211 小さな勇者アノン ②
王城に賊が侵入する。これはオストランドでも珍しい事件だった。
「陛下、武装集団が城内で暴れております」
「直ぐにシェフィルド家に執行部隊を送らせろ! 今の城内の騎士では対処しきれんぞ」
宰相が慌てて指示を出す。現在殆どの騎士を先に国境沿いに送っているのだ。現在城に残っているのは警備の騎士と一部の近衛だ。賊の規模が不明である以上はオストランドの影の最高戦力を出さざるおえない。
「執行部隊の大半は既に国境じゃ。直ぐに家族を避難させ、防御を固めよ」
「ッハ! 」
騎士は敬礼すると走って伝令に向かう。
「このタイミングは出来過ぎじゃのう……」
オストランド王は余りのタイミングの良さに思案する。
しかし、次々と送られてくる伝令によると既に王城の一部は占拠されているようだ。
「敵の装備から冒険者に扮して王国に侵入したと思われます」
「冒険者制度を悪用するのはご法度なのじゃがのう…この悪辣さは帝国か」
冒険者制度を戦争に悪用するのは大陸でもご法度であり、非難は間逃れないやり方だ。この世界にも一応の戦争ルールはあるのだ。
冒険者を間諜と使えば冒険者ギルドは中立を守れない。故にギルドも現在暴れている冒険者には支援をしない。寧ろオストランド冒険者ギルドは襲撃者を捕縛する為に動き出した。
既に王都では冒険者同士の凄惨な粛清が始まっているが、ギルド側の冒険者の数が少なく劣勢だ。
全てを消して証拠を残さない。帝国の思惑が透けて見えた。
「父上! こちらの抜け道をお使いください」
そこに一人の王子が現れた。第五王子であるリディマスだ。最も元王子であり、修道院に送られる事になっている。
元とはいえ、王子を修道院に送る為に相応しい場所の選定の為に未だ王城に留まっていたのだ。下手な場所に送ると面倒を起こしそうだからである。
オストランド王も昔は彼に期待していた。将来は息子の補佐をして王国発展の為に努力してくれるであろうと。
当初はリディマスも王子に相応しいように努力したが、母である側室と実家からの干渉で次第に増長し、遂にオストランド王に見捨てられた。
オストランドは変革期に入る。その為には不安要素は排除する必要があった。王としても苦渋の決断だ。しかし修道院に行っても人並みの生活は出来る。もう会える事は無いが、生きていればと思っていた。
そんな彼が慌てた様子で自分を助けに来たのだ。これがもう少し早く王族である事をしっかりと理解してくれればと思う。
そしてリディマスが近寄ってくる。もしこの場に騎士が居れば止めただろう。しかし騎士達は謁見の間の外の様子を伺っていた。窓や通路を警戒し、彼が襲撃を手引きしたとは考えていなかった。
「さあ父上! 」
「う、うむ」
オストランド王は久しぶりにリディマスの手を取る。しかし、その瞬間胸が熱くなった。
「き、貴様……」
リディマスの隠していた短剣がオストランド王の心臓を貫いている。急激に薄れていく意識の中でリディマスを睨むと、彼は醜悪に笑っていた。
「やった! これで僕が国王だ! 」
「貴様陛下を! 」
国王が王子に刺される。オストランドではこれも初めてだった。
「反逆者だ! 直ぐに増援を呼べ! 」
騎士達が室内の異変に気づき、応援を呼ぼうとした瞬間謁見の間の前の通路で爆発が起こる。
これにより謁見の間の前に居た騎士達が吹き飛ばされた。
「お前達か、見ろこれで僕が国王だ。直ぐにアーランドに攻め込むぞ」
現れたのはリディマスにゴマを擦っている貴族達だった。当然の如く冒険者風の男達がついている。
謁見の間の中に居た騎士達が倒れた王と王太子を守る為に前に出るが、冒険者風の男達に切り払われていく。
「殿下! せめて殿下だけでも後ろの通路からお逃げください」
「父上を見捨てろと言うのか! 」
王太子が反論する。しかし生き残った騎士は首を振る。心臓を貫かれたオストランド王は既にこと切れていた。
「イグナス老師の所に運べばまだ……」
「殿下、イグナス老師の治療魔法は確かに強力ですが、死者を蘇らせる事は出来ないそうです」
オストランドが誇る魔導師であるイグナス老師は治療特化の魔導師だ。しかし死者蘇生の魔法は使えない。
因みに彼は現在王都の外に居る諸侯軍の所に出向ていた。急な派兵で王都に来るまでに負傷した兵士が結構出たのだ。焦って転んだや馬から落ちた等が原因だ。弱卒過ぎる。
