206 補給線寸断
帝国がアーランド領を侵攻した。アーランド軍は数的に圧倒的に不利な状況であるが、王国領に入った途端侵攻軍は補給線を寸断された。
空は武装飛空船が猛威を振るい、陸はエルフ軍が補給線を攻撃し続けたのだ。
アーランドの国境沿いは森だ。あえて森を残している。それは侵攻すれば補給線を攻撃できるようにする為だ。
そしてエルフ軍の指揮官ミハエル・ノードマン侯爵が指揮を執っている。
「ミハエル様。帝国軍の通信を傍受しました。今回の補給はCルートを通るそうです。護衛は300程です」
「全く敵の索敵が恐ろしく簡単だな」
ミハエルは驚く。アリスティアから供与された通信傍受器により、帝国の通信は全て傍受されている。
エルフの一人が背負っているアンテナ付きの赤いランドセルが通信傍受器だ。成人エルフが赤いランドセルを背負ってるのはシュールだが、何も知らないエルフは真顔であった。
「帝国は通信の傍受を全く警戒していない……いえ、想定出来ないのでしょう」
既に帝国軍の陸上輸送隊を5回も壊滅させているエルフ軍。当初は殆ど護衛が居なかったが、今は帝国軍も補給部隊に護衛を付けている。
そして5回の襲撃で帝国軍の軍用地図を鹵獲したのが大きい。これと通信傍受で何処のルートで補給部隊を送るか分かるからだ。
そしてミハエルは肩に背負っているライフルを撫でる。そうライフルだ。
M-700ボルトアクションライフル。偶然補給物資の中に紛れていた物だ。今ではエルフ軍の主力武器になっている。当初こそ困惑した武器だが、その性能は弓とは比べものにならない。重装備の騎士鎧すら貫く威力はミハエルを持ってしても素晴らしいの一言に尽きる。
ミハエルは弓に長年不満が有った。威力が射程が満足出来ないのだ。エルフは弓と言うイメージがあるだろうが、それは森で狩猟につかうだけであり、別に誇りを持っている訳ではない。寧ろもっと良い武器が欲しいと何度もドワーフと協議するほどだった。
M—700の補給も問題ない。アリスティア預かりの訓練部隊は第二訓練部隊、現201部隊以外では狙撃部隊の育成が殆ど進んでいないのだ。
何故ならアーランド人は旧日本兵もびっくりするほど突撃大好きの脳筋集団だからだ。塹壕に籠る事をどう教えるか訓練部隊の指揮官が毎日頭を抱えて協議する程の脳筋である。銃を持てば突撃したくなる人種であった。
当然の如くM-700は余った。なので、そのM-700はエルフ軍に送られたのだ。エルフは脳筋で無いのだ。ミハエルは物凄い筋肉の塊であるのだが。
「良し、いつも通りの戦術だ。連中の物資を奪うぞ」
ミハエルの役目は帝国軍の補給線を寸断し、戦場に停滞を生み出す事。もはやアーランドは勝ち目がない。数の暴力には抗う事は出来ても状況を覆す事は出来ないのだ。だから時間を稼ぐ。
ミハエルはアリスティアを信じていた。新たな精霊王をだ。必ず状況を覆してくれる筈だと。
故に何としても補給線を潰す必要がある。補給が無くなれば帝国軍は士気を維持できない。それは帝国軍の勢いを削ぐ事になる。
そして情報通り帝国の補給隊が森の一本道を通って来た。流石に警戒しているのだろう。前後に護衛の騎兵と歩兵が補給隊を護っている。
ミハエルは森の半ばまで来るのを静かに待つ。そして、補給隊が森の半ばに来た頃に、一発の発砲音が森に響き渡り、鳥が驚いて空に逃げる。
放たれた弾丸は物資を山積みにした馬車の車軸を打ち砕き馬車を横転させる。後方でも同じように発砲音が響き、最後尾の馬車を横転させた。これで補給隊は馬車を退かさねば移動できない。
発砲音に反応した騎兵と兵士が剣を抜く、しかし、同時に銃弾が放たれ、護衛が次々と倒れるエルフ軍は木などに隠れているので姿は見えない。
「敵襲! 」
「この卑怯者の蛮族が! 姿を見せろ! 」
