212 小さな勇者アノン ③
剣を構えた時、アノンは思った
(超ヤバいんだけど! )
明らかに屋敷を襲撃して来た連中と格が違う相手だった。
屋敷を襲撃した偽装冒険者達のランクは高い奴で精々Cランク程度だ。アリスティアと少し冒険者をやっていたので間違いない。
しかし目の前の連中はBランクかそれ以上の強さを感じる。そして既に王城は陥落したのかワラワラと謁見の間に集まって来た。
実際王城は国境への派遣で警備の数も減っているし、主力の騎士達も王都の外だ。今頃異変を察知して向かってきているだろうが、たどり着く前に王太子を殺されればオストランドはお終いだろう。
故にオストランドを襲撃した連中は全力でアノンの背後に居る王太子親子を殺しに集まって来た。時間を掛ければオストランドは外に居る軍勢を率いて戻ってくる。その前に終わらせて逃げる必要があった。
彼等はクーデーターを目的としてはいない。目的はオストランドの混乱だ。リディマスの王位等興味も無い。
アノンの強さは精々防具込みでAランクだろうが、数の差で負けるかもしれない。相手は連携を持ってアノンを越えて後ろの王太子に殺到するだろう。
アノンは装備の隙間からお守りを出す。戦争が始まった時、アリスティアから送られてきた物だ。
アノンはそれを王太子に投げ渡す。
「これは? 」
「アリスからのお守りです。多分何かの魔法が込めてあるかと」
王太子は僅かに考えると、足元で倒れるオストランド王の手に握らせる。直感的な行動であった。
そしてそれは奇跡を起こす。
お守りが光ると、ポンとアリスティアが現れたのだ。神官の様な恰好をし、長い付け髭を付けている。
「おおアノンちゃんよ、死んでしまうとは情けない……ってアレ? 」
死を感知し、魔法が起動した。内部に封入されていた分身が出てきたのだ。ドヤ顔でアノンの窮地を助けれると勘違いしていた分身は目の前のアノンを見ると首を傾げる。
その姿にアノンは少し笑う。
「アリス、王様が死んじゃったんだけど」
「成程、私の出番だ」
「また王都が隔離されるのか」
宰相が呟くが、分身が首を振る。
「あの魔法は私には使えない。本体じゃないからね。
この時の為に蘇生薬を用意してある」
この場の空気が凍る。
蘇生薬。これももはや伝説級のアイテムだ。嘗ては割とありふれた物だったが、それを生成する素材は貴重であり、また、その効果から乱獲され殆どの素材が絶滅した結果、作る事が困難になった物である。
分身が倒れているオストランド王の胸を触り心臓に蘇生薬を転移で送ると心臓の傷が修復され、鼓動も再開する。
その奇跡を見た瞬間、襲撃者達の殺気が膨らんだ。
「ちょっと……手伝って欲しいかな? 」
「実を言うと慌てて作ったせいで私の魔力が殆ど残っていない」
アノンの救援要請に分身が首を振る。アノンのお守りに不具合があり、本来多少の戦闘が出来る筈なのだが、魔力が抜けていたのだ。分身も次第に姿が薄れていく。慌てて容易したのである意味仕方ない。このお守りは急造品なのだ。
「しかしその試作甲冑を付けていれば何も問題ない」
「数が多すぎて護りきれないんだけど」
明らかにアノンの手に負える数じゃなかった。しかしアリスティア分身のドヤ顔が変わる事は無い。
「ヴァルキリー・モードを使えば良い」
そう言うと分身は消え去った。
「どうやればいいのか教えて行ってよ! 」
アノンの叫びに秘策等使わせないと襲撃者達が襲い掛かる。数の暴力と適格な連携を持ってアノンの防御を抜けて切り裂くが……
「鎧が硬すぎるぞ」
「関節すら駄目だ」
アノンの試作騎士甲冑の性能は凄まじく、彼等が持っている武器では傷すらつかない。
「ならば! 」
数人の男が闘気を解放し魔装を行う。先ほどを遥かに上回る剣劇でアノンを圧倒する。アノンは魔装を全身には出せないので対処出来ない。
魔装は全身を覆う事でその真価を発揮するのだ。一部展開も優れているが、展開した部位だけが強化されるので他の部分に負担が大きい。仮に腕だけ魔装すれば最悪剣を振るうだけで肩を痛めるだろう。
