216 一方その頃
アーランド王国空軍武装飛空船一番艦ビクトリー・クート号の中でナイフ等で武装した男達が居た。
彼等は貴族議会の議員の子弟だ。一応の配慮で下級士官として配属された連中だ。当初はマトモに働いていたので、将来的には出世も可能の筈だった。
しかし彼等は裏切った。武装飛空船内の通信機を使い、帝国へこのビクトリー・クート号を引き渡す連絡を取っていた。当然反乱を起こして乗っ取ってだ。
「良いか俺たちが艦橋を押さえる。お前達はCICを押さえろ。直ぐ近くの空域に帝国の飛空船が待っているから30分で制圧だ」
男達は密かに持ち込んだペーパーナイフくらいの大きさのナイフで武装している。それ以上の武器は警備が厳重で持ち込めなかったのだ。
飛空船内は武装禁止だ。狭い艦内で暴動が起きた時、武器があると悲惨な事になるので持ち込めないのだ。
しかし彼等は勘違いしている。持ち込めないから艦内には武器が無いと思ってしまったのだ。しかし実際は銃器が艦内にも置かれている。当然だろう。管理されているだけだ。未だに信用の無かった彼等には教えて居ない機密事項だ。
彼等はCICの扉の前で突入態勢を取る。ほぼ同時に艦橋にも仲間がいく筈だ。数こそ10人程度だが、武器を持っている優位性と奇襲で一気に押さえれると判断した。陸軍と違って空軍はそれほど精鋭でもないからだ。
「1,2,3行くぞ! 動くぎゃあああああああ」
扉を開けてCICに飛び込んだ瞬間発砲音が響き、先頭の仲間がふとももを押さえて転げまわる。
撃ったのはパッシュだった。彼はリボルバーを他の男達にも向けると、躊躇わずに全員のふとももを撃ち抜き戦闘力を奪う。
「な、何故……」
「艦内の通信機は全部こっちで聞けるし、使えば直ぐに分かるんだよ。それに艦内にもカメラは設置している。堂々とCICの前に居れば尚の事だ。残念だったな」
「パッシュ大将閣下、艦橋での反乱も鎮圧しました」
「うむ、ご苦労。では一度帰投する。連中を拘束し、船室にでも放り込んでおけ」
「大将閣下、艦橋から悲鳴が聞こえてますが……艦長の声です」
通信機から響く艦長の慟哭にパッシュは慌てて通信機を取る。その間に反逆者は全員縛りあげられた。
「どうした! 」
「船が、俺たちの船に傷が! 」
どうやら艦橋で反逆者を捕縛した際に、持っていたナイフで床を傷つけたらしい。
パッシュは疲れ果てたようにため息を吐く。
「……どの程度の損傷だ」
「塗料が……塗料が少し剥がれました! 重症です! 」
「分かった。倉庫に予備の塗料が有るから塗りなおせ」
凄くどうでも良いとパッシュは思った。その程度なら使っていれば自然とつくものだ。しかし、士官達の気持ちも理解出来る。
長年飛空船が殆ど無く、戦力も無かった空軍。当然軍艦を持つなど夢にも見れない状況だった。その結果、船を異常なまでに大事にしているのだ。
毎日の清掃は隅々まで行われ、細心の注意をはらって活動している船員からすれば、反逆者に船を傷つけられたのは許せないのだろう。この場の士官達も今にもこの場の反逆者を殺しそうな目をしている。
士官からすればこの船で毎日生活させても何のストレスも感じないくらい愛していたのだ。それを傷つけられた事で士気が落ち込んでいた。
ため息しか出ないパッシュ。この船は軍艦だ。今後は傷つく事も多いだろう。その度に士気が崩壊してはたまったものではない。今後はすっかり根暗になってしまった空軍の意識改革が必要だと思った。
「取り敢えず王都に帰投だ。既に弾薬を相当消耗している。
それに喜べ2番艦のスーパー・タイタン号が完成したそうだ。直ぐに受け取りに行くぞ。これからが反撃だ」