ミハエルは鼻で笑い指揮官の頭を撃ち抜く。馬の上で偉そうに叫んでいた指揮官は馬から落下し、血だまりを作る。
「総員後退だ」
エルフ達が頷くと、森の奥に下がる。兵士達が森に駆け込んできたからだ。これより先は10人毎に動く。一人は獣人だ。
獣人とエルフは相性が良い。森の環境はエルフに最適だが、獣人の優れた五感は敵の接近をいち早く気がつく。
「頼むぞ」
「分かりました」
ミハエルは散発的に森に駆け込んでくる帝国兵を銃で殺しながら後退する。後方には獣人が周囲を鋭く睨み、奇襲に備える。
結果として帝国軍の補給隊を護衛していた騎士や兵士は一人のエルフすら殺せずに全滅する。追えば見つからず、逃げれば逃げきれない。まさに森は死地であった。
そして護衛を殲滅すると、馬車を退かして逃げようとしていた補給隊を皆殺しにする。
血だまりに全ての帝国兵が沈むとミハエルはエルフ達と街道に出る。
「森の出入り口に監視を置け、可能な限りの物資を略奪しろ」
「ッハ! 」
エルフ達は大量の収納袋に物資を仕舞いこむ。この物資は王国軍が有効活用するのだ。更に死体の装備も全てはぎ取る。残せば修理して他の兵士が使うからだ。
帝国軍は装備も足りていない。装備も皮鎧の者が多い程だ。皮鎧はショボいので使えないように燃やすだけだが、金属鎧は鋳潰す為に貰っていく。銃弾もタダではないのだ。
ミハエルは森の奥に偽装された入口から洞窟に入る。いざと言う時にアーランド軍が用意していた拠点だ。
一緒に居た獣人は即座に木製のアリスティア像をテーブルに置くと手を組んで祈りを始める。
彼だけではない他の獣人も同じように祈りを捧げていた。エルフ軍は補給隊が来ないと暇だ。そして補給は通信が入るので数もルートも全てわかる。つまり、割と時間が開く事がある。
エルフ軍に配属された獣人は暇な時間にナイフを用いて匠の顔つきで100を超える失敗作の果てに完璧なアリスティア像を作り上げたのだ。現在は拠点の洞窟に祭壇を建設中である。
「奴等はイカレてるな」
流石のミハエルも冷や汗を禁じ得ない信仰心だ。因みに女神像は面倒なので作らないそうだ。流石にアリスティア像を作るのに疲れたようだ。補給隊? 一線級の戦力が居ないので雑魚である。
ミハエル達エルフは説明書を見ながらライフルの手入れを行っている。これを失敗すると思ったように弾が命中しないのだ。慣れない手入れは大変だが、その成果は素晴らしいので仕方ない。見た目的にはゲリラである。
暫く銃の手入れを行い、食事を行っていると、獣人の一人が耳を動かし、地面に耳を押し当てる。
「閣下、どうやら敵の様です」
「通信傍受は完璧ではないな」
この時間に補給が来る予定は無い。つまり敵だ。恐らく独自に動いている部隊が居るのだろう。それが森を探索しているのだ。
「斥候から通信です。数はおよそ100。軽装の部隊が接近しています。こちらの場所は把握している様子は無いとの事です」
「洞窟から出るぞ。ここの場所を知られる危険がある」
たった100なら余裕だ。連絡によると、それほど精鋭でもない。寧ろ貴族らしき者が偉そうに率いてる事から功績を上げようと独断で動いたのだろうと判断した。
しかしこの森はエルフが既に精密に把握している。森の何処に何が有るのか、それはミハエルをハイエルフと謳われる所以だ。
ハイエルフは森の声が聞こえる。かつてミハエルの兄はエルフの国の王であった。人魔大戦の際にエルフの国である神樹国は王族を二つに分けた。保守的な者は国に残り、一部のエルフをリコリスが作ったアーランドに移住させたのだ。当時は今以上にエルフが保守的であり、ミハエルの兄である国王も国を捨てる事は出来なかった。残る民を見捨てれなかったのだ。
世界樹。それこそエルフが守り続ける至高の神木。これを守護する為に存在すると言われる神木を捨てれなかったのだ。結果神樹国は帝国に滅ぼされた。世界樹はミハエルの兄が多くのエルフと共に命を使った禁術で護られているので、国土である森は未だ不可侵である。