アノンの父親も同じく諸侯軍の編成の為に王都の外に居た。
「兄さん。お前も逃がす訳がないだろう。こいつ等みたいに一緒に殺してやるよ」
リディマスが収納袋から丸い物を数個王太子に投げる。それは床に転がり、王太子の前で止まった。
それを見た王太子が憤怒の表情になる。
「貴様、貴様身内までも殺したのか」
転がっていたのは他の王族の首だった。
「これで兄さんを殺せば僕の上に王位継承者は居ない……ああ、あの娘が残っていたか。そろそろ死んでるだろうけど」
王太子がオストランド王の剣を握る。
「お前は確かに愚かだった。しかし! 父上はお前をずっと待っていたのだぞ。
何時かお前は王族の務めの重要さを理解してくれると。だからこそお前の王籍をこれまで残していたのだぞ! 」
「だから何だ? 現に僕の継承権は破棄され、僕は修道院送りになったじゃないか! 」
「貴様が愚か過ぎたからだ! 」
仮にリディマスが考えを改めたなら、オストランド王は彼のこれまでの事を許しただろう。貴族達は簡単には許さないだろうが、これまでの所業を償う機会は与えただろう。
しかしリディマスはそんな事は関係ないと考えた。自分は王子であり、好きに出来る地位にあると思っていたのだ。
「それだけじゃない。仮に俺を殺しても誰がお前を王だと認める? 王は民に認められてこそ王だ。
簒奪者は王にはなれない、成れたとしても仮初の玉座だ。いずれ崩れる脆い物だ」
簒奪者が許される要素をリディマスは全く満たしていない。オストランド王が民を顧みぬ政治を行い民を苦しめる暗君であり、リディマスが優れた王子であれば可能性はあった。
しかし実際は逆だ。民はリディマスの行いを許す理由が無い。このクーデーターはオストランドを混乱させるだけであろう。成功しても別の王家が生まれるだけだ。それ程リディマスの評価は低い。いくら弱卒揃いのオストランドでもリディマスに跪く事は無い。誰だって暗君が頂点に座る国にしたくはないのだ。
「黙れ! 僕が王になれば帝国との関係回復だって出来るんだ!
それに今ならアーランドに奇襲を仕掛ける事だって出来る。そうすれば失った信頼も取り戻せるんだ! 」
「愚かな……裏切を見逃す程連中は愚かではないぞ。連邦の末路を知らないのか? 」
嘗てアーランドと帝国との間に存在した他種族連邦。それは連邦のまとめ役であった王家の裏切りにより瓦解した。そして連邦を裏切った王家も当然の末路を辿った。今でも生きてる事になっているが、実際はもう残っていないのだ。
それでもオストランドは帝国と袂を別ったのだ。もう戻る選択肢は無い。他の同盟国も同様である。
「ぼ、僕は関係ない! 」
顔色が悪くなったリディマス。王太子はため息しか出なかった。こんな事で動揺する人間はやはり玉座は相応しくない。
「もう良い。お前等全員殺せ! 」
リディマスの周囲に居た者達が血濡れの剣を構える。増援は間に合わないだろう。そして逃げる余裕すらない。
王太子は死を覚悟した。
(せめてリディマスだけは道ずれにする)
どれだけの傷を負おうとも愚弟だけは殺すと決意する。
そして襲撃者と王太子。そして僅かな近衛がジリジリと近寄る。リディマスはオストランド王を刺した後は直ぐに彼等の後ろに隠れている。
その時、床板が勢い良く上に飛ぶ。
「間に合わなかったよ」
床から出てきたのはアノンであった。既に忘れられた地下道を通って来たのだが、頭上から殺気を感じたので蹴り壊したのだ。鎧が無ければ不可能な芸当である。
そしてアノンの後に少しだけ顔を出すマリアーネ。アノンがここに来るまでに偶然助けていたのだった。
「おおアノン嬢。無事だったのか。そしてマリアーネも」
「お父様、何でわたくしを最初に心配しないのですか? 」
「無論心配だったぞ。何故ここに来た。お前が無事なら王家の血は途絶えない。
アノン嬢直ぐにこの娘を逃がして欲しい」
「私的には王様達も生きて欲しいんですけど」
アノンは困惑気に答える。
しかし王太子からすれば娘の生存が王家の未来を繋ぐと考えていた。
「大丈夫ですわお父様。アノンさんは凄く強くなってますわ」
「鎧の性能なんだよなぁ……」
アノンは少し照れながら答える。そして騎士剣を抜き、襲撃者に向ける。一瞬で表情が変わり空気が凍る。
「今すぐ跪けば一撃で首を刎ねてあげる」




