223 王都防衛戦②
王都を攻撃して2日目。帝国軍は昼頃に攻撃を開始した。前日の夜襲のせいで朝からの攻撃が出来なかったのだ。
目の前のアーランドの国民は昨日と変わらず帝国軍に嘲笑を向け、野次を飛ばしながら食事を取り、それが終わると再び仕事を再開した。
帝国軍の兵士達は口々にアーランドの国民を侮辱する。
曰く「正々堂々戦え」や「卑怯者」等だが、兵士でない王都の国民たちは嗤うだけだ。しかし、鬱陶しいものは鬱陶しい。
そしてついに現場のトップであるロレンスがキレた。
「黙れこのクソ共が! こっちは工程が微妙に遅れてるんだよ! 」
何日か前の雨で微妙に工程遅れが出てるロレンスが叫ぶ。そして、キレたロレンスの投げた金槌が帝国軍王都侵略部隊初の戦死者を生んだ。投げた金槌は最前線の帝国兵の頭に直撃したのだ。
兜を被っていたが、べっこりとへこんで倒れた。即死である。
「出たぜ親方の殺人金槌! オークだって一撃だぜ! 」
ロレンスの弟子達がゲラゲラと笑う。
「テメエ等もさっさと仕事しやがれ! 」
もう一つロレンスが金槌を弟子に投げるが、慣れてる弟子はそれを普通にキャッチし、「おお怖い」と言いながら仕事に戻った。
一方一般人に味方を殺された帝国軍も怒りの炎を燃やした。
しかし、帝国軍が雄叫びを上げる前に王都中にサイレンの音が響き渡る。
何の音かとたたらを踏んだ。帝国軍だが、王都の国民達が下がり始めた。
暫くすると、王都の国民達が帝国軍から数キロ程離れた場所で集まっている。
「何だ? 」
「この音は何だ」
帝国軍が行き成りの事で少し混乱する。しかし、それを考える時間は無かった。
何かが爆発するような轟音が遥か遠くから響き渡り、同時に何かが飛んでくる音が響く。帝国軍の魔法師団が本能的に危機感を感じ、結界を張ろうとした瞬間、突然魔法師団の居る場所が吹き飛んだ。
余りの轟音に驚いた馬が騎兵を振り落としたり、衝撃で吹き飛ばされる。
無事だった者達も鼓膜が破れたり、飛んできた土砂で傷を負う。
この一撃で帝国軍魔法師団は壊滅した。しかし、混乱は終わらない。指揮官達が兵士達の混乱を落ち着かせようと奮闘している時にそれは飛んできた。
「アーランド軍の飛空船です! 形状から武装飛空船と思われます。数は2隻です」
「国境に居るんじゃなかったのか、しかも2隻だと! 」
伝令の言葉に総司令官の男が叫び声を上げる。居る筈の無い飛空船。その船が持つ戦力は彼も聞いている。一隻で帝国軍の艦隊に匹敵する飛空船だ。決して無視できる……いや、現状の戦力では対処出来ない。
何故なら空を飛んでいるのだ。弓等届かない上に、先ほどの攻撃で魔法師団に甚大な被害を受けた。残っているのは各部隊の掩護に派遣していたごく少数の魔法使いだ。
そして2隻の武装飛空船は4門の127ミリ砲を旋回させると砲撃を開始する。
本来は1分間に40発以上の砲弾を撃ち込めるが、今回は一応発射レートを抑え、35発程の発射レートである。それが一隻に4門で2隻同時攻撃だ。つまり毎分280発の127ミリ砲弾が帝国軍に降り注いだ。
もはや帝国軍の混乱は収まらない。未知の攻撃が絶えず続く。こんな時に頼りの魔法師団は最初の大爆発で消し飛んだ。
そして大混乱で右往左往する帝国軍に再び大爆発が起きる。今度は端っこの方であったが、衝撃だけでも甚大な被害がでた。
帝国軍から遠く離れた場所。具体的には12キロ程離れた場所に20インチ砲が存在した。
分身数人が飛翔魔法で空に飛び上がり、大型の望遠鏡で遥か先の戦場を眺めている。
「誤差修正あっちぃ! 」
アリスティア分身が右を指さすと、地上でその分身を見ていた分身が頷く。
「りょうかーい。誤差修正こっちぃ! 」
微妙に砲が修正される。
「装填かんりょー! 」
尋常じゃなく重い砲弾を数人がかりで【飛翔】で持ち上げ砲に装填する。分身達。これお披露目用の物なので照準装置は武装飛空船が居ないと存在しない上に、装填も手動と言う適当っぷりである。
但しアリスティア分身が本気を出せば毎分2発は撃てるのだ。
そして轟音が響き渡る。空に居る分身は発射時には高度を上げるので問題ない。最も衝撃波を受けても問題ないが、大型の望遠鏡が壊れるので避難しているだけだ。
暫く経ち、着弾したらしく、轟音が響く。
「めいちゅー」
「次はあっちぃ! 」
20インチ砲はその威力を存分に発揮していた。
一方帝国軍は何処からの攻撃か調べる暇はない。何せ定期的に強力な砲弾が飛んでくるのだ。いや、絶えず降り注ぐ砲弾だってとんでもない脅威だ。
「全軍に指示を出せ、後退だ後退しろ! 」
「駄目です混乱のせいで指揮系統が乱れています! 」
前線司令部は絶望していた。前線への伝令は砲弾で吹き飛ばされる事も多く、矛盾する命令が錯綜している。
更に前線指揮官達の多くも戦死し始め、大混乱であった。