これまでは帝国の艦隊を迎撃するだけだった。確かに打撃は与えられるだろう。しかし、戦局を変えれる程では無かった。しかし、二隻に増えれば倍の戦果があげられる。
そして現在ビクトリー・クート号は来るべき新造艦の為に倍以上の人員で運用されているのだ。最も過剰なまでに自動化されているので、船員数はそれほどでもないのだが。
それを聞いた士官達が歓声を上げる。反撃の時は来たのだ。
「っと、その前に近くの空域に居る帝国の飛空船でも沈めていくか」
「了解であります! 」
その日、引き渡しを待っていた帝国の飛空船5隻は壊滅した。
ここは王都。ちょうど議会が反乱を起こした直前だ。
指揮官は泣きたかった。
戦争前に国境沿いから小規模の浸透を行いアーランドへ潜入した部隊だ。これは数年前から行われている。総勢2000を超える兵士が侵入したが、現在は500人程に減っていた。
上手く紛れ込めたのは2000人の内、800人程度。少ないとは彼も上官も思わなかった。寧ろ半数近くがアーランドに潜り込めたのは幸いだ。
そして帝国戦が始まり、彼等は避難民に紛れて王都に入り込んだ。王国軍も想定に無い避難で慌てており、詳しい調査も無く避難民に紛れ込めた時は祝杯をあげたい気分だった。内部に入ってしまえばこちらの物だ。
そして元々王都周辺で冒険者を行っていた仲間を吸収して850人程度の部隊になった。
決起の時は来た! だが、アーランド暗部もこの時を警戒していた。暗部は凄い頑張った。万を軽く超える避難民から帝国軍の兵士が紛れ込んで居ないか調査していたのだ。足りない人員で王都中を駆け巡り、決起寸前で計画を察知。既に一部が動き始めており、今から王城に報告を行っている暇もない暗部は決断した。
それは潜入部隊の指揮官の暗殺。これは成功した。指揮官及び参謀を決起前に暗殺した。男は前線部隊の将校であり、戦術的な思考が出来る程度だった。彼は他の潜入地に報告の為移動していた為に生存した。更に指揮官と共に居た部隊も壊滅した為、この時点で総数は500人程度に減っていた。暗部は超頑張ったと言えるだろう。最もこの斬首作戦で王城への報告が遅れたのだが…
そして計画通り決起を起こす。
しかし、王都内で暴れているのに自分の指揮官から命令が来ない。不信に思った彼が潜入地に向かうと既に殺されていた。
(計画は失敗だ)
そう思った。しかし動き出した以上は戦果を挙げる必要がある。戦果もあげれない無能は帝国軍には居られない。今の地位も失うのだ。
彼は当初からの指示通りに動いた。まずは冒険者ギルドを襲撃し、ギルドを制圧する必要がある。冒険者の戦争利用はご法度だ。依頼を出しての傭兵なら兎も角、破壊工作や間諜行為に冒険者と言う身分を使えばギルドの粛清対象に指定され、全ての冒険者に抹殺命令が出される。その前にギルドを制圧して冒険者達を混乱させる必要が有った。
しかし失敗。送った部隊は冒険者達に返り討ちにされた。
最悪のタイミングでアーランドで最強の冒険者クランが王都に居たのだ。無論偶然である。
次は王城だが、王城に向かった部隊との連絡も途絶。彼は副王商会連合の本社(旧ポンポコ商会)を襲撃しようと動いている。
しかし、目の前には手強い老兵が剣を構えている。そして背後が問題だ。退路が無い。
市民が大勢彼等の背後に居るのだ。各々の仕事道具を武器に帝国軍を包囲するように囲んでいく。
「アーランドが団結力の有る国だとは知っていたさ。だけど……だけど何で猫まで団結してるんだこの国は! 」
市民は確かに脅威だ。しかし、訓練を受けた自分達なら勝てると思っていた。
しかし、実際王都の市民は恐ろしい強さを持っている。そして市民と連携を取って襲撃してくる猫の集団。
3匹で一つのグループを作り、市民の拙い連携を補強する野良猫は明らかに普通では無かった。