アノンの鎧が再び斬られるが、アノンが少し後ろに下がる。鎧の胸プレートに僅かに切り傷が出来るが、一瞬で消えた。自己修復機能だ。
「ふ、ふざけやがって」
先ほどの一撃は男の人生でもかなり良い一撃だったのに、僅かに後ろに下がって鎧に少しのダメージしか出なかったのだ。そしてそのダメージも一瞬で消えた。あんまりであった。
「ふえ、私のせいなの! 」
アノンが一瞬だけ素が出る程ビックリした。理不尽なのはこの鎧の開発者であり、流石のアノンもあの一撃はヤバいと思っていたのだ。制作したどこぞの王女が高笑いしている幻聴がアノンの耳に響く。
尚、この鎧の事がアーランドに伝わればアリスティアは折檻を間逃れないレベルの技術流出であった。複製は……不可能に近いが。
しかしアノンには反撃する余力が無いのは事実だ。自分と極僅かな近衛で背後の王太子を守らなければならないのだ。攻勢に出れない。
「ヴァルキリー・モードって一体何なんなのさ! 」
アノンが頭を抱えながら叫ぶと、アノンの鎧に変化が出る。
鎧の各所に赤いラインが走りヘルムも羽を象った衣装に変わる。鎧の各所から魔力が迸る。更にマントが変形し、翼に変わり疑似神経がアノンに接続される。鎧全体の意匠もヴァルキリーと呼ぶに相応しい意匠に変わっていた。
アノンは背中の疑似神経から伝わる魔力から全能感を感じた。
アノンは練習のつもりで翼を動かす。前方に風が巻き起こり、目の前に居た男達が吹き飛ばされた。
更に騎士剣に魔力が流れている感覚から敵に剣を軽く振るう。何だろうと振るっただけだったが、赤い斬撃が襲撃者達を真っ二つにした。
「………」
「………」
アノンは後ろの宰相を見る。その表情はどうしようと困惑を伝えていた。困惑し過ぎて涙が浮かんでいた。
宰相もアノンが明らかにヤバい物を貰っていた事に汗が止まらない。これは明らかに兵器に該当する物だ。明らかに過剰防衛である。
尚、アノン以外が装備しようとすると電撃が流れるのは既にアノンも知っており、報告は宰相も受けている。しかしこれは酷すぎた。
アリスティア的には命を狙う相手には過剰防衛も止む無しなのでアノンを按じて贈っただけである。それ以外に他意はないだろう。もはやお説教で済めば良いね。と言える所業である。
「ど、どうしよう宰相様」
「お、落ち着くんだ。剣をこっちに向けるな。翼も動かさないようにしろ」
「い、一応使い方も何か頭の中に流れ込んできたんだで大丈夫だけど……他にもヤバい物が何個か搭載されてるんだよなぁ……」
誤射の心配はないが、今の行いは基本動作程度の業だ。問題は搭載されてる兵器が全て使用可能になっている事だろう。
カッコいい鎧だとはしゃいでいた過去の自分を浮かべてアノンは首を振るう。断言できる。アリスティアはアホである。過保護過ぎであった。もしこの鎧を売れば大きめの都市が買えるだろう。下手をすると都市国家程度なら買えるかもしれない。
「ならばこの一撃で」
襲撃者の一人、この中で一番強い男だ。本来なら帝国で一軍を務めている男が槍を構えると、槍からかなりの威圧感が出る。尋常じゃない覇気つまり聖槍ブリューナクをアノンに突き出す。その一撃は多くの強者を屠ってきた一撃だ。聖槍の効果で貫通力が上がっている。
アノンはガントレットからシールドを出す。そしてそれを受け止めた。
ジリジリと後方に押されながらもシールドがかなり削られながらも聖槍の一撃を耐えきったのだ。
「馬鹿な! 」
しかもシールドは一瞬だけ消えると再び戻の状態に戻った。
アノンはシールドを襲撃者達に向ける。
「シールドレーザー」
アノンのシールド無いで光が屈折を繰り返し、直径50センチ程の熱線が放たれる。その一撃は聖槍を持っていた男を貫き、後ろの一団すら焼き滅ぼすと、そのまま城を貫き空の彼方へと消えていった。リディマスもわずかに体の一部が残っただけである。