「本部を下げろ。そうすれば前線部隊も後退だと気がつくはずだ」
「了解です! 」
手に持てる物だけ持って前線本部が下がる。それを見た前線部隊も後退を始めた。
(陣も放棄せざる得まい。やっぱり本国で帝都防衛してるんだった)
総司令は泣きたかった。しかし、総司令が泣けば唯でさえ甚大な被害を受けている帝国軍の瓦解が止められなくなる。
まずは一度部隊を引いて再編を行う。そして帝国軍本隊に連絡を取り、再度攻撃するか、本隊に合流してアーランド軍の主力部隊攻略に参加するか確認を取る。
しかし、帝国軍本隊に居る皇帝が勅令を出す。
「後退は断固として認めない。アーランドを蹂躙するのが貴様等の務めであろう! 」
皇帝は本隊に居る。故にこちらの事は見えて居ない。やる気のない指揮官がちょっと被害を受けて怖がっているだけだと判断してしまった。
総司令は何度も本隊に攻略は不可能で、王都攻略部隊も既にかなりの打撃を受けていると何度も何度も懇願するように連絡を取る。
しかし皇帝は聞き入れなかった。流石に何度も行われる通信から王都へ向けた部隊が予想外の攻撃で大打撃を受けていると気がついた将校が皇帝を窘めるように、一度合流して被害を確認するように諭した。しかし…
「黙れ、目の前のアーランド軍はあのように所々崩れた砦に籠っておるのだぞ。主力部隊がだぞ。王都には殆ど兵士が居ないと言ったのは嘘であったか?
皇帝たる儂を謀ったのか! 此度の侵攻は帝国の武威を世界に示す物だ。無様な撤退など許すな。
王都へ送った部隊には断固として戦え、そしてその謎の魔導兵器が存在するのならば、鹵獲して儂に献上しろと伝えよ! 」
皇帝はその将校を敗戦主義だと断じ処刑してしまった。
最悪な事に、皇帝を諭そうとした指揮官は帝国軍の中でも有能な男で人望も有った。元々現皇帝は親族を殺して皇位を継いだ男だ。
政治の才能も軍事の才能も無い。宮中掌握だけしか能のない男である。
しかし、軍部とは割と仲が良かった。軍が敵に回れば皇帝の座を奪われかねないと言う恐怖からだ。まあ、その恐怖に負けて軍内部を滅茶苦茶にしなかっただけマシと言うのが軍内部での評価だ。
軍としては手柄を上げて昇進したいだけで、皇帝を操るつもりはない。歴史上では何度か行われたが、碌な結果にならなかったのだ。故に皇帝に従っている。
しかし人望ある将校を殺した事で皇帝の人望は更に無くなった。
一報王都を侵略する為に送られた帝国軍は泣きたかった。何度も懇願しても現状戦力で王都を攻略せよと言う無謀な命令しか返って来ないのだ。
「皇帝陛下が居る以上は駄目だ。あの方は軍事を政治と同じだとお考えだ」
「予定にない物が王都にある以上は、予定を変えなければならない。援軍を送るか合流するのが道理であろうに。しかし逆らえば我等の首が……」
「総司令、如何しますか? 」
総司令は黙っていた。しかし決断が必要だ。引けば自分達将校に未来は無い。
「……こうなっては要塞から援軍を呼ぼう。あそこの司令官とは仲が良い。昔は儂が出世の手伝いも行った。少しでも支援してくれるかもしれん」
本隊からの援軍は来ない。ならば要塞に居るであろう予備兵力をこちらにまわして貰うしかない。多分自分の首は飛ぶだろう。家族にも迷惑が掛かる。
しかし軍人として、指揮官としてここで引くわけにはいかない。彼は通信兵に命じて要塞への通信を試みる。
「? 返事がありません」
「不調か? 」
こんな時にと呟く。しかし何度試みても要塞からの返答は無い。
「こんな時に要塞の連中は何をしてるんだ! 」
参謀の一人が机を叩く。かなり焦っている。直ぐに再度攻勢を仕掛けなければならないのだ。
「駄目です。こっちの機材には不調はありません。どうにも要塞側の通信機に不調が出てる様子です」
「要塞が攻撃されているとかか? 」
「それだったら本隊が知っている筈です。それに主力を欠いたアーランド軍に何とかできる程甘くは無いかと。最悪でも防壁がありますから」
多分酷くても救援要請くらい出せると参謀の一人が話す。総司令もそれもそうかと納得した。
そしてそれはつまり援軍が来ないと言う最悪な結果を生む。皇帝からは泣きごと言ってないでさっさとアーランドの王都を落せ。そうすれば目の前の主力は諦めると勅命が発せられている。
帝国軍は仕方なしにもう一度攻撃を行う。
しかし、結界は破壊出来ず、一方的に攻撃に晒される。王都周辺は隠れる場所が地形的に少なく、隠れる事が出来ない。
そして司令部は飛んできた20インチ砲弾の直撃で消し飛んだ。一応の防衛策として前線から30キロ以上離れて居たのにだ。狙ったのだが、長距離砲撃なので偶然であった。分身達もケラケラ笑いハイタッチをしている程の偶然だ。
司令部を失った帝国軍はその前の被害も受けて完全に士気を喪失、我先にと逃げ始めた。
しかし逃げ出した彼等の殆どが帝国の地を踏むことは無かった。




