかな考えだ。
渡されたオストランドも困るだろう。
因みに降下の腕輪とは安全に降下させる為の物であり、パラシュートよりも遥かに安全に降下出来る優れ物である。流石の201部隊も使い道が無いので略奪していく事は無かった。
「じゃあ行けそうなのか」
「……俺も弟子が死ぬのは我慢ならねえな。特にアイツは俺の人生でも一番の弟子だ。
俺はここから動けねえ。俺が居ねえと機体の整備が進まねえんだ。頼むアイツを救ってくれ」
グランツもアリスティアを死なせたくないと思っているので協力する事に異論はない。本来なら馬鹿な考えをしたアリスティアをぶん殴ってでも止めたいが、自分はここから動けない。だから拓斗に託す事にした。
何故なら拓斗が背負っている精神剣の事を知っているからだ。5侯家は王国の歴史の真実を知っている。その精神剣が新たな勇者を選んだのだ。信じてみる価値は有った。どっちかと言うと精神剣を信じたのだ。
「良し、じゃあ行くぞ! 」
「おぉ! 」
拓斗の言葉に他の2人が声を上げる。アリシアは静かにアリスティアを助けたいと願っていた。決意を胸に拳を握る。
魔獣の説得は簡単だった。グランツが試験飛行しないか? と言った瞬間尻尾を振りまくっていた。
「俺は管制塔の連中を抑える。その隙に行ってしまえ」
グランツは多分出撃許可を出さない管制塔を抑える為に拓斗達と別れる。
拓斗達は航空機に乗り込むために階段を上るが、エイボンだけは階段の前で止まる。
「骨、どうした? 」
和仁が首を傾げる。
「ワタシも残る事にしまス。今のワタシには戦う力は無イ。これを持って行ってくださイ」
エイボンは懐から一振りの短剣を差し出すのだった。