ミハエルは森の声を聴く。森は静かに答える。貴方の敵ではないと。
それは脆弱な相手だと言う事だ。これによりミハエルは帝国の特殊部隊が偽装して襲撃を仕掛けてきたと言う可能性を捨てる。
「男爵、本当に大丈夫なんですかね? 」
暫くすると声が聞こえだした。エルフも耳が良いのだ。
「だ、大丈夫なんだな。エルフを捕まえれば、きっと皇帝陛下が領地をくれるんだな」
小太りな貴族が一人の兵士と話しながら歩いている。驚くことに貴族は鎧すら着ていない。
「しかし、この森の何処に居るか分かりませんよ」
「愚図なエルフを見つけるのは簡単なんだな。それに男のエルフは『繁殖用』に高く売れるんだな」
帝国でも奴隷エルフは人気だ。しかし、男性エルフは数が少なく、純血のエルフを作る為には若くて体力のあるエルフも高い値段で取引されている。
ミハエルの額に青筋が浮かぶ。他のエルフも同様だ。
アーランドにおいて軍人はモテる。それはエルフでも同じだ。この部隊の全員が既に結婚ないし恋人が居る身だ。そして繁殖の為に同胞を家畜のように扱う輩を許す気はない。
ミハエルは捕虜にする事を諦める。どう見ても独断行動だ。軍で規律も守れない者が大した情報を与えられる筈がない。そして、多くの同胞の為にコイツは確実に殺す。
「そ、それに男のエルフの尻にも興味があるんだな。軍人なら締まりも良い筈なんだな」
その言葉にエルフ達は青褪めた。この豚男もイケるらしい。そして掘られる己の姿を想像したエルフ達の尻がキュっと締まる。
「あの豚以外全員殺せ! 」
「て、敵襲! 」
勝負は一瞬だった。既に100を超えるエルフが銃口を向けている状況。抗える術は無く豚以外は全員殺された。
「よー豚さんや」
ミハエルは腰を抜かして座り込んでいる豚の前に歩いていく。その豚は未だに何が起こったのか理解出来ずにキョロキョロと周囲を見渡し、部下が全員死んでるのを見ると怒りで顔を真っ赤に染める。
「ぼ、僕の家臣になんて事をするんだなこの下等生物ぶべら! 」
ミハエルの蹴りが腹に突き刺さり、嘔吐しながら転げまわる豚。ミハエルは頭痛がした。
何でこんな豚が戦場に居るんだ? エルフ達も無表情で呆れる。無表情なのは嫌悪感からだ。
「なあ、コイツ捕まえても情報持ってると思うか? 」
「確実に持っていないでしょう。持っていたら今頃帝国は滅びているかと」
「では捕まえる価値も無いな」
「捕まえても王国法で死刑を間逃れませんが……出来れば我々の手で始末したいですね。随分とふざけた事を言っていましたし」
王国法では侵攻してきた王侯貴族と指揮官級の軍人は例外なく死刑と明記されている。裁判で裁定出来るのは拷問の有無と処刑方法のみだ。捕まった時点で命は無い。
「そうだな。好きにしろ」
ミハエルの一言にエルフ達の瞳がギラリと光る。ずりずりと体を引きずりながら下がる豚を囲むと蹴り始めた。
「死にやがれこの豚野郎! 」
「誰の尻が締まるだ? ふざけんな! 」
「俺の尻は妻だけの物だ! 」
「っえ? 」
エルフ達は豚を蹴りまわして処刑する。エルフを奴隷にすると言うのはエルフ族に対する最大級の侮辱なのだ。
簡単には殺さない。腕を足を砕いてジワジワと殺していく。
そこに慈悲は無かった。一時間程蹴りまわされた豚は原型を留めていない。貴族としての誇りある死すら許されなかった。
「こいつの死体は魔物の餌にしろ。我々は戦闘行為を行っていない事にしよう」
一応交戦の報告が必要だが、これを報告しても王国もどう対応すれば良いのか困るので、何も無かった事にするミハエル。
流石に森にホモな豚が歩いてましたと言われても困惑するだろう。
豚の残骸はそこら辺に居た肉食の魔物の前に捨てられるのだった。