更に最悪なのは市民に紛れた紙の騎士だ。
それは副王商会連合の本社を襲撃し、アリスティアの開発資料を奪取しようと向かっている時だった。偶然逃げ遅れた少女に出くわした。逃げれば良いのに驚いて動けずにいる少女。但し獣人だった。相次ぐ失態で殺気立っていた部下が邪魔だと叫びながら斬りかかった。
「た、助け」
少女の怯えた声に近くの植木鉢が光ると、そこから紙の騎士が現れたのだ。そしてそこからが悪夢の始まりだった。
騎士は次々現れる。そこらじゅうから現れ、数は数えきれない程だ。
「おいあれって姫様の紋章だぞ! 」
当初は行き成りの事で慌てて逃げまどっていた市民(子供を逃がしていただけ)が紙の騎士の胸に付けられた色なしの紋章。羽ばたく鳥に交差する杖と剣の紋章を見た時、彼等の敗北は決まった。
アリスティアの紋章を見た市民は落ち着きを取り戻し、怒りのままに帝国軍に襲撃を仕掛けてきた
紙の騎士は弱かった。しかし、人間でないので王都の市民は容赦なく盾に使った。危うい攻撃は紙の騎士が身代わりになるように飛び出して攻撃を受けると、市民の一人が金槌で殴り掛かってくる。
「どりゃあああああ大工舐めんなあああ」
反撃とばかりに斬りかかった仲間の剣を金槌で横から殴り剣をへし折ると、仲間にヤクザキックを入れる。腹を押さえて崩れ落ちる仲間を他の仲間がカバーする前に足を掴んで近くの路地裏に引きずり去った。
「た、助けぎゃああああ」
路地裏には悪魔が居る。何人も引きずりこまれ、誰一人として戻ってこない。路地裏からは充血した真っ赤な瞳と、数十を超える腕が手招きするように揺らめいている。
「コイヨ、コッチコイヨ」
「結社まで出やがった」
冒険者として潜入していた仲間が青ざめた顔でジリジリと路地裏から距離を取った。
「それは何だ? 」
「王女の狂信者だ。後ろの市民が紳士に思える連中です。市民と違い戦闘集団ですよ……普段は花壇の設置とかしてますが、凶悪な連中です」
凶悪な連中が花壇を作っているのかと彼は混乱した。
結社はアリスティア非公認の市民団体だ。アリスティアを信望する者達の中でも粗暴だったりするものを集めて管理する団体だ。出なければアリスティアの名誉に傷がつくとアリシアとギルバートが作った組織である。
見た目はどう見ても悪魔崇拝者だが、彼等はシャイなだけだ。自身でも自分が粗暴であると理解している彼等が慈善活動を行うのはちょっと恥ずかしいと言う意見から話し合いの結果、このような姿になった。
普段は極めて大人しい団体だが、王国に仇なす者には容赦がない。
「ヒメサマノテキハハイジョシナケレバナラナイ」
「コイヨ、コッチコイヨ。タノシイヨ? 」
既に限界まで怒り狂っている彼等はヤバかった。
前方の副王家警備隊。後方の市民と壁役の紙の騎士。そしてそれらを補強する動きを明らかに統率の取れた猫。勝ち目はない。しかし彼は気がついた。これまで自分の仲間は誰も殺されて居ないのだ。路地裏からは殴打音とすすり泣く仲間の声が聞こえるが断末魔は聞こえない。つまり連中は自分達を殺す気は無い。
「そこの空き店舗から逃げるぞ! 」
副王商会連合の本社の近くにある空き店舗。馬車が入れるように入口は大きいが、薄い板で封鎖されている。この辺りも再開発地域であり、他の場所に移ったであろう店舗の入り口に体当たりをし、中に逃げ込む。
「止めろ嫌だ。路地裏は嫌だああああああああああああ」
逃げる際に投げ縄で多くの仲間が捕まり路地裏に引きずりこまれたが、指揮官は残った部下を率いて逃げる。直ぐに裏口の扉を破壊して、包囲を脱出。
「捕まった仲間を解放すればチャンスは残っている。このまま包囲されないように王都を駆け回って捕まった仲間を助け王都を出るぞ」