聖槍ブリューナクは熱線が直撃したが、何の損傷も無く床に転がった。流石聖の名を冠する武器である。全くノーダメージであった。持ち主は死んだが。
「勝っちゃった」
アノン的には全く納得のいかない勝利であった。しかし王族を護るシェフィルド家の務めは果たせた。
背後で宰相が泣いていた。オストランド王や王太子が助かった喜びとようやく修繕が終わった城を壊された悲しみを同時に味わっていた。喜びの方が強いし、王族が助かるのならば城が壊されるくらい文句は無い。ただ悲しくなっただけだ。
残っていた襲撃者も動揺している間に近衛が頑張った。彼等は動揺よりも義務と優先したのだ。後はアノンが味方なので相手よりは動揺が少なかった。
全てが終わるとほぼ同時にアノンの鎧の各所から蒸気が噴き出て普通の騎士鎧に戻る。
騎士鎧が戻ると同時にアノン父が叫びながら走ってきた。無論部下を率いてだ。
所々を血に染め、持っている槍も柄まで血で染まっている事から拭ってる暇もない程慌てて駆けつけたのだろう。後ろにはイグナス老師が兵士に担がれている。途中で体力が尽きたのだろう。顔色も悪かった。
「陛下はご無事か! 」
「陛下は一度刺されている。詳しくは後で話すが、傷口が塞がっていないのだ。
イグナス老師頼む」
「フウフウ、分かった、ゲホ……」
イグナス老師は汗を袖で拭いながら魔法を発動する。彼の瞳の前に魔法陣が浮かび、オストランド王を診察する。
「何と蘇生薬に近い物を使ったのか」
「そうだ」
「となると陛下は一度心臓が止まりましたな? 」
イグナス老師の問いに宰相が頷く。
「成程、詳しい素材は不明じゃが、正規の蘇生薬ではないの。蘇生効果は有るが劇薬じゃ。傷を閉じても暫くは動けんの」
そう言ってイグナス老師は治療魔法を行い、オストランド王の傷を癒す。
そして、更に上位の治療魔法を使う。使われた蘇生薬のデメリットを魔法で打ち消したのだ。これこそイグナスの秘術であった。
暫くするとオストランド王は目を覚ます。驚いたように自らの体を確かめる。
「儂は心臓を貫かれた筈じゃが……」
「父上、またアリスティア王女に救われました。アノン嬢が秘薬を持っていたのです」
王太子がオストランド王が倒れた後の事を説明する。アノンの鎧の事でオストランド王がアノンを眺めたが、アノンも困惑していた。しかしオストランド王はシェフィルド家を信頼しているので問題なしと判断する。実際無かったら全員死んでいた。
「陛下王都内の反攻勢力は今頃王都外に居た部隊により鎮圧されています」
「うむ、では予定通りアーランドへ救援に向かう」
「陛下! さっきまでお亡くなりになっていたのですよ。それに今回の件で詳しく調査が必要かと」
宰相が王が王都から離れるのに反対する。しかしオストランド王は首を振る。
「帝国の狙いはそこじゃ。他国に邪魔させたくないのじゃろう。
この反乱に成功しようとも失敗しようともオストランドは動けない。ならばここで動けば帝国の裏をかける。アルディウスよ儂の留守は任せる。王都の混乱の後始末もな」
オストランド王の言葉に王太子は頷く。確かにここまでの事をされれば普通は混乱し、事後処理で動けない。しかしここで動けば少しは帝国の裏をかけるかもしれなかった。
オストランド王はふらつきながらも力強く立ち上がる。
「この程度で儂を止めれると思うなよ皇帝よ。
全軍このまま国境を越えアーランドへ援軍に向かうぞ! 」
王の言葉に動揺しながらも全員が頷く。
「あの、私も従軍していいですか? 一応敵を殺せます」
アノンの言葉にオストランド王が暫く考える。父親も同様に唸っていたが、アノンの決意は固く従軍が決定する。ぶっちゃけ鎧の戦力は侮れず、また、アノン以外に装備出来ないのだ。
アノンは友を助ける為に屋敷から少し小さめの自分の愛馬に乗り戦場を目指す。
オストランドでの一件を見た多くの騎士達は彼女を小さな勇者と呼び始めている事も知らずに。