「はい」
既に大半の仲間は捕まった。この数では王都から出る前に捕まり、自分達も路地裏に連れて行かれる。路地裏から響く声は全員に恐怖を刻み込んでいた。
しかし彼等は決して逃げきれない。
「ニャ~ゴ! 」
「シャアア! 」
人の包囲を抜けれても決して猫の包囲は抜けれない。
「猫の鳴き声だ! こっちに居るぞ! 」
「捕まえろ。捕まえて広場に連行だ」
(やはり平民は愚かだ)
指揮官は思わぬ情報に感謝する。
「広場を襲撃し、仲間を解放する……動けない奴は諦めろ。その後即座に王都を出るぞ」
「クソ猫が邪魔だ! 」
部下に命令すると、一人が足を噛みつかれ、切り殺そうと剣を振るうが、的が小さい上に身軽な猫はヒョイっと躱す。そして男は更に怒り、仲間より少し後ろに出過ぎた。その瞬間路地裏から黒衣の者が飛び出して、彼の腹に体当たりをする。
衝撃で仲間が剣を落すが、黒衣の者はその勢いのまま近くの路地裏に彼を連れ去る。既に結社が近づいていた。
指揮官は仲間を助ける余裕はない。急いで広場に走る。いつの間にか仲間は50人程度に減っていた。逃げている間に一人また一人と路地裏に消えるか、猫に群がられるか市民に袋叩きにされてしまったのだ。
そして仲間が30人程まで減りながらも彼は広場が見える場所までたどり着いた。そして絶望した。
「すみませんすみませんすみません」
ひたすら謝罪の言葉を続ける仲間や虚ろな瞳で全てを諦めている仲間。捕まった仲間は動けそうな奴も居たが、既に心が折れていた。
「俺、この戦いが終わったら……鉱山で労働するんだ……」
「糞が! これが人間のする事かよ! 」
そして指揮官の眼には捕まった仲間は広場の中央に集められ、市民はマキを積み上げていた。彼の眼にはこれから火炙りにしようとしているようにしか見えなかった。
「また一人獲物が増えたな」
彼等が広場に来た時に向けられた視線。それは獣が弱き餌を見つけた時の視線。自分は仲間は訓練を積んだ優秀な兵士だ。なのに、彼等には餌にしか思われていない。
「総員突撃! 」
一人の男が大声で叫ぶと、周囲の市民が突撃してくる。当然の如く紙の騎士を盾にして。
「このままやられてたまるか! 総員一人でも道連れにしてやれ! 」
もう逃げる事は出来ないと諦めた帝国兵は一人でも多く道連れにしようと抗う決意をする。自分達の無念はきっと帝国軍が晴らしてくれると信じて。
「うおおおおお親父達を助けるぞおおお。行けゴーレムうううう」
更には後方から謎のゴーレムが突撃して来た。一瞬で後方を警戒していた仲間が吹き飛ばされる。
「ゴーレムだと。子供が何故……」
答は副王商会連合の製品だからだ。作業用であったり護衛であったりゴーレムの需要は大きい。そして王都再開発で懐に余裕のある親は子供の安全と遊び道具として子供に与えていたのだ。
その結果、子供達でゴーレム同士を戦わせる遊びが現在のブームである。尚、何も考えずに作るとモアイ像になる模様。
残っていた帝国軍の兵士は前後から強襲され、壊滅した。
指揮官が気がついた時、彼は縛られ仲間と共に一纏めにされていた。
「火がつかんのう……」
「爺さん。だから火打石よりもこのライターの方が簡単だって」
藁に火をつけようと火打ち石をカチカチと鳴らす老人に男が魔導具を見せる。
「最近は便利じゃのう」
「とっとと焼こうぜ! 」
「今日から毎日帝国兵を焼こうぜ! 」
「むぐう! むうむう! 」
止めろと止めたい彼だが、口を縛られ言葉も出せない。この騒ぎは城から奴隷にするから火炙りは止めろと通達が来るまで続いた。市民も広場で焼くと臭いので、脅していただけだ。実際藁は湿っていた。しかしそれを知らない帝国兵は城から騎士が来るまですすり泣いたと言う。




